時間数字16

同じモノ+残りの1回は

さっきから引っ掛かっていた。

『お前のことが好きだ』
『これをお前より先に言うためにやり直したんだ』

そして今聞いた、

『やっぱりやり直して正解だった』

これって、どういう意味…?
眉をひそめる私に、土方さんは顔色ひとつ変えずに言った。

「お前の方がよく知ってるんじゃねェか?」

…私?
土方さんがおもむろに喉の辺りへ手をやる。何をするのか見ていると、なぜか自分の胸元をくつろげ始めた。

「土方さん!?」
「黙って見ろ。」

そりゃ見ますけど!

「これに見覚えがあるだろ?」
「あっ…!」

な…なんで…?

「なんでそれが…土方さんに……?」

鎖骨の下、ちょうど左胸の辺りに『Ⅰ』のようなアザがある。つい先月まで私の身体にあった、あの数字とそっくりな、あのアザが。

「どうしてっ…!?」
「これがあるうちは、時間を戻せるらしいな。」
「っ…どこでこれを!?」

一体いつから!?

「おそらくトムの一件だ。これがヤツらの作った液体の効能…なんだろう。信じ難い話ではあるがな。」

土方さんによると、
初めて異変に気付いたのは、市中見廻りに出た時らしい。私が休むと言ったあの日。ミツバさんと再会した、あの日。
私の知らないところで彼女を屯所へ連れてくることになった土方さんは、ややこしいことになっていたそうだ。

「ややこしいこと…?」
「近藤さんが妙な気を回してアイツと二人きりにしたり、…まァ色々。」
「…そんなことされてました?」
「今のお前は知らねェよ。時間を戻してやり直したから。」
「!」
「そういうつもりはなかったんがな。『なんでこんなことになってんだ?』って考え込んでたら、気付いた時にはまた市中見廻りへ行く間際に戻ってて。」
「…わかります。私もそんな感じでした。」
「やっぱりお前も使えたんだな。」
「あ、」

しまった!
ハッとする私に土方さんが笑う。

「今さらだろ?俺がこんなことになってるなら、お前も使えてるはず。思い返せばマヨネーズをぶちまけた時に『正夢だ』って言ってたしな。」

うっ…。

「…だけど、どうして土方さんにまで?」

土方さんは着流しを整えながら、「あの液体は」と話す。

「あの液体は紅涙を通して俺にも付いた。そのせいだろ。」

あ……そう…だった。

「ごめんなさい…。」
「なんだ急に。」
「あの時…私に掛けられた液体が土方さんに付いてなかったら……こんなことに巻き込んでなかったのに。」
「巻き込む?何言ってんだ、こんな便利な技を独り占めさせてたまるかよ。」
「土方さん…、」
「ご丁寧に時間を戻した本人は、戻す前の記憶はもちろん、戻した後に失敗した記憶まで残ってるじゃねーか。…つっても、そこまでお膳立てされても思い通りには進まねェようだが。」
「……はい。」

その通りです。
何度やり直せても、望んだ結果が手に入るわけじゃない。

「結局…どう使えば活用できたのか分からないままでした。」

ただ散らかしただけ。

「…馬鹿だよ、お前は。」

土方さんが煙草を取り出し、火をつけた。溜め息混じりに煙を吐く。

「もっとテメェのために使や良かったものを。」
「っ、」

…土方さんは気付いている。
私が何のために時間を戻していたか。何を……しようとしていたか。

「……すみませんでした。」
「今度は何に対する謝罪だ?」
「私のしたことが……良い事だったとは思っていません。」

ミツバさんの死を避けようとする行為は、ミツバさんの生命を冒涜しているのではないかと…何度も湧き上がる罪悪感から目を背けてきた。
ミツバさんに同じ苦しみを与え、死を繰り返した私の浅はかな行いを…今は言葉にならないほどの後悔している。

「どうにかして…土方さんとミツバさんが二人で過ごす未来を……見ようとして…」
「見たかったのか?」
「…え?」
「俺とアイツが一緒になることを、紅涙は望んでいたのか?」
「…、」

『はい』と言うと、心に嘘をつくことになる。
でも『土方さんが想っているなら』と、頭の中では割り切れそうな自分もいる。

「……わかりません。」
「あァん?」
「たぶん…そういう未来を迎えていたら、二人を見ながら葛藤していたとは思います。だけど…、いずれ折り合いも…付けてたかなって。」
「…。」
「だから私がどう思うかは…どうでもいいんです。ただ私は……」

…ううん、

「私も、好きな人には幸せになってほしいので。」

大切な人を想う気持ちは、土方さんと同じ。

「……、」

土方さんは静かに目を伏せ、

「…紅涙。」

まだ吸ったばかりの煙草を、取り出した灰皿に捨てた。

「つらい思いさせたな。」
「っ、そんなことは…」
「ありがとよ。」
「っ!」

何か言おうと思ったけど、

「…、」

言葉は出なかった。
言い得ぬ申し訳なさと、土方さんの優しさが胸の中で混ざって…苦しかった。

「何回やり直したんだ?」
「…ミツバさんに関しては…2回です。」
「じゃあ俺といる時にも戻してるよな?あれは一体何回目――」
「っま、待ってください!」
「?」
「どうして土方さんといる時に…時間を戻そうとしたことを知ってるんですか?」

