それほど大切じゃない 4

結果からすると

「ここに座れ。」

土方さんが座布団を敷いてくれる。傍の机には、大量の書類が積み上げられていた。

「すごい量ですね…。これ全部に目を通すんですか?」
「もちろんだ。まァ今回は明日中に提出するものだから、普段よりも楽だがな。」
「そうですか…、……?」

って、ちょっと待って!

「明日!?もう時間がないじゃないですか!先に仕事をっ」
「何言ってんだよ。今は紅涙と過ごす方が重要だろ?」
「っ、でも」
「こんなツマんねェ話はやめにしよう。」
「土方さん…。」

「ゲフンゲフン。え、えーっと…」
「「……、」」

部屋の隅に座っていた山崎さんが、小さく手を上げる。

「俺はここで監視させてもらってますんで。くれぐれもイチャつくようなことは…」
「邪魔だ。」
「え、」
「どけ。視界に入る。」
「は、はい…すみません。」

僅かに横へ移動する。しかし、

「そこも目に付く。」

土方さんは顎で『どけ』と促した。

「ここにいてェなら、いつも以上に存在を消せ。息する以外の動きも禁止。」
「息する以外って…」
「あァ?」
「わかりました!なんか…立場が逆だな、俺が監視役なのに。」
「文句あるなら聞いてやるぞ。ただし聞いた後は叩き出す。」
「見事に消してみせます!」

山崎さんが拳を作って見せる。土方さんは疲れた様子で溜め息を吐いた。

「紅涙、さっきのアイスを出してくれ。」
「アイスって…この溶けてる物ですか?」
「ああ。そいつをうまく消費する方法がある。」

土方さんが戸棚を開けた。中から、なんとも高そうな洋酒のボトルを取り出す。

「それは?」
「バーボン。こいつにアイスを混ぜたらどうかと思ってよ。」
「え!?」
「飲めねェか?」
「いえ…少しなら大丈夫、だと思いますけど。」
「けど?」

土方さんがボトルを机に置いた。邪魔になりそうな書類は雑に端へ寄せる。

「飲み慣れたお酒じゃないので、すぐに酔っ払っちゃうかもしれません。もしかしたら迷惑を掛けるかも…。」

うつむく。部屋に沈黙が流れた。
不思議に思って顔を上げれば、やや頬の赤い土方さんと目が合う。

「……なんつーか…可愛いな。」
「っ!」

「ブフッ!」

「…山崎。」
「す、すみません!俺は何も聞いてません、俺はここにはいません!」
「だよなァ?今聞こえたのは気のせいだってことにしてやるよ。」

ひと睨みして、土方さんがグラスを一つ取り出した。おそらく一人酒のために用意している物だろう。

「よく飲むんですか?バーボンのアイス割。」
「いや、ない。」
「ない?」
「飲んだことない。」
「…、…え?」

今回が…初?というか、実験?
土方さんはお酒を浅く注ぎながら、「安心しろ」と言った。

「バーボンの中でも甘めの酒だし、相性は悪くないはずだ。」
「そ、そうですか。」

まぁ目にする組み合わせだし、合わなくはないよね。

「あの、出来れば初めはアイス多めで…」
「わかってる。まずは飲めるかどうか試してみねェとな。」

土方さんがアイスのカップを開けた。案の定、中のアイスはほとんど形がない。

「うわぁ…。溶けててビックリしてるでしょうね、万事屋さん。」
「構やしねェよ。紅涙にキスした罰だ。」

罰って…

「…ふふっ。」
「何だ?」
「嬉しいです。土方さんがヤキモチをやいてくれて。」
「…バカ、そんなことで喜ぶな。」

ほんのり赤い顔でそっぽを向く。
かっ…かわいい!普段とのギャップで二倍かわいい!これがジャイアン映画版の法則か!

土方さんはグラスにアイスを入れ、バーボンを注ぐ。赤茶色の液体と白い液体が混じり、見た目はミルクティーのようだ。

「出来たぞ。飲んでみてくれ。」
「はい!いただきます。」

グラスに口を付ける。

「ん…、」

アルコールのキツい香りが鼻に抜けた。けれどすぐにバニラの風味が広がる。

「おいしい!」

これは飲みやすい。

「いけそうか?」
「はい!もう少しバーボンを足しても大丈夫かも。」
「そうか。なら俺も…」
―――ザザッ
「「?」」

畳の擦れる音に、二人して顔を向ける。山崎さんが「すみません」と苦笑した。

「ちょっと足がしびれちゃって。」
「あ…いえ、」

…やばい、この一瞬まで完全に忘れてた。

「えっと…、山崎さんも飲まれます?」
「おい紅涙、」
「いいんですか!?」
「コイツは仕事中だ。放っとけ。」
「でも私達のせいでお仕事することになったわけですし…」
「だとしても今は監視役だろ。飲酒なんて以ての…、……。」
「?…土方さん?」

