World Is Yours ! 6

キミしか見えない

土方君の願いで早退することになった。

「とりあえず、俺の家でいいのか?」
「え?う、うん…どこでもいいけど。」
「フッ、なんだよ。やっぱ用意してんじゃねーか。」
「用意…?」

少し嬉しそうに話す土方君が私の手を掴む。

「早く帰ろうぜ。」

言うや否や、早歩きで廊下を歩き出した。

「えっちょ…」

かなりの早歩きだ。

「まっ、待って土方君!もっとゆっくり歩いて!」
「他の先生に見つかったら厄介だろ。」
「でっでもそんなに引っ張ると転んじゃうから!」
「大袈裟だな。」

クスッと笑い、その勢いのまま階段を下りた。手を引かれる私が足元を見る余裕はなく…

「わわわっ!」

不安的中。私の足はもつれ、

「っぅわっ!!」

とうとう踏み外してしまった。

「!?」

土方君が振り向くのと同時に…
―――ドタンッ!
階段から数段転げ落ちる。

「イ、タタタ…。」

すぐに踊り場があったお陰で、長く転げ落ちずには済んだけど。

「っ、土方君!?ごめんっ、大丈夫!?」

私を受け止めてくれた土方君は、私の下敷きになってしまった。

「うっ…、」

普段あまり痛みを顔に出さない土方君が、眉を寄せて苦しげに目を閉じている。

「うそっ痛むの!?どこ!?動ける!?すぐに先生呼んでくるから!」
「いや……大丈夫だ…。」

私の手を掴む。ゆっくりと目を開けた。

「ごめん、っ、ごめんね土方君っ。」
「そんな顔するな、紅涙。」

私の頬に触れ、困ったように笑う。

「俺にとっては良い眺めだ。」

……え?今…唇が動いてなかったような…?

「しばらくこのままでもいい。」
「ひ…土方君?」
「写メ撮りてェな…。」

腹話術だ…!こんな時にまで私を試すの!?

「紅涙が俺の上に乗るなんて願ったり叶ったりじゃねェか。なぜならこの体勢は騎乗――」
「土方君っ!」

これ以上話せないよう、土方君の口を手で塞ぐ。口を動かしていないから、あまり意味はないのかもしれないけど。

「フゴフゴ…」
「ま、待って。」

私は土方君の身体の上から退いて、横に座った。そこでようやく口から手を離す。

「なんだよ、急に。」
「なんだよって……、…身体は大丈夫?」
「ああ。背中を強打しただけだ。紅涙は平気か?」
「…うん。大丈夫。土方君のおかげで。」
「そうか。」

土方君が肩で息を吐く。

「お前に怪我がなくて安心した。」
「土方君……、」

自分の怪我よりも私を優先する。土方君にこんなことされて…嬉しくない人がいるの?
…沖田君、ごめん。あんなに協力してくれたけど、私も、土方君を好きな他の子達と同じ。守られたら嬉しいし、優しくされれば時間が止まる。だって…好きなんだもん。

「紅涙…、」
「なに?」
「…やっぱり、背中が痛くなってきた。」
「え!?」
「だがキスで治る。」
「……今のも腹話術?」
「腹話術?なんの話だ。」
「…キスって言った?」
「言った。」
「……もう。土方君が分かんないよ。」

甘かったり、厳しかったり、自分勝手だったり、頼もしかったり。
土方君が私を試している間、以前よりも色んな土方君を見れたような気がする。そしていつも…私を想ってくれていたような気がする。

「土方君…、」

私はあなたが理想とする人にはなれないけれど、誰よりも好きだと言える自信はあるよ。

「紅涙…」
「……うん、」

せがむ土方君に頷き、私はそっと顔を近付けた。目を閉じ、息を止める。その時、
―――パキッ…
何か潰れる音がした。

「今のは…?」

目を開き、辺りを見る。土方君の肩辺りに小さな物が落ちていた。

「何だそれ。」
「…何だろうね。」

丸くて小さい物。金属製だが、何かのカバーのようにも見える。ということは、どこかに本体が…?

