退くんの恋人 4

結局お昼はあんぱん

退さんにお弁当を届けるのは、なかなか容易そうではなかった。

「うそ…」

門番が二人も立っている。しかも『部外者は絶対に受け付けない!』という出で立ちが、とても怖い。

「でっでも私は微妙に部外者じゃない…はず!」

小声で自分を奮い立たせ、私は門番の一人に声を掛けた。

「あ、の…」
「おっ!なんだよ、久しいな!」
「えっ!?」

なぜか門番の一人が軽々しく声を掛け、私の肩を叩く。

「お前、まさか有給使ってんのか!?」
「ゆ、有給!?」

もう一人の門番も笑いながら私の肩を叩いた。今や私の両肩は、初対面の人に決して軽くない叩きを受けてジンジンと痺れている。
人違いにしても扱いが激しすぎる…!怖い!!

「おいおい有給とか俺らにあったっけ~?」
「バカ、あるに決まってんだろ?使ったことねェけど!」
「あ、あの…っ」
「それを早雨は使ったのか~!?俺、いまだに自分から申請する勇気ねェわ~。」
「幕府も義務化したし、うちも通りやすくなったんじゃね?」
「マジか!よし、早雨を殿に俺たちも有給申請しようぜ!」
「有給ゲットだぜー!!」
「あのっすみませんが!」
「あん?」
「なんだよ、早雨。」

やっと届いた…!
…というより、この人達は私の名前を知ってるのね…。退さんから聞いているのかしら。

「退さん、いますか?」
「退?」
「退って誰だ。聞いたことある気はするが…」
「あ、えっと…山崎です。」
「「ああ山崎!」」

私は気さく過ぎる彼らにドギマギしながら、手にしていたお弁当と書類を見せる。

「これを山崎に届けたいんですが…」
「何だよ、それ有給の土産じゃねーの?」
「温泉まんじゅうとかじゃねーの?」
「ちっ違います!お弁当と…書類です。」
「「……。」」

門番が二人して真顔になった。顔を見合せ、二人一緒に私を見る。

「その荷物、何だって?」
「お弁当と書類です。」
「…誰に渡すって?」
「山崎です。」
「山崎って……」
「山崎 退です!」

ああ、これでやっと渡せそう!
安著の溜め息を心の中でつこうとした時、

「…無理。」

神妙な顔つきで、一人の門番が言った。もう一人の門番も、同じような顔をして言う。

「ムリムリムリムリ…。」
「え…?」
「いや…意味分からなさすぎだろ!」

彼らは二人して、自分自身を抱きしめるように腕を回した。

「怖い怖い!早雨の行動の意味が分かんねェよ!」
「お前、俺達に恨みでもあるわけ!?どんな土産くれようとしてんだバカ!」
「あのお土産じゃなくて普通にお弁当と」
「ちょっ、こっち近付けんなって!俺パス!」
「あ…じゃあ、あなたにお願いしても……」
「はァ!?俺もパス!ってか一生パス!!」

え…なに?どうしてこんなに嫌がられてるの…?

「あの…本当にただのお弁当で…、これ…きっと大切な書類だと思うから…」

この職場、何なの…?これくらい渡してくれたっていいじゃない…。ひどい!冷たい!

「っ……。」

うぅっ…、…なんだか泣けてくる。
じわっと視界が悪くなり始めた時、

「…あァ?…紅涙、さん?」
「!!」

その声が、

「どうしたんです?こんな朝っぱらから。」

いつもの何倍も、私の身体に響いた。

「っ…土方さん!」

思わず駆け寄ろうとした足を慌てて止める。
あ、危ない…。私は今、何をしようとしていたのかしら…。

「…泣いてたんですか?」
「あっいえ…これは…その…、」

私はそう言いながら、つい無意識に彼らの方を見てしまった。本当に、無意識に。

「お前らか…。」
「「え!?」」
「紅涙…さんに何したんだ。」
「べべべ別に俺達は何もしてないっすよ!」
「そうっす!むしろ山崎に弁当を渡せなんて悪趣味なことをする早雨を叱ってくださいよ!」
「…山崎に…弁当?」

土方さんが私の手元を見た。その視線に頷く。

「私、これを退さんに届けに来たんです!でもお二人とも渡してくださらなくて…。」

あ…土方さんに言いつけたみたいになっちゃった。ごめんなさい、門番のお二人。

「…そういうことか。」

土方さんが私の手元を見たまま呟く。
この深刻な様子、もしかして…届けちゃダメなのかしら。きっと『外部からの持ち込み禁止』とか、そういう規律があるのね。
……それなら、

