知らぬ仏より、馴染みの鬼 4

鬼の決意

あの騒動以降、見廻組の評判は急上昇。
今までなら市中見廻りをしていても目を逸らされるくらいだったのに、少し歩いただけで声を掛けられるようになった。

「精が出るね!」
「頼りにしてるよ!ご苦労さま!」

応援してもらえるのは嬉しい。もっと頑張ろうとヤル気も出る。
けれど市民との距離が近付くということは、その分、小さな仕事が増えるわけで……

「…早雨さん、」
「はい。」
「私は見廻組の好感度を上げたかっただけで、お悩み相談所を常設したかったわけではないのですが。」
「しょ、承知しております…。」

ある程度は予測していたが、想像以上に仕事が増えた。それも、警察が介入できない範囲の相談ばかりが。

『旦那がお金を家に入れてくれないの。見廻組の方から言ってくれないかしら』
『隣の家のドアを閉める音がうるさいんだ!どうにかしてくれ!』

…その他諸々。
当初は出来る限り見廻組で対応していたが、次第に本来の仕事すら出来ない事態に。これでは元も子もないと、私達が直接介入できない件に関しては万事屋に解決してもらう流れとなった。経費は掛かるが、致し方ない。

「うーっす。毎度どうも、万事屋銀ちゃんでーす。」
「いつもすみません、坂田さん。」

相談内容の一覧を坂田さんに渡す。

「今回はこの方々でお願いします。」
「りょーかい。」

坂田さんは特に中身を確認することなく、手渡した資料を懐へしまう。彼いわく、できない仕事はないそうだ。

「んじゃ、報酬はいつも通り手数料抜きの口座振り込みでよろしくー。」

ひらひらと後ろ手を振りながら立ち去る。そんな坂田さんを、

「あっあの!」

今日は引き留めた。
佐々木局長が見ていないのを確認し、ここ数日気になっていたことを問う。

「最近の真選組ってどうしてますか?」
「どうって?」
「いえその、…前と同じように仕事してるのかな…って。」
「さァ?してるんじゃね?俺には『前』ってのがよく分かんねェけど。」
「そう、ですよね…。」

あの二月三日の騒動以来、私は真選組を…土方さんを見ていない。

「市中見廻りってしてますか?」
「あーしてるしてる。昨日は沖田見たわ。一日に二回も会って、気持ち悪ゥゥっ!て言った。」
「土方さんもいました?」
「いや?いねェけど。」
「そうなんですか…、…。」

どうしてるのかな…。
あれから一度も連絡を取っていない。私も忙しくてなり街へ出ることが少なくなった。偶然会う機会なんて皆無だ。
まぁ…仕事中に会わないって宣言したのは私の方なんだけど。

「つーかよ、お前知らねェのか?土方のこと。」
「え…?」
「真選組と見廻組は同じ警察組織だろ?聞いてねェのかよ。」
「…あまり…接点がないので。」

真選組と見廻組は、同じようで違う。似て非なる存在。

「ふーん、やっぱ分かんねェな。お偉いさんの組織っつーのはよ。」
「…土方さんがどうかしたんですか?」
「いや、見廻組には関係ねェ話だ。」
「?」
「じゃあな。」

なんだろう、何かあったの?
坂田さんの背中を見送りながら時計を見る。まだお昼を回ったところだ。

「……会いに行こうかな。」

隊服だと目立つから、仕事終わりにでも屯所へ行ってみよう。

そして数時間後。
私は着物に着替え、真選組屯所を訪れた。

「あのー…すみません。」

門番の二人に声を掛ける。二人は私を見て首を傾げた。

「何か御用ですか。」
「土方さんはいますか?お会いしたいんですけど…」
「副長に用事?…なんだよ、お前。」

急に不審者を見るような目つきになった。どうやら私が見廻組の者だとは気付いていないらしい。

「私は……、…、」

『見廻組』と言いかけて、止める。
仕事でもないのに見廻組の人間が会いに来るというのはどうだろう。おかしくない?皆が皆、私達の関係を知っているわけではないだろうし…。

「『私は』、なんだよ。」
「えっと…、…、」

なんて名乗れば会えるんだろう…。

「あ、お前ファンだろ。」

…ファン?

「昼間に来たファンのヤツらか!しつけェな~。」
「何度来ても会えねーぞ。諦めて帰れ。」

よ、よく分からないけど、それを利用させてもらおう。

「チラッと顔だけでも見られませんか?」
「だから、チラッとも何もいねェんだから会えねーよ。」
「何時頃に戻られますか?」
「知ってても言わねェし。」
「つーか知りたいのは俺らだし。」

……え?

「いい加減に諦めろよ。もう一生会えねェって言っただろ?」
「一生……?」

どういう意味…?

