結婚できない女 1

~切欠編~

よく晴れた日の昼下がり。
真選組屯所内にある食堂の大型テレビには、アニメが映し出されていた。

『Are Your Ready Guys?』
『YEAHHHHHH!!』

食堂では女中が忙しく動いている。
そんな食堂の中央に女性が一人。彼女は女中の様子を気にも留めず、まるで広い食堂を独り占めするかの如くアニメに釘付けになっている。
これが近頃の休日の過ごし方というのだから、誰も邪魔できまい。

『ろっ六本刀にあの眼帯…!!まさか』

そんな彼女は真選組の隊士。
名は……私、早雨 紅涙である!

『奥州筆頭 伊達政宗。推して参る。』
「はふ…カッコよすぎますよ政宗様。」

他の隊士はこんな私を見て「寂しい」と言った。
沖田君からは「可哀想に」と余計な同情をかけられた。お前だって相手いないくせにな!

「べつに寂しくないもーん。」

可哀想なんて失礼だ。今の私はこんなにも満たされているっ!時はまさに戦国ブームなのだ!!

「っ政宗さまァァァァ!!」
「うるせェッ!!!」
―――ガッ
「いっ…たぁ!」

後ろから何か固い物で思いっきり頭を叩かれた。
誰よもうっ!
痛む頭を押さえながら振り返る。
そこには咥え煙草の土方さんが怪訝な顔をして立っていた。

「痛いです土方さん!」
「痛くしてんだから当然だろうが!ったくよォ、」

机にリモコンを置く。
…この人、リモコンで私の頭を叩いたのか。

「お前絶対ェ結婚できねェわ。」
「うっ、い、いいんです!今は政宗様さえいればいいんです!」
「あー痛ェ。痛いわー、この子。」
「っうるさい!」

こんな言い方されたら副長だろうが誰であろうが関係ない。全国の同志のためにも、私は強くあらねば!

「つーかお前な、」

土方さんは吸っていた煙草を私に突きつける。

「公共の場で個人的なもん見てんじゃねェよ。」
「っ…だって私の部屋にテレビがないんですもん。」
「お前の部屋に限らず、他のヤツらの部屋にも全員ねェから。せめて居間で見ろ。」

確かに居間という名の公共スペースにもテレビはある。
朝は天気予報を見たり、その後の占いでテンションを上げ下げするあのテレビだ。

「…あそこのテレビ、小さいんですよ。」
「知るか!」

土方さんは私の話なんてまるで聞かず、ピッとテレビを消してしまった。

「ななっ何するんですか!筆頭を返せっ!!」

リモコンを取り上げる。しかしすぐさま奪われた。

「返してください!」
「ッこらバカ!いい加減にしろ紅涙!」
「いーやーでーすー!!」

土方さんの手と私の手の間を行ったり来たりするリモコン。

「だァァもう!お前しばらくテレビ禁止!」
「……、…え?」

What did you say?
テレビが…禁止?

「紅涙、お前は屯所内にある一切のテレビに触れることを禁ずる。」
「えぇェェ!?横暴です!そんな局中法度にもないこと、従えません!」
「局中法度 第1059条、武将ブームに乗っかってテレビを占領する輩はテレビ禁止。」
「ちっさ!そんな局中法度は聞いたことないし!ってか何ですか1059条って!どんだけあんの!?」

涼しい顔をした土方さんは、机にあった灰皿を寄せて煙草を消す。
「お前もまだまだだな」と言って私の前に座った。

「局中法度は俺が決めてんだからいいんだよ。俺が法律だ。」

ただの独裁者だった!
…ん?あれ…?そう言えば土方さんって……

「土方さん土方さん、」
「ああ?」
「ちょっと…『You See?』って言ってもらえませんか?」

気付いてしまった気がする。
私の勘違いじゃなかったら、土方さんの声ってかなり…アレじゃない?

「はァ?ゆーしーって何だよ。コーヒーか。」
「それはCが一つ足りません。ゆーしーじゃなくて『You See?』です。語尾上がりでお願いします。」
「何で俺がそんなこと――」
「勉強だと思って!ほら、早く言ってくださいよ。」
「だからなんで英語なんて勉強を……、……。」

期待を胸に土方さんを待つ。
やっぱ言ってくれないかなー…なんて思ったりもしたけど、土方さんは浅い溜め息を吐いて「わかった」と了承してくれた。マジか!

「言やいいんだろ。ゆ…、『You See?』」
「ッッ!!」
「っ、おい何だよ…ど、どうした紅涙!」

土方さんが驚くのは無理もない。
おそらく私の顔は今、猛烈に赤い。少なくとも自分でも分かるくらいには頬と耳が熱い。

「す、すごいですよ土方さん!!」

私は土方さんの両手を握る。
土方さんは「なんだよ!」と抗議するが、手は振り解かなかった。
いやいや…耳にした時は雷に打たれたかと思いましたよ!

「土方さん…いえ、政宗さまっ!!」

「はァ?ちょ、お前何?何か息荒くね?紅潮してね?」
「まっ政宗さま、私めは何をすればよろしいのでしょうか!!」

最高だっ…、まさかこんなすぐ傍に政宗さまがいたなんて。
似てるなんてものじゃない。これはまさしく政宗さまそのもの声だ!!

「え、まだ俺、話が見えてねェんだけど。」
「違う!違いますよ。そこは『YA,茶でも持って来い』って言うんですよ!」
「何が『YA』だよ!恥ずかしいわ!つか、俺は茶なんて求めてねェし!」

フォゥ!!やばい、まじでトキめく。何言われてもドキドキする!

「それじゃとりあえずコースターで右目を隠しましょうか。」
「はァァ!?」
「あ。このコースターの裏、黒ですね。いいねいいね、使える~。」

紙製のコースターに穴を開け、DVDの持ち運び用に持っていた紐を通す。それを土方さんに…

「っおいやめろ!勝手にテンション上げてんじゃ…」
「じっとしててくださいね~。」
「バカッこら触んな!」
「はい出来た~。」

土方さんの片目にコースターをあてがう。

「うんうん、いいじゃないですか~!似合ってますよ、土方さん!」
「…全然嬉しくねェし。外すぞ。」
「あっまだダメです!この前髪をもうちょっとこうしてー」
「…おい。」
「後ろ髪を下にこうやってですねー…。あ、ここはちょっと切っちゃいます?」
「切らねェから!なんでそこまでしなきゃなんねェだよ!」

はぁ…ヤバイな。もはや私、政宗さまに直接触ってるのと同じじゃない?
ちょっと手も震えて来てる気がするし。

「……?」

あれ…?このドキドキ、なんか変じゃない?
ドキドキっていうかドクドク?トキめく鼓動とは別で心臓が高鳴っているような…

「な、なんか…」
「ああ?」
「ぐ…苦じぃ…。」
「ったく忙しいヤツだなお前は。」
「ひ、土方、さん…お願い、しますよ…。『だからおまえはオレの背中を護れ』って…言ってください…。」
「長ェし!そこだけスラスラ話せんのな!!」

は…れ…?おかしいな…ほんと。
さっきまでウハウハしてたのに…急に…苦しい…。
なんだか…気管が細くなったみたいな…、息が…足りない…。

「おいマジなのか?紅涙、顔色ヤベェぞ。」
「は、はは…。結構…マジでヤバイかも…しれませ――」

そこで私の意識は途絶えた。
そして次に目を覚ました時、私は恐ろしいことを宣告されることになる。

「お前、取り憑かれてるんだってよ。」

…はい?

にいどめ