「お弁当の持ち込みが駄目なら構いません!」
「?」
「でもせめて、この書類だけでもお願いできませんか?これ…っ昨日、退さんが必死に作っていたものなんです!」

頭を下げ、土方さんに書類を差し出した。

「……、」

土方さんが細く息を吐く。

「…違いますよ、紅涙さん。」
「え……?」

顔を上げる。土方さんは門番の二人に中へ戻るよう告げると、私に向き直った。

「山崎への書類も…弁当も、あなたの手で渡してあげてください。」

土方さんは、

「俺なら…、……、」

僅かに眉を寄せ、

「俺なら…あなたから直接貰った方が、嬉しいから。」

そう言って、苦笑した。

「っ…、」

胸が痛い。何かが突き刺さった。
土方さんの言葉に…想いに、いよいよ私の一部が攫われ始めているような気がした。

「どうぞ入ってください。」

スッと私の横を通り過ぎ、土方さんが門をくぐる。私は、

「っあの!」

気付けば、その背に声を掛けていた。…ううん、これは無意識じゃなかったかもしれない。

「わっ私で良ければ…そのっ…、」
「…?」

私…この人に何かしたい。してあげたい。

「私で良ければ…っ、…土方さんのお弁当、作ってきます!あっ味には自信…ないですけど…。」

さっきの土方さんの言葉は『ただの例』じゃない。私に願っているのだと、その眼が伝えてきた。
だから思いきって口にした。……のだけれど、

「……。」

土方さんが難しい顔をして沈黙する。
……あれ。もしかして…私の勘違い?
次第に自分の大胆過ぎる発言が恐ろしくなってくる。

「っああ、私なんてことを…!」
「紅涙さん?」
「勝手なことを言ってすみません!」

慌てて頭を下げ、

「さっきの言葉、忘れてください!!」

まくし立てるように告げる。恥ずかしくて顔が熱い。早とちりもいいところだ。むしろ独りよがりな考えに嫌気がさす!

「……フッ、」
「?」

土方さんの小さな笑いに顔を上げる。すると土方さんが、笑みを浮かべたまま、「ああすみません」と言った。

「さっきの提案、忘れなくてもいいですか?」
「…え?」
「弁当、作ってほしいです。」
「!」

…ああ、……どうしよう。

「っ…はい!作ります!!」

どうしよう。私…すごく嬉しい。すごく…っ、うれしいよ!

「いつ持ってくればいいですか?」
「そうだな…、…あ。少し先ですが、」
「はいっ。」

土方さんに頷きながらも、私の頭の中は早くもお弁当のおかずを考え始めていた。
たまご焼きは甘い方が好き?それとも、だし巻き派?

「五月五日。」
「五月…五日、ですか?」
「ええ。その日に作ってもらえませんか?」

よかった…!まだ少し考える時間がある。

「わかりました!ちなみにその日は何かあるんですか?」
「…ええ。俺の誕生日なんですよ。」
「えっ!?」

たっ誕生日!?

「今年は良い誕生日プレゼントが貰えるようで嬉しいです。」
「なっ…そ、そんなっ!私のお弁当がプレゼントだなんて申し訳なさ過ぎます!」
「…いや、」

土方さんはゆっくりと首を振り、

「…あなたの物が欲しい。」

いつになく真剣に、いつになく深い瞳で私を見つめる。吸い込まれてしまいそうな錯覚に落ちた。

「土…方さん……、」

そっと伸びてきた手が、私の髪を耳に掛ける。

「紅涙さんの作ったものが、嬉しいんですよ。」
「っ……」

心臓がうるさい…息が苦しい。

「わ…かりました……、じゃあ…五月五日に。」
「楽しみにしてます。」

私はぼんやり頭を下げる。余韻に包まれたまま、帰路についた。
道中も、帰り着いてからも、いつも以上に土方さんのことが頭から離れない。

「はふ……、」

溜め息と胸に溜まった想いが入り交じった。

「土方さん…」

口にするだけでドキドキする。
…認めよう、もうこれは恋だ。私は土方さんに恋をしている。

「でも私は退さんと同棲してるのに…。」

罪悪感が湧く。結婚していないとはいえ、違う人を…それもよく家へ遊びに来る身近な人に好意を抱いてしまうなんて。

「こんなこと、退さんに言えるわけ……あ。」

そこで気付いた。

「やだ…、私ったら。」

渡すはずだったお弁当と書類を持って帰ってきている。

「も~…いっか。」

結局、退さんのお弁当は私がお昼ご飯に食べるとして、書類を届けることは諦めた。

にいどめ