World Is Yours ! 3

オイシイこと

下校時。
私のツンデレ効果により、土方君が寄りたがっていたコンビニには寄らず、そのまま土方君の家へ直行することになった。

「ほらよ。」

昨日から保管してもらっていたモンブランプリンを受け取る。

「…あれ?」

私はソファに座り、制服のジャケットを脱ぐ土方君を見上げた。

「食べないの?土方君は。」
「食うもんねェし。」
「え、昨日買ったマヨアイスは?」
「昨日の夜、食っちまった。」
「も~、一緒に食べるんだと思ってたのに。じゃあ一緒に食べよ?」

モンブランプリンを開封する。ふわっと甘い匂いが鼻をかすめた。

「いらねェよ、そんな甘そうなもん。」
「おいしそうじゃん。ほら、ひと口。」
「紅涙が食ってからでいい。」
「じゃあすぐ食べる!」

私はスプーンでプリンを掬って頬張った。

「おいひ~!」
「ふっ、何もそんな急いで食うことないだろ?」
「土方君に早く食べさせてあげようと思って。」
「そりゃありがとよ。」
「はい、じゃあ土方君の番ね。あーん。」
「……わァったよ。ひと口だけな。」

困ったように笑って、口を開ける。プリンをその口へ運ぼうとした時、
―――ピンポーン…
玄関のインターホンが鳴った。

「誰だよ、こんな時に。」
「…お客さん?」
「いや、客なんて来ねェはず。」

土方君が立ち上がる。すると玄関の方で、
―――ガチャッ
鍵の開いたような音がした。

「え、誰かが勝手に…入ってきたの?」
「おいおい面倒だな…。こんな時間に親が帰って来ることなんて絶対な――」

「どうも遅れやしたァー。」

「「!?」」
「総悟!?」
「沖田君!?なんでっ…」

慌てて二人で玄関へ向かう。丁度、沖田君が靴を脱いでいるところだった。

「テメッ、なに勝手に入って来てんだよ!」
「遅くなってすいやせん。もう始まってやしたか?」
「何が!?つか呼んでねェし!そもそも鍵なんて渡した記憶ねェんだけど!?」
「あまり細けェこと気にしてると、紅涙に嫌われやすぜ。」
「何でもかんでも紅涙の名前を出すな!」
「いやいや、」

沖田君が親指を出し、クイッと私の方を指す。

「少なからずここへ来たのは、紅涙と約束したからなんで。」

え!?

「なァ?紅涙。」
「…本当か?」

してない!約束なんてしてないよ!!
首を振ろうとすれば、険しい顔をした土方君の後ろから、

『土方を見返してェんなら頷け』

沖田君の大きな瞳が話し掛けてきた。こわい…。

「紅涙…?」
「…う、うん。ごめんね、沖田君も呼んでのを忘れてた。」
「つーわけでお邪魔しやすぜ、土方さん。」
「……。」

沖田君は土方君の隣を通って部屋へ向かう。土方君は玄関の方を向いたまま立ち尽くしていた。

「あ、あの土方君…?」
「…なんで総悟なんかと約束してたんだ。」

お、怒ってる…。確実に。

「えっと…、…みんなで遊んだ方が楽しいかなと…思って?」
「はァ?俺の家だぞ。」
「そうだけど…。土方君は沖田君と昔馴染みでしょう?だから、言わなくても別に…」
「いいわけねェだろうが。」

…だよね。私も逆の立場なら思う。…やっぱりちゃんと言おう。

「あのね、土方君。実は私、沖田君と―――」
「もういい。」
「…え?」

「最悪の気分だ。」

なっ…そっそこまで言わなくても…。

「っま、待ってよ。私の話を…」
「聞いてほしいなら総悟を追い出してからにしろ。」
「っ…で、でも……」
「追い出せねェのか。」
「そういうわけじゃないけど……。」

たった今来た人を追い返すのは気まずいというか…言い出しづらい。だってあの感じ、私のために来てくれたんだと思うし…。

「今日は沖田君がいてもいいんじゃないかな…。」
「……。」
「ね?土方君。二人で会うのは明日以降いつでも――」
「好きにしろ。」

土方君が廊下を歩き出す。私の横を通り過ぎる間際、

「そんなに総悟といたいなら、いればいいだろ。」
「…!」

ヒヤッとすることを言われた。
まさか勘違い?それとも、ただのヤキモチ?

