時間数字6

休みの一致

「っよし!」

ちゃんと時間戻ってる!

「『よし』?」
「!!」

不思議そうな沖田君の声にハッとする。慌ててアイマスクを剥ぎ取り、首を左右に振った。

「っな、なんでもないよ!」
「??」
「ただの気合いだから!『よし、仕事頑張るぞ!』って!」
「嘘くせェ…。」

疑いの目に空笑いを返す。

時間を戻せてよかった。本当に助かった!
もしあのまま進んでいたら、私と沖田君の関係は変わってしまっていた。必ず悪くなっていた。
私は、沖田君と友達でいたい。
付き合うとか、付き合わないとか、そんな言葉なんて出てこない友達でいたい。それは、

『紅涙は野郎が好きなんだろィ?』

私が土方さんを好きだから…じゃないと思う。
確かに土方さんのことは好きだけど、それは尊敬の感情。だから一挙一動に心を揺さぶられたり、ドキドキしてしまうのも尊敬しているからこその……

『お前の代わりなんて、この世に二人といねェよ』

尊敬しているから、そんな気持ちになっていたのだと…思っていた…けど……

―――チュッ
「っえ、」

唇に、生温かな柔らかい感触がする。
いつの間にか沖田君の顔が目の前にあった。……まさか。

「…沖田君、今……何かした?」
「チューした。」
「っ!?なんでそんなことっ…!!」
「人の話を聞いてねェから。」

っ…それは……そうだったけど。

「だからってそんなことする!?」
「したい。」
「へ!?」
「俺ァ紅涙のことが好きだから、いつでもしてェ。」
「え!?ちょっ…」

待って、

「紅涙の好きなヤツは?」
「はい!?」
「いるんだろィ?土方コノヤローとか。」
「ななっ何言って」

待て待て待て!
これじゃあ何も変わってない!!

「あの野郎だけはやめておきなせェ。」

沖田君が私の手を掴んだ。瞬間、頭に『やり直せ』という言葉が浮かぶ。

「っ、戻して!」
「?何言っ」
―――プツン…
「…。」

私は、再び時間を戻した。
…さっきのはちょっと反省。
生半可な態度じゃ何も変わらないんだ。根本的な部分から見直さないと、結果は同じになる。
つまり沖田君からのキスと告白を回避するには…

「で、紅涙はなんでそんなご機嫌で?」

ここしかない!

―――ダンッ!
「!?」

時間を戻した直後、
私はすぐさまアイマスクを外して立ち上がった。視界の端で、ギョッとする沖田君が見える。

「な、何してんでさァ。」
「いけない!私、市中見回りの時間だ!」
「…はァ?まだ15分も先じゃねェか。」
「行ってくるね!」
「え、おいっ紅涙!」

沖田君の元から急いで走り去る。これでようやく全てを回避できた。

「はぁはぁっ…」

大変だな、『流れを変える』って。
決まった予定をねじ曲げている感覚に近い。もしかしたらその予定に戻そうと、ここで沖田君が追いかけてくる可能性も……

―――ダダダダッ
「!?」

駆ける足音に心臓が跳ねた。
振り返ると、庭を挟んだ向こう側の廊下を隈無(くまなく)さんが雑巾がけしている。

「はぁ……、」

心臓に悪い。
さて、これからどうしよう。
沖田君が言った通り、市中見廻りの時間まで15分ある。自室へ戻りたいところだけど、部屋に沖田君が来ないとも限らない。早いけど、ここは巡回相手の元へ行った方が安全…かな。

「今日の巡回相手は……あ。」

懐から取り出した当番表を見て固まった。
今日の相手、土方さんだ。なんとなく……意識しちゃいそう。

「~っそれもこれも沖田君のせいだ!」

この時間を生きている沖田君にとっては、身に覚えのないことだろうけど。

「はぁぁ~…。」

何度目かの溜め息をこぼして、

「失礼します!」

私は副長室へ向かった。

「どうした?」
「市中見廻りの時間なのでお迎えに上がりました。」
「…?」

土方さんが時計を見る。

「珍しく早ェな。」

視線を私に戻し、片眉を上げた。

「何かやましいことでもあるのか。」
「え!?なっ、ないですよ!?そんなっ」
「…。」
「…、…ひ、酷いじゃないですか~。早く来ただけで疑いの目を向けるなんて。」
「……フッ、そうだな。」

鼻先で笑った土方さんが筆を置く。

「早く来てくれて良かった。ちょうど寄りたいとこがあったんだ。」
「寄りたいところ?」
「ああ。今日は車で行くぞ。」

刀を手に取り、立ち上がる。
土方さんが立ち寄りたいところってどこだろう。マヨネーズ関係?限定マヨネーズを買いに行きたいとか?

首を傾げながら、土方さんの後に続く。
ハンドルは土方さん自らが握り、車を走らせた。もちろん市中見廻りだからパトカーを使う。

「よし、着いた。」
「え…、」

サイレンこそ鳴らさなかったけど、辿り着いた場所はパトカーで行くにはあまりにも意外な所だった。

「え、映画館!?」

横付けして停める。
土方さんが映画館!?
…いやそれはいいんだけど、これから巡回だっていうのに映画!?

「今から見るんですか!?」
「んなわけねェだろ。」

ですよね…。

「チラシだけ貰ってくる。」
「チラシ?何の映画の…」
「となりのペドロだ。決まってんだろ?」

フンッと得意げに笑い、見上げた。視線の先には、『となりのペドロⅡ』の大きな看板が掲げられている。

「2!?2が公開されてたんですか!?」

1は私も見たことがある。面白いのにしっかり感動シーンもあって、名作中の名作だ。

「昨日から公開されてんだよ。じゃ、チラシ貰ってくるから。」

土方さんが車を降りる。
足早に向かい、足早に戻ってきた。薄っぺらいチラシを大事そうに持ち帰る様が、心なしか嬉々としていて思わず笑ってしまう。

「…なに笑ってんだよ。」

車へ乗り込んだ土方さんが、不服そうに私を見た。

「いえ、どんな内容なんでしょうね。」
「さァな…。でも絶対面白ェだろ。見ろよ、このチラシ。これだけで感動できんだけど。」

両手でチラシを持ち、

「あ~ヤベェ、早く観てェ。」

子どもみたいに目を輝かせる。

「明後日に観れるんじゃないですか?」
「明後日?」
「土方さん、休みでしたよ。」

確かその日は私も休みだったから覚えてる。

「だが休みの日は書類を……まァいいか。紅涙も行くか?」
「えっ、わ、私…?」
「お前も休みだろ?他に予定があるなら仕方ないが」
「ありません!」
「お…おお、そうか。」

次の休みに…土方さんと……

「なら観に行くか、映画。」
「ッッ!!」

二人で映画…っ!!

「楽しみすぎる!!」
「だな。」

土方さんが笑う。
おそらくペドロを観ることに対してだけど、私は単に土方さんと映画を観に行けることが楽しみ。
だって映画だよ?土方さんと二人で映画。これはもうデートじゃん!?

「あ……。」
「なんだ?」
「い…え。」

そっか、…そうなんだな。
パラドクスの沖田君、やっぱり合ってたよ。
私…尊敬とか抜きにして、土方さんのことが好きみたい。