それほど大切じゃない 1

土方さんが買い物袋を差し返した。

「悪かったな。気を付けて帰れ。」
「え、ちょっ…」
「待ってくだせェ。」

バンッと音が鳴り、沖田さんが車を降りてきた。

「まだ分かりやせんぜ、土方さん。」
「どういう意味だ？」
「それがアイスじゃないって証拠はありやせん。ちゃんと中身まで改めねェと。」

そう言って、私の手から袋を奪い取る。

「あっ」
「俺が改めてやりまさァ。」

不敵な笑みを浮かべ、袋の中へ手を入れた。アイスを1つ取り出す。あろうことかフタを開け、勝手に指で掬って食べた。

「ちょ、ちょっと！何やってるんですか！？」
「検査でさァ。」
「検査って、よくもそんな嘘を…」
「いや、あながち嘘でもねェぞ。」

やれやれといった様子で、土方さんが目頭を押さえる。
…と言うか、検査って何の？毒味とかそういうことなら、全く頼んでないんですけど。

「で、総悟。どうなんだ。」
「うまい。」
「そりゃあ美味しいでしょうよ！」

だって258円だもの！次はいつ買えるか分からない爆発的人気商品だもの！

「けど、ちょっと甘すぎるかもしれやせんね。」
「誰が味わえっつった？」
「冗談でさァ。これは問題なく純粋なアイスですぜ。土方さんもひと口。」
「いらねェ。っつか、もし混入してたらどうするつもりだよ！微量でも依存性は高いんだぞ！？」
「心配いりやせん。」

沖田さんが再びアイスを指で掬う。

「考えてもみてくだせェ。こんなところで売り買いするような輩が、わざわざ他の物と混ぜるなんてしやせんよ。」
「分かんねェだろうが。固体のまま入れりゃ、あとで簡単に抽出できる。」
「さすがは疑い深い土方さんですねィ。その女を調べもせずに帰そうとした人とは思えやせん。」
「っ！！…こ、コイツは一目瞭然だったんだ！こんな目ェした奴が関与してるわけ――」
「あ、あの…！」

控えめに手を上げる。一斉に二人の視線を受けた。

「そろそろ…帰ってもいいですか？」
「ああ悪かったな。アンタはもう帰って…」
「いいわけねェだろ土方コノヤロー。」
「あァ？総悟、珍しく仕事熱心なのはいいが、それならそれで俺の判断に従えよ。」
「上がしっかりしてねェから口挟んでやってるんでさァ。」
「テメェってやつはいちいち口答えを…っ」

この二人に付き合っていると、一生帰れない気がしてきた…。
これ以上長引かされて、他のアイスまで犠牲にするのだけは防ぎたい！

「っ、あの！」
「「……。」」
「よく分かりませんけど、私は何かを疑われてるんですよね？」
「ああ。」
「それなら、何で疑われているのか説明していただけませんか？状況が掴めないと協力も出来ませんし。」
「…確かにそうだな。」
「女の口車に乗って騙されるのがオチでさァ。」
「いい加減にしろ。」

ゴンッと沖田さんの頭に拳を落とす。

「お前は車に戻っとけ。」
「せいぜい真選組に泥を塗るようなことはしないでくだせェよ。」
「テメェに言われたくねェよ。」

沖田さんは食べかけのアイスを持ったまま、運転席へと戻って行った。

「私のアイスが…」
「悪かったな。弁償する。」

千円札を差し出される。

「釣りはいらねェ。あとで買い直してくれ。」
「…そんなこと言われても、もう売ってないんです。」
「売ってない？」
「次はいつ入荷するか分からない商品なんです、アレ。」
「そうだったのか…。悪かった。」

