「見つけましたよ。…真選組副長 土方十四郎。」
場所は真選組屯所。
開け放たれた広間の中央で明かりも付けず、その人は土足であぐらをかいて座っていた。自身の前に、一本の刀を置いて。
「……へぇ、」
鼻先で笑い、こちらを見る。月の光を受けた瞳がギラりと反射した。
「まさかお前が来るとは思わなかったよ。」
「……役不足だと?」
「いや?意外だなと思って。」
ひどく落ち着いた様子が不気味さを増す。そんな状況ではないはずなのに。…なぜなら今、私は、
「お前は、見廻組局長補佐の早雨 紅涙サマ…だろ?」
「……、」
「どうしてあなたが…こんなことを?」
「それはこっちのセリフ。…お前を寄越すなんて、佐々木の野郎もどうかしてるな。相当人手が足りてねェのか?」
「…そんなことはありません。」
否定した自分の声が耳につく。それほど大きな声じゃないのに、異様なくらい耳についた。この部屋は…いや、この屯所は静かすぎる。
「お前と会うのは何日ぶりだ?」
「……。」
「久しぶりに会うのがこんな機会なんて……フッ。俺達らしいったらねェよな。」
彼にはまるで緊張感がない。私に向けられている銃など見えていないかのように…、当たるはずなどないと思っているみたいに。
「で?そっちは何人連れて来たんだよ。」
「…言うわけありません。」
「くくっ、そりゃそうか。」
開け放たれた障子の先を流し見る。その眼差しに、少しヒヤッとした。
屯所の外には私の仲間が…見廻組が何十人と待機している。…そう。ここは既に包囲されているのだ。しかし気配は感じない。上手い具合に身を潜めている。
「…いつもうるせェ場所がこうも静かだと、さすがに気味悪ィな。」
「……あなたがそれを言いますか。」
「くく…」
不気味な笑みに銃を握り直す。この場所の静寂は、この人がもたらしたもの。全て、この人のせいだ。
「厳しいな、紅涙。」
「優しいくらいです。」
「優しい…ねェ。」
「あなたが謀反なんてしなければ…こんなことにはならなかったのに。」
あなたが…土方さんが真選組に謀反なんかしなければ、みんなは今もここで笑っていたのに。
「…近藤局長はどこですか。」
「知らねェな。」
「あなたが可愛がっていた沖田さんは?」
「可愛がってねェよ、あんなヤツ。」
「どこですか。」
「知らねェって。俺は誰のことも知らない。」
「…私が何も知らずにここへ来たと思っているんですか?」
「……。」
「屯所内にある血痕は…誰のものなんですか。」
「……。」
謀反発生時、警察庁へ連絡してきたのはここの女中だった。
一報を知った私達は、今井副長を残して間もなく出動。見廻組総出で真選組屯所を包囲した。相手が相手ということもあって、万全を期する。なにせ鬼の副長の謀反。生半可な気持ちで挑めば…死ぬ。
「…佐々木局長もガッカリしてましたよ。『真選組の大ファンなのに』って。」
「あんなヤツにガッカリされても胸糞悪ィだけだ。」
ここへ駆けつけるまでの移動中。佐々木局長は車内から窓の外を見ながら言った。
「まさかあの土方さんがこんなことをするとは思いませんでしたねェ、早雨さん。」
「…はい。」
佐々木局長は起伏のない声で話し、溜め息を吐く。
「本当に、いつもいつも尊敬しますよ、彼には。私共の仕事を増やすことにおいて特段の才がある。」
「……、」
結局、佐々木局長にとってはそれだけのこと。
土方さんが謀反を起こしても、情や何かでガッカりしているわけでなく、単に手間が掛かるからガッカリした、呆れたと言っているだけに過ぎないのだ。
因縁がどうとかいう話すら抜きにして、とにかく面倒くさいだけ。
「早雨さん、今わかっている限りの報告を。」
