今日は何の日? 1

別にいいんだけど、

「あ、副長!おはようございます!!」
「はよ。」

廊下ですれ違った隊士が元気よく俺に挨拶する。いつも通りの朝だ。

「おはようございます!!」
「おはよ。」

うん、…いつも通り。

「土方さん、おはようごぜェます。」
「お、おう…はよ、総悟。」

いつも通り…だけど、

「トシ、おはよう。」
「…お、おはよう。」

ちょっと皆、いつも通りすぎねェ!?

「……、」

おいおい、みんな…今日は五月五日だぞ?
五月五日と言えば……
今日は何の日?

…待てよ。もしかして今日は五日じゃなかったのかもしれない。
俺は副長室へ戻り、カレンダーを確認した。

「…間違いねェ、五月五日だ。」

俺の誕生日…だろ?いつもなら、朝の挨拶と一緒に誰かしら祝ってくれるのに……。

「…い、いや別にいいんだけどよ。」

誕生日を祝ってほしいとか、皆にチヤホヤされる一日を過ごしたいとか、そんなガキみてェなことは思わねェ。
思わねェ…がしかし!
一言くらい言うヤツがいてもいいってもんだろ。こっちだって、別に言われて嫌な言葉じゃねェし……。

「おい、トシ~?」

部屋の前で声がする。近藤さんだ。

「急に部屋へ戻って行ってどうした?これから朝礼だぞ。」
「あ、ああ今行く。」

…まァ偶然朝から祝うようなヤツがいなかっただけだろう。
俺は気を取り直し、朝礼に出席した。

「え~本日の午後は事前にお伝えしている通り、屯所解放デイとなっておりまーす。」

山崎がホワイトボードの前で声を張る。

「江戸に住む子どもを対象にイベントを開催しますので、係の人は午後までに必ず準備を済ませておいてくださーい。」
「「「うーっす。」」」

ホワイトボードには様々な係が書かれている。庭に鯉のぼりを設置する係、道場に鎧兜を飾る係、子どもに配る菓子を買い出しに行く係……。
……そうだよな。やっぱり今日は『こどもの日』、つまり俺の誕生日だ。

「準備に携わらない人は自由時間となっておりまーす。仕事がなければ寝るなり何なりご自由にお過ごしくださーい。」
「よし、では解散!」

近藤さんの一声で隊士が散り散りに広間を出て行く。
…なんだよ、まだ誰も言ってこねェじゃねーか。

「どうしたんだ、トシ。朝から元気がないな。」

近藤さんが不思議そうな顔で俺を見た。

「……いや、なんでもねェよ。」
「何か気になることがあるなら言え?」
「あ、ああ。」

気になるっつーか……なんつーか。

「ちょっといいですかィ、土方さん。」

総悟が人差し指をくるくる回しながら近寄ってきた。何をしてるのかと思えば、キーリングを指に掛けて車の鍵を回している。

「ちょっとパトカー借りやすぜ。」
「どこに行くんだ?」
「決めてやせん。少しばかりパトカーでたのしくドライブしてこようかと思いやして。」
「は…はァ!?」

何言ってんだコイツ!

「バカかお前!どこの警察に私用でパトカー使うやつがいるんだよ!」
「安心してくだせェ、隊服で乗ればバレやせん。ついでに市中見回りもしてきやすんで。」
「そういう問題じゃねーから!」
「いいじゃないか、トシ。」
「近藤さん!?」
「今日は特別だ。なんたって、『たのしくドライブする日』だからな!」

ガハハと笑う。
…い、いや待ってくれ。

「なんだよ、その『たのしくドライブする日』って。」
「車で出掛ける楽しみを知ろう!という記念日だが…。」
「知らねェんですかィ?」

二人して『信じられない』といった顔をする。

「知らねェよ!いつの間にそんな適当な記念日作ったんだ!」
「俺達が作ったわけじゃありやせんよ。その証拠に、ここのカレンダー。」

総悟が広間に貼ってあるカレンダーを指さした。五月五日を見ると、本当に『たのしくドライブする日』と印字されている。

「マジかよ…。」

今まで気にも留めなかったな…。

「そういうわけで、パトカー使いまーす。」
「っあ、おい!」

俺が声を掛けたところで総悟が立ち止るはずもなく。スタスタと歩いて広間を出て行った。

「アイツ…っ、」
「まぁ落ち着け、トシ。今日くらいは使わせてやろう。」
「…本当にいいのかよ。」
「非番のアイツが見回りも兼ねて動くと言うんだ。大目に見てやろうじゃないか。」

