卒業生入場
「…よォ。」
「土方君…、おはよ。」
「お前、暗くねェ?」
土方君が後ろから声を掛けてきた。私は振り向いて、「ん」と曖昧な笑みだけを返す。
「ンだよ、女々しいヤツだな。」
「だって…もう明日から皆に会えないんだよ?」
「俺ァこんなヤツらとようやく別れられて清々してるけどな。」
清々、か……。
土方君の言葉を聞きながら、軽いカバンを机に置く。斜め後ろの席に座る土方君も、同じように軽いカバンを置いた。
教室の中は最後の思い出を刻む子達で溢れている。写真を撮る子とかアルバムに寄せ書きをしている子とか、もう泣き始めている子とか。
「……、」
当たり前に来ていた場所へ、もう当たり前に来れなくなるということを皆が痛感している。
「お前も、もう泣くのか?」
「うるさい、」
「化粧とれんぞ。」
意地悪に笑う。
土方君は本当に悲しくないのかな…。私はすごく悲しいよ。
すごく……寂しい。
みんなと別れるのが。
-Sweet Memory-
「おら座りやがれコノヤロー。」
教室に入ってきた銀八先生がいつもと違う。
ダラダラでテロテロの白衣じゃない。きっちりしたスーツだ。
…あーあ。本当に……卒業式なんだね。
「お前らはZ組だから一番最後の入場な。それまでにこれ付けとけ。」
銀八先生が各列に花を配った。桜色の、丁度私の手の平と同じくらいの大きさのカーネーションだ。
「変なとこに付けんじゃねーぞー。胸ポケット付近に付けとけー。」
「先生、それは前振りアルか?」
「違ェよ!ったく、こんな日くらいマトモな解釈しろ。」
ガリガリと頭を掻いて、先生が黒板の方を向く。
何か書くつもりだったようだけど、既に黒板には誰かが書いた『卒業式』という文字があった。『楽しかったZ!』やモジャモジャの塊みたいになった銀八先生の似顔絵と一緒に。
「……鶴瓶じゃねーかよ。」
銀八先生が呟いて、小さく笑った。
「これどうかしら、紅涙ちゃん。」
お妙ちゃんが花を髪に付けて見せる。
うん、似合ってる。似合っててすごく可愛いけど…
「髪だと怒られちゃうかもよ?」
「平気よ~。今日は結婚式の次に女を輝かせる日だもの。涙で男を落とす日だもの。」
「お、お妙ちゃん?ちょっと違うような…」
「お妙さァァん!俺ァ落とされましたよ!しっかり落とされちゃったので今日はお持ち帰り的な方向で…ッゲフォォッ!」
「お前の鼻からカーネーション出してやろォか、アァン?」
お妙ちゃんが近藤君を蹴り倒す。「もうっ」と言いながら、結局髪から花を外した。
こういう光景も見れなくなるんだな……なんて考えていると、
―――トントン
「?」
後ろから肩を叩かれた。振り返ると、瓶底メガネの神楽ちゃんが花を二つ手にしている。
「コレどうアルか、紅涙!」
「か、神楽ちゃん、胸ポケットに付けなきゃだけど…一つでいいんじゃない?」
「何言うアルか!胸は二つネ!だから両方に付けなきゃいけないアル!」
「で、でもポケットは一つだし…」
花をボインと揺らすように「どうアルか!」と迫ってくる。というか、その花は誰の……
「ちょっと!困るよ神楽ちゃん!」
新八君がやってきた。神楽ちゃんの胸に付いてる花を見て、取るに取れず困り顔をする。
「僕の花なんだから雑に使わないでよ!」
「新八は花いらないネ。胸ポケットに眼鏡でも付けとけばいいアル。」
「それだと目が見えなくなっちゃうでしょーが!というか神楽ちゃん。今は神楽ちゃんも眼鏡してるんだから、眼鏡ネタは響かないよ。」
「……チッ。」
「おいそこー。って、神楽お前っ!」
神楽ちゃんは銀八先生に見つかり、渋々と新八君へ花を返す。
その銀八先生の腕には、ずっと猿飛さんがベッタリくっついていた。
「先生ぇっ、今日の先生は一段とSっぽいじゃない!?まさか卒業式の後にその上着だけを私に着せて羞恥プレイを…っグフォォォッ!」
「離れろっつってんだろうが。あっ、おまっ、納豆付いたじゃねェか!クッセー!!」
銀八先生が猿飛さんを引き剥がす。顔面を押して離そうとするものだから、猿飛さんの首からグキッと鈍い音が鳴った。それでも猿飛さんは首を押さえながら嬉しそうに頬を染めている。
「やだ離れないで先生~!ネバネバして~!」
「うるせェ!もう近づくな!!」
銀八先生は「着替えてくる」と言って、教室から出て行った。すると、そのタイミングを狙ったように山崎君が私の席に来る。
「あの…っ、早雨さん!」
「どうしたの?」
「あ、えっとさ、そのォ…写メ、一緒に撮ってくれない?」
「うん、いいよ。」
「!!ありがとう!一生の記念になるよ!」
ふふ、大袈裟だなぁ。
私は立ちあがって、山崎君の隣に立った。
「山崎ィ、俺が撮ってやりましょうか。」
「沖田さん、お願いしまッス!」
山崎君はなぜかいつも沖田君に敬語を使っている。彼いわく『本能的に』だそうだけど…同じクラスなのに不思議。
山崎君は嬉々としながら沖田君にスマホを渡した。