それほど大切じゃない 8

決まっていたことだから

私は車から降り、車が動き出すのを待つ。
……が。

「……?」

車がなかなか動かない。
運転席の土方さんは何か思案している様子で、

―――バンッ…
「えっ…」

なぜか車から降りてきた。

「どっ、どうしたんですか?」

険しい顔つきをした土方さんが、私の方までやってくる。

「…あの、よ、」
「はい…。」
「……。」
「……?」
「その…、だな……、」

妙に言いづらそうにして視線をさ迷わせた。
どうしたんだろう…?
飲み込めない状況に、助手席で座る万事屋さんを見てみる。万事屋さんはこちらを気にせず、携帯電話を触っていた。

「…また、」
「えっ…?」
「また、…バーボン…飲みに来いよな。」
「…っあ、はい!」
「……じゃあな。」

足早に運転席へ戻り、車に乗り込んだ。
……え。あれを言うためだけに降りてきたの?少し前にも似たような会話をしたのに?
首を傾げる私の前から車が発進する。走り出す直前、車内から声が漏れ聞こえてきた。

「あれだけ溜めて言うことがそれかよ!」
「っるせェ!お前は黙ってろ!」

あの二人、相当仲いいよね…。
賑やかな二人を乗せた車は、すぐに見えなくなる。この場で私だけ残されたことに、寂しさを感じた。これが……私の日常なのに。

「ほんと…夢みたいな時間だったな。」

いつだって、非日常は濃厚なもの。
しばらくは、あの非日常が頭から抜けないかもしれない。賑やかさも、この想いも。

「…仕方ないか。」

ゆっくり戻ろう。ゆっくり、甘くない世界を思い出していけばいい。
そう思い、一歩を踏み出した時だった。

「いたアル!」

前方から歩いてきた女の子に、指をさされた。…いや、私じゃ…ない?知らない女の子だし。

「ちょっ、神楽ちゃん!指さしちゃダメじゃん!」

慌てた様子で女の子と一緒に歩いていた男の子が手を下げさせている。チラチラと男の子が私を見ているような気もした。
…でも知らない子達だ。……ああ、私の後ろか!

「……、」

さりげなく後ろを確認した。大江戸マートに出入りする客が数人いる。
…うん、やっぱり私じゃなかったな。

「新八、なんで私達はここに来たアル。」
「アイスだよ!あの品薄で有名なアイスが、今夜の西遊郭店に再入荷されるって話を噂しに…じゃなくて、聞いてきたの!」

…え!?

「誰に聞いたアルか。」
「そりゃあ銀さ……じゃなくて、…ああっもう面倒くさいな!なんで全然覚えてないんだよ!」
「お腹減ってる時に何言われても覚えてないネ。覚えてほしいならそのアイス、私に寄こすヨロシ。」
「だからそれは今夜の西遊郭店に行かなきゃないの!」

ヤバっ、すごい良い噂を聞いちゃったかも!…買いに行っちゃおうかな。で、そのアイスを持って土方さんのところへ行って、『早速バーボンのアイス割りを飲みに来ました!』なんて……

「ちょっと早すぎるか…。」

あれは半分以上が社交辞令だろうし。

「…どうしようかな。」

それでも、買いには行こうかな。すぐに持って行かなくても、勇気が出た頃に…いつでも持って行けるように。

「……よし、買いに行こう。」

ありがとう、見ず知らずの少年達よ!私は今夜、西遊郭店に行くよ!

「…あれ?」

ふと気付くと姿がない。
大江戸マートに入ったのかな?

「…まぁいっか。」

私はたくさんの違和感を気にも留めず、足取り軽く家へ帰った。
おそらくそこで違和感に気付いて追求していても、私の決断が変わることはなかったのだろうけど。

そして噂の夜。
私は昨夜同様、大江戸マート西遊郭店の前にいた。

「っしゃいまっせー。」

店内では軽い調子の店員が働いている。彼も昨夜と同じだ。きっと私がアイスを持ってレジに向かうと、『どんだけ好きなんすか!』とか言ってくるに違いない。

「…仕方ないな、」

それでもアイスは買わなきゃならない。恥を忍んで買う!絶対、手に入れる!

「よしっ…、」

気合いを入れて、店の出入り口へ向かった。そこへ、

「アイスなら品切れだぞ。」
「!!」

心臓が跳ねた。聞こえてきた声に足を止める。息苦しいほど胸が高鳴り、私は無意識に自分の胸を押さえていた。

「っ……、」

ゆっくり振り返る。そこには、思った通りの人が立っていた。

「…よう。数時間ぶり。」
「土方さん…。…どうして、ここに?」
「ちょっと欲しいもんがあってな。」

その手に大江戸マートの買い物袋がある。

「もしかして…アイス?」
「違う。」

なんだ…、ちょっと残念。

「というか、ここにアイスは売ってねェぞ。」
「えっ、もう売り切れちゃったんですか!?さすがは人気商品…。」
「じゃなくて。元から売ってない。」
「?…あっでも今夜再入荷するっていう情報があって…」
「その情報、眼鏡と赤毛で片言のガキ二人が話してなかったか?」
「!?そうです!でも……なんで?」

なんで知ってるの?まさかあの子達、すごい有名人だった!?それとも土方さんが知っているような子達ということは……

「詐欺師だったんですか!?」

あんな純粋そうな子達だったけど、実は嘘の情報を撒き散らかして市場を操作する悪人!?