1度目は埠頭で傷ついた土方さんを助けようとした。2度目はタバコ屋の前に停めた車内。どちらも当然『時間を戻す』なんてことは話してない。それに、

「どちらも…失敗したのに。」

2回とも、失敗している。

「その口振りからすると、俺の前で2回戻そうとしてんのか。」
「あっ、」
「その顔も二度目。」

ククッと土方さんが笑う。

「俺が覚えてんのは車の時だけだ。あれが2回目、ってことだな?」
「そう…です。」
「あの時は俺も紅涙を止めようと必死だったな。声掛けて気をそらす程度じゃダメだと思ったから…ああいうことして、願った。」

『願う』…?

「何を…?」
「『時間を戻してくれ』って。」
「えっ…、…じゃああの時、私と土方さんは…」
「ああ。同時に時間を戻そうとしていた。だが互いに戻りたい空間は違う。そうなった時、どうやら効能は反発し合って打ち消しちまうらしい。」
「!…だから願いが叶わなくても回数は減っていたと。」
「みたいだ。それ以前にも俺の回数が知らねェ間に1つ減ってたことがあったんだが、おそらく紅涙の言う1回目の時の影響だな。」
「…?」

まるで他人事のような言い回しに首を傾げる。

「それは覚えてないんですか?」
「覚えてない。想像だが、俺が戻した後に紅涙が時間を戻して上書きされたんだ。にも関わらず、回数だけは戻ることなく減ったままで進む。シビアな話だな。」
「あー…。」

すごい…。なんか、やっと分かった気がする。……でも、

「なんで?」
「ん?」
「なんで土方さんは…私を止めようとしたんですか?」

車の中のこともそうだけど…毎回なんで私を止めようとしたんだろう。
なんで時間を戻してほしくなかったの?
もしかして…私がしていたことは、土方さんをも苦しめていた…?

「紅涙に時間を戻させたくなかった。」
「っ、だからどうして――」
「こんなスゲェ能力を他人のことに使わせたくなかったんだよ。俺は紅涙、テメェ自身のために使ってほしかった。」
「!」
「どうせろくに自分のためには使ってねェんだろ?」
「…、」

土方さん…

「それは……買いかぶり過ぎですよ。」
「使ったのか?」
「使いました…全部。」

そう…

「全部?」
「……はい。全部、自分のためです。」

私は全て、自分のために使っていた。

「嘘言え。せいぜいあのマヨネーズの時くらいじゃねーか。」
「…いえ、土方さんに買ってもらったケーキをもう一度食べられるか実験しましたし、沖田君との……、…、」

『紅涙、俺はお前のことが好きなんでさァ。俺と付き合え』

「…。」
「総悟との何だよ。」

怪訝な顔をする土方さんの眼を見れず、私は視線をそらしたまま答えた。

「お…沖田君との、いざこざにも使いました。」
「いざこざ?揉めたのか、珍しい。」
「……そんなところです。あと、ミツバさんの」
「待て。」
「…なんですか?」
「数が…合わねェだろうが。」
「数?」
「時間を戻せる回数が5回を超えてるぞ。」
「?…超えてますよ?10回ありましたから。」
「10回!?」

あれ?この様子……

「もしかして土方さんは違ったんですか?」
「俺は5回だ!」
「5回…!?」
「くっ…そうか、少量の液体しか付かったから回数が少ねェんだな。…こんなことならもっと触れきゃ良かった。」
「やっ、やめてくださいよ。あの薬品が付いた時はどれだけ心配したか……。」

本当に、もし土方さんに何かあったらと…気が気じゃなかった。今でも真正面から思い出せないくらいに。

「…悪い。」

ポンと頭に手が乗る。

「俺も紅涙を見た時は肝が冷えた。」
「土方さん…、」
「…。」
「……?」
「時間、戻すか。」
「へ…?」
「液体をかぶる前に戻せば、この記憶を抱えなくて済むわけだろ?」
「そっそれは……そうですけど…、……でも…」

いい考えなのかが分からない。
これまでの出来事が全て消え失せてしまうと考えると…複雑な気持ちになる。
それに経験上、たとえ液体をかぶらずに済んだとしても……その先の未来で待つことは、大して変わらない。

「そもそも少し前ですし、鮮明に覚えていないとちゃんと戻れるかどうか…。」
「…そうだな。実験するような回数も残ってねェし。」

土方さんが自分の胸元を見た。

「せめてあと2回くらいあればな…。」

溜め息を吐く。

「それにこの最後の1回を何に使えばいいのか…。」
「然るべき時まで置いておくべきかと。」
「…マヨネーズの隠蔽だ何だと使ってきたお前が言うセリフか?」
「…つまらないことに使って後悔したきたからこその助言ですよ。」
「くく、なるほど。そりゃ説得力あるな。…なら、」

