忘却桜21

4年の出逢い

「どう、して…、…、」

山崎さんから受け取ったばかりの荷物が、手から滑り落ちる。

「どうして…?」

来れないと言っていたのに。
来る気なんて…ない素振りだったのに…。

「なんとか間に合ったな。」

土方さんは時計を見て、私の荷物を拾い上げた。

「出発まで、まだ時間あるだろ?」
「あり…ますけど……」

ぼう然とする私を鼻先で笑う。

「人を幽霊でも見るような目で見るなよ。」
「だって…てっきり…、…もう…、…、」

会えないと思っていた。
会いたかったけど…

「…、」

会いたく…なかった。
またあの悲しい別れを、痛みを抱えて、電車に揺られると思うと……会いたかったけど、会いたくなかった。

「…っ、」

身体の中で感情がぶつかる。
泣きたくなる気持ちを紛らわせるために、土方さんに話を振った。

「仕事は…大丈夫なんですか?忙しかったんじゃ…」
「問題ない。仕事じゃねェから。」
「?」
「まァ時間は掛かったが、なんとか丸く収まった。」

ふぁ、とあくびする。

「悪ィ。朝早かったから。」
「そう…ですよね、戻って休んでください。」

私は土方さんの手にある荷物へ手を伸ばした。

「見送りに来てくださって、ありがとうございました。それじゃあ私は…」
「待て。」

荷物を遠ざける。

「なに勝手に話を切り上げようとしてんだ。」
「疲れてるご様子ですし」
「こっちはお前に会うために来てんだよ、もう少し付き合え。」
「…、」
「…。」
「……、…、」

それは僅かな沈黙だったのかもしれないけど、

「…あの、…、」

息苦しくなって、口を開いた。

「…会えて…良かったです。」
「…。」
「…ありがとうございました。」

何度目か分からない礼を口にする。
呆れた溜め息のような風が吹く。淡い桃色の花びらが、目の前を舞った。

「…今年も綺麗に咲いてんな。」

桜を見上げる。

「まだ満開とまでは行かねェが。」
「…そうですね。」
「あの日はもっと咲いてたよな。」
「…?」

『あの日』…?

「あの日って……」
「お前とまた見れてよかった。」
「!……、」

『また』…

「……土方さん、『また』って」

そこまで口にして、山崎さんの話を思い出す。
『副長が先頭切って、桜の伐採を中止するよう頼んだんだ』

…そうだ、桜を“また”見られてよかった…そういう意味だ。
……それだけのこと。

「なんだ?」
「…聞きましたよ、桜の木を切らないよう活動したって。」
「ああ…、切らせるわけにいかねェだろ。」
「それは…どうして?」
「この場所は特別だ。特別で…、…最悪な…、…あの日の…、…、」

土方さんが口を閉じる。顔に険しさが混じった。

「…土方さん?」
「応援してたのは…嘘じゃねェんだ。」
「…、」
「ただもっと…、…もっと言えたんじゃねェかって…、…ずっと後悔…してて。…、」

まさかと思った。
一瞬で期待した。
……でも、ぬか喜びばかり重ねてきた。もう…落ち込みたくはない。

「何の…話ですか…?」

私に関する話とは限らない。

「何のって…」

土方さんが私を見る。途端に、

「ッ、」

顔をしかめ、頭を押さえた。

「っ土方さん!?」
「……そうだよ、そうじゃねーか、」
「やめましょう!何も考えないようにしてください。これ以上の痛みを重ねたら身体が」
「俺はお前に会うまで…死なねェって…、…、」
「土方さん!」
「ここで……やり直すんだって……ずっと……、……待ってたんだ、」

ゆっくりと頭から手を離す。
険しく寄せていた眉が次第に和らぎ、

「俺は、お前を、…待ってた。」

私の手を掴む。

「…遅くなっちまって、悪かった。」
「土方…さん……?」
「おかえり、紅涙。」
「っ!」
「変だよな…。とっくの昔に再会してんのに、今やっと…お前に逢えた気がする。」
「っ…!!」

