それほど大切じゃない 7

なぜなら全ては、

土方さんに胸倉を掴み上げられながら、山崎さんは声高らかに告白した。

「だって俺っ…副長が好きなんですもん!!」「「「「……。」」」」

空気が止まる。が、その直後。
―――キュルンッ!
山崎さんの目がハート型に変わった。

「なっ…なんだコイツ!」

土方さんが、パッと手を離す。山崎さんから遠ざかる。

「あらら~?コイツは…」
「副長大好き!」
「っバカ!近付くな!!」
「酷いです副長!でもそんな顔も好きです!」
「ッ!?っおい、万事屋!」
「副長ォォ~、もっと近くで顔を見せてくださいよ~ハァハァ。」
「気持ち悪ッッ!」
「それ、愛染香の症状だぞ。」
「愛染香!?」

やれやれと首を振る万事屋さんの隣で、近藤さんも大きく頷いた。

「俺にも見覚えがあるな、あの目は。」

万事屋さんと近藤さんが、うんうんと頷く。

「でも…山崎さんは一体どこで愛染香を?」
「土方の煙草じゃねェか?昨日の夜、アイツも土方の部屋にいたわけだし。」

…あ。そうだ、山崎さんは酔っ払って眠っていたけど…私達と一緒に煙を吸ってたんだ!

「副長ォォ~!」
「こっち来んな!!」
「…大方、土方の吸い終わった煙草でも拾って『間接キス~』とか言いながら、今まで隠れてスーハーしてたんだろ。」
「こわっ…」
「副長ォォ~愛してますよォォ~!」

山崎さんが両手を伸ばして駆け出してきた。それを見た土方さんは、

「気持ち悪ィっつってんだろうが!!」
―――ドンッ

見事に背負い投げる。

「ごぶしッ!……。」

山崎さんは背中から畳に着地し、仰向けになったままで静かになった。

「や、山崎さん?」
「……。」

安らかな表情で目を閉じ、動かない。

「山崎さん!?」
「紅涙チャン、寝かせてやれ。」
「ああ、起こすな…怖すぎる。」
「でっでも……」
「いいって。一睡もしてないっつってただろ。眠ィんだよ。」

そういう感じじゃない気がする…!

「それよりも愛断香だ、愛断香。近藤。」
「ああ。」

近藤さんが先程の愛断香を取り出した。万事屋さんに手渡すと、即座に火を点け、机に置く。

「全員出るぞ。」

山崎さんを残して部屋を後にした。

「まさかアイツまで愛染香が効いていたとは…。」

廊下に出た途端、土方さんが疲れた様子で溜め息を吐く。

「しかし愛断香が残ってて良かったな、トシ。もしなかったら…」
「今頃は土方と山崎がベッドイン…」
「っやめろ!想像すらしたくない!」

土方さんが耳を塞ぐ。万事屋さんも顔を引きつらせて頷いた。

「悪い、今のは謝る。俺もゴリラとの悪夢を思い出したわ…。」
「言うな万事屋。あれは忘れる約束だろ?」
「だな。」
「「「……、…はァァ~。」」」

三者三様の溜め息を漏らす。

「えっと…今からどうしますか?」
「とりあえず俺と紅涙チャンは連れて帰ってもらおうぜ。問題は解決してるんだしよ。」

万事屋さんは伸びをして、

「つーわけで土方、」
「あァ?」
「車、用意して来い。」

外に向かって指をさした。

「何様だテメェ!」
「文句言ってると、紅涙チャンの帰りが遅くなるぞ。」
「…チッ。わァったよ。」

土方さんが立ち去った。その背中を見ながら、近藤さんが小さく笑う。

「今日のトシは大人しいな。」
「そうなんですか?」
「ああ。万事屋もそう思うだろ。」
「お前らのことなんて分かんねェよ。…でもまァ、」

おもむろに携帯電話を取り出す。

「愛断香を使い切らなかった近藤に乗っかってもいいかなとは思う。」
「「?」」
「アイツ、誕生日なんだろ?」
「そうだが…?」
「フフーン。なら仕方ねェな~。」

よく分からない笑みを浮かべ、携帯電話を操作した。私と近藤さんは顔を見合わせて首を傾げる。

「何なんですか?」
「気にすんな、いずれ分かる。結果が伴えばの話だがな。あ、近藤。」
「なんだ?」
「報酬に一万円追加しろ。山崎の件っつーことで。」
「今回は大したことをしてないだろ!」
「文句があるなら後で土方に言え。大人しく払うだろうよ。」