ふと口を閉じた土方さんが、フッと笑う。

「…そうだな。」
「え?」
「山崎、お前に『一杯』やる。」
「ほんとですか!?」

土方さんが頷く。

「特別だ。つってもグラスが一つしかねェから…」
「カップでいいです!」
「か、カップって…アイスのですか?」
「はい!舐める程度でいいんで!グラスで作ったものを、カップにチョロっと入れていただければ十分です!」

そうだよね、一応は仕事中だし。

「いや、それじゃあ飲みづれェだろ。」

意外にも土方さんが首を振る。

「もう一つグラスを持って来い。」
「結構です!お二人の傍を離れるわけにはいきません!」

ビシッと敬礼する。土方さんが舌打ちした。

「…気の利かねェヤツだな。」
「なっ、これも副長のためですよ!?」
「俺は望んでない。」
「感情として望んでいなくても、本能では愛染香を抑え込もうとしているはずです!」

…なぜだろう。山崎さんの話は正論だし、私だって愛染香を支持するわけじゃないけど、『今』を否定されると…すごく、傷つく。

「副長も頑張って自制してくださいよ。」
「…るせェ。」

フンと鼻であしらい、私に手を差し出した。

「紅涙、そのグラスを貸してくれ。」
「あ、はい。」

手渡す時、ほんの少し指が触れ合う。そんな些細なことにもドキッとした。

「ごっ…ごめんなさい。」
「いや、……、」
「「……。」」

視線が絡むと、離せなくなる。

「…紅涙、」

グラスを持つ私の手に、土方さんはそっと手を添えた。

「落とすなよ。」
「は、はい…、…気をつけます。」
「心配だな。俺が飲ませてやろうか?」
「えっ」

「ゲフンゲフン。」

山崎さんの咳払いが甘い空気を裂いた。

「テメェ…」
「すみません。咳を我慢するのは身体によくないって、以前に沖田隊長のお姉さんから聞きまして。」
「……。」

土方さんがキツく眉を寄せた。

「山崎…、」

触れ合っていた手の温もりが静かに去る。

「次に知ったふうな口を利きやがったら、テメェの存在を消してやるからな。」
「す…すみません。」

山崎さんが目を伏せた。なんだか急に…空気が悪い。

「……土方さん?」
「っ、悪い。山崎に酒をやるんだったよな。…すぐに作る。」
「でもそのグラスで作ったら土方さんが飲めないんじゃ…?」

というか私も。

「いや、これは俺と紅涙のグラス。山崎は、」

土方さんが立ち上がる。先ほどグラスを置いていた戸棚から、紙コップの束を取り出した。

「山崎はこっちだ。」
「副長、なんでそんな紙コップまで…」
「うるさい。黙って待ってろ。」

束から紙コップを一つ取る。アイスを入れて、バーボンを注いだ。注いで、注いで、注いで……え?

「ひ、土方さん?」
「ん?」
「ちょっとそれ、お酒が多くありません?」
「さっきの配合は甘かっただろ?ならこれくらい入れても問題ない。」
「で…でも……」
「心配すんな。…ちゃんと考えてる。」

土方さんが少し声量を下げた。その口元に、ニヤりとした笑みを浮かべている。…確かに何かを考えている顔だ。

「…よし、出来たぞ。」

紙コップの中は、私が飲んだ時と同じミルクティー色。しかし濃度は全く違う…はず。見ている限り、液体の9割近くはバーボンで出来ていた。

「山崎、ほらよ。」
「うわぁっ!ありがとうございます!」

ササッと山崎さんが歩み寄り、土方さんから紙コップを受け取る。

「えっ、ちょ、副長!?こんなに…ちょっと多すぎますよ!」
「深夜残業してるお前にサービス。テメェで加減して飲め。」
「~!!」

山崎さんが目を輝かせた。

「副長が優しい…っ!」
「あァ?」
「いえ!ありがたく頂きます!」
「ああそうだ山崎、この酒はとっつぁんからの貰い物だ。残して捨てるなよ。」
「はっはい!心していただきますっ。」

慎重に紙コップを持ち、山崎さんの定位置となっている部屋の隅の方で腰を下ろす。

「いただきます。」

紙コップを両手で持ち、少しだけ傾けた。

「うわ、なんだこれ…」

そう呟くと、今度はグビグビと飲み始める。

「ぷはー!なんだコレ、スゲェうまい!スゲェ軽い!」

あんなにバーボンが入ってても違和感ないんだ…。お酒に強いのかな?