「…はい。真選組副長 土方十四郎は現在真選組屯所内にて潜伏。単独での犯行だと思われます。」
「おや、単独で謀反ですか。それは随分と強気に出ましたね。」
やる気の無さそうな眼で私を見る。
「彼以外の人間は?」
「女中は全員外へ出されたそうですが、隊士を目撃した者はいません。先に向かわせた部下によると、…屯所内の至る所で血痕を確認、かつ、極めて静かだったと。」
「ほう…。」
「おそらく…、…絶望的な状況が想定されます。」
「それはそれは。面白いですね。」
面白い、か…。
「もう少し真剣にしてください、佐々木局長。」
「私は極めて真剣ですよ。」
「……。」
「続けても?」
「…どうぞ。」
佐々木局長が手元の資料に目を落とす。
「しかし彼を引きづり出すには少々手間が掛かりそうですね。どうせ謀反するなら、盛大に暴れてくれた方が楽なのですが。」
…確かに。暴れているなら力をもって制圧すれば済むけど、動きがないとなると、何を計画しているのか、どう待ち構えているのかを考えなければならなくなる。
もしかしたら私たちが来ることを見越して、殲滅を企てていたのかもしれないし。彼にとって見廻組は…相容れない存在なのだから。
「……、」
見廻組と真選組は、この先も変わらないのだろうか。
私達はずっと、このまま……
「早雨さん。」
「っあ、はい。」
考え込んでいた思考を現実に戻す。佐々木局長は私の顔を見ながら眼鏡を押し上げた。
「真選組にはあなたが突入してください。」
「…え?」
「我々は早雨さんの指示で突入しましょう。」
資料を折り畳む。
「あの…どうして私が?」
「不満ですか。」
「いえ…。ただ…今までにないことなので。」
私は局長補佐だ。資料や会議の準備を手伝ったりするくらいで、実務は専門外。いつもは決まって今井副長が担当していたのに、今日は『見廻組屯所を空にするわけにいかない』という理由で同行していない。…あ。だから私か。
「恐縮ですが、佐々木局長。」
「何です?」
「私に今井副長の代わりは出来ません。不測の事態に陥らないためにも、ここは佐々木局長が…」
「あなたは補佐で終える人間ではありませんよ。」
「えっ…、」
「こんな眼の私ですが、これでも人を見る目はある方でしてね。あなたにはいずれ、信女さんと共に見廻組を引っ張る存在になってほしいと日頃から思っていたんです。」
佐々木局長…。
「この機に成長しなさい。早雨さんの頭脳を持ってすれば、私達を使わずとも必ずや彼を捕えられますよ。」
無表情のまま、佐々木局長が私の目を見る。
いくら褒めてくれても、どんなに鼓舞してくれても、笑顔ひとつない人だけど、
「…ありがとうございます、佐々木局長。」
長い間、補佐として傍にいれば分かる。
今の言葉は『面倒くさい』から来るものではなく、本心から私を期待していると。ならば私は、
「承知しました、」
それに応える義務がある。
「捕らえてみせます。」
「無理は厳禁ですよ。突入して10分後に必ず連絡すること。」
「はい。」
たとえ相手が、私の恋人だとしても。
「…どうして謀反を企てたんですか。」
「『企てた』?実行したんだよ、俺は。」
緊張感のない土方さんが呆れたように笑い捨てた。
「俺が動かなくても、どの道…真選組は駄目になってたさ。いつまでも温い現状で生き残れるはずがない。」
「……。」
「今を変える必要があった。いつか…誰かが。…それが俺だっただけだ。」
真選組を思いながら話す姿に、少し胸が詰まる。
「…どう変える気なんですか?」
「見て分かるだろ?もう変えた。結果は出てる。」
「…え?」
「これが変えた結果だ。」
「謀反…したことが?」
「謀反は手段でしかない。…今の屯所、どう思う?」
なんだろ…この質問。試されてるのかな…。
