時間数字11

加勢は優勢+彼女の元へ

これだけは、約束しよう。

「なるほど。やはりお侍様の考えることは、私達 下郎には はかりかねますな。」

私は、この先もずっと土方さんを好きでいる。
たとえ土方さんが生涯ミツバさんしか愛さなくても…私は土方さんを好きでいる。そして……、

「撃てェェェェェ!!」
「っ、」

護り抜く。…絶対に。

「紅涙っ、」

向けられた無数の銃口を前に、私は土方さんの前へ出る。

「何やって――」
「大丈夫です。」

…私が護る。

「必ず、あなたを護ります。」

私なら護れる。
1、2発打たれても、まだ時間は戻せる。この先の流れを見てから戻せば上手く危機を避けることも……

「やめろ。」

土方さんに腕を掴まれた。振り返ろうとしたその時、

―――ドォォォンッ
「「!?」」

地鳴りと共に、大きな爆発音が辺りに響く。
いくつかのコンテナが、私達を狙っていた連中もろとも吹き飛んでいった。そしてどこからか、

「いけェェェェ!!」

皆の声が聞こえる。
あっという間に、見慣れた黒い服がなだれ込んできた。

「みんな…!」

援軍だ。助かった、耐えしのいだ…!
そんな状況に、向こう側は動揺した。

「真選組だァァァァ!!」

形勢逆転。今まで私達を追い詰めていたのが嘘のように血相を変え、後退する。

よかった、これでもう土方さんは大丈――

「トシィィィッ!!」
「「!」」

鬼気迫る近藤さんの声にハッとする。
視界の端で銃口が光った。

―――ガガガガガッ
「土方さんっっ!!」

まだコンテナの上から狙われていた。地面を這うように銃弾が土方さんを追い詰めている。

「グッ…!」

刀で弾いても、脛の怪我が酷く反応が鈍い。
私は土方さんがいる場所から真逆の場所へ走り、

「こっちだ!!」

力いっぱい叫んだ。狙い通り、銃口がこちらを向く。

―――ガガガガガッ
「っ!」

容赦ない弾が飛んでくる。
弾をかわし、土方さんから少しずつ離れるように走った。

「紅涙ッ!!」

土方さんの声が聞こえる。
『何やってるんだ』『早く逃げろ』
そんなとこだろう。でも今は少しでも長く逃げ回り、気を逸らさせないと…

「…!」

ミツバさんの婚約者…いや、頭の男が立ち去ろうとしている。土方さんが一生懸命に追い詰めた、あの男が。

「土方さん行って!!」

生憎、土方さんがどんな状況にあるか見る余裕はない。それでも、

「早く!!」

私は銃弾から逃げつつ、ただただ叫んだ。

「あの男を逃がさないでっ!!」
「!」

途端、ぴたりと銃が止む。
振り返れば、私を捉えていた銃口が土方さんへと切り替わっている。

「しまった…!」

今まで囮になった意味がない…!
もつれる足で男の元へと急ぐ土方さんを、いくつもの弾が追いかけている。闇雲に乱れ撃つ銃弾がコンテナを撃ち抜き、廃材やドラム缶に当たる。

―――ドゴォォンッッ!!
「!?」

恐ろしいほどの熱と爆風が埠頭を包んだ。思わず眉を寄せた視界に、

「っ!?、うそ…、」
「トシィィィっ!!」

土方さんの上着が舞った。姿はない。爆発に巻き込まれた…?焦りと不安が胸を掻き乱す。

「うそ…っ、…嘘嘘嘘…っ!」

私は刀を握り締め、

「許さない…っ!!!」

銃を構える男に向かって、勢いよく刀を投げつけた。

「グァァァァッ!!」

私の刀は背中へ突き刺さる。男は銃を乱射しながら倒れた。

「クソッ、あの女っ!!」

別の男が銃を拾い、私を狙った。

「くッ、」

今すぐにでも土方さんを捜しに行きたい。けれど私が狙われている以上、まだあの場所には近付けない。もし土方さんに当たったら……

―――ピュンッ
「ぃッ…!」

銃弾が腕をかすめた。辛うじて1発で済んだものの、刀を手放した身では逃げるしかない。
援軍は他の連中の相手で手が一杯のよう。こうなれば、私が撃たれるのが先か、向こうの弾切れが先か…。