苦笑する土方さんの顔が、込み上げる涙で滲んだ。

「ほん…とに…?」
「ああ。」
「本当に…っ、記憶っ…戻った…っ?」
「ああ。」

優しく頷く。
胸の痛みを抱えきれず、私は土方さんに抱きついた。

「おかえりなさいっ…!」
「…ただいま。」

やっと。
やっと…逢えた。
私の逢いたかった人に、やっと。
泣き叫びたいほどの気持ちを、土方さんを強く抱き締めて抑える。

「紅涙、」

これまでと同じ声で、同じように私を呼ぶ。なのに全くの別物に聞こえた。

「…行くなよ、紅涙。」
「?」
「薩摩には、もう行くな。」
「!」

現実に引き戻された。

「…、」

そうだった。私は…薩摩に、

「……、………行かないと。」
「本気か?」
「…、」

行きたくない。
せっかく記憶が戻ったのに、あえて離れたいと思うわけがない。…けれど、

「…もちろんです。無理を言って…繋いでもらったご縁なので。」

私の急な申し出を進めてもらった上、やっぱり行かないなんて…そんな無責任なことはとても出来ない。

「今度は…まめに手紙を書きます。」
「そういう問題かよ。」
「休みの度に、こっちへ来るようにします。」
「無理なこと言うな。じきに体力も金も底をつくぞ。」

はぁ、と大きな溜め息を吐く。

「俺が言うのもなんだが、お前は仕事が絡むと意外なくらいに割り切る。」
「……私だけの問題じゃありませんから。」
「それは分かるけどよ。」

身体が離れる。
そこで気付いた。

「あ…」

ここは歩道の真ん中で、私達はなかなか邪魔になっている。

「……端に…寄りましょうか。」
「だな。」

苦笑して、二人で道の端へ移動した。
そこはちょうど桜の木の下で、早くも散った花びらが地面を染めている。

「…俺の話は気にならねェのか?」

土方さんが煙草を取り出した。

「土方さんの話…?」
「この4年間、俺が何してたとか。何も知らねェだろ。」
「仕事…じゃないんですか?」
「まァそれはそうだけど。だけどもだ。他に栗子のこととかあるだろうが。」
「あれは……マヨラ星人ですよね。私が戻って来た頃にファミレスで聞きました。」
「その話じゃなくて。」

煙草に火をつけ、口に咥える。

「今朝の話だ。」

煙を吐き出した。

「俺が朝早ェうちから動いてた話。あれは栗子と関係がある。」
「えっ…、…何…ですか?」
「手土産を出せ。」
「?」
「近藤さんが持たせた手土産、俺に渡せ。」
「…?」

あれと…どんな関係が?
不思議に思いながらも、私は自分の荷物にしまいこんでいた手土産を取り出す。それを渡そうとしたところで、

「…もしかして、」

1つの可能性が頭をよぎった。

「なんだ?」
「これ、奪い取ろうと思ってませんよね…?私を困らせて、薩摩に行かないように…とか。」
「……チッ。」
「本気ですか…!?……ふふ。」

土方さんって、こういうところがある。
仕事ではあんなにも冷静沈着なのに、ふとした時にまるで子どもみたいに足掻いて。

「これがなかったところで、薩摩に行けないわけないじゃないですよ?」
「わァってるよ。」

笑いながら、荷物をしまった。
心地いい時間だと思った。懐かしくて、温かくて、愛おしくて。たまらなく……

「……そろそろ行きますね。」

……寂しくなる。

「…紅涙。」
「喋らないでください。」
「あァ?」
「また…、……4年前みたいに、…泣きそうだから。」

悲しいばかりの想いは…もう持って行きたくない。

「今回は、…あんな風に…別れたくないんです。だから」
「行かなくていい。」
「っ、…、」

土方さんに首を振る。

「その話は…おしまいです。」
「紅涙。」
「それじゃあ…」
「人の話を聞け。」

肩を掴まれた。

「薩摩には行かせねェ。俺が認めねェ。」
「もうその段階の話じゃないんですよ。」
「うるせェ。お前が行かねェって言うのを待ってたが、本気で行こうとしやがって。」

土方さんが電話を取り出す。

「え…?」

ボタンを押して、耳に当てた。嫌な予感がする。

「どこに…掛けてるんですか?」
「薩摩。」
「っえ!?ちょっ」

電話を取り上げようとしたら、手で払われた。その指に煙草があるせいで、無理に手を出せない。そうこうしているうちに、

「もしもし、」

繋がってしまった。

「お世話になってます、真選組の土方です。ご無沙汰しております。…はい、変わらずやってますよ。」

どうしよう…、本当に電話してる!