「暗くて…静かで、」
「ああ、」
「誰もいない…寂しい場所になっていると、思います。」
「そうだな。それが結果だ。」
え…?私はさらに悩んだ。
「それで…良かったんですか?」
「良いも悪いもない。俺はやることをやった。その結果に残るものがなかったのなら、一からまた始め直すだけ。」
「……、」
聡い。その言葉が浮かんだ。同時に、やはり恐い存在だと思う。
「…他にも方法があったはずです。」
私は土方さんを見据えた。すると土方さんが、自分の中に溜まった空気を抜くかのように深く息を吐く。
「もうこの話はいいだろ。」
懐に手を入れて煙草を取り出すと、至極当然のように吸い始めた。
「にしても佐々木の野郎、酷くねェか?こんな何が起こるか分かんねェ場所に、補佐を一人で入れるなんてよ。」
「…ここに限らず、どこであっても何が起きるかなんて分かりませんから。」
「おうおう何だ?今日の紅涙サマはご機嫌斜めか。」
ククッと喉の奥で笑い、履いている靴の縁で煙草の灰を落とす。もちろん灰を落とした場所に都合よく灰皿なんて物はなく、灰は畳の上にポトりと落ちた。
その箇所は既に黒く焦げており、落ちた灰から燃え広がるようなことはない。もうこの場所で何度も煙草を吸っているのだろうと想像がついた。
「…余裕ですね。」
「どうだかな。」
挑発するような笑みを私に向ける。
「…やはり私では不満ですか。」
「違うって言ってんだろ?」
「じゃあ私なら突破できると思っているんですね。」
私は両手で銃を握った。照準がズレないよう、土方さんを狙う。
狙われた土方さんは煙草を噛んでニタりと笑い、座ったまま刀に手を伸ばした。
「俺はどちらかと言うと、お前だから突破できるか分かんねェんだよ。」
スッと刀を抜く。
「なァ、紅涙。」
刀身が不気味に光る。まるで土方さんの眼のように。
「お前、見廻組を辞めろ。」
「…辞めません。」
「俺のところに来い。」
「……。」
「はァ…ったく、」
土方さんが立ち上がった。鞘を捨て、刀の切っ先を真っ直ぐ私に突きつける。
「聞いてんのか、紅涙。俺と来い。」
「…それは脅しですか?」
銃を構えたまま問いかける。
「『脅し』?」
ハッと笑い、煙草を捨てる。靴で揉み消すように潰して、
「『誘い』だ、バーカ。」
右の口角を上げた。
「お前が見廻組を辞めねェ限り、俺達はいつまでも会えやしねェ。陽の当たるところなら尚更だ。」
「…土方さんが辞める手もあるんじゃないですか?」
「ない。」
土方さんは手に持つ刀の面で、銃を構えている私の手をトントンと器用に叩く。
「俺が辞めたら真選組が消えちまうだろ?」
「…刀で触らないでください。斬れたらどうするんですか。」
「お前が動かなけりゃ斬れねェよ。」
土方さんの刀は、私の首元まで近づいた。
「何してんだお前。逃げねェと死ぬぞ。」
「…私が撃てば土方さんが死にます。」
「確かに貫通するな。」
「軽い…。」
「軽くねェよ。」
小さく笑う。土方さんは僅かに刀を動かし、何を考えているのか、私の首に巻いてあるスカーフを逆刃に引っ掛けた。
「…土方さん。」
釘を刺すように名前を呼ぶ。
「わァってるって。」
何が。
土方さんはそのままスカーフを引き抜き、畳に捨てる。すると今度は私の襟元へ手を伸ばした。
「へェ。ほんとに似た造りをしてんだな。」
「まあ…佐々木局長が『真選組の隊服をお手本にした』って言ってましたからね。」
「何がお手本だ。ただパクっただけだろうが。」
話しながら、グッと襟を開くように外側へ広げてきた。
「ちょっ…、土方さん!?」
「観察観察。なるほどなァ、縫い目はこうなってんのかー。」
縫い目になんて絶対興味ないでしょ!