「ギャァァァァ!!!」
「!」

突如、断末魔と共に銃弾が止む。
コンテナの影から様子を窺うと、刀に付いた血を振り落とす山崎さんがいた。

「山崎さん…!」
「あ、大丈夫?怪我はない?」
「かすり傷程度です!それより土方さんがっ」
「待って。先にこれ渡すよ。」

男の背に突き刺さった刀を引き抜き、刀身を拭く。軽快にコンテナの上を伝うと、私の前に下り立った。

「はい、どうぞ。」

刀を手渡される。私が投げた、私の刀だ。

「ありがとうございます!」
「今度からは気をつけなよ?策として投げて使うのは有りだけど、ちゃんと先のことを考えてから投げないと。」
「すみません……以後気をつけます。」
「うん。あと反省ついでにもう一つ。めちゃめちゃ怒られるよ、紅涙さん。」
「えっ!?だ、誰に…?」
「局長。一人で勝手に病院抜け出した件で。」
「あー…。」

言われれば、伝え忘れていた。

「でも早雨さんがここにいる件は、お咎めなしだって。」
「え…いいんですか?」
「この件の根源は副長と俺だからね。…って主に副長だけなんだけど。」
「…いえ、私が山崎さんと変わったせいで上手く片付かなかったのかもしれませんし、この件も謝っておきます。」
「早雨さん…、……ふふ。」

小さく笑う山崎さんに首を傾げる。

「なんですか?」
「副長は幸せ者だなと思って。」
「え…?」
「俺にもこんな頼もしい補佐官がいたらいいんだけど。」
「…まだ暫定ですよ。なんなら今回の件で取り消されるかもしれませんし。」
「なんで?」
「気持ちや感情で動く補佐官なんて失格…じゃありません?」
「ああ…それはそうかも。」

やっぱり…。

「でもそこが長所って場合もあるよ。」
「…長所?」
「なんて言うのかな。副長ってあんな感じでしょ?だから早雨さんが副長の代弁っていうか、副長に出来ないことも早雨さんの行動を通せば出来ちゃう時があるんだよね。そういうのを見てると、俺は二人が上手く作用し合ってるなと思うけど。」
「山崎さん…。」
「そもそも副長と補佐が似たもの同士だと上手くいかないし。」
「そういうものですか?」
「そういうもの。」

そうなんだ…。

「まァこの話はこれくらいにしよう。それより早く副長と、ついでに沖田隊長を捜さないと。」
「っえ!?」

沖田君!?

「ここに来てるんですか!?」
「うん。でも着いた時から見当たらなくて。」

…どうして?
どうしてミツバさんの元を離れたの…!?

『…、姉上…、』

あんな状態だったのに…!

「大丈夫だよ、早雨さん。」
「え、」

視線を上げると、山崎さんが自分の眉間を伸ばすように指を動かしていた。

「そんな顔しなくても大丈夫。ここに来た沖田隊長は、いつも通りに強い沖田隊長だったから。」
「…、」
「俺的には沖田隊長より副長の方が心配するよ。だいぶ怪我してたみたいだし。」
「…そうですね。」

早く…早く土方さんを見つけなきゃ!

「行きましょう、山崎さん!」
「待って。先に向こうの残党から。」

後方を指さす。
コンテナで見えないものの、今も刀のぶつかり合う音が聞こえた。

「焦る気持ちは分かるけど、あれを潰して背後を整えてから捜索しよう。後をつけられて、副長が狙われでもしたら大変。」
「っ…、…はい。」
「ただもう皆が大半を片付けくれてるし、そんな数は残ってないと――」

「よし!制圧完了だァァッ!」

「あ…。」
「話してるうちに終わったみたいだね。」

「次ィィッ!全員でトシと総悟を捜し出せッ!即刻だ!!」
「「「ゥオォォォッ!!」」」

隊士達の雄叫びが空気を振動させる。ビリビリと伝わる気合いに、私も掻き立てられた。

「山崎さん、さっきの爆発の前に土方さんは立ち去る男を追っていたんです。もしその男が埠頭を出るつもりだとしても、この辺りに船は停泊してません。となると、港の出入口に向かったと考えるべきかと。」
「だね。たぶん沖田隊長もそこにいる。」