「どうして…一生会えないんですか?」

なんだろう。胸が…ザワザワする。

「よく言うぜ。理由はお前らが一番知ってんじゃねェのか?」
「思い出すだけで腹立つよな…。」
「?」
「知らねェなら街のヤツらに聞け。俺達は……思い出すのも胸クソ悪ィから。」

そう言って、二人が苦い顔をする。状況は掴めないけど、聞いてはいけない質問をしたことは分かった。

「…すみませんでした。街の人に聞いてきます。」
「?…お前、ほんとに知らなかったのかよ。てっきり嫌がらせで言わせようとしてんだと思った。」
「つーかよ、副長のファンのくせに知らないとかありえなくね?ほんとに副長のファンなのか?」
「……違います。」
「「はァ!?」」

もう身分を隠している場合じゃない。

「私は見廻組局長補佐の早雨 紅涙です。」
「みっ見廻組!?それも例の女か…!」
「テメェッ!どのツラさげて来やがった!!」

真選組の隊士は元から見廻組に敵対心がある。
…けど私は土方さんの彼女というだけあって、今までこれほど敵意を見せられたことはない。

「土方さんはここにいないんですか?」
「よくもそんなことを…ッ!」
「帰りやがれ!!」

…そうか。この門番二人は、私が土方さんの彼女だと知らないんだ。だから単なる見廻組だと思って追い返そうとしている。

「あの、私は――」
「話すことなんてねェんだよ!失せろ!!」
「う、失せろって…。」

「どうした?中まで声が聞こえてるぞ。」

「「局長!」」
「近藤局長…!」
「おう、早雨さんか。」

屯所から出てきた近藤局長が、いつもの微笑みで「ご苦労さん」と言ってくれた。しかし門番の二人はその言葉にすら声を上げる。

「『ご苦労さん』じゃないっすよ!」
「こんなヤツ…っ、塩でも撒いて追い払ってやりましょうや!」

塩!?

「いい加減にしろ!早雨さんは客人だ。態度を改めろ。」
「でも局長っ」
「黙れ!!」
「「……、」」

やっぱり…変だ。真選組の空気が、どこかおかしい。

「すまないな、早雨さん。コイツらもまだ少し気が立っててね。よければ中に入っていってくれ。」

近藤局長が中へと手で促す。私は門番二人の視線を感じて、近藤局長の顔色を窺った。

「いいんですか…?私が入っても。」
「どうしてそう思うんだい?」
「ちょっと…歓迎されてないみたいなので。」
「…でもキミはトシに会いに来たんだろう?」
「!」

なんだ…中にいるんだ!

「はい!」
「なら…、…入りなさい。」

弱く眉を寄せ、笑う。その笑顔を見て、また不安になった。
土方さんは…中にいるんですよね?近藤局長の悲しげな表情は、一体何を意味しているんですか…?

「…どうした?入らないのかい?」
「は…、…入ります。」

こわい。
こわいけど、私は久しぶりの屯所に足を踏み入れた。

玄関を抜け、中庭に沿った廊下を歩く。
―――トットットットッ…
私と近藤局長の足音が耳に付いて、気付いた。この屯所、まるであの合同訓練の時のように静かだ。

「……実はな、」

前を向いたまま、近藤局長が話し出す。

「キミに中へ入ってもらったんだが……」

話しながら、廊下の角を曲がる。

「トシに会わせることは…出来ないんだ。」
「え……?それは…どういう意味ですか?」
「……、」

この期に及んでの沈黙は、嫌な予感しかしない。勝手な想像が膨らんで、息苦しさを覚えた。

「いないんだよ…、もう。」
「……いない?」
「ああ。」

足を止める。そこは、固く障子を閉めた副長室の前だった。

「もうこの部屋に…、…トシはいないんだ。」
「……、…それは…どう捉えればいいんですか?」
「そのまま。」

近藤局長が苦笑する。

「アイツは数日前に出て行ったんだ。この屯所から。」
「!?…どこに?」
「さァどこだろうな。あいにく、俺達にも教えず出て行っちまったから。」
「そんな……」

そんなことって…

「二月三日の騒動、あっただろ?」
「はい…、」
「あれが思っていた以上の風当たりでな。真選組自体を揺るがし兼ねない状況にまで陥った。」
「っ!」
「アイツは自分の読みが甘かったと言っていたが、時代の流れも一因になっていると思う。」
「…それで…土方さんが責任を取って……?」
「ああ。真選組を辞めたんだ。」