土方さんは『ふむふむ』と確認する振りをしながら、徐々に私の隊服を脱がし始めた。
「ちょっダメ!ダメですってば!」
「紅涙、銃が邪魔だ。腕を下げろ。」
「ば、っなに言ってるんですか!?今の状況分かってます!?あなた、謀反した人なんですよ!?」
土方さんの胸を押す。けれど片手に銃を握っているせいであまり力が入らず、大した抵抗は出来なかった。
「分かってる。ちょっとだけだって。」
「何も分かってない!というか、土方さんの刀!私に当たりそうで危ないんですけど!?」
いかがわしいことを企む今も尚、土方さんは片手に刀を握っている。
「もうっ、危ないから離れてください!」
「…なんだよ。久しぶりに会ったってのに、お前は何とも思わねェのか?」
「そういう次元の話じゃっ…」
「俺はそういう次元にいる。紅涙がここへ入ってきた時からな。」
剥き出しになっていた私の肩を撫でる。
「っん、く」
「くく。何だよ、物欲しそうな声出してんじゃねーか。」
「っ、ちがっ」
「ああそうか。この設定が気に入ってんだな?」
「ッ!?」
土方さんの手が、私の脇腹の辺りから服の中へ入ってきた。
「あッ…!」
素肌を這い上がる手に、背筋が伸びる。
「いいぜ、紅涙。付き合ってやるよ。」
「や、めっ」
「俺は敵だ。俺を捕まえたいなら、殺すしかない。」
「っ、そんな、言い方…」
「情けを掛けても誰の為にもならねェぞ。覚えとけ。生ぬるい優しさを見せたら最後、必ず食い殺される。」
「っ…、」
「嫌なら全力で抵抗しろ。俺は今から…」
土方さんが私の耳元へ顔を近付けた。
「本気でお前を犯すから。」
「っっ、」
~っ、ああっもう!
「せっかく真面目に仕事してたのに!」
土方さんのせいで台無しだ!
「あとで大変なことになっても知りませんよ!?」
私は『ヤケクソだ!』と言わんばかりのキスを土方さんにする。土方さんは先程の勢いが嘘のように、ポカンと口を開けた。
「…なにを驚いてるんですか?」
「いや……いいのか?」
「?…こういうことをしたかったんでしょう?」
「そうだが…、…本気で抵抗したら止めるつもりだった。」
…何よ、その気にさせておいて…今さら。
「…ちょっとだけならいいですよ。私だって…会いたかった気持ちは、同じなんですから。」
「紅涙…、」
「その代わり、武装解除はしないでください。何かの時の…言い訳は残しておきたいので。」
「フッ…、了解。」
土方さんが自分のスカーフを緩める。襟元から引き抜くと、畳の上へ捨てた。ひらひらと舞って、私のスカーフの傍に落ちる。
「心配すんな、紅涙。お前はちゃんと仕事してたよ。俺が保証してやる。」
「『してた』じゃダメなんです。最後までしないと…」
「任せろ。最後までヤるつもりだ。」
「そっちじゃなくて!…するのは『ちょっとだけ』ですからね?土方さんもさっき言ってたでしょう?『ちょっとだけだって』って。」
「…覚えてない。」
「発言に責任持ってください!…はぁ。佐々木局長に怒られるのは私なんですよ?」
「怒られたら飛び出しちまえ。」
「もう…。そんなことばかり言わないでください。」
「お前が見廻組を辞めるまで言い続けてやるよ。」
笑みを浮かべた土方さんが、私の顎をなぞる。誘われるように口付けた。
「…ぁ、」
軽いキスから瞬く間に深いキスへ。首の後ろへ手を回して応えたら、『ああ…この人だ』と身体が思い出した。かぶりつくような貪欲なキスが、一番土方さんを思い起こさせる。
「は…ぁ…、…ッ、」
「…紅涙、」
「なに…?」