沖田君…、いつからあの男の裏の顔を知ったんだろう。

『姉上は誰かと結婚して…幸せになってくれればいいんだ』

「…、」

知ってた上で、見逃してきた…?
ここへ来たのも、もしかして土方さんを止めるために…?
……ううん、そんなことない。あれだけ大切に思ってるんだもの。

「よし、行こう!」

沖田君は、きっと……

『俺ァつくづく自分が嫌になった。ここにいるのにバカみてェに生きてるだけで…姉上の助けにもならず……ッ、…無力さに反吐が出る』

自分の手で、護りに来たんだ。

「こっちだよ!」

山崎さんと共に走り、コンテナの壁を抜ける。
埠頭の出入口は少し開けた場所になっていて、これまでを考えると見通しが良すぎて恐ろしい。現に、早くも空へ昇る煙を見つけた。

「あれは…さっき近藤さん達が仕掛けた爆弾の…?」
「いや、違う。さっきのはもう風に流されたから。つまり…、」
「…。」

山崎さんと二人で警戒しつつ、煙の元へ向かった。すると、

「あっ…!」

見知った人影を見つける。

「土方さんっ!!」
「沖田隊長!!」

二人は炎上する車の傍らでこちらへ背を向け、立っていた。
よかった…無事だった!
駆け寄る私達に、土方さんがゆっくりと振り返る。

「……紅涙。」

いつも通り、火のついた煙草を片手に持って。顔色も先程より少しは良くなっているように思う。隣にいた沖田君は、

「捜しましたよ、沖田隊長!怪我は!?」
「…ない。」

無表情で山崎さんの問いに短く返事をしていた。しかし瞳孔が開いている。
おそらく今の今まで、この場でそれだけのことが起こっていたのだろう。

「沖田君…、…。」

私は未だ掛ける言葉を見つけられない。
そんな私に、沖田君はチラりとだけ視線を向けて、目をそらした。

「…、」
「…紅涙、怪我は?」

土方さんが問う。

「え?あっ…はい、かすり傷程度です。」 
「そうか。」

煙草を咥える。
まるで自身は怪我などしていないかのような顔つきだった。

「土方さんの足の怪我は…?」
「大したことねェよ。」
「…、」

そんなわけがない。パッと見ただけでも分かる。
血は未だ乾きもせず、びっしょりと濡れたままだ。平然と立っているのが不思議なくらいに。

「んな顔すんな。」

ポンと私の頭に手を置く。
目が合うと、土方さんは苦笑…いや、困ったような、なんとも言えない顔で小さく笑った。

「そういや副長。」
「なんだ、山崎。」
「例の男はどうなったんです?」
「あァ?その辺に転がってんだろ。」

転がした張本人のはずなのに、他人事のように告げてアゴで差す。

「じゃあ俺は屯所に戻るからな。」

…え?

「山崎、あとは頼んだぞ。」
「へ!?」
「ちょっと待ってください、土方さん!」

本当に歩き出そうとした土方さんの腕を掴んで止めた。が、

「いっ、」

掴んだところが悪かったのか、僅かに顔を歪める。

「ごごっごめんなさい!!」
「…いや、大丈夫だ。怪我自体は大したことねェから。」

『大したことはない』
まるで口癖のようになっている。

「…土方さん、すぐに病院へ行きましょう。」
「だから必要ない。」
「そんな足の状態を放っておいたら、どんな後遺症が残るか分かりませんよ!?」
「……あとで行く。今は休みてェんだよ。」