「ええ。それが、今さっき戻りまして。……そうなんですよ、私も驚いてます。ご心配とご迷惑をお掛けしました。その件でというわけじゃないんですが、今回の紅涙…あー、早雨の件で相談がありまして、……え?」

不安と、

「…ああ…、……はい、そうですね。……ハハ、お恥ずかしながら。」

もしかしたら行かない話もあるのかもしれないと、身勝手な淡い期待が交錯する。

「…ええ、いずれご挨拶に伺います。ではまた改めて連絡致しますので。…はい、失礼します。」

電話を切った。
小さく息を吐く土方さんは、胸ポケットから取り出した携帯灰皿に煙草の灰を落とす。

「……ど、どういう…話を…?」

なかなか話し出さない土方さんに、こちらから尋ねる。

「どうもこうも、」

少し短くなった煙草を口につけた。

「事情が変わったことを伝えりァ分かってくれる人だって、お前も知ってるはずだろ?」
「!…じゃあ…」
「ああ。お前の薩摩行きは白紙になった。」
「!!」
「向こうから先に言ってくれた。『記憶が戻ったなら、そっちにいた方がいいんじゃないか?』って。」

局長…、

「私からも電話しないと…。」
「だな。……フッ。嬉しそうにするなら、最初から素直に言やいいのに。」
「っ、…で、でも真選組の方は大丈夫なんですか?私が戻ったら迷惑とか…」
「大丈夫も何も変わんねェよ。紅涙が出て行くのを知ってんのは、俺と近藤さんと総悟だけだし。あー、あと山崎もか。」
「栗子さんも驚くでしょうね…。」
「知りゃァ驚くだろうが、辞めたからな。」
「……え?」
「栗子はもういねェよ、真選組に。」
「えっ!?どうし―――」
『婚約したら、今度は家のことを覚えるために補佐は辞めさせるって』
『予定では4月だ』

まさか…

「どっから話せばいいか……、…まァあれだな。」

土方さんがフッと笑う。

「これからいくらでも時間はある。だろ?」
「…そうですね。覚悟して聞きます。」
「それは誘ってんのか?」
「っへ!?どっどうしてそんな話にっ」
「わァってる。とりあえず屯所へ戻るぞ。近藤さんにも早く言わねェと。」
「電話をすればいいんじゃ…?」
「帰る方が早い。」

土方さんは煙草の火を消し、私の荷物を抱え直した。

「行くぞ。」

一緒に、屯所へ戻るために。

「…、」

時計を見る。
もうすぐ私が乗るはずだった電車が来る。
ついさっきまで、あの日と同じ道を辿る予定だったのに……不思議な気分だ。

「どうした?」

栗子さんの話を聞くのは、正直怖い。
でも来てくれたということは……もしかしたらということもある。今はそうじゃなくても、私を思い出した土方さんなら……そう期待してしまう。

「…、」

思い出してくれて良かった。
嬉しい。すごく……嬉しい。

「なんだか……胸がいっぱいで。」

今から帰る屯所は、今度こそきっと…4年前と同じ場所。

「…そうだな。」

土方さんが空いていた方の手を差し出す。
そっと手を重ねれば、身体が痺れるくらい幸せを感じた。

屯所に戻って早々、玄関で山崎さんに出会う。
私を見るや否や、

「あれ!?…なん…で?」

混乱した様子で土方さんを見た。

「行かせるわけねェだろうが。」
「っ、副長ォ~!」
「これから4年分を取り返す。」
「…え?4年て……それって……っ!?」

今度は私を見た。私は頷き、

「土方さんの記憶、戻りました。」

笑った。山崎さんの顔が、パァッと明るくなる。

「副長ォォォ~ッ!!」
「っおい、抱きつくな!!」
「良かったですねェェ!!おめでとうございますゥゥッ!!」
「わかったから離れろ!つか、お前には関係ねェだろ!」
「何言ってんすか!心配してたんですよ!?嬉しいに決まってるじゃないですかァ~!!」
「…、」

