退くんの恋人 7

惹かれるものは変わらない

「俺は…、…紅涙が好きなんだ。」
「土方さん…」
「…思い出せよ、バカ。」

返事はいらないとばかりに、土方さんはまた口づける。

だめ…、…っこれ以上はダメ、…なはず………あれ…?どうして……ダメ、なんだっけ?私はこんなに土方さんが好きで…、土方さんも私のことが好きなのに…。どうして…?

「んぅっ…、っ、…は、ぁ」

ああ…もういいや。もう何も考えられない。
だって土方さんに触れると、こんなにも気持ちいいんだもの…。こんなにも全てが私に合う…。私の身体がこの人に触れて喜んでいる気さえする。

「紅涙っ…」
「っ…、ひじ、かたさ…ん、」

溢れる想いで名前を呼び合い、互いに深く息を吸う。
その時だった。
―――カタンッ…
小さな音を立てて、エレベーターの扉が開いた。
扉の先にいた退さんと局長さん、そして離れる間もない私達の目が合う。

「…あ。」
「おおっ!?」

私はとろけるような思考の中で、ゆっくりと退さんのことを認識する。
退さん…、そうだ…私…退さんがいるのに…土方さんと…。何か…言わないと…。

「退さ―――」
「山崎、」

私よりも先に土方さんが話す。

「ご苦労さん。」

それだけを言うと、土方さんは見せつけるようにしてまた私に口づけた。

「んんっ!?」

これはマズいんじゃ…!?
退さんの驚く声がする。局長さんに至っては「戻ったのか!?」とよく分からないことを言っていた。

「ちょ、っ、待って…ッん」

どっどういうつもりなの土方さん!こんなの…っ、あまりにも退さんに申し訳ないよ!
さすがに思考が冷えていく私の頭に、

「本日はお越しいただき、誠にありがとうございます。」

店内アナウンスが入ってきた。
落ち着いた上品な声色が、このとんでもない状況を一瞬忘れさせてくれる。

「本日お越しくださいましたお客様には、全ての方に桜餅と柏餅をお配りしております。」

え、全員に!?

「どうぞお帰りの際の手土産として、お持ち帰りくださいませ。」

うわ…!やった!!桜餅と柏餅を貰えるなんてラッキー……、

「……、」

……あれ?

「ん…、…?」
「…どうした、紅涙。」

『桜餅』…。

「……、…。」
「紅涙?」

まるで頭の中の霧が晴れるように、スーッとクリアになる。どんよりと濁った何かが消え失せ、清々しいくらいに。

「…私…なんでこんなところに……、」

…あ。

「紅涙、お前…、」
「……、」

思い…出した。

「まさか……」
「どうしたんだトシ。早雨君の体調が悪いのか?」
「えっ、大丈夫なの!?紅涙さん!」

口々に私を心配する声が聞こえる。土方さんは黙って私を注視していた。

「あっあの…私、」

いきなりで何ですが、

「思い…出しました…、……桜餅で。」

ああっ、なんて恥ずかしいきっかけ!
私は土方さんの腕の中で、気まずさを感じつつも小さく右手を挙手した。

「思い出したというのは…アレかい?これまでの記憶が?」
「…はい。」
「じゃあ俺が紅涙さんの彼氏だっていうことも…」
「山崎さんが私に合わせて生活してくれてたんですよね。」
「「!」」
「なんかすみません…。せめて『今まで何を?』とか言えればそれっぽかったんですが…全部覚えちゃってるみたいで。」

苦笑して、「ご迷惑をお掛けしました」と告げた。

「…紅涙…、」

土方さんが珍しく頼りない声で私を呼ぶ。

「何ですか?」
「本当に……戻ったのか?」

疑いの目に、私は頷いた。

「戻りました。」
「……、」
「土方さんにも、変な設定で合わせてもらって。」
「……。」
「…土方さん?」
「……。」

返事がない。放心状態のようだ。

「あ……えーっと?」

助けを求めるように、エレベーターの外側にいる近藤さんと山崎さんを見る。
近藤さんは嬉しそうに大きく頷き、山崎さんは疲れ切った顔を引き攣らせて笑っていた。そして二人は軽く片手を上げると、背を向けて歩いて行った。

「え、ちょっ……」

これは…『二人でお好きに』ってことでいいのかな。

「…土方さん?」
「……。」
「土方さんってば!」
「っあ…ああ。」

相当心配させちゃってたんだな…。

「私、ちゃんと戻りましたよ。」

土方さんの頬に触れる。

「お待たせしました。」
「……はぁ、」

土方さんは震える溜め息を吐き、私の手に自分の手を重ねた。

「ヤベェ…。なんか…いざ戻ると…気が抜けた。」

ヘナヘナと座り込む。私はその姿が愛しくて、たまらなかった。迷惑を掛けて、つらい思いをさせて。

「…よかったよ…、無事に…戻って。」

たくさん我慢もさせたし、いらない気まで遣わせた。
でもそうやって疲れた顔をするあなたに…今、私は謝らない。もちろん心の中では謝っているけれど、声には出さない。

「…早雨 紅涙、ただ今戻りました!」
「フッ…なんだよそれ。もっと詫びろよ。」
「詫びることより、言いたいことがありますから。」

『ごめんなさい』より、伝えたいことがあるから。

「…土方さん、」
「ん。」
「ずっと傍にいてくれて、ありがとうございました。」

ありがとう、土方さん。どんな状況になっても、一生懸命に私を想ってくれるあなたが大好きです!

「……なんだよ、ほんとに全部覚えてんのか。」
「はい!ぜーんぶ。…ふふ、今思うと新鮮な時間でしたねー。」
「言っとけ。はァァ…どっと疲れが出てきたわ。」
「じゃあ迷惑かけた分、私が癒して差し上げます!」
「そりゃありがてェな。」
「わ…素直。」
「言っただろ、疲れてんだよ。…けどまァ、」

土方さんは私の手を掴み、意味深に微笑む。

「お前の恋人するくらいの体力なら残ってるけどな。」
「…ハレンチ!というかオヤジ!」
「うっせェ!」
退くんの恋人
「土方さんっ、約束のお弁当どーぞ!ハッピーバースデー!」
「おう、…っておい!なんだよコレ!」
「念願の手作り弁当ですよ?」
「おま…これ米の上にマヨネーズかけただけじゃねェか!」
「違いますよ!ご飯の上にマヨネーズ。の上にご飯でマヨネーズです!」
「あの料理本の知識はどこに葬られたんだ…。」
「好きな物だらけで嬉しいでしょ?私からのプレゼントでしたー。」
「いやコレだけ!?俺の誕生日、なんかいい加減じゃね!?」
「そんなっ…!一体、何本のマヨネーズを使ったと思ってるんですか!」
「安っ!…あーもういい!お前、自分の首にリボン結べ。」
「なっ…裸エプロン級の昭和!やっぱりオヤジ!!」
「うるせェェ!!」
2013.05.05
Toshi … You are the best man I’ve ever known !
and … Thank you for 2th Anniversary !!
2019.12.24加筆修正 にいどめせつな

にいどめ