「やっぱり…ちょっとじゃ済まねェ。」
熱い吐息が私の頬を撫でる。
「お前の全部が欲しい。」
熱が伝染した。脳内は容易に侵食される。
「…わたし、も。」
土方さんに擦り寄った。
「……それ反則。」
「っひゃっ、」
抱き締めてきた土方さんが、齧り付くように私の肩へ口付けた。肌に垂れ下がるその黒い髪を撫でながら、「でも、」と私は口にする。
「きっと最後まで出来ませんよ。っぁ、時間、掛かり過ぎて怪しまれちゃう、から、ッ。」
「なら籠城する。アイツらが入ってこようもんなら、『紅涙を解放して欲しいなら敷地内から離れろ』って言ってやるよ。」
「そっそんなこと言っても…無駄だと思いますけど…。」
佐々木局長が黙って引き下がるとは思えない。
肩に無数のキスを落としていた土方さんが、顔を上げた。
「…なら、その時は目の前で犯すしかねェな。」
「はい!?」
「ヤるっつったらヤるんだよ、俺は。」
「ちょっ、待って土方さん!」
あなた、なんて恐ろしいことをっ…!?
「…遅いと思えば。」
「「!?」」
それは、突然だった。
「何をやっているんでしょうかね、早雨さん。」
「ッッ!?」
肝が冷えるとは、このこと。
今、私の右の方から絶対に聞きたくない人の声が聞こえてきた。…見るのが怖くて仕方ない。
「突入するには早すぎるんじゃねェか?佐々木。」
ヒィィッ!名前を耳にすると、もっと心拍数が跳ね上がる。
「お疲れ様です、土方さん。ですが少々お待ちください。私は今、部下に話し掛けているので。聞こえていますか、早雨さん。」
「っぅは、はい!すみません!聞こえていま…」
慌てて土方さんから離れようとする、その時だった。
―――パンッ!
「「!?」」
「……、」
発砲…してしまった。慌てて土方さんから離れようとしたせいで、つい手に力が入った。
よりにもよって銃弾は……
「ああぁっ!!」
「お、お前…、」
佐々木局長の方へ。
「なんだよ、佐々木を殺したいくらい憎かったのか?言ってくれりゃ手伝ったのに。」
「ちっ違っ、違いますから!たまたまですよ佐々木局長!たまたま銃口がそちらを向いていて…」
「……。」
「佐々木局長!?」
黙り立つ姿に冷や汗が流れる。私は急いで駆け寄った。
「佐々木局長!?大丈夫ですか!?お怪我は!?」
うそ、当たった!?
「大丈夫だ、紅涙。」
目の前の佐々木局長ではなく、土方さんが話し出す。傍の柱を指で触りながら。
「銃弾はここにある。柱にめり込んでるぞ。」
「よかった……!」
「よくありません。」
「!!す、すみません…。」
佐々木局長が眼鏡を押し上げた。
「一体何です?その格好は。私を誘っているつもりですか。」
「あっ!」
ヤバっ!
「もし今の件を身体で償いたいという話であれば丁重にお断りします。そんな考え方のあなたを即刻見廻組屯所へ連れ帰り、指導かつ反省文の提出、なおかつ罰則を受けてもらいましょう。見廻組たるもの、そのような思考を持つことは……」
「違います!すみません!」
永遠に続きそうな小言を遮り、私は急いで服を整えた。すると横に土方さんが立つ。
「佐々木、テメェの眼球を寄こせ。」
佐々木局長に向かって右手を差し出した。
「両目だ。両目を出せ。」
「…ほう。それはもしや彼女の半裸を目撃したことに対する要求ですか?ならば眼球を取り除いても意味がありませんよ。記憶をつかさどる脳を取らなければ、私が見たものを消すことなど出来ません。」
「だったら脳ミソを出せ。」
「ちょ、土方さん!?」
うだうだした話が終わりませんよ!