急に黙り込んだ土方さんは、静かに山崎さんを引き剥がした。

「山崎。」
「はい?」
「……世話かけたな。」

そう言って、

「行くぞ、紅涙。」

足を進めた。
山崎さんは嬉しそうに頷く。

「良かったね!早雨さん。」
「はい、本当に。色々とありがとうございました。」

頭を下げる。

「いらないってば、そういうの!さ、行って行って。」

山崎さんと別れ、局長室へ向かう。

「近藤さん、いるか?」
『ああ』

中から声が返ってきた。
土方さんが襖を開けると、

「!」

私を見た近藤さんが目を丸くする。けれどそれは一瞬で、

「まだまだ俺の読みは冴えてるらしい。」

満足げに頬を緩めた。

「トシ、先方には連絡したのか?」
「ああ。こっちから言う前に、『記憶が戻ったなら真選組にいた方がいいんじゃないか』って言ってくれた。問題なく白紙に戻ったよ。」
「そうか。……ん?『記憶が戻ったなら』…?」
「ああ俺、戻ったみてェだ。」
「ッそうなのか!?」

勢いよく腰を上げ、私を見る。

「本当に!?」
「はい、おそらく。」
「ッッッ、トシィィ~ッ!!」

近藤さんが土方さんに抱きついた。まるで示し合わせたように、山崎さんと同じ光景を見る。

「っやめ……」

土方さんもすぐに引き剥がそうとしたけれど、

「…、」

また、その手を下げる。

「なんだよ早く言えよもォ~!」
「…、」

グリグリと頭を撫で付けられても、それを受け入れて。

「…迷惑かけた、近藤さん。」

そう言う。

「気にすんな。俺がお前にかけてる迷惑に比べりゃ、はるかに少ねェ。」
「それはそうだな。」
「ハハハ!」

近藤さんはバンバンと土方さんの背を叩き、座りなおした。

「紅涙君もご苦労だった。」
「…近藤さん。薩摩の件、お手数お掛けしたにも関わらず…」
「いいからいいから!うちとしては、優秀な補佐が戻ってくれて嬉しい限りだ。もし紅涙君がいなかったら、久しぶりに補佐不在になるとこだったし。」
「…そう言えば、栗子さんが辞められたとか…。」
「そうなんだよ。今朝トシから」
「その話は俺がする。」

土方さんが近藤さんの声を遮った。

「あと、これ。渡しておくから。」

懐から封筒らしきものを取り出す。それを近藤さんに渡すと、近藤さんが「ああ、例の」と頷いた。

「了解した。処理しておこう。」
「薩摩の方にも連絡を入れておいてくれ。」
「わかった。」
「部屋に行くぞ、紅涙。」
「はい、」

土方さんの背に続き、局長室を出る。
襖を閉める間際まで、近藤さんの優しい笑顔に見送られていた。

副長室までの短い廊下を歩いていると、今度は沖田さんに出会う。
いつもタイミングが良い。…土方さんのことを気に掛けている証拠なのだろう。

「おやまァ。出戻りですかィ。」
「俺が連れ戻したんだよ。」
「そりゃまた無責任な。」
「心配すんな。朝に俺がここを出た時よりは責任感がある。」
「……そりゃつまり…?」

問いかける沖田さんの視線に、私は頷いて返した。

「土方さんの記憶、戻ったそうです。」
「……、…フッ。」

沖田さんが鼻先で笑う。

「全く…手のかかる上司でさァ。」

肩をすくめた。

「取り戻した記憶、せいぜい大事にしてくだせェよ。」
「言われなくとも二度と失くしたりしねェよ。」
「大した自信だこって。」

ひらりと右手を上げ、背を向ける。
そんな沖田さんの背中に、

「ありがとよ。」

何がと言わず、土方さんが告げた。
沖田さんは振り返らず、立ち止まりもせず、ただ黙って歩いて行く。
けれどその背中は、張り詰めたもののない、とても穏やかな背中だった。

にいどめ