時間数字7

最悪の予感+固定された歯車+違う約束

映画館でペドロのチラシを貰った後、もちろん私と土方さんは通常の市中見廻りを行った。
毎度のことながら各所で小競合いはあったけど、逮捕者が出るほどの大きな事件もなく。

「今日はこの辺り一帯を歩いて終いにするか。」
「了解でーす。」

最後にぐるっと街を巡回して戻ることになった。
住宅街の一角に車を停める。
すっかり陽も暮れ、人通りが少ないものの、いつもの夜道と変わりはない。

「…そう言えば土方さん。」
「ん?」
「トムって今どこにいるんです?私に謎の液体をかけた、あの容疑者。」
「ああ、身柄は本部預かりになってるが…なんだ?気になることでもあんのか。」
「そういうわけじゃないんですけど……会えませんかね、私。」
「?…なんで会いてェんだよ。」
「ちょっと聞きたいことがあって。」
「なんだ。」
「それは……その…、…。」
「…。」
「……土方さんには…関係のないことです。」
「あァァん!?」

ヤバッ…!

「っあ、あれ!?」

着火しかけた土方さんの気を紛らわせるため、慌てて前方の人影を指さした。

「あの人、怪しくないですか!?」
「話そらしてんじゃねェ!」
「でもほらっ、家の前でなんかっ……」

あれ…?本当に怪しいかも。
ここから少し離れた大きな屋敷の前で、2つの人影がもみ合っている。…いや、違う?分かりづらいけど、妙に落ち着きがない。一人は男性。もう一人は女性…かな。『勘違いでした』って適当に流す気でいたけど、これは違法売買の可能性がある。

「…職質かけるか。」
「わかりました。行きま――」
「俺が行く。」

言うや否や、土方さんが足を踏み出した。

「土方さん…、」

こういうよく分からない状況の時、土方さんはいつも率先して動く。
私はその背中を見るのが大好きだった。
土方さんの背負うもの、護りたいものへの気持ちが表れているようで、眼福としか言えない。

……でも。
この時ばかりは、後悔している。

「てめーら、そこで何やってる?」

私が行けば……いや、あの人影を見つけなければ。
ただの逢引かもしれないと…私が気に留めなければ、

「と…、十四郎さ…」
「…、」

土方さんは、その女性と…出逢うことなどなかったのに。

「……土方さん?」

人影の一つである女性が、土方さんを『十四郎さん』と呼んだ。
呼ばれた土方さんは足を止めたまま動かない。一体どんな顔をしているのか、こちらからでは窺えなかった。
…でも、今この瞬間も土方さんと女性の目が合っているのは確かで。

「…。」
「…、」

ほんの僅かな時間の僅かな静寂も、私には5分近くに感じた。
大好きな土方さんの背中に、これほどまで不安が募った日はない。

「土方さ――」

もう一度声をかけて、その背に歩み寄ろうとした時、

「ゲホゲホッ!」
「「!」」

女性が激しく咳き込んだ。女性の隣に立っていた男性が、慌てた様子で背に手を回す。

「オイッ!しっかりしろ!!オイ!」

あの銀髪、もしかして万事屋の…?

「…あの、土方さん?」

傍へ近付き、顔を見た。
土方さんは女性の方へ視線を向け、目を見開いたまま未だ動かない。その横顔に、

「土方さん…」

ああ…何かが変わると、そんな予感がした。嫌な予感は、いつだってよく当たるから。

「…万事屋、」

土方さんは低く、絞り出すような声を出す。女性を支えていた万事屋の坂田さんがこちらを見た。

「車に…乗せろ。」
「!」

乗せて…どうするの?

「土方さん、病院へ行くなら救急車の方が…」
「いいから。…紅涙も手伝え。」
「っ…。」

なんだろう…胸がザワつく。
あの女性を介抱しなきゃいけないとは思うけど……気が進まない。

「…土方さん、」
「…。」
「…、」

『その人とはどういう関係ですか?』
言葉が続かなかった。
ただ、頭に浮かぶ。
嫌だ。
心が叫ぶ。
嫌だ。
嫌だ、嫌だ嫌だ……土方さんっ…!

「珍しく早ェな。」
「ッ、!?」

覚えのある会話にハッとする。
え…?ここ…副長室?