「ブッ、…違ェよ。」

土方さんが噴き出して笑う。

「まァ面倒見てるヤツは詐欺師みてェなもんだけどな。」
「なっ…大丈夫なんですか!?教育上、悪影響な気が…」
「大いに悪影響だろうよ。だがなんだかんだで善良なこともしてるから、今のところ見逃してやってんだ。」
「な、なんだか複雑な人達ですね…。」
「だろ?面倒くせェんだよ、アイツら。」

土方さんが小さく笑う。手に持っていた買い物袋がカサりと音を立てた。

「…じゃあ土方さんがここで欲しかった物って?」

アイスじゃないなら…何?

「コレだ。ちょうど切れちまってよ。」

私の方へ歩み寄り、袋の中を見せてくれた。そこには…

「マヨネーズ?」

マヨネーズが5本入っている。おそらく大江戸マートのマヨネーズを買い占めた勢いだと思う。

「すごい量ですね…。」
「二日分だ。」
「えっ!?」
「あと、お前。」
「………え?」

私が……何?

「俺がここに来たのは、またお前を連れて帰るため。」
「……、」

…ど、どういう意味だろう。

「私…何かしました?それとも昨日の愛染香関連で不備が?」
「違ェよ。お前とまた一緒に過したくて、ここへ来たんだ。」

ちょっと…待って?…今、サラッとすごいこと言われたような気が……したんだけど。

「今夜も付き合ってくれないか?」
「!」
「お前と一緒なら酒も美味いし……楽しいから。」
「!!」

こ、こんなことってあるの?こんな夢みたいなこと……夢………、…まさか!

「土方さん、また愛染香を?」
「愛染香?」
「目は…ハートじゃありませんよね。」
「…ああ、なるほどな。」

覗き込む私を土方さんが笑う。

「吸ってねェよ。愛染香は全部処分した。」
「全部…?」
「ああ。総悟が持ってた分も出させてな。」
「じゃあその時に少し吸っちゃったんじゃないですか?じゃないと、あんな甘い言葉…」
「『甘い言葉』?…そこまでじゃねェだろ。……いや甘かったか?やべェな、分かんなくなってきた。」

眉間を寄せ、真剣に悩み出す。どうやら本当に愛染香は吸っていないらしい。
ならば土方さんは本心で私を想って……ここへ!?キャァァ!!!

「思えば俺のやってることってナンパと変わんねェよな。」
「ナンパ…ですか?」
「互いに知ってることと言えば名前くらいだろ?そんな状態で『お前を連れて帰るために来た』とか『今夜も付き合ってくれないか』なんて…酷すぎるだろ。」

ああ…そっか。
私達、お互いのことってほとんど知らないんだ。愛染香の効き目のままに好きになっちゃったから……

「私も…何だか昔から知ってるような気になってました。」

色々、順番がおかしくなっちゃってるんだね。

「…本当に悪かった。俺の不注意で…あんなもん吸わせちまって。」
「いえ謝らないでください、楽しかったですから。それに…、……あれがないと、土方さんを好きになる機会もなかったかもしれないし。」
「……それは、どっちの意味だ?」
「えっと…、……愛染香抜きで…好きになった…みたいな意味です。」

語尾に近付くほど声が小さく鳴る。顔を見るのが恥ずかしくなって、うつむいた。土方さんのつま先が見える。

「そうか…。」

そのつま先が私に一歩近付いた。顔を上げようとする前に、

「来て良かった。」
「!」

土方さんは私を抱き締めた。

「実はな、ほんの数分前まで…ここへ来るのを迷ってたんだ。」
「…どうして、ですか?」
「紅涙は今回の件で巻き込んじまった相手だし、事の始まりが禁止薬物だってことが…引っ掛かって。」

真選組には酷な状況ばかりだよね。
私は被害者と言えば被害者だし、『愛染香をきっかけに知り合った仲』なんてことを世間に理解してもらえるよう伝えるのは難しい。

「けどよ、」

土方さんがフッと笑った。

「背中を押してくれる仲間がいたり、珍しく誕生日プレゼントとか言って場を設けてくれる奴がいてな。」
「場を…?」
「ああ。改めて胸の内を探ったら…真選組の副長としてじゃなく『俺』として、ここへ向かってた。」
「土方さん…、」
「俺はまだ、お前を思い出にしたくねェんだ…紅涙。」

優しく穏やかな眼差しの中に、熱がこもっている。

「俺達がどんなきっかけで始まったとしても、お前が傍にいてくれるなら…どうだっていいと思える。」

土方さんは「だってそうだろ?」と片眉を上げ、

「きっかけなんて――」
それほど大切じゃない

「紅涙に出逢えた結果こそが全てだ。」

私に手を差し出した。

「またしばらく、俺に付き合ってくれるか?」
「…もちろん。付き合います、…ずっと。」

差し出された手を、私はギュッと握った。

「大切なのは、これからですから。」
「…だな。」

あなたは知っているだろうか。
一人の遊女が起こした、あの愛染香事件のことを。
そしてその後にひっそりと騒動になった、あの二人のことを。

これは事件に巻き込まれつつも繋がった二人の…
私と土方さんの、五月五日の夜の話である。
2016.05.26
Happy Birth Day ! Toshi. and…
Thank you for 5th Anniversary ☆ a.m
2019.12.17加筆修正 にいどめせつな

にいどめ