万事屋さんはケケケと笑う。
結局、私達に分かるよう話してくれず、そうこうしている間に車が屯所の前に着いた。

「乗れ。」
「失礼します。」

後部座席へ乗り込む。つい昨夜、来る時に乗ったばかりのパトカーなのに、随分と久しぶりな気がした。

「じゃ、お邪魔しまーす。」

万事屋さんも後部座席に乗り込む。

「バカかテメェ!テメェは助手席だ!」
「あァん?なんでだよ。客人ってのは後部座席に座るもんだろうが。」
「なに厚かましいこと言ってんだ。今さら客人扱いされると思うなよ。」
「おまっ、それって身内ィ!?俺のこと身内認識だったわけ~!?悪いけど、俺はそんな感じじゃ…」
「近藤さん、つまみ出してくれ。」
「了解。」

近藤さんは本当に万事屋さんの襟首を掴んで車から引きづり出した。

「グエッ、っおい!」
「うるせェヤツは徒歩で帰れ。じゃあな。」
「わァった!わかったよ、乗ります助手席に。」

そこまで歩いて帰るのが嫌なんだ…。

「乗るからには静かにしてろよ。」
「善処しまーす。」
「……。…じゃあ近藤さん、紅涙と坂田を送ってくるから。」
「おう、気をつけてな。紅涙さん、迷惑を掛けてすまなかった。」
「いえ…楽しかったです、貴重な経験ばかりで。」
「ははっ、そう言ってもらえると救われるよ。」

近藤さんに頭を下げる。車が発進した。
運転する土方さんに家までの道のりを教え、送り届けてもらう。でも、

「ここでいいですよ。」

近くの大江戸マートで停めてもらうことにした。わざわざ家の前でなくても…いいかなと思って。

「こんなところでいいのか?」
「はい、この先は道も細くなりますし。…ありがとうございました。」

後部座席で頭を下げる。すると助手席の万事屋さんが「え~」と不満げに振り返った。

「なんだよ~。家まで送ってもらおうぜ、紅涙チャン。で、ちょっとお茶でも出してくれたら嬉し――」
「テメェが『送り狼』になってんぞ。」
「やだ野蛮~!俺は喉を潤したいなと思っただけなのにィ~。」
「そうやって部屋へ上がり込むのを『送り狼』って言うんだよ!」
「世の中の奴らと一緒にすんな!どっちかっつーと俺は『犬』だ!愛玩系で無害な感じだ!だから部屋に入れて大丈夫だぞ、紅涙チャン!」
―――バシッ
「ッて!」
「黙れ野蛮犬。」

土方さんが万事屋さんの後頭部を叩き、万事屋さんは叩かれた部分を擦る。

「紅涙、コイツに付き合ってたら日が暮れるぞ。相手にしなくていいから、もう行け。」
「ふふっ、わかりました。それじゃあ…」

車のドアノブに手を掛ける。

「……、」

途端に、どうしようもない気持ちが溢れてきた。
ここを出たら、全て元通りになる。もう二度とあんな親しい時間はないだろうし、もしかすると名前を呼ぶ機会さえないかもしれない。街で会ったとしても、それは警察官と一般市民で…。

「…あの、土方さん。」
「ん?」
「……、…お誕生日、おめでとうございます。」

こうやってお祝いを伝えることも出来ないんだろうな…。
そう思っても、今となっては自分からキスをする勇気も、権利もないけど……

「偶然とは言え、土方さんの誕生日を一緒に過ごせて嬉しかったです。」
私の心には、土方さんが残ってしまったから。
「あと半日、ステキな誕生日にしてくださいね。」

ただ、土方さんの幸せを願う。
愛染香のない、間違いのない現実では、もう自分の想いが昇華することはないのだから。

「……サンキュな。」

運転席から土方さんが礼を言う。その微笑みを見て、私は小さく頭を下げた。

「では…失礼します。」

車を降りる。

「気を付けてな。」
「はい、土方さんもお気を付けて。」
「じゃあな、紅涙チャン。」

ドアを閉める。
私の短くて長い愛染香の夜は、

「はぁ…、……。」

こうして、終わりを告げた。

にいどめ