「何かやましいことでもあるのか。」

片眉を上げる土方さんを見て気付いた。
時間が……戻ってる。

「…おい、聞いてんのか?」
「……土方さん、」
「なんだ。」
「…すみません、今日の市中見廻りには行けません。」
「あァん!?おまっ、今さっき『市中見廻りだから迎えに来た』って言っただろうが!!」
「すみません。」

頭を下げて、早々に部屋を後にする。

「コルァァッ!」

室内から凄まじい怒り声が聞こえてきたけど、仕方ない。
土方さんと映画を見れなくなったけど…仕方ない。
意図した使い方ではないにしろ、戻ってしまったのなら、あの女性と会わないことに重きを置きたい。

…わかってる。
あの二人には過去がある。見知らぬ二人には見えなかった。
いくら私が時間を戻せるとしても、過去まで変えられるわけじゃない。それでも、今この瞬間にフタが出来るなら…

私はどれだけ自分勝手だと言われても、この力に感謝する。

「……はぁ。」

とりあえず、市中見廻りの時間は部屋にこもってやり過ごそう。
時計を見ながら、ただ時が過ぎるのを待った。
……しばらくして。

『わっはははは!』
「!」

近藤さんの笑い声に目を覚ます。
…やば。いつの間にか眠ってた。

「…なんだろ、賑やかだな。」

部屋から顔を出して様子を窺う。
すると、沖田君の部屋から土方さんが出てきた。ポケットへ手を突っ込み、険しい顔をして副長室へ戻って行く。

「何…だろう。」

近藤さんはあんなにも笑い声を上げているのに、まるで正反対の顔だ。

「…、」

少し様子を見てこよう。
部屋を出て、局長室へ向かった。…が、

「あっ!早雨さん。」

あと数歩というところで、山崎さんに呼び止められる。
見れば、数名の隊士と共に局長室の隣の部屋を陣取り、局長室側の襖にピッタリと耳をくっつけていた。

「…何してるんですか?」
「ちょっと気になっちゃってさ。」

親指でクイッと隣の局長室をさす。
耳を澄ますと、鈴の音のような可愛らしい声が聞こえてきた。

「えっ、近藤さんに女性の来客!?」
「シーッ!声量には気をつけてよ!」
「す、すみません…。」

そりゃ気になるわ!

「早雨さんも見る?」
「見ます!」

皆の合間から部屋を覗く。するとそこにはニコやかな近藤さんと、

「ッ!?」

あの女性が座っていた。

『と…、十四郎さ…』

土方さんを下の名で呼んだ、…あの女性が。

「どうして……」

時間は戻してる。二人は出会ってない。
……違う。土方さんは市中見廻りに行っている。…その時だ。

「…、」

私が市中見廻りを休んだところで、意味などなかった。二人は出会うべくして出会う。

私は忘れていた。
時間は簡単に戻せても、出来事はそう簡単に変えられない。
世の常か、一度刻むと決まった出来事は是が非でも刻もうとするということを、忘れていた。

「…誰なんですか?あの人。」

そこまで繋がろうとするあの女性は、土方さんの何…?

「沖田隊長の姉上様だよ。」
「えっ!?」

沖田君の…お姉さん?

「しかしホントに似てないよな。」
「世の中、何事もバランスだって。」

コソコソと山崎さん達が話す。
皆はそう言うけど、私の目にはとても似て見えた。綺麗で……どこか儚さをはらんでいる。
でも沖田君のお姉さんなら、土方さんのあの表情が意味するものは…?

「紅涙、離れなせェ。」
「!?」

沖田君!?
振り返る前に、右へ退く。その途端、
―――ドゴォォォンッ
沖田君がバズーカーを放った。大きな音と共に襖が破壊され、局長室が丸見えになる。

「おーう総悟、やっと来たか。」

平然とした様子で近藤さんが手を上げた。沖田君は山崎さんを締め上げ、

「すんません。コイツ片付けたら行きやすんで。」

首に刀を突きつける。すると、

「そーちゃんダメよ。お友達に乱暴しちゃ。」

耳がくすぐったくなるほど柔らかな声で、女性が制止した。それをギロリと睨みつけた後、沖田君は…

「ごめんなさい、おねーちゃん!!」

土下座以上の姿勢で謝る。
嘘みたいにひれ伏した沖田君の姿に、私はもちろん、山崎さん達も唖然とした。近藤さんだけが微笑ましいと云わんばかりに頷いていた。

「総悟、お前今日は休んでいいぞ。せっかく来たんだ。ミツバ殿に江戸の町でも案内してやれ。」
「ありがとうございます!」

沖田君が心底嬉しそうな顔をして頭を下げる。

「あんな顔するんだ…。」

思わず呟くと、隣で山崎さんも「だね…」と漏らした。
沖田君はお姉さんと一緒に部屋を出た。山崎さん達はバズーカーで散らかった室内を片付け始める。そんな中、

「…近藤さん。」

私は、落ち着いた様子でお茶を飲む近藤さんに声を掛けた。

「どうした、早雨君。」
「あの…さっきの女性は、沖田君のお姉さん…なんですか?」
「ああそうだよ。総悟にとっての親代わりで、唯一頭が上がらない存在。」
「怖いんですか?」
「まさか。あの雰囲気のまま、菩薩のように優しい子だ。あ、お妙さんとはまた違う菩薩感ね。」
「は、はぁ…。」
「だが結婚する年頃になっていたとはなァ。」
「えっ」

結婚…?