「ちょっ…土方君、待って!」
「話すことなんてない。」

土方君は先ほどいた自室とは違う部屋へ入り、ピシャリとドアを閉めた。

「な、何なの…。」

二人でプリンを食べようとしていた、あの平和な時間から急直下すぎる…。
でも突然とはいえ、来たのは土方君の親友の沖田君だ。そこまで不機嫌になることじゃないんじゃないの…?

「紅涙~、このプリンは食っていいんですか~ィ?」

遠くから沖田君の声が聞こえてきた。方向からして土方君の自室だ。
あの人、ほんと遠慮ないな…。

「そのプリンはダメですよ!絶対触らないで!」
「へいへーい。」

なんと心配な返事…。私のために来てくれたんなら、もうちょっと空気読んでくれれば良かったねに…。

「はぁぁ~…。」

沖田君よりも先に土方君の誤解を解かなきゃ。でも土方君は沖田君を帰らせなきゃ話さないって言ってたし…。かと言って沖田君は私のために来てくれたわけだから……

「……ああっもう!」

ややこしい!考えきれない!面倒くさい!
私は土方君の自室へ戻った。まるで主のように鎮座してマガジンを読む沖田君が、私を見上げる。

「ありゃ?土方の野郎は。」
「知らない!」
「?」
「もう土方君なんて知らない!」

ソファに座り、置いたままになっていたプリンを手にした。ガツガツと口に頬張ると、目の前の机に沖田君が片肘をつく。

「なにやら面白ェことになってるじゃありやせんか。」
「全然面白くない!」

ニタニタした視線のせいでプリンの味が全く分からない。

「沖田君も沖田君なんだからね!?」
「俺?」
「来るなら来るって言って!いきなり来ちゃったからっ…土方君、怒っちゃったじゃん。」
「その程度でですかィ?いつも以上に沸点が低ィや。」
「……。」

言われれば…そうかも。ろくに私の話も聞いてくれなかったし。余裕がなかった…ってこと?何の?

「しかし紅涙は可哀想ですねィ。野郎に試されたがために努力せざるを得なくなったってのに、一方的に八つ当たりまでされちまって。」
「……、」
「やめますかィ?土方を見返すこと。」
「…やめない。」

やめるということは、土方君の手を放すという
こと。まだやりきってないのに、やめられない。
……そうだ、今こそ『その三』をする時じゃん!

「それでこそ紅涙でさァ。」

沖田君が立ち上がった。

「え、どこに行くの?」
「俺ァ紅涙をフォローするために来たつもりでしたが、単に邪魔しちまっただけみてェなんで。」
「…帰るの?」
「帰りまさァ。」
「っ、待って!」

立ち去ろうとした沖田君を引き止める。

「沖田君はここにいて。……私が帰る。」
「紅涙が?」
「うん。」
「なんで?俺が帰れば野郎は納得する雰囲気でしたぜ。」
「…聞いてたの?」
「聞こえてたんでさァ。」
「……。」

べつにいいけど…。

「これから…土方君にイジワルするから。」
「…紅涙が野郎に?」
「うん。玄関を出て行く音が聞こえたら、きっと土方君は確認に来るでしょう?そこで私の靴が残ってたら、この部屋へ戻ってくるはず。だけどそこにはなぜか沖田君が!」

サプラーイズ!!

「ショック受けると思わない?」
「まァ……ガッカリ感はあると思いやすが。」
「でしょ!?で、あとで私が土方君にメッセージを送るの。『謝ったら許してあげる』って!」

これぞ、沖田君の『その三、っていうか尻に敷く感じだと面白い』!
…あれ?面白くていいの…?

「どう思う…?私、土方君を尻に敷けてるかな。」
「くく、…どうですかねィ。上手い具合に進めば興味深ェけど。」

沖田君が腰を下ろす。再びマガジンに手を伸ばした。

「とりあえず紅涙は俺の靴で帰るってことでいいんですかィ?」
「え?…あ、ほんとだ。そうなるね。」
「出だしから計画不足。」
「えっと…一瞬だけ借りる!土方君が部屋へ入った隙に入れ替えておくよ!」
「了解。俺ァここで野郎を待ってまさァ。」
「うん!じゃあ先に帰るね。」

部屋を出てる。やんわり気付く程度に足音を鳴らして廊下を歩き、玄関へ向かった。

「えっと、沖田君の靴を……あれ?」

沖田君の靴はある。だけど私の靴がない。…あれ?