「あ。」
「どうした?」
「土方君の第二ボタン、何か変だよ。」

ジャケットの第二ボタンが割れている。…いや、表面に何かが付いていて…それが割れている?

「これ…機械?」

土方君が身体を起こし、自分の第二ボタンを触る。

「機械っぽいな…。じゃあこのカバーみてェなのは、こいつの?」
「たぶん…。でもどうして土方君のボタンに…?」
「さァ…。」

二人で顔を見合わせ、首を傾げる。そこへ、

「所構わずイチャコラですかィ?」
「「!?」」

声に振り返ると、沖田君が立っていた。

「お、沖田君…、」
「ここがどこかお分かりで?階段の踊り場ですぜ。なおかつ今はホームルーム中。先生や生徒が通らねェからいいものの、とんでもねェバカップルでさァ。」
「バっバカップル…!?」

恥ずかし!

「総悟、お前は何でここにいるんだよ。」
「ちょっと野暮用が立て込みやして。」
「…フンッ、憐れだな。とんだドSとも知らず、見かけに引っ掛かっちまってよ。」

土方君が肩をすくめる。沖田君は片眉を上げ、鼻先で笑った。

「そんなことより、土方さん。」
「あァ?」

沖田君が右手を差し出す。

「それ、返してくだせェ。」
「どれだ?」
「第二ボタンに付いてたヤツ。そいつ、俺のなんで。」
「沖田君の!?」
「…テメェ……、」

土方君が立ち上がった。

「どういうつもりだ?俺のボタンにキッチリ付いてやがったぞ。」
「そりゃあきっちり接着剤で付けやしたから。」

沖田君は土方君のジャケットに手を伸ばし、
―――ブチッ!
その機械を引きちぎった。それも雑に、第二ボタンごと。

「ああァァ!?テメっ、何しやがる!」
「返してもらっただけでさァ。どうでした?効果の方は。」
「効果?何の。」
「この機械でさァ。コイツのおかげでマンネリが解消したんでは?」

え……?

「マンネリだと?余計なお世話だ、俺達はマンネリなんてしてねェよ。」
「…待って、土方君。」

マンネリ…?

「どうした、紅涙。」
「……、」

『こんな私もどうですか的なワガママを一つ二つ言ってやりなせェ。丁度いいじゃねェですか。マンネリもさっぱり解消でさァ』

以前、沖田君が言っていた言葉を思い出す。

「まさか…今までのことって……全て沖田君の仕業?」

思えば土方君がおかしくなってから、普段より傍に沖田君がいたような…。

「くくく…。」
「何の話だ、紅涙。」
「…ねぇ沖田君。もしかして土方君が変だったのは…それが関係してた?」
「あーらら。」

沖田君は私の話を聞いているのか聞いていないのか分からない態度で、

「こりゃ完全に壊れちまった。」

手のひらに乗せた小さな機械を見る。

「やっぱボタンセットにした方が丈夫になりやすねィ。改良改良っと。」
「お…沖田君?」
「おい総悟、テメェ俺にまたツマんねェことしやがったのか。」
「ツマんねェこととは失礼な。俺ァ二人が仲良くなれるよう協力してやっただけですぜ。」

やっぱり沖田君の仕業だったんだ…!余計な悩みを抱えさせられたこの二日間を返して!!

「何なんだよ、その機械の役割ってのは。」
「想ってることを外に漏らしてくれる機械でさァ。それもシャイな野郎用に、特定の言葉に対して二、三倍大袈裟に変換して伝えるスグレモノ。たとえば『彼氏』は『王子様』みてェにね。」
「…は、はァァァ!?そんなもんが俺に付いてたってのかよ!いつから!?」
「一昨日くらいからですぜ。」
「!!」