「俺達が上京して、もうそんなに経つと思うと…いや~感慨深いな!」
「沖田君のお姉さん…結婚されるんですか?」
「そうらしい。お相手は江戸の方だと言っていたかな。ミツバ殿は『身体が弱いから』と一度断ったそうだが、『関係ない』と受け入れてくれた優しい人だと話していた。」
「そう…なんですか。」

結婚…。
じゃあ、あの時の土方さんの表情って……

「…近藤さん、」
「うん?」
「もう一つ…質問いいですか?」
「何だい?」
「…、」

聞かない方がいいかもしれない。土方さんのためにも…自分のためにも。そんな葛藤を越えて、

「…ミツバさんは……土方さんとどういう間柄なんですか…?」

聞いた。
ギュッと自分の手を握り締める。
じんわり汗が滲んで、頭の中に薄らと『後悔』の文字が浮かび始めていた。

「トシとミツバ殿は……」
「…。」
「…、…。」

近藤さんが開いていた口を閉じる。
言葉に詰まったのか、言葉を選んでいるのか。
うつむき、少ししてから顔を上げると、困ったような笑みを私に向けた。

「いや、トシに聞きなさい。他人の俺が話すことじゃない。」
「…、」

近藤さんの言葉で、分かった。
近藤の表情で十分過ぎるくらいに分かった。
土方さんとミツバさんの間にはシコリがある。周りが触れたがらないほど…繊細な事柄が。

「…、…わかりました。変なことを聞いてすみませんでした。」
「俺の方こそすまない。あまり上手く話せそうになくてな。」

近藤さんが頭を掻いて苦笑する。私は首を左右に振って、もう一度頭を下げた。その時だった。

「ちょっといいか。」

部屋に誰かが入ってくる。

「おお、トシ。」
「!」

振り返ると、土方さんが立っていた。

「ひ、土方さん…、」

もしかして…聞いてた?

「話は終わったのか?」
「え…」
「?今、近藤さんと話してたろ。」
「あ…はい。終わりましたけど…」
「なら部屋に来てくれ。話がある。」
「っ…わ、わかりました。」

話…。話って何だろう。
やっぱり近藤さんと私の話を聞いてたのかな。それを『余計な詮索するな』って叱られる…?

「入れ。」
「失礼します…。」

土方さんに続いて副長室へ入った。

「何…でしょうか。」
「ああ、」

奥に敷いた座布団の上へ座り、煙草に火をつける。険しい顔つきで煙を吐き出し、私を見た。

「…紅涙。」
「は、はい。」
「お前…」
「…、」
「…………ペドロは好きか?」
「……え?」

ペドロ…?あ…ああ、映画の?

「好き…ですけど。」
「あれな、今2が公開されてんだってよ。」

…知ってます。
ついさっき、一緒に映画を観る約束もしたんだもの。
…この次元の土方さんには、身に覚えのない話だろうけど。

「次の休み、予定がないなら観に行かねェか?」
「えっ…」
「無理にとは言わねェが。」

これは……嬉しい展開、なんだと思う。この状況でも土方さんが映画に誘ってくれている。こんな暗い顔をして、私を…映画に……、…。

『今から見るんですか!?』

…あの時は、

『チラシだけ貰ってくる』
『チラシ?何の映画の…』
『となりのペドロだ。決まってんだろ?』
『2!?2が公開されてるんですか!?』
『昨日から公開されてんだよ。じゃ、チラシ貰ってくるから』

土方さんも私も、

『お前も休みだろ?他に予定があるなら仕方ないが』
『ありません!』
『お…おお、そうか』

あんなにも、

『なら観に行くぞ、映画』
『ッッ!!』

笑っていたのに…

『楽しみすぎる!!』
『だな』

今の土方さんは、ペドロが好きだからというより、気分転換のために行こうとしているように見える。無理にでも気持ちを切り替えるために。
その原因として…どうしても私は、ミツバさんを思い浮かべてしまう。

「…行きます、ペドロ。」

断れない。
たとえ、その気分転換に利用されているとしても。

「そうか、じゃあ明後日な。」
「はい。」

小さく頭を下げ、副長室を後にした。

「…。」

この胸の重さは何だろう。
土方さんから嫌な話を聞いたわけでもないし、嫌なことを言われたわけでもない。むしろ映画に誘ってもらったのに…。

今の気分はどうしてか、

「…、」

まるで、失恋でもしたかのような苦しさがあった。