…甘い。どっかの誰かが作った記念日ごときで、パトカーを使わせちまうなんて…。つーか、そんな記念日を気にする前に、気にしなきゃなんねーことがあるだろうが。
……いや別に気にしてほしいわけじゃねェけどさ!

「……ん?」

スッと目の前に斉藤が立った。スケッチブックを取り出し、俺に見せる。

『正午まで手話教室に行ってきます。』

手話教室?

「なんでまた……」
『会話を筆記から手話に変えようかと思いまして。』
「なら話せよ、お前は喋れないわけじゃねェんだから。」
「!!」

斉藤は驚いた様子を見せた後、身体をモジモジさせる。何か一言だけスケッチブックに書くと、俺に見せた。

『恥ずかしい……』
「……。」

いい大人が何言ってんだ!…とは言わない。
コイツなりの事情があって喋らねェんだから、無闇やたらに責めることは出来ない。

「しかしなぜだ、終。」

近藤さんが首を傾げる。

「なぜ筆記から手話に変えようと思った?」
『たくさんノートを使うので、紙が勿体ないなと…』
「なるほど。それは良い考えだ。」
「近所にあるのか?手話教室。」
『今日は『手話記念日』なので、そこの会館で体験教室が開かれているんです。』
「手話記念日!?」

また記念日かよ!

「ああ手話記念日!そうだったな!」
「…近藤さん、アンタも知ってたのか。」
「ああ。好きなんだよ、こういう記念日系。おもしろいから結構頭に残るし。」

人には何かしら特技があると言うが…近藤さんの場合はコレかもしれねェな。……にしても、

『では行ってきます!』

どいつもこいつも、肝心な記念日は忘れてやがって。

「さぁて、俺も部屋に戻るとするかな!トシも昼までゆっくり過ごせよ。」

記念日好きを名乗るなら、人の誕生日くらい覚えてろよ。
別に……いいけどさ。
…………。
………………いやよくねェ。よくねェよ!
一言くらいあってもいいだろ!?何年一緒に過ごして来たんだ!何も今年から急に祝ってくれなんて話じゃねェんだし。去年も一昨年も『誕生日おめでとう』って言ってくれてたから、俺もこんなに引っかかってんだよ。

「……あァ~なんか腹立ってきた。」

落ち着け俺。
いくらアイツらの態度に苛立っても、所詮は誕生日を祝ってほしい『かまってちゃん』でしかない。口に出すのはもちろん、態度に出すことも厳禁だ。
だが今日中に誰も祝ってくれなかった時は―――

「……待てよ?」

誰も祝ってくれないなんてこと、ありえねェじゃねーか。俺にはアイツがいる。

「…紅涙はどこに行った?」

紅涙は原田の部下だ。何かと気が利く隊士だから、真選組でも重宝する存在の一人。アイツなら俺の誕生日を覚えている。なぜなら、

「……フッ、」

自分で言うのも何だが、紅涙は俺に惚れているからだ。
本人から聞いた話ではないが、態度で充分わかる。加えてアイツの上司である原田が言うんだから、ほぼ確定だ。そんな紅涙が俺の誕生日を忘れるはずがない。
きっと今にも俺の元へ走ってきて祝いの言葉を言うに決まって――

「……。」

…んだよ、来ねェのかよ。
そう言えば朝礼の後も話し掛けて来なかったな。普段なら何かしら話し掛けてくるんだが……

「係になってるのか?」

ホワイトボードを見る。しかし紅涙の名前はなかった。

「アイツ…どこ行ったんだ?」

仕方ない。少し屯所内を探してみるか。
5/5は本当に……
・こどもの日
・たのしくドライブする日
・手話記念日

にいどめ