土方君が自分の口を手で塞いだ。

「…言ってたのか?俺は…。」

恐る恐る私の顔を見る。私は苦笑しながら頷いた。

「言ってた。」
「!?」

土方君の顔が赤くなったり青ざめたりする。

「総悟!なんでそんなもんを俺に付けたんだ!つーか、いつの間に付けやがった!?」
「付ける隙なんていくらでもありやしたぜ。実験ついでとはいえ、野郎の甘ったるい言葉に胸やけしちまいましたが。」
「テメェ…!」

胸ぐらを掴みあげようとした土方君の手を、沖田君がスルりとかわす。

「俺ァこの辺で失礼しまさァ。壊れた試作機を完成させなきゃならねェんで。」
「んなもん完成させんな!」
「そりゃあ出来やせん。既に予約が入る盛況ぶりなんで。」

予約!?どこの誰が…

「…おっと。そうこうしてる間に、一人目が金を払いに来ちまう。それじゃあ俺はこれで。」
「っあ、コラ待て!」

呼び止める声に振り向きもせず、沖田君は足早に立ち去った。

「ったく、アイツは……。」

疲れた溜め息を吐く土方君の傍で、私も同じような溜め息を吐く。
あの腹話術が機械によるもので良かった。私は試されてたわけじゃなかったんだ…。

「紅涙、」
「なに?」
「俺はその…そんなに酷いことを……言ってたのか?」
「酷いというか……甘い…かな。」
「っ…!」

土方君がくるりと背を向ける。

「…最悪だ。」
「あっでも悪口とかじゃなかったし、嫌な気持ちにはならなかったよ?」
「…それでも紅涙は逃げてたじゃねェか。」
「あ…あれは……」
「嫌だったんだろ?」
「嫌というか……恥ずかしかったの。甘い言葉自体は嫌じゃなかったよ?…私のことを想ってくれるものばかりだったし。」

過剰な言い方は機械のせいでも、あんな風にいつも私のことを考えてくれているのが分かって嬉しかった。

「たまには、ああいうのも…いいかなって思うし。」
「……。」

土方君が黙る。でも横から見えた耳は赤かった。

「…なら……これからはもう少し…言うようにする。」

…ふふ。

「二人きりの時に言ってね?」
「当たり前だろ。」

私の手を握った。

「帰んぞ。」
「うん!」

「あーっと、そこ場いる生徒諸君!」
「「?」」

二人で声に振り返る。色付き丸眼鏡を掛けた数学担当の坂本先生が、慌てた様子で走ってきた。

「はぁはぁ、っ、沖田ば見んかったが!?」

「沖田君ならあっちの方に…」
「おお!そうか、感謝するぜよ!!沖田ァァ~!金ェェ~!!」

か、金って…まさか……

「終わってんな、銀魂高校。」

走り去る坂本先生の背中を見ながら、土方君が顔を引きつらせた。

「なんで生徒に金払ってまで買うんだよ…。」
「あんな機械、坂本先生には無用そうなのにね。」
「やっぱ言えねェこともあるってことか…?」
「土方君みたいに?」
「どういう意味だよ。」
「土方君は普段私のこと、お姫様って思ってくれてるんでしょ?」
「はァ!?んなことっ」
「自分のことはナイトと思ってるんだよね。」
「違っ……総悟の野郎、覚えてろよ!」
World Is Yours !
~ボクの世界はキミのもの!~

「紅涙、誰もいなくなったぞ。もういいんじゃねェか?」
「?……何が?」
「……。」
「…土方君?」
「お前、まさか今日が何の日か…知らねェのか?」
「今日?…何かあったっけ。」
「…マジか。」
「?」
「…わかった。紅涙が思い出すの待ってるよ。その時でいい。」
「う、うん!頑張る!!」
「おう…。出来たら早めにお願いするわ。」

思い出すきっかけにと、土方君は他の女の子から貰ったチョコレートを私に見せた。

「……。」
「…思い出したか?」
「……ううん、まだ。」
「そうか…。じゃあまァ…それを食って思い出す足掛かりにしてくれ。」
「はーい。」

あとでちゃんとチョコレートあげるからね。
私だけの愛しい王子様!
2010.02.21
2019.12.22加筆修正 にいどめせつな

にいどめ