再び煙草を取り出し、火をつける。
「紅涙の案に乗った。」

ふぅと煙を吐く。

「……と言いたいところだが、」
「?」
「使っちまったんだよな。」

…、

「はい?」
「これ。」

胸元を捲り、私に見せた。
そこにはつい先程まであった数字が、

「え……、…ええっ!?」

なくなっている。綺麗さっぱりと。
…見たよね?私、さっき見たよね!?それが消えてるってことは……

「まさか土方さん……!」
「だから『使った』って言っただろ?」
「なんで!?いつ!?然るべき時が来たんですか!?」
「いや、然るべき時まで置いてたんだよ。そうしたら」
「大変なことがあったんですか!?」
「違う、落ち着け。」

知らぬ間に前のめりになっていた私を、土方さんがグググと後ろへ押し戻す。

「一ヶ月経った頃、徐々に数字が薄くなってきてるような気がしてな。このままだと使わねェまま消えちまいそうだったから、どうせならと思って覚えてるうちに使った。」

『使った』って……

「一体いつに戻したんです?私が土方さんの残りの回数を記憶してるということは、それよりも後の…」
「ああ。『紅涙の案に乗る』って言った後。」

じゃあ…

『……と言いたいところだが、』

あの直前?

「なんでまたそんな微妙なところへ…」
「そりゃ後悔してたからに決まってんだろ。」
「後悔?」

何を…?
首を傾げる私を横目に、土方さんはキツく煙草を吸う。

「あァ~……、」

すっかり暗くなった空を見上げた。声と共に湧き出た煙は、夜の空気に入り交じる。

「なんつーか疲れるよな。やり直すっつーのも。」
「まぁ…人より長く生きてるようなものですからね。」

…じゃなくて!

「話をそらさないでくださいよ!後悔って何ですか!?協力します!」
「…結局あの野郎のせいでペドロも見れず終いになっちまったし。」
「……あーなるほど。」

それですか。

「まだこの後に上映回ありますよ。チケット買います?」
「……買う。」
「ふふっ、」

少し照れくさそうな返事に思わず笑った。

「1度目は、このまま映画を見ずに帰ったんですか?」
「あァん?見たに決まってんだろ。」
「え。…土方さんの『後悔』って、映画を見なかったことじゃないんですか!?」
「違う。」
「じゃ、じゃあ一体…」
―――チュッ…
「っ!」

突然のキスに身体が固まった。鼻先に煙草の香りが残る。

「これだ。」
「…これ?」
「1度目は映画を見て、そのままペドロの感想を言い合って帰っちまった。」
「……、」

つまり…

「ここで…キスをするために?」
「悪いかよ。」
「…、」
悪くは…ないですけど…
「…なんつーんだ?こう…互いに好きだって言った日にしてねェのって…気になるだろ?」
「…したじゃないですか、映画館で。」
「あれは紅涙から気持ちを聞く前だった。」
「…、」

湧き上がるこの気持ちを…なんと伝えればいいのだろう。

「土方さん…」
「なんだよ。」

好きでは弱い。
愛してるでは堅い。
愛しいでは温い。
…いや、もうなんだっていい。

「大好きですっ!!」
「おまっ、声デカい!外だぞ!?」
「外でキスしておきながらそれ言います!?」
「俺はさり気なくやった。」

見てる人は見てると思いますけどね…。

「いいから行くぞ!」

土方さんの手が、私の手を取る。
触れて伝わる温もり。
風に乗って届く煙草の香り。
今は何もかもが特別で、たまらなく愛おしい。

「…土方さん、この気持ちを何て言えばいいと思いますか?」
「あァ?」
「どうしようもなく…好きって気持ち。」
「…そういう時は黙ってキスしときゃいいんだよ。」
「えっ…!?」
「…。」
「…、」

…あれ?土方さんの耳…赤い?

「自分で言っておきながら照れてます?」
「うるせェっ。」
「……ふふ。」

私は引っ張られながら歩いていた歩幅を詰め、隣に並んで頬へ口付けた。

「…なんで頬なんだよ。」
「だって届かないし…」
「練習しろ。」
「練習!?」
―――チュッ
「見ろ、この俺のさり気なさ。」
「…。」

おそらく誇らしげな顔をしているところを見ると、自分がどれだけ日頃と違う行動をしているか気付いてないんだろう。…まぁ、

「学ばせていただきます!」

しばらく教えるつもりはないけど。
土方さんがキスをしてくれるなら、私はいつでも大歓迎ですよ!

「土方さん大好き!!」
「だから声っ!」

…もし。
もしまた時間を戻せる機会に恵まれることがあったなら、私はやっぱりあなたのために使いたいと思う。
たとえ上手くいかなくても、今度は嘆かない。後悔もしない。
なぜならこの先は土方さんが傍にいるから。
そこで選ぶ答えは、必ずあなたの…私達のためになると信じてる。

きっと、どの空間にいる私も願っているはずだ。
今度こそ、土方さんに『悲しみのない幸せ』を。
2008.07.05
2022.12.13加筆修正 にいどめせつな

にいどめ