「この割り方だといくらでも飲めそうですね!酔う気がしない!」
「そりゃ良かったな。…くく。」

土方さんが喉で笑った。けれど山崎さんはそれに気付かず、紙コップの中を見ながら幸せそうな溜め息を吐く。

「ほんとウマいなァ…。とっつぁんがくれた酒なら、きっと高いんでしょうね~。」
「どうだろな。俺には甘いばっかで分かんねェ味だが。」
「えっ、それならくださいよ!」
「はァ?やるかバカ。」
「そんなァ~。好きじゃないって言ったくせに…。」
「言ってねェし!味が分からねェっつっただけだ。」
「ううっ…、じゃあチビチビ飲もう。」

紙コップに口を付け、ほんの僅かに傾ける。土方さんは手元のグラスに少しバーボンを注ぎ足すと、

「仕方ねェ。」

そう呟いて立ち上がった。

「わァったよ。飲んだ分だけ酒を足してやる。」
「え!?ほっほんとですか!?…や、やったァァ!今日の副長は夢みたいに優しい!」
「なら夢にしてやろうかコラ。」
「そそそんな!現実希望です、リアルで飲みたいです!」
「なら早く減らせ。」
「はい!」

グビッと紙コップをあおる。

「…紅涙、悪いがアイスを持ってきてくれ。」
「わかりました。」

アイスを持って移動する。なおも飲み続ける山崎さんを見ながら、土方さんは明らかにニヤニヤと笑っていた。

「ぷはっ、空けました!」
「よし、じゃあそこにアイスとバーボンを…」

さっきと同じ配合で山崎さんの紙コップにアイス割りを作る。出来上がると、山崎さんは嬉しそうに飲んだ。

「うまーっ!」

至極幸せそうに。…が、その僅か三分後。

「ひっく…。」

彼は酔っ払った。畳の上に寝転びながら天井を指さす。

「あっれェ~?ここの天井って回転するんレすね~。」
「しねェよ。」
「も~副長ォ~、回すならベッドにしないと~。ウヒャヒャヒャヒャッ、」

舌足らずな山崎さんが楽しげに笑っている。もちろん、天井は回っていない。

「あ~、あんなところにまでマヨネーズを置いてる~。」
「…マヨネーズ?どこだ。」
「ほらァ~、あそこレすよォ~。」

山崎さんの指先を辿るが、そこにはマヨネーズなんて見えない。

「一体何がマヨネーズに見えてるんでしょうね…。」
「わかんねェ…。」

二人で首を傾げる。すると今度は「そう言えばァ~」と言い出した。

「明日って副長の誕生日レすよね~!」
「えっ、」

そうなの?

「プレゼントはァ~今年もマヨネーズ一箱レすよ!あ、俺言っちゃったァ~!アヒャヒャヒャッ」

テンション高いなぁ…。泣く人よりはいいけど。

「山崎、ちょっと黙れ。」
「はいっシュみません!」

山崎さんが横になったまま敬礼する。

「山ラき退っ、ラまリまシュ!」

目を閉じて宣言した。舌は足りないながらも力強く話していたのに、山崎さんはほんの三秒と待たずに…

「ぐぅ~…」

眠ってしまった。

「やっと寝たか。」

眉間を押さえ、溜め息を吐く。

「もしかして、こうなることを狙って…?」
「ああ。これでようやく二人きりだ。」

土方さんが私の頬に手を添えた。…熱い。

「…いいんですか?山崎さんは私達の監視役なのに。」
「邪魔なだけだろ?」
「でも…皆さんは『土方さんのため』って。」
「あんなこと気にするな。」

私の手を引き、グラスを置いている場所まで連れ戻す。腰を下ろした。

「どうせ気にするなら、『誕生日』って部分を気にしてほしいんだが?」

…あ!

「明日なんですね。ビックリしました。」
「今日だぞ。」
「え?」

時計を指す。

「もう今日になった。」

針は12を越えていた。

「紅涙、頼みがある。」
「なんですか?」
「祝ってくれ。」

祝う?

「お前から、一番最初に祝われたい。」

土方さん…。

「どうやって…祝えば?」
「そうだな…、」

イタズラに微笑み、

「紅涙の気持ちが分かるように祝ってくれ。」

そう言った。
私の気持ち…つまり、『好き』って気持ちが分かるように?

「…わかりました。」

距離を詰める。

「どう祝ってくれることになった?」
「土方さんは…ジッとしててくれれば。」
「…わかった。」

土方さんの唇を見る。その唇は弧を描き、私を静かに待っている。

「…早くしてくれ、紅涙。」
「……、」

おそらく土方さんはこの先を…私がキスしようとしていることを分かって、待っていた。

にいどめ