初歩的なミス
私と沖田君、土方さんは少し遅れてから向かう。
誰かが…主に私が遅刻したから出遅れたわけではなく、追加で隊を引き連れる可能性を考えて時間をずらして出動した。
「入った情報だと大したことねェみたいですが。」
ハンドルを握る沖田君があくびをしながら話す。
「立てこもってるって話ですし、俺達行かなくてもよかったんじゃありやせんか?」
「テメェの隊が出動してるって時に、隊長が行かないなんて示しがつかねェだろ。」
「俺は気にしやせんぜ。」
「俺が許さねェよ。」
「ちぇっ。」
「ふふ。」
口を尖らせた沖田君を後部座席から笑う。ルームミラー越しに目が合った。
「しかしいつまで紅涙は隊に属さねェつもりですかねィ。」
「えっ…、」
「…。」
私は…どこかに入れてもらえるなら入りたい……けど、
「…、」
助手席に座る土方さんを窺う。
あいにく、この席からは右耳くらいしか見えない。
「行く手がないならうちで引き取りますぜ。」
「!」
沖田君の言葉に、思わず目を見開いた。
「それ本当!?」
「もちろん。」
「聞きましたか土方さん!ぜひ前向きに検討をっ」
「ダメだ。」
「っ…!」
相変わらずピシャリと否定する。
落胆より苛立ちが表へ出そうになった。
そんな私を知ってか知らずか、土方さんは前を向いたまま言葉を続ける。
「紅涙は補佐にするつもりでいる。」
「…え?」
補佐?
「補佐ってアレですかィ?土方さんの小姓的な。」
「まァな。」
…知らなかった。そんな役職、考えてくれてたんだ…。
「副長補佐ねェ…。土方さんはあくまで飼い猫を外に出す気はないと。」
「言ってる意味が分からねェな。だが副長補佐と言っても、俺だけじゃなく、真選組の補佐も兼任してもらう。」
「…?」
首を傾げる私に代わって、沖田君が聞いた。
「そりゃどういう仕事で?」
「俺の補佐を軸とするが、真選組全体のフォローもしてもらうって話だ。」
「「…、」」
なんだかよく分からないけど…
「すごい守備範囲ですね…私。」
「そうだな。」
「とても紅涙に出来ると思えやせんが。」
「出来るさ。」
土方さんが振り返った。私を見て、小さく笑う。
「これまでの行動を見て俺が判断したんだ。紅涙なら出来る。」
「っ…、土方さん…!」
はじめてこんな真正面から褒めてもらった気がする…!
「私っ…頑張ります!!」
「ああ。」
やっと立場を確立できた。
やっと言い得ぬ孤立感から解放される…!
「期待してるぞ、補佐官。」
「はい!了解でありますっ!!!」
「もうズレてる気がしますぜ。」
私も色んな意味で笑った。
それから数分後、
「着きやした。」
テロ犯がいるという場所に到着する。
以前は何かの施設だったようだけど、割れた窓と朽ちた壁は、まさに廃墟そのものだった。
「お疲れ様です!」
山崎さんが駆け寄ってきた。
「状況は?」
煙草に火をつける土方さんの隣で、沖田君が口を開く。
「現場は動いてねェようだけど。」
「ええ、相変わらず立てこもってますよ。周りを取り囲んでも何をするわけでもなく、ああして叫んでるだけで…」
山崎さんが建物を見る。
促されるように顔を向けると、二階の窓から身を乗り出して叫ぶ男性が見えた。
「私の実験は真選組のせいで失敗したんだッ!!」
実験?何の…?
