恋は片想い
朝。
通学路を歩いていると、総悟が声を掛けてきた。しかし俺は無視する。
「ありゃ?今日は土方さん一人ですかィ。」
そうだ。総悟の言う通り、毎朝一緒に登校している紅涙はいない。休みというわけではない…と思う。
…あくまで、昨夜来たメッセージによる印象だが。
『ごめん、明日は先に行ってね』
すぐに電話したが出なかった。おおよそ…昨日、俺の家での出来事が原因だろう。
「あれは相当怒ってやしたぜ。あの後、何かトドメを刺すようなことでも言っちまいやしたか。」
「……うるせェ。」
ニマニマと詰め寄ってくる総悟の額を叩く。
そもそもお前のせいだ。
お前が最近、紅涙と妙に近いせいで、あらぬ疑いを掛けちまうんだよ。
「言いがかりでさァ。」
わかってる。こんなヤツと何かあるわけない。実際、紅涙も言っていた。
『沖田君は…ただの友達だよ』
『友達。色々アドバイスしてくれる友達だから…』
…微妙に気になる言い回しだったが。
「なんだよ、アドバイスって…」
「アドバイスとは忠告や助言をすること、ですぜ。」
「…意味なんか聞いてねェ。」
「そりゃ失礼しやした。」
あのショートケーキだって、紅涙のために取っておいたのに。結局、食わずじまいになっちまって…
「昨日のケーキ、美味かったなァ~。星三つでさァ。」
コイツが食ったんだよ…。だって俺は食わねェし。
「はァ……。」
一体なんなんだ?気を利かせてケーキまで取っておいたのに、アイツはなんであれほどまで怒ってたんだ…。
「そこが分からねェから土方なんでさァ。」
「っ、テメッ、人の気持ちを読んでんじゃねェよ!」
「声に出てやしたぜ。」
「んなわけあるか!」
こいつのことなんてどうでもいい。今は紅涙だ。アイツの機嫌を損ねちまった原因を考えねェと。
「あ。土方さん、噂をすればアレ。」
総悟が指をさす。見れば、紅涙が一人で歩いていた。
…なんだよ、この程度の時差で登校するなら一緒に来りゃよかったじゃねェか。そこまで俺と歩くのが嫌だったのか?
「くく…。土方さん、紅涙を呼びましょうぜ。」
「…ま、待て総悟。紅涙にも都合が――」
「おーい、紅涙~!」
この野郎っ…ろくに人の話も聞かずに!
総悟の呼び掛けで、紅涙がハッとした顔をする。そちらへ総悟が歩み寄るものだから、俺も行かざるを得なくなってしまった。
「っお…おはよう……、…沖田君。」
「おはようでさァ、紅涙。」
「……。」
なんで俺から目ェ逸らして先に総悟なんだよ。…ほらみろ、また小せェことに傷ついちまったじゃねェか。
「…土方君も……おはよう。」
なんだこの『ついで感』。
俺は総悟より先だろ?俺はお前の彼氏じゃねェのか!?
「…ぅっ、」
紅涙が小さくうめく。なぜか急に赤い顔をして、俺から顔を背けた。…なんなんだ?いや、俺だけで考えて解決するわけがない。
「紅涙、あとで話がある。」
「……後って…いつ?」
顔を背けたまま返事する。
「…こっち向けよ。」
顔、見てェのに。
「っ…べ、べつに…聞こえてるから。」
紅涙の耳がどんどん赤くなっていく。
照れてるのか…?まさかな。だが紅涙は照れや恥ずかしさが上回った時、耳まで赤くなる体質だ。この前にキスした時も、赤い顔で目を潤ませて……
「っも…、」
「?」
思い返そうとした俺に、紅涙が上目遣いで睨む。赤い顔で唇をギュッと締めて、
「も、っ…やだ!」
ダッと走って行った。
「っあ、おい!紅涙!!」
何なんだよ!
俺は紅涙の後を追った。が、
「ちょーっと待ちなせェ。」
すぐさま総悟に止められる。
「何も分からねェ状態で追いかけても、事態は変わらねェんでは?」
「だからって何もしねェままに出来るかよ!」
「なら俺からヒントを一つ。」
総悟がポケットから何かを取り出した。手のひらサイズの細長い箱を俺に向かって放り投げる。
「なんだこれ?」
パッケージを見た。アフロチョコだ。
三角錐(すい)のような形をして、上がチョコで下が苺のチョコレート……ってのはどうでもいい。
「情けにやりまさァ。」
「情けをかけるならせめて未開封のもんにしろ。」
開封済みじゃねーか、このチョコレート。
「そろそろ飽きてきちまったもんで。」
「そうかよ。で?ヒントって何だ。」
「土方さんの全て、紅涙にバレてやすぜ。」
「…あァ?」
「紅涙と接触する時は頭を空っぽにしなせェ。それなら紅涙も話を聞いてくれまさァ。」
「…そりゃどういう意味だ?」
「飽きた。」
「?」
「ヒント出すのも飽きやした。じゃ。」
ひらっと右手を上げて立ち去ろうとする。
「おい!勝手に話を切り上げてんじゃねェよ!」
全然ヒントになってねェし!
「その先はテメェで考えてくだせェ。俺も長々と付き合ってられやせんので。」
「…んでだよ。」
「行くとこがあるんで。」
「行くとこ?どこだ。」
「体育館の裏。これ以上野暮な質問はやめてくだせェよ。」
そう言うなり、総悟は学校へと歩いて行った。
「…なんだよ、変なヤツだな。」
貰ったアフロチョコをカバンにしまう。紅涙にでもやろうか。…いや待て。また食い物をあげたら怒っちまうんかもしれねェ。思えばこれまで紅涙が怒る時は、毎回、食い物が絡んでたような気もする。プリンの時も、ケーキの時も。
「だったらコイツは…」
アフロチョコを見る。捨てちまうか。…と思っても、気が引ける……
「あのっ、土方君!」
「?」
誰かに呼ばれて振り返った。見知らぬ女子生徒がいる。
「あっあの…これっ……、」
何かを俺に差し出した。ピンク色のラッピングで、小さなハートがたくさん書いている。
「…これが何だ?」
「っ、もらって…くれませんか…?」
そこで気付いた。
「あー…、」
今日はバレンタインデーだ。この仰々しいほどに愛溢れるラッピングにも納得がいく。
「…俺、彼女がいるんだけど。」
「いっいいの!貰ってくれるだけでも…っ…嬉しいから!」
「……。」
へえ…。そんなもんなのか。なら、もったいないし。俺が食わなくても、紅涙が食うだろ。…あ。この考えがダメなのか。
「わかった。サンキュな。」
「っ!!うん!私もありがとう!!」
その女子生徒は、まるで告白が成功したかのように笑い、隠れ出てきた友達と喜び合っている。その様子を見て、
「……そうか、」
俺は気付いた。
昨日、紅涙が怒って帰ったのはワザとじゃないだろうか。何かしら理由をつけ、早く帰らなければ俺のチョコレートを用意できなかったから。
「…ハッ。何だよ、考えて損した。」
ったく、強情なヤツだな。わざわざあんな帰り方しなくても、ちょっと言やいいのに。
「ま、それが紅涙か。」
~愛さえあれば~
俺が昨日どれだけ寝ていないか、アイツは知るまい。
ディスプレイが見えるように、すぐ傍に携帯を置いていたなんて言う気もないが…
これだけ俺に想われていること、いつかは気付いてくれよな。