~解放編~
副長室の戸を勢いよく開ける。
部屋では珍しく机に向かっていない土方さんが、こちらに背を向けて座っていた。
「…来たか。」
煙草を片手に振り返る。
待ち構えていたラスボスの雰囲気に、思わず心が怯んだ。
だ、ダメだ、しっかり返してもらわなきゃ!DVDって安くないんだからね!!
「さすが、大事なもんのためなら行動すんのが早ェな、紅涙。」
土方さんの前には、人質なように私の大切なDVDが置かれている。
ああっ…政宗様、今お助けいたします!!
「かっ、返してくださいよ!」
「ああ。構わねェよ?」
「え…、」
「どうぞ?」
片眉を上げ、煙草を消す。だが微動だにしない。
と…取りに来いってことか…。でもあの間合いは危険だ。
そもそも条件もなしに返してくれること自体が怪しいし…。
「どうした?持って行けよ。」
くっ、…仕方ない!
政宗さまのためだ、何があっても…取り返してみせる!!
「か、返していただきます!」
私は土方さんの方へ小走りで近付き、屈んでDVDを手にした。
サッと立ち去れば終わりだ!…が、案の定。
「ッひゃ!」
思いっきり腕を引っ張られた。
そのまま前のめりに倒れ、偶然にも土方さんに体当たりを繰り出す。
「あ。」
「おわッ!」
予想以上の体当たりだったらしく、土方さんは私を抱きかかえるようにして背中から畳に倒れ込んだ。
「お、前…もうちょっと受け身とか取れねェのかよ…。」
「だっていきなり引っ張るから…!」
畳に手をつき、土方さんの腕の中から脱する。けれど、
「まァ待て。」
土方さんは私の腰に腕を巻き付け、動きを封じた。
「なっ!?ど、どういうつもりですか!」
「…今日、」
「はい!?」
「今日は何日だ?」
今日?今日は…えーっと……。
「子どもの日です。」
「…何日だっつってんだよ。」
「5月5日ですよ。知らないんですか?」
「……あのなァ、」
土方さんが苛立った様子を見せる。
けれど私は気に留めず、「放してください!」と身体をよじって土方さんの腕から抜け出した。
もうっ。体重が気になって、無駄に腹筋と背筋を使っちゃったじゃないですか!
「お前、本気か?」
「…へ?何が…」
「今日は俺の誕生日だ!」
土方さんは「何で知らねェんだコイツ!」と言った。顔が赤い。
まぁ…大の大人が自分で誕生日をアピールするのって恥ずかしいもんね。
へぇ、そっか。今日が土方さんの誕生日かー。それじゃあ…まぁ、
「おめでとう…ございます。」
だよね。その程度しかないよね。
…にしても、顔を赤くしてまで自分で誕生日アピールするなんて女子かよ!プププ。
「……はァ、」
土方さんは、わかってないとでも言いたげな溜め息を吐く。
そして新しい煙草に火を点けると、
「祝え。」
これまた自分でとんでもないアピールをしてきた。
「祝えって…私にですか?」
「当たり前だろうが。」
「……なんで?」
「俺の女だから。」
「え!?」
俺の女!?初耳ですけど!?
「いつからですか!?」
「お前が憑依された日くらいから。」
なんじゃそりゃァァ!結構前じゃん!
「あの日からお前、切腹してねェし。」
「せ、切腹?」
「また言わせてェのか?局中法度 第1046条、俺と付き合えねェとか言う奴は切腹。」
あれか!!
「今も生きてるっつーことは、俺と付き合ってるってことだろ。」
こわい!こわいよ、この自己中心的な解釈!
「あんなの冗談でしょう!?だ、だって勝手に都合よく作った局中法度なんかっ」
「お前、隊士やり直すか?」
「…へ?」
土方さんは机の上を漁り、私の前に何かを放り投げた。
「これは…」
「局中法度、コミカライズ版だ。」
通称、局中法度本。
その名の通り局中法度が書かれている本だが、どうしても覚えられない隊士のためにコミック化されたものである。
新しい法度が加えられた際は再編集し、再び配られる必読書ではあるが…
「嘘…でしょ。」
そこには既に、1046条と1059条が書き加えられていた。
「まさかとは思うが紅涙。それ、頭に叩き込んでないわけじゃねーよな?」
「あ…う……っこ、こんなの誰も認めませんよ!」
「あいにく、誰にも承認してもらう必要はねェからな。これがあることで隊士の規律が乱れるわけでもねェし。」
「だからってこんな個人的なっ」
「言っただろ?俺が法律だ。」
くっ…、独裁者の前では何を言っても敵わない!
もはや王様椅子に片肘ついて足を組む土方さんが見える…!
「食堂でのお前の態度を見る限り、1059条を破ってるなァ?」
「っ…。」
「1046条はどうだ。破りてェのか?」
「う…。だ、だって何もしてないじゃないですか!付き合ってるらしいこと…。」
それなのにいきなり付き合ってるとか言われても…自覚ないのは当たり前って話ですよ。
…いやその前に!私は猛烈に政宗さまにしか興味がないんで!!
「せ、切腹…は出来ません。けど、その…」
「……。」
「付き合ってるっていうのは…ちょっと受け入れがたいわけでして…。」
「……あァ?」
「まだ必要ないっていうか…、その、私…今が充実してるんで…あの、」
言葉を濁す。
すると土方さんは、ガッと音が鳴りそうなほど強く私の顎を掴んだ。
「いっ痛いです!」
「そんなことを言う口はこの口か、あァん?」
機嫌の悪い目が私を見下ろす。
なんて人相の悪さだ…。さすが、泣く子はもっと泣かせる真選組の副長。
ん?でも待って。さっきの……
『あァん?』
あの響き…どこかで聞き覚えが……
『俺を奥州筆頭 伊達政宗と知ってのことか、Ahn?』
こっ、これは…っ!!
「嗚呼…っ、」
「…どうした、紅涙。」
「政宗様!」
私は目の前にいた政宗様に抱きついた。
「はァ!?おまっ、また政宗って…」
「政宗様…!逢瀬のお時間、お待ちしておりましたっ…!」
二人っきりで逢えるのは、一日でも極僅かな時間しかない。
あの日、せっかくようやく想いが伝わって口付けを交わしたというのに。
「お、おい紅涙…、お前まさか…」
小十郎様の目を盗んで、こうして逢える時間を毎日心待ちにする日々…。
「政宗様…、」