忘却桜22

おかえり

副長室へ向かう前に、先に私の部屋へ寄って荷物を置かせてもらった。

「まさか、今日戻ることになるなんて…」

この一ヶ月、あんな想いで過ごした時間が嘘のよう。

「今過去に戻れたら…教えたい。」

『心配しなくていい、全部うまくいく』って、安心させたい。
それくらい、異動日が決まった日から…つらい日々だった。

「早く来い。」

土方さんが呼ぶ。
私は荷物から手土産を取り出し、土方さんと共に副長室に向かった。

「土方さん、」

部屋へ入る前、

「預かっていた手土産、先に近藤さんに返してきます。」

土方さんに声をかける。
土方さんは私の手元を見て、首を左右に振った。

「あとでいい。」
「でも」
「どうせ食堂に置く。数も少ねェし、こっちで食っちまえばいい。」
「っで、でも…」
「それより手伝ってほしいことがある。」

手伝って…ほしいこと?
副長室の襖を閉めた。
振り返ると、土方さんが押し入れに手を伸ばしている。

「缶、覚えてるか?」
「カン…?」
「四角いブリキの缶だ。前に見せただろ?お前への手紙とか、そういうのをガサッと入れてたやつ。」
「!」

あ、あれは…

「先月辺りから探してるんだが、どうにも見つからなくてな。持ち運ぶわけねェし、失くすはずなんてないはずなんだが…なぜか見つからねェ。」

その原因は…私だ。私が持っている。
土方さんが二度目に搬送された時、こっそり部屋に入って…

『…預かっておきますね』

必要以上に私を思い出させないように、そして薩摩で心の支えにするために、部屋から勝手に持ち出した。今は…私の荷物の中にある。

…なんてことはとても言い出せない。

「ど…どうして必要なんです…?」
「中のメモを見たい。」
「メモ…」
「何かある度に書き留めてたメモだ。紅涙がここにいない4年を知れるように。」

土方さん…

「記憶も戻ったし、それ見ながら話したかったんだが…どこにやっちまったんだ。」
「…、」

……言い出せない。私が持っているとはやはり言い出しづらい!

「お…お気持ちだけで…充分ですよ。」
「あァ?んなこと」
「それより覚えてるんですね、この数ヶ月のこと。」
「そりゃ……まァな。」

溜め息を吐き、土方さんが腰を下ろした。
私は内心、少し話をそらせたことに安堵する。

「忘れちまいたいことまで覚えてる。」
「そんなことが?」
「あっただろ。いろいろ…酷ェこと。…お前に。」
「そのようなことは―――」

思い返す。
自分でも信じられないくらい、明るい出来事が思い浮かばなかった。

「…仕方ありませんよ、状況が状況でしたし。私のことだけ忘れちゃったんですから…」
「…、」
「っあ、いえ、すみません!責めるつもりじゃないんです。ただ純粋に…気になってるから……」
「それについては分かったような気がしてる。」
「えっ?」
「紅涙のことを思い出した時、他にも思い出したことがあったんだ。まァ…今思い返したら覚えてるってだけで、それ自体をいつ思い出してたかは定かじゃねェが。」

それは、土方さんが重傷を負った任務の日の記憶だった。
新人隊士を庇い、斬られた直後から途切れていた記憶が、今は頭の中で繋がっているらしい。

「その記憶と私に関係が?」
「おそらくな。負傷して後、すげェ耳鳴りがしてた。その時に昔のことを色々思い出してて…今思えば走馬灯ってやつだったのかもしれない。」

土方さんの生死は紙一重のものだったと近藤さんが言っていた。本当に走馬灯だったかもしれない。

「そう悪いもんでもなかったんだが…紅涙のことだけが酷くて。」
「酷い…?」
「あの日の…別れた日のことしか思い出せなかった。紅涙の泣き顔と、俺の後悔と…色々、嫌なもんばっかりだ。もっと他にもあるっつーのに、俺の頭はなぜかそれしか吐き出さなかった。」

土方さんが小さく笑う。

「おかげで、死んでたまるかと思えたがな。あんな顔させたのが最後なんて、死んでも死にきれねェって。」
「土方さん…。」
「おそらくこれが『始まりの記憶』に当たるんだろうよ。」

『人間というのは不思議なもので、忘れた記憶だけを思い出すことはそう出来ないものです。忘れることになった始まりの記憶を思い出さなければ、そこに含まれる記憶にも手が届かない』

『忘れる直前に手掛かりがありますから。当時あなたが何を見て、何を考えていたのか。そこを思い出せば、全てが合わさり、記憶のフタは開くはず』

「駅前の桜と紅涙の光景は、俺に記憶のフタの開け方を思い出させた。…そういうことだと思う。」
「なるほど…」
「つまり俺が紅涙を想ったせいで、紅涙のことだけが飛んじまったってわけだ。…悪かった。」
「っあ、謝らないでください!その…安心、しました。」
「安心?」
「土方さんの中で私の存在が薄くなっていたから忘れたのかと…そう思っていたので。」
「…フッ、そりゃ真逆だったな。」