小太りの中年男性は、右手にフラスコのようなものを持っている。
「あれが犯人…ですか?」
「うん、そう。」
「おい総悟、アイツに見覚えは?」
「ありませんね。土方さんは?」
「ねェな。まさかと思うが、紅涙が何かしたんじゃ…」
「え!?わっ、私じゃありませんよ!?…たぶん。」
身に覚えがなさすぎて自信ないけど。
「大丈夫、早雨さんは関係ないよ。」
山崎さんが懐から紙を取り出す。
「あの男について、身元、動機ともに調べが付いてます。」
「なに?」
「それを先に言いなせェ。」
「す、すみません。えっと、男の名前は―――」
犯人の名は斗夢(トム)。
以前は『入信すれば願いが叶う』と謳い、カルト教団を立ち上げて教祖をしていたらしい。けれど信者として潜入した者達に裏側、すなわち仕組みをバラされ、解散に至ったのだとか。
「つまり潜入捜査で潰しにきた真選組が憎いってことですか…?」
「いや、まだこの段階でうちは関係ないんだ。」
「え。」
カルト教団を解体したトムが、次に目をつけたのは科学宗教。
『団体オリジナルの液体を浴びれば願いが叶う』と新たに謳い、信者を増やそうとしていたらしい。
「しかし失敗したと。」
山崎さんが顔を上げる。
「それで……真選組のせいだと?」
「はい。」
「「「…。」」」
私達は全員、なんとも言えない顔をした。
「なんでそれが真選組のせいに…?」
「犯人曰く、『施設付近でバズーカを撃たれ、その振動で手が揺れ、調合を間違った』そうで…。」
「「「…。」」」
―――パシッ…
土方さんが額に手をやる。
「総悟、テメェ…、」
「いやいや待ってくだせェ。たとえ調合をミスったとしても、また作り直せばいいだけの話。それをこんな大袈裟に」
「なんかとんでもなく貴重な薬品だったそうですよ。しかも一番上手くいっていた配合だったようで、これまでの努力が水の泡になったとか何とか…」
「そんなこと言われても困りまさァ。」
「何が『困る』だ、あァん!?」
眉間に皺を寄せた土方さんが、咥えていた煙草を噛みちぎった。
「困るのは周りだろうがァァ!あれほど所構わずぶっぱなすなと言ったのにテメェはッ…!」
「決めつけは良くありやせんぜ、土方さん。そもそも俺だけがバズーカを使用するとお思いで?」
「お思いだコラァァァッ!!」
「山崎ィィィィィッ!!」
「は!?俺!?」
「テメェが余計な報告したせいでバレちまっただろうがァァ!」
「うわ、すごい言いがかり…!」
「総悟!責任取ってテメェが片付けてこい!」
「わかったな山崎ィィィッ!!」
「総悟!!」
「山崎ィィ!!」
「だから俺は関係ないって…、え?え、ちょ、沖田隊っギャァァァッッ!!!」
「ちょっと三人とも!!」
騒がしくなる三人をなだめようと声を掛ける。けれど山崎さんの雄叫びに掻き消されてしまった。
「もう!いい加減に――」
手を伸ばし、引き剥がそうとした…その時だった。
「?」
不意に、背後に気配を感じる。
「俺達は成功していたんだ!」
「「「!?」」」
声を耳にした時には、遅かった。
「っ!?」
いつの間にか私の後ろに細身の男が立っていて、
「お前を最後の実験台にしてやる!光栄に思えェェ!!」
逃げる間も、
「「紅涙っ!!!」」
「早雨さんっ!!」
取り押さえる間もなく、
―――パシャッ!
「「「「!!」」」」
私は、男が持っていた液体を真正面から浴びた。
「あっ…」
…ヤバい。やってしまった。
これは…この失敗は……救いようがない。
目の前が真っ暗になっていく。
呆然とする私を置いて、周りの行動はとてつもなく早かった。
「突入だ!トムを確保しろ!!」
「「ウオォォォォッ!」」
土方さんの声で、建物を取り囲んでいた隊士達が中へ入り、トムを取り押さえる。
「早雨さん!」
「…!」
山崎さんは私に手を伸ばしたり引っ込めたりして、触るに触れない様子で心配してくれた。
「だだっ大丈夫!?」
「はい。あの…っ、……あれ?」
そして気付く。
いつの間にか、さっきまで目の前にいた土方さんと沖田君がいない。一体どこに…?