「しかし困りましたねェ。まさかうちの優秀だった補佐までもが野蛮な世界へ流されてしまうとは。」
優秀『だった』…
「あ、あの…佐々木局長…、」
「早雨さん、我々が外で待機していることは覚えていましたか?」
「は、はい…申し訳ありません。」
「入って10分後に連絡するよう指示したことは覚えていましたか?」
「はい…すみません。」
「ではそれら全てを覚えていた上で、あなたは謀反人である土方さんと愛瀬を」
ああああ愛瀬っ!?
「本当に申し訳ありませんっ!」
怒ってる…、確実に怒ってる!
「佐々木、大袈裟に責めんなよ。ただの訓練じゃねーか。」
…そう。この一件、全ては真選組と見廻組の合同訓練によるもの。
今回は真選組内から謀反人が出たという設定で、見廻組はただちに取り押さえて収束を目指す。私たち見廻組はもちろん、真選組にとっても逆の目線から捉えられる絶好の機会……になるはずだったのだけれど。
「…土方さんが悪いんですよ?あんな空気にするから。」
抗議の視線を送る。土方さんは肩をすくめ、煙草に火をつけた。
「紅涙が来なけりゃあんな空気にはならなかったさ。つーことはだ、紅涙を寄こした佐々木が悪い。」
「なぜそこで私の名が出るんですか。」
「っそ、そうですよね!おかしいですよね!そもそも土方さんが謀反人役をしたから悪いんです!事前の連絡では『原田』って人になってたのに…」
「俺の方が為になると思って変えたんだよ。アイツらには見廻組の動きも観察しろって伝えたが…はたして何人が真面目に取り組んでんのやら。」
「訓練であろうとなかろうと真面目に取り組んでもらわなければ困ります。やはり真選組との合同訓練など無意味でしたね。」
佐々木局長が眼鏡を外し、目頭を押さえる。
「まったく…、二人だけで余計な訓練をして。」
「うまいです!佐々木局長!」
「ありがとう早雨さん。厳罰はしませんよ。」
「うっ…。」
眼鏡を掛け直す。
「あなたには今後一生、罰を受けてもらいますので。」
「一生!?」
「おい佐々木、それはやり過ぎだ。この件は俺の責任も…」
「ご心配なく。彼女にしか出来ない、一生補佐という罰ですので。」
「っえ!?さっ、佐々木局長…」
見廻組施設内をウサギ跳び百周とか、佐々木局長と今井副長が食べるドーナツを一年間払うとかじゃなかったことには安心したけど…
「私は『いずれ見廻組を引っ張る存在に』って…」
「見当違いでした。補佐止まりのようですね。」
「そっそんな~!」
一生補佐…一生昇格なし…!!
うなだれた私の肩にポンと手が乗った。その手を伝うように、視線を上げる。
「紅涙、」
真剣な眼差しの土方さんが、ゆっくりと頷いた。
「土方さん…、」
慰めてくれてる…。やっぱり恋人の存在って有り難いな。
…まぁ、土方さんに足を引っ張られたようなものだけど。
「謀反しろ。手伝うぞ。」
「そっちィィィ!?」
→努力の甲斐もなく、全くの無駄に終わること
「お前が謀反したら、俺が全力で捕縛してやるから。」
『手伝う』意味も私が思ってたのと違う!
「土方さん、あなたもしつこい人ですね。一体何に時間を掛ける気なのか知れたものではありません。」
「すごい!うまいですね!佐々木局長!」
「わざとらしい褒め方を度々ありがとうございます、早雨さん。」
「うっ…すみません。……ほんとに謀反しちゃおっかな。」
illust…くろだうらら様
novel…にいどめせつな
2019.12.15 novel加筆修正
短編「知らぬ仏より、馴染みの鬼」