申し訳なさそうに告げられ、行き場のない千円札が風に揺れる。
きっとこのままグチグチ言っても話は終わらないのだろう。私は千円札を受け取ることにした。

「いただいておきます。これでアイスはなかったことに。」
「助かる。」

土方さんが口元に僅かな笑みを浮かべた。
…くっ、いちいちカッコイイな！

「そ…それで、私は何を疑われていたんですか？」
「薬物所持だ。」
「…へ？」
「『アイス』ってのは覚せい剤の隠語なんだよ。」
「えぇぇぇ！？」

土方さんは携帯灰皿を取り出し、短くなった煙草を揉み消す。そしてすぐさま、新しい煙草に火を点けた。

「お前、店先で言ってただろ？」
「い、言いましたけど、アイスを買っただけで疑うのなら、私以外にもたくさんいるんじゃ…」
「だな。だがお前の言動はドンピシャだった。」
「…私、何を言ってました？」
「『やっぱ穴場だ』とか『3つは保管』とか。」

あー…言ったわ。

「すみません、紛らわしいことを言って。」
「いや、偶然のせいっつーか、俺達が焦っちまった部分もあるからな。ちょうど張り込んでたところでよ。」

おもむろに土方さんは懐から何かを取り出し、私に見せた。

「念のために聞かせてくれ。これにも見覚えねェよな？」

土方さんの手の平に、小さなハート形をした砂糖菓子のようなものが乗っている。

「これは…？」
「『愛染香』だ。嗅ぐだけでその場にいる相手に恋愛感情に似たものを抱かせる代物。あまりの効果で、禁止薬物の指定を受けている。」

あ……少し前のニュースで見た。吉原の遊女が大量の愛染香を燃やして、歌舞伎町周辺を混乱させたって。

「でもあの時、報道では『全て燃えた』って言ってましたけど…」
「それが残ってたんだよ。今は、これ1つだけどな。」
「今は？」
「隠し持ってた奴が複製している可能性もある。一応、『してない』とは証言していたが…どうだか。」

土方さんが愛染香を手の平で転がす。淡いピンク色のハートは、見ている限りでは可愛い物だった。

「で。これを持ってた奴が覚せい剤も売っていてな。受け渡し場所がこの西遊郭店だったってわけだ。」
「そしてその条件全てに一致したのが私…。」
「ああ、偶然にも。」
「ほんと…ミラクルな偶然ですね。」

互いに顔を引きつらせ、苦笑する。

「まァ知らねェみてーだし、お前は気にせず帰ってくれ。」
「はい。お話しいただき、ありがとうございました。」
「こっちこそサンキュな。長い時間、足止めさせて悪かった。」
「いえ、それじゃあ。」
「おう。」

土方さんが咥えていた煙草を指で挟む。その時、先端から灰が落ちて…

「…あ。」

その灰が土方さんの手の平を目がけて、真っ直ぐに落下し…

「ッ、やべ！」
―――ジュッ…
「「……。」」

焦りもむなしく、愛染香の上へ落ちた。たちまち、ゆるゆると桃色の煙が立ち上る。

「うわぁ…これってすごく甘い香りなんですね。」
「バカっ、息止めろ！」
「え？」
「この煙を吸ったら、お前はっ…、……。」

土方さんが話すのをやめた。

「どう…しました？」

あれ？私……なんか土方さんに話し掛けるだけでドキドキする。
さっきまで、こんな気持ちじゃなかったのに…。

「…くそっ、」

土方さんが悔しそうに眉を寄せ、自分の胸の辺りを握り締める。

「お前を見てると…っ、胸が苦しい。」
「えっ…」
「こんな気持ち、もう俺の中にはないと思っていたのに…っ、」

唐突に私の腕を引っ張り、強く抱き締めた。

「！！」
「この胸の痛みを治められるのは、…お前だけだ。」

土方さん…！！

「好きです！」
「俺も好きだ！」

土方さんの背中に手を回し、抱き締める。

「あーあ。だから『泥を塗るな』って忠告したのに。イケねェ副長でさァ。…ククク。」

にいどめ

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