~深層編~
真選組屯所内にある食堂の大型テレビには、アニメが映し出されていた。
『久しぶりだな、真田幸村!』
『この時を待ちわびていた、独眼竜伊達政宗…。いざ尋常に!』
『『勝負!』』
食堂では女中が忙しく動いている。
そんな食堂の中央に女性が一人。彼女は女中の様子を気にも留めず、まるで広い食堂を独り占めするかの如くアニメに釘付けになっている。
これが近頃の休日の過ごし方というのだから、誰も邪魔できまい。
『上等だ、最高の気合いを入れて俺を楽しませてくれよ?』
そんな彼女は真選組の隊士。名は……
「Fu~!!戦国最高~!!!」
そう!私、早雨 紅涙である!
他の隊士はこんな私を見て「馬鹿だ」と笑った。
沖田君からは「この変態が」と唾を吐かれた。お前の方が変態だけどな!
「早雨ー、そろそろテレビ消しとけよー。」
「……。」
「マジでもうすぐ副長来るから。こんな日にまで怒らせたくねェだろ~?」
「……。」
「おい、早雨ってば――」
「うるさ~いっ!!」
机をドンッと叩いて立ち上がる。私は真横で騒ぐ人に思いっきり指をさした。
「原田さんうるさい!!」
「うるさいってお前…。人の親切な忠告になんつーことを…」
「あっち行けハゲ!!」
「ッて、てめぇ…!」
私の大切な時間に、よくもまぁ傍でベラベラと!
やっとBASARA弐のDVDを全巻揃えて、楽しみにしている7巻を見る前に、もう一度始めから見てお楽しみ感を引き延ばそうとしている最中なのよ!?
「ああもうっ!」
記憶からBASARAが薄れちゃうでしょうが!
「正気の沙汰じゃねェな…。」
原田さんは呆れた様子で首を振り、立ち去った。
それでいい。それでいいのよ。誰にも私の休日を邪魔させない!
確かに原田さんが言った通り、私の戦国愛は正気の沙汰じゃないのかもしれない。
好き過ぎるのが原因かは分からないが、以前、私は何者かに憑依され、土方さんを政宗様と呼んで付きまとった過去がある。恐ろしいことに憑依中の記憶は全くなし。当時のことを知ろうと周囲に聞き回ったが、平たく言っても相当な憑依っぷりだった。忍だとか名乗ってたらしいし…。
とはいえ、シーズン壱のDVDセットがなくなってからは、そういうこともなくなったけど。
しかし!
私は思うのだ。記憶がないなんて、もったいなかったなと!
誰かに身体を乗っ取られている間は、土方さんが政宗さまに見えてるわけでしょ?たとえ私自身が経験した記憶でなくても、その最中に得た思い出は全て政宗さまというわけだ。そんなの幸せしかないじゃん!あーもったいない。
「おっと、見損ねた部分を巻き戻さないと。」
…にしてもアレだね。
戦国ブームなんて一時の気の迷いかと思ってたけど、いやもう全然。
『PHANTOM DIVE!』
全くもって。
『WAR DANCE!』
「らぶっ、政宗さま…!」
愛が止まる予感なしっ!!
「政宗さま、らァァ――」
「うるせェッ!!!」
―――スパンッ
「いっ!」
後ろから何かで頭を叩かれた。
こ、この状況…っ覚えがある!
私はすぐさま振り返り、叩いた張本人を睨み見た。
そこには凄まじく機嫌の悪い土方さんが立っていた。
「やっぱり土方さん!」
「やっぱりじゃねーよ。お前忘れたのか?二つの罰。」
「うぐっ…。」
『局中法度 第1059条、武将ブームに乗っかってテレビを占領する輩はテレビ禁止』
『局中法度 第1046条、俺と付き合えねェとか言う奴は切腹』
「あ、あれはもう…って、ああァァっ!!」
土方さんが見覚えのあるDVDケースを手にしている。間違いなくBASARAだ!そして間違いなく私がここに置いていたDVDだ!それで頭を叩いたってこと!?
「返してください!傷が付いたらどうする気ですか!?」
「ケースに入ってんだから、叩いた程度じゃ傷つかねェだろ。」
「ケースに傷が付いたらどうするんですか!」
「お前…ケースの役割を知ってるか?」
うるさいうるさい!
ケースまで傷なく綺麗に置いておきたい気持ちなんて分からないでしょうよ!
「どうせ土方さんには分かりませんよ!」
私は土方さんからDVDを奪い返し、思いっきり憎しみを込めて睨みつけた。
「おーおー。そりゃすみませんでしたねェ。綺麗にしとかねェとオークションで高く売れねェんだっけ?」
なっ!!
「なんてこと言うんですか!売りません!」
「じゃあ燃やすか。」
「燃やす!?どっどこからそんな話に…、…はっ!まさか……」
私は過去に一度、BASARAシーズン壱のDVDを全巻無くしたことがある。
同じような頃合に、屯所の庭で何かを燃やす沖田君とも遭遇していて…
『何を燃やしてるんですか?』
『燃えねェゴミでさァ』
『いや燃やしちゃダメなヤツ!』
そして思い起こされるのは、さらに少し前に土方さんから言われた言葉。
『総悟、あのDVD燃やしとけ』
「まままさかあの時、沖田君が燃やしていた物って…土方さんが指示した私の……」
「…やべ。」
「『やべ』!?それはどういう意味ですか!」
無くなった時に聞いたら、「そんなもん知らねェよ」って言ったくせに!
「土方さん!『やべ』と言ったのが証拠です!弁償してください!」
「…そんなもん証拠とは呼べねェな。」
「じゃあ『やべ』って何ですか!」
おもむろに、土方さんは私の傍にあったDVDを一本手に取る。
「触らないで!」と取り上げようとすれば、「それはアレだよ」と話しながらヒョイッとかわされた。
「俺は矢部君を呼んでただけだ。」
誰だよ!
「あ、矢部く~ん?これ一緒に見ねェ~?」
「あ、ちょっ…」
土方さんが廊下へ出ていく。
…逃げやがった。分かりやすい逃げ方しやがった…!
「…って、DVDも持って行ったままじゃん!」
それも7巻っ!
…も~っ!なんでみんな私の憩いの時間を潰すわけ!?誰にも迷惑(たぶん)かけずに一人で楽しんでるっていうのにー!!!
「…はぁ。政宗さま…。」
食堂の大きなテレビ画面にデカデカと政宗さまが映っている。
早く取り返してこなければっ!
「少しだけ、待っててくださいね!」
政宗さまが話している最中に停止ボタンを押すのが忍びなくて、
「すぐに取り返して来ますので!」
私はDVDをそのままに、どこぞの忍の如く、NARUTO走りで食堂から駆け出した。が、
「お待ち!」
調理場にいた女中が私を止める。
「ここを離れるんなら、それ消してってちょうだい!」
うっ…。
「でっでもすぐに戻りますんで…!」
「だめよ!あたしゃもう普通のテレビが見たいんだよ!」
「うぅ…。」
私とあなたの距離、なかなか縮まりそうにもありません…。