そう思い浮かべた直後、
―――ザシュッ!
「グハッ!」
後ろで音がした。私が振り返った時には……
「舐めたマネしやがって。」
「覚悟しろィ。」
既に細身の男は地面に倒れていて、その背中に沖田君が腰をかけていた。土方さんは男を睨みつけたまま、山崎さんを呼びつける。
「山崎ィィッ!!」
「はっはひィィッ!」
「なんで仲間がいることを言わなかった!」
「すっすみません…、把握してませんでした。」
「っ……チッ。」
舌打ちをして、山崎さんに背を向ける。
「二度目はないぞ。…気を付けろ。」
「は…はいィィッ!!」
意外すぎる土方さんの態度に、その場にいた全員が驚いた。
普段なら怒鳴り散らかして、なんなら手も出ていた場面だ。なのに土方さんは耐えた。拳を握り締めてまで。…何のために?
「…。」
その答えは、
「っ、」
険しい表情の土方さんが、こちらへ向かってきたことで気付く。
私だ。
私への怒りが強くて、山崎さんは助かった。
『なんで避けられなかった』
『何ボーっとしてんだ』
『補佐の話はなかったことにする』
『やっぱりお前なんか連れてこなきゃよかった』
「…、」
せっかく…
せっかく大きな事件に就かせてもらったのに、こんなことで……こんな、つまらない形で私は……っ!
「…紅涙、」
「すみませんでした…っ!」
目の前に立った土方さんに頭を下げる。
「私っ、」
「顔を上げろ。」
「私、もう二度とこんな失敗はっ」
「顔上げろって言ってんだろ。」
「っ…、」
おずおずと顔を上げる。すると、
―――トンッ…
「!?」
抱き締められた。
「え、ひ、土方さん?」
「……怪我はねェのか。」
「だ…大丈夫…みたいです。液体をかけられただけで、他は何とも…」
って、そうだ!
「ダメですよ!離れてください!まだあれが何の液体か分からないんですから触れるのは――」
「そんなことはどうだっていい!」
「!」
「痛みはねェのか?痺れとか、何か違和感は?」
「い、え…ありませんけど。」
な…なにこの優しさ。
「っ…」
ドキドキする。
…マズいな。抱き締められたままだと心音がバレる。…いや、きっともうバレてる!
「痒みは?」
「っえ?いえ、そういうのも全く――」
「いつまで抱き合ってるつもりですかィ。」
「!?」
「…。」
「おおお沖田君!?だっ、抱き合ってるだなんてそんなっ」
「……総悟、」
土方さんが静かに身体を離す。
沖田君の方を見る顔は、未だ険しいままだった。
「車を回せ。」
「…へいへい。」
「山崎、俺達は先に出るぞ。その男とトムの身柄は頼む。」
「わかりました!」
山崎さんは数人の隊士を呼び、倒れたままになっている細身の男に手錠をかける。私も何か手伝おうとすると、
「行くぞ、紅涙。」
土方さんに肩を掴まれた。
「え、でも私も何か――」
「今のお前に出来ることはない。」
「っ…。」
そりゃあ…私が何かに触ると、謎の液体も付いちゃうことになりますけど。それでも何も出来ないわけじゃない。誰かが触るような物には触らないようにすれば、捜査を……って、邪魔なだけか。
「どうした?」
「…いえ、役に立つと息巻いてきたのに私…」
伏せていた顔を上げる。
「っ!?」
思っていたより近くに土方さんの顔があって驚いた。
「どこか痛むのか?」
「え…、…あ、…いえ、ちょっと考え事をしていただけで…。」
「今は余計なことを考えるな。自分の身体にだけ耳を傾けておけばいい。」
「…、」
なんだろう…。土方さんが信じられないくらい心配してくれてる。嬉しい。
『なんだそれ。死亡フラグでも立ちやしたか』