「黙ってどこに行くつもりだ、紅涙。」
「!?」

ビクッと身体が小さく震えた。
見つかっちゃダメじゃん私!……もう。

「どこに行くんだって聞いてんだよ。」

不機嫌な土方君の声が背中を叩く。私は振り返らずに応えた。

「帰るの。」
「『帰る』?まだ早ェだろうが。」
「いても楽しくないもん。」
「嘘つけ。仲のいいお前ら二人が部屋にいたんだ、楽しかったはずだろ。」

…やっぱり土方君は勘違いしてる。勘違いした上で、ヤキモチをやいてるんだ。

「……土方君。」

そこでようやく私は振り返った。

「……。」
「……なんだよ。」
「う、うん……あの、」

私より遥かに高い身長の土方君を見上げる。…不機嫌な表情でもカッコイイ。

「沖田君は…ただの友達だよ。」
「間が怪しい。」
「友達。色々アドバイスしてくれる友達だから…」
「アドバイスって何のだよ。」
「それは……言えないけど。」
「ほらな。」
「っ、…土方君が悪いんだからね!?」

つい、言ってしまった。あまりにも決めつけたような言い方をするから。

「私の気持ち、知ってるくせに…っ、…あんな試すようなことして!」
「試す?…何の話だ。」

まだとぼけるんだ。

「もういい!」

玄関の方を向き直した。

「靴、出して。」
「…知らねェ。」
「知らないわけないじゃん!さっきまでここにあったんだよ!?」

もうもうもうっ!!靴を隠すなんて小学生なの!?

「私帰りたいの!靴、返してよ!」
「…帰さねェ。」
「っ、」

どんなに怒っていても、

「帰したくねェんだよ。」

こんな時まで、いちいちカッコよく見えてしまうから困る。

「帰んな、紅涙。」
「っっ…」

惚れた弱みで終わらせたくない。私だって…試すような土方君に『参りました』と言わせてやりたい。
だけど、このままじゃ結局他の女の子と同じになる。

「…わかったよ。」

黙り込む私に痺れを切らしたのか、土方君が靴箱から靴を出してくれた。

「帰っていい。」
「っ…土方君…。」

そう言われると…寂しいな。……なんて。やだなぁ私、すごく面倒くさい女じゃん。

「けど、お前の気持ちは分かってるから。」
「えっ…」

土方君が真剣な顔で私を見る。そして、

「いちごのショートケーキだろ?」

そう言った。
…え、あの…ごめんなさい、何の話か…全く分からない。

「昨日、冷蔵庫にプリンを入れた時、お前が『おいしそう』って話してたショートケーキ。」

あ…忘れてたけど、そんなことがあったような気もする。

「あれ、親が買ってきたやつだったけど、『紅涙が食うから絶対食うな』っつって取ってあるから。」

言い方!言い方が最悪だよ、土方君!それにご両親の食べ物を欲しがる女なんてっ…私の印象悪すぎる!

「べっべつに私は『美味しそうだね』って言っただけで、欲しいとは一言も…」
「今から出してやるよ、そのケーキ。」
「……。」
「じらして悪かったな。だから帰んなよ。」
「~っ!!」

ほんと全然わかってない!なのに全然話を聞こうとしない!

「バカ!」
「?」
「土方君のバカぁぁぁ!!」
「っあ、おい紅涙!!」

私の考えが食べ物ばかりだと思わないでよね!
World Is Yours !
~分かり合えないからこそ~

土方君の家から飛び出してきた後、ふと気付いた。

「そう言えば、腹話術がなかったような…?」

あれだけ聞かされていた甘い言葉を、帰宅してから全く聞いていない。
もしかして、あれは人前で私を試すためだけに?…もおぉぉっ!土方君なんて知らないっ!

……どうせならケーキ、持って帰ってくれば良かったな。

にいどめ