土方さんの手が、私の頬に触れる。

「この4年、お前のことを考えなかった日なんてなかった。」
「土方さん…、」
「…おかえり、紅涙。」

触れたその手に私は両手を添え、

「はい、…ただいま、戻りました…っ。」

温もりに目を閉じた。
額に優しい口付けが落ちる。
目を開けると、今にも吸い込まれそうな瞳と見つめ合った。必然のように距離が近付いた時、
『とっつァんが、…栗子と俺を婚約させるんだとよ』

現実が呼び戻す。
思わず土方さんの胸を押した。

「どうした?」
「…あ…、…の…話、」
「?」
「………栗子さんの話…聞かせてください。…なぜ、真選組を辞めたのか。」
「あァ?このタイミングでかよ。」
「っ、場合によっては…こんなこと……しちゃダメなので。」
「?…まァいいが。」

気怠く溜め息を吐き、土方さんが座り直す。
机の上に置いてあった灰皿を引き寄せて煙草に火をつけた。

「事の始まりは、俺が倒れて搬送された日だ。病室で栗子と二人になった時。」

おそらく私は、その時間を少し知っている。
病室の前で聞いていた、あの時間のことだと思う。

「その時、俺は栗子に全部話した。紅涙の記憶だけ失くしてること、思い出そうとすると頭が痛ェこと。」
「えっ…そうだったんですか?」
「ああ。婚約の話もあったし、隠したままってのは気持ち悪ィから。」
「っ…そ、その……婚約の…話は…?」
「?」
「どんなことがあって…そういう話に?」
「……そこは知らなくていい。」
「っどうして、」
「つまんねェから。」
「…。」
「……はァ。…ったく、」

黙り込む私に、大きな溜め息を吐いた。

「いつもの天秤だ。真選組の安泰か、それ以外か。記憶が飛んでる時の俺は真選組のことしか頭にねェもんだから、当面の安泰を手に入れるために、とっつァんの話に乗った。」
「…、」
「聞いたのはお前だぞ。そんな顔すんな。」
「……すみません。」

土方さんの考え方が…悲しい。
いつも自分の身を真選組に捧げすぎているように思う。
そうすることが自身の幸せだと言われたら…それまでだけど。

「…じゃあ、今朝は栗子さんと婚約で…?」
「本気で言ってんのか?」

ハッと笑い捨てる。

「ねェよ。潰れた。」
「!?つ、潰れたって…」
「栗子が潰した。」
「栗子さんがっ!?」
「アイツが呆れたんだ、俺の価値観に。」

煙草を咥え、煙を吐き出す。

「俺の状態を全部話した時、アイツが病室で―――」

『栗子は呆れました!そういう話なら、どうして閉じ込めてでも引き留めないのですかっ!』

「デケェ声でとんでもねェこと言い出しやがった。」
『お前、それは…』
『ちゃんと向き合って話せば伝わるはずです!』
『…話した。向き合えてたかどうかは分からねェが』
『ならば向き合えておりません!向き合っているなら、こんな状態になるわけがないのです!』
『っせーな…。お前、ここ病室だぞ』
『どうしてなのです!?紅涙さんは副長様のことを今も好いておりますのに!』
「っえ!?わっ、私っ…栗子さんにそんな話をしたことは…っ」
「アイツ、ああ見えて鋭いから。」
『栗子に話したように、紅涙さんにもありのままをお話ししてください!』
『あァ?必要ねェだろ』
『ありまする!副長様の気持ちが足りておらぬせいとしか思えません!』
『…気持ち云々じゃどうにもならねェこともあるんだよ。アイツには譲れねェもんがあって、俺はそれに敵わない。それだけの話だ』
『納得できませぬ!』
『あァ?つーかアイツの話はもういい。そういうことがあったっていう報告なだけだ。そもそもお前が口出しするような』
『副…いえ、マヨラ様っ!』
『んだよ、デケェ声出すな』
『栗子は真剣に聞いてほしいのでございまする!』
『だから聞いてるじゃねーか』
「うんざりしながら話したのを覚えてる。」
『俺はとっつァんの話を受けた。これのどこが不満なんだよ』
『栗子はっ…本当にマヨラ様のことが好きなのでございまする!』