はぁ、と溜め息を吐く。
このままでは本当に土方さんは行かない。怪我の治療のためであろうと、…ミツバさんのためであろうと。

「…わかりました。」

ならば、もういい。

「車を持ってきます。土方さんは待っててください。」
「…お、おう。助かる。」

歩き出す私の背中に、

「っえ!?ちょっ、早雨さん!?いいの!?」

山崎さんが慌てた様子で声を掛けにきた。

「副長の怪我、かなりヤバいよ!?絶対治療してもらった方がいいって!それに沖田隊長の姉――」
「山崎さん。」

ここでその名を出されては困る。

「土方さんのことは、私が責任を持って面倒見ますから。」
「え…?」
「任せてください。」
「なっ、ちょ…え、たのもしっ…」

口元を押さえ、山崎さんが瞬きする。
私は、土方さんを騙してでも病院に連れて行く気でいた。屯所に戻ると見せかけて、病院へ向かう。
もしそこで車から降りないと駄々をこねたなら、さらし者にする。
『怪我が酷くて歩けない人がいる』とでも言えば、誰かしら手を貸してくれるはずだ。

「それじゃあ車、持ってきますね。」

歩き出そうとした矢先、
―――ブゥンッ
車のエンジン音が聞こえた。

「おーい!!」

警察車両が2台止まる。先頭の車から近藤さんが降りてきて、こちらに手を振った。

「お前ら早く乗れェェッ!!」
「局長!ナイスタイミング!!」

山崎さんが嬉しそうに走って行く。が、すぐに戻ってきた。

「早雨さん、どうする?車来たけど、あれ使う?」
「…、」

おそらく近藤さんはこれから病院に向かうつもりだ。そうとなると目的は同じ。一緒に行動しても…結果は同じ。

「…いえ、近藤さんの指示に従います。」
「じゃあとりあえず乗ろっか。」

山崎さんは言うや否や、

「失礼しますよ、副長。」

土方さんの腕を自分の肩へ回した。

「おい何やってんだ。余計なことすんな、自分で歩ける。」
「まァそう言わずに。」

土方さんは山崎さんに文句を言いながらも大した抵抗せず、ゆっくりとした足取りで車の方へ向かって行った。

「…紅涙、」

声に振り返ると、沖田君と目が合った。もう瞳孔は開いていない。

「……ありがと。」
「え…?」

それは…何に対するお礼?

「…私、何もしてないよ?」
「うん。でもありがと。」
「…、…意味わかんないこと…しないでよ。」
「ん。」

小さく頷き、沖田君も車の方へ歩いて行く。

「…。」

なぜかは分からない。なぜだか分からないけど、沖田君の背中を見ていると、胸が苦しくなった。

「早雨君!」
「っあ、はい!」

近藤さんの声に呼ばれ、慌てて車へ向かう。

「怪我をしているところ悪いが、そっちの車を運転してくれないか?こっちは原田に運転させて、俺と山崎と総悟で乗る。」
「わかりました。」
「トシはもう乗せてあるから。」

そう言って、アゴで後方の車をさした。

「…え?」

見ると、後部座席に咥えた煙草へ火をつける土方さんが見える。

「早雨君は俺達の車の後に続いてくれ。一応行っておくと、このまま病院に向かう。」
「はい。」

頷き、互いの車へ乗り込んだ。

「…お待たせしました。」

エンジンをかける。

「近藤さんは何だって?」
「ああ、えっと…、…。」

どう返事しようかな…。
考えながらルームミラーを見る。土方さんと目が合った。

「っ、」

思わず目をそらしそうになったが、なんとか耐えた。

「…『怪我をしているのに申し訳ない、安全運転を心掛けるように』と言われました。」

ハンドルを握る。
土方さんは「ふーん」とだけ言って、窓の外を見た。

「…。」

気にしているようで、大して気にしていなかったらしい。どことなく、心ここに在らずな雰囲気をしている。

「…、」
「…。」

空気も、重い。
鋭い土方さんのことだから、これからどこへ行くかなどお見通しなのかもしれない。だからあんな顔を……いや、分かってる上で大人しく車に乗ったのか。

「……。」

土方さんは、単にキッカケが欲しかっただけなのかもしれない。
本当はミツバさんの元へ行きたかったのに、照れているのか何なのか、自分の足では…行けなくて。

「…それじゃあ出発しますね。」
「…。」

なんだかほんと…土方さんぽいな。

結局、港から病院までの間で私達が会話を交わすことは、一度もなかった。

時折フワりと香る煙草の匂いだけが、唯一、車内に二人いることを証明していた。