沖田先生監修
「う~ん…、」
やっぱり口が動いてない。
沖田君の推測通り、腹話術で心の声をあえて漏らし、私を試しているのだ。
「だからってずっとしなくてもいいのになぁ…。」
休む間がない。昼食時も腹話術は健在だった。
『紅涙、口』
『クチ?』
『ここ、ついてるぞ』
『あっほんとだ!ごめんね、ありがとう』
『いや。……そんなとこまでいちいち可愛いな』
『ぶフッ!』
『どうした、紅涙』
『な、何でもない…』
食べながらでも腹話術が出来る人だったなんて知らなかった…。それとも私を試すために練習を重ねて出来るようになった?だとしたら土方君の本気度を感じる。
私も土方君への想いが本物だって分かってもらわなきゃ!
「えっと…何だったっけ。」
胸ポケットへ入れていた紙を取り出す。
これは沖田君、いや沖田先生から渡された紙だ。
――――――
土方コノヤローのお眼鏡にかなう女になれ!
その一、ツンデレな感じで話せ
その二、むしろ小悪魔的な感じの方がタイプ
その三、っていうか尻に敷く感じだと面白い
※土方の腹話術は触れない、邪魔しない、否定しない
――――――
なんだか徐々にテーマから逸れてる気もするんだけど……
「ほんとにこれで大丈夫なのかな…。」
沖田君に『こんなことして嫌われない?』と聞いても…
『嫌われる?ハッ。その程度で嫌われるなら、先に振ってやりなせェ。そもそも野郎と何年も面を突き合わせて、知らねェことはないってくらい近くにいる俺の情報ですぜ?そこを信じられないと?』
なんて言われちゃうと、納得するしかないし…。
『心配せずに、紅涙はただ他の女と違うってとこを見せつけりゃいいんでさァ。他の女と同じじゃ意味ねェんだから』
そうだよね…。
『こんな私もどうですか的なワガママを一つ二つ言ってやりなせェ。丁度いいじゃねェですか。マンネリもさっぱり解消でさァ』
…マンネリ化はしてないんだけどね。
沖田君なりに考えて、私の背を叩いて励ましてくれているんだから。
「私も頑張らなきゃ…!」
紙を畳み、胸ポケットへしまう。まずは土方君との下校から始めようと意気込んだ。
……けど。
「……。」
「…どうした?」
「う、ううん…何も。」
なんというか…、非常に話しづらい。『ツンデレ』とか『小悪魔』とかを意識するせいで、ろくな会話が出来ない。
どうしよう、せめてツンデレくらいはしたいのに。…何をしたらツンデレっぽくなるの?
「紅涙、コンビニに寄ってもいいか?」
「うん、わかっ…、……。」
ここで素直に頷かなければいい…?
「…紅涙?」
「い…、」
「?」
「行きたく…ない。」
「……『行きたくない』?」
オウム返しにされ、私はギコちなく頷いた。
今、私は心にもないことをしています…。
「……、」
土方君は険しい顔をして口を閉じる。その後、
「ふぅ……、わかった。」
細く息を吐いた。
こ、これは…ウザくなってる!?というか嫌われた!?謝ります!今すぐ謝ります!
「あっあの土方君、ごめ――」
「そうか、そうだよな。みなまで言わなくても分かってる。」
…え?
「俺も早く二人きりになりてェよ、紅涙。」
「ふ、二人きり!?」
「『二人きり』?何だよ、いきなり。」
しまった!これは腹話術で話してた方だったのか…。
「なっなんでもない。…ごめん。」
謝ると、土方君が鼻で小さく笑った。
「べつにいい。今日のために多めに飲み物を買っておこうと思っただけだし。」
「お客さん来るの?」
「お前のためだ。」
「……、」
「コラ、聞いてんのか?」
トンッと肩で肩を押される。
今のは腹話術じゃなかったのか!わ…わかりにくいなぁ。
「今日も俺ん家に寄るんだろ?」
「あ……、」
最近の私は、週4くらいで学校帰りに土方君の家へお邪魔している。だがしかし!
「行ってほしいなら…っ、何か奢りなさいよね!」
今日の私はツンデレなのです!簡単に行ってなんてあげないんだからね!
「昨日のプリンがあるだろ。」
「…プリン?」
「買ったじゃねーか、昨日。新発売のモンブランプリン。」
…そうだった。『明日食べるから』って、土方君の家で保管しててもらったんだっけ。確か、土方君はマヨアイスを買っていて……
「賞味期限、今日までだったぞ。いいのか?」
…それはよくない。
「…行く。」
もうっ、ツンデレ空振り!
「なら早く帰って食おうぜ。ふっ、お前、ほんと食いもんに目がねェな。」
土方君が笑った。その笑みを見て、まぁいいやと私も笑みを浮かべた……が、
『紅涙、野郎にはツンデレでさァ』
沖田君の言葉が頭によぎる。
『ツンツンツンツンした後にデレッとするのがいいんですぜ』
ということは、ここでもっと…!
「ばっ馬鹿にしないでよ!」
「?」
「私、食べ物だけじゃ…ないんだからね!」
フンッと顔を背けた。突然すぎた気もする。
「紅涙…」
驚く土方君の声が聞こえた。やっぱり突然すぎたかな…。
「……。」
「……、」
沈黙が長い。
…不安だ!今のなしって言おう…なんて考えた時、
「…なんだよ、どうしたんだ?」
土方君が私の手をそっと握った。
「拗ねんなよ。本気でバカにしたわけじゃねェんだから。」
「~っ!」
成功してた!!
思わず顔がほころびそうになる。きっとこれで土方君も腹話術なんてことはやめて……
「そうやって強がってることも分かってるさ。」
「!?」
「俺を誰だと思ってんだ?お前のナイトだぞ。」
「……。」
そりゃあ…一回くらいじゃやめようとは思わないよね…。でもあんまり長いと私の方が続かなくなるから、出来れば早くやめて欲しいんだけど……
はあぁぁ……。
「先が思いやられる……、」
~甘い言葉も言えやしない~
「なんだって?紅涙。」
「う、ううん……なんでもない。」
「…いつまで拗ねてんだよ。可愛いヤツめ。」