…あ…

「その言葉…」
「そう言えば盗み聞きしてたな。」
「ぬっ、盗み聞きというか…偶然です。」
「そうかよ。」

フッと笑い、煙草の火を消す。

「その話をしてからどれくらいか経って、紅涙の異動が決まった頃、とっつァんから『婚約の話を詰めろ』と連絡が来た。それを栗子と話したら……」
『どうされるおつもりですか』
『どうもこうもねェよ。俺はこれ以上紅涙の負担になりたくない。邪魔してやらねェのも…アイツのためだ』
『…なんとつまらぬ筋でございましょう』
『あァ?』
『栗子はずっと、お二人が同じ場所から同じ方向を見ていると感じておりました。見つめる先は同じなのに、隣合っているせいで気付いていないのだと』
『…』
『あと少し何かあれば、お二人はきっと互いの存在に―――』
『待て。お前はどうしたいんだ?俺と婚約するんだろ?お前の話を聞いてると、いつも俺と紅涙をくっつけてェのかと勘違いする』
『はい。くっつけとうございます』
「っえ!?」
「俺もそんな顔をした。」
『栗子はマヨラ様のことが好きです。けれど同じくらい紅涙さんのことも好きになりました。ゆえに今となっては、お二人のハッピーエンドこそが栗子のハッピーエンドなのでございまする』
栗子さん…、
『婚約の話はどうする気だ?』
『もちろん撤回いたします。お父上にも「余計なことはするな」と忠告します』
『…とっつァんがそう簡単に黙るとは思えねェがな。俺が何か手を回したと踏んで調べ倒しに来る。こっちとしてはその方が迷惑だ』
『いえ、お父上は元々栗子がお嫁に行くことを反対しておりました。なので消える話を繋ぎ止めるようなことはしないはず。多少マヨラ様に仕打ちはあるやもしれませぬが、真選組には手出しせぬよう釘を刺しまする』
『ククッ、そりゃ頼もしいな。俺のことなら構やしねェ。気にするな』
『であれば、婚約の件は栗子にお任せくださいまし。お父上の様子を見つつ、準備が整い次第に行動いたしまする』
「で、昨夜に決行された。」
『栗子はもうお父上の力など必要ありません』

「すごい…、」

栗子さん、言ったんだ。
てっきり松平長官に強く言えないのかと思っていた。

「言った後に栗子から報告を受けたが……まァ想像通りの展開だったらしい。」
『私はちゃんと互いを想い合い、プロポーズされた上で結婚したいのです』
『よォし、父さんに任せなさい』
『そういうのが嫌だと言っているのです!』
『ええっ!?なにが…』
『いちいち娘の行動に首を突っ込まないでくださいまし!お父上の指示でプロポーズされても、微塵も嬉しくありません!二度と余計なお世話は焼かないでください!』
『く、栗子…?父さんはいつだってお前のためを思って…』
『ウザい!』
『ヒィィッ…!』
『真選組も辞めまする!もう二度とお父上の目につくところで働きとうありませんッ!』
『そんなっ…、栗子ォォォ~ッ!!』

「で、俺は早朝に呼び出された。」
「じゃ…じゃあすごかったんじゃないですか?松平長官の怒り…。」
「栗子の刺した釘が効いてるらしくて全然だったな。まァまだ陽も上がらない時間から『これまでの栗子の働きぶりを報告しろ』やら『栗子があんな風になったのはお前のせいだ』やら散々言われたが、あの人にしてみたら随分と堪えてた。」

煙草を灰皿に押し潰し、隅へ寄せる。

「その時に持って帰ってきた栗子の辞表は、近藤さんが受理して、今頃正式に通ってるだろうよ。」
「色々あったんですね…。」

私の知らないところで…まさかそんなことがあったなんて。

「…よかったのかな、栗子さん。」
「何がだ?」
「補佐の仕事、楽しそうにしてたので。」
「続けたかったら続ける道を考えただろうよ。だがアイツが辞める道を選んだ。どのみち早々に辞めるつもりだったのかもしれねェ。」
「そう…なのかな。」
「栗子から伝言を預かってるぞ。」
「え、私に?」
「ああ。『また三人でファミレスに行きましょう。今度は友人として』ってよ。」
「!」

…かわいい人。
かわいくて、優秀で、頼もしくて、とても気が利く……

「…もちろん、喜んで!」

私の友達。

「俺に言ってどうする。」

土方さんが笑った。

「で?他に気になることは?」
「そう…ですね、ありません。たぶん。」
「たぶんかよ。」
「なんだか色んなことがありすぎて…。」
「なら思い付いた時に言え。」

私の頭に、ポンと手が乗った。

「改めてたが、紅涙。」
「?」
「本日付けで真選組の副長補佐を、…いや、それ以上の支えをお前に頼みたい。引き受けてくれるか?」
「っ…、もちろんです!」

私は姿勢を正し、

「よろしくお願いします…っ!」

いつかのように、真っさらな気持ちで告げる。
土方さんは小さく笑って、

「ようこそ、真選組へ。」

私に手を差し出した。
握手を交わすと、グッと引かれて胸へ引き寄せられる。

「これからもよろしく。」

耳元に響く落ち着いた声。
触れた場所から伝わる優しい体温。

「…、」
「…。」

どちらからとも言わず身体が離れる。
見つめ合うだけでも、なんだか背筋がくすぐったい。

「今気になることを思い出しても、もう止めてやらねェからな。」
「ふふ…、じゃあ考えないようにします。」
「それがいい。目の前のことだけ考えてろ。」

唇が触れる。

ここには確かに、あの日の続きがある。
きっともう、途切れることもない。

ずっと、続いていく。

そんなことを思わせてくれる、4年ぶりのキスだった。
「…そう言えば話は戻るが、あの缶を最後に見たのは」
「明日には出てくると思います!」
2008.08.15
2024.9.13加筆修正 にいどめせつな

にいどめ