『俺のことなら大丈夫だ。どうにでもなる、気にするな』

私は、目の前が真っ暗になっていくのを感じた。
『どうにでもなる』という言葉に、土方さんは一体どれほどの想いを含ませていたのだろう。

「これでもまだいい方なんだよ。打首なんてことになっていたら、心底笑えなかったし。」

苦笑いを浮かべたまま、目を伏せる。

『お前が恐れてるようなことにはならねェから。大丈夫、俺に全部任せとけ』

何が『大丈夫』だったんですか…?近藤局長も真選組の隊士も、みんな…全然大丈夫じゃありませんよ。なのに、自分だけいなくなって…自分だけで…背負い込んで……。

「私の…っせいだ…、」
「早雨さん…、」
「っ申し訳ありません!」

頭を下げる。

「…っ…私が…相談さえしていなければ…っ。」

私が悪い。私が壊した。土方さんの居場所を、私が潰した。

「ごめんなさいっ…っ、」
「…頭を上げてくれ。」

ポンと私の肩に手を乗せる。

「早雨さんが自分を責めることはない。」
「私のせいなんですっ!私が土方さんに話したからっ」
「それが事の始まりだとしても、トシは頼りにされて嬉しかったはずだよ。きっと今だって…後悔してない。」
「っそんなこと」
「キミに、渡したいものがあるんだ。」

近藤局長が懐から紙を取り出した。三つ折りにされたそれを私に差し出す。

「自分を責めた時に渡してくれと、頼まれていた。」

紙の中央に、『早雨 紅涙殿』と書かれていた。

「これは……、」

この字は……

「トシからだ。」

土方さんの字だ。

「っ、」
「…もしキミさえ構わないなら、今ここで読んでくれないか?俺も中身が気になってて。」

近藤局長が申し訳なさそうに笑む。
おそらく、この中でしか語れない内容を期待しているのだろう。

「…もちろんですよ。」

私は近藤局長にも見えるよう手紙を開いた。その紙がカサカサ揺れる。私の手が震えているせいだ。

「すみません…、」
「…いや、……。」

―――――
早雨 紅涙殿

お前のことだ、どうせすぐにこの手紙を渡されちまってるんだろう。
そんな状態に言っても無駄とは思うが、自分を責めるような考えは捨ててくれ。これは俺がしたいようにした結果であって、紅涙に責任はない。

万事解決といかなくても、満足してるんだ。ほとぼりが冷めた頃には戻ろうとも思ってる。
どれくらい先になるかは分からねェが、それまで江戸はお前らに頼むよ。

俺のことは心配しなくていい。
お前はこれからも仲間と共に楽しく暮らしてくれ。
いつかまた逢い
忙しくなるだろうが、どうか身体を第一に。

出来ることなら、紅涙がこの手紙を読まなくて済むことを願って――。

土方十四郎
―――――

つらつらと書かれた綺麗な文字だ。

「っ……、」
「トシ…。」

…ごめんなさい。

「ごめんなさいっ、っ、」

土方さん。
私はあなたのことを、分かった気でいただけだった。

「ごめんなさい…っ!」

自分を犠牲にしてまで私を…大切なものを護る人だと、知っているようで知らなかった。あなたの本気さを、どこか軽んじていた。
こんなことなら…こんなことになるなら、撃ってでも止めれば良かった。そうしたら私にも罰が下り、両成敗になっていたかもしれないのに。

「謝らないでやってくれ、トシのためにも。」

近藤局長が弱く笑う。
どうして…受け入れることが出來るの?

「近藤局長は、…っ、これで、いいんですか…?」

怒りもせず、困りもせず、

「私がっ…私が憎くはないんですかっ…?」

こんな事態を引き起こした私に、不満や文句を口にしないのはなぜ?

「うーん…早雨さんを憎くは思わないよ。キミがトシをたぶらかしたわけじゃないし、そもそも極端な行動を取ったのはトシなんだし。」

「ただ、」と顎を触る。

「真選組がこれでいいのかと問われたら…そうだな、良くない。」

…当然だ。

「それでもトシの気持ちは分かるよ。好きな人を自分の手で…全てで護りたいという気持ちが。」

『自分でもどうかしてると思うさ。けど、どうにかしてやりてェんだ』
『見廻組のためじゃねェ。お前のためだ、紅涙』

「だから俺は…いや、俺達はトシを責める気にはなれない。どちらかと言うと、嬉しく思ったくらいだ。」
「…嬉しく?」
「ああ。トシにも、そこまでして護りたい人がいたんだということにね。」
「……、」

言葉を重ねれば重ねるほど、土方さんに会いたくなる。
どうしようもなく悲しくて…どうしようもなく、愛おしくなる。

「俺達はトシの考えを尊重した。まァ…快諾した奴は少ないが、皆それなりに理解してる。だからキミも、謝ったり申し訳なく思ったりしないで、前を向いてくれ。それがアイツの願いだよ。」

……そんなの…、

「そんなの…っ、無理ですよ、っ、」

私は土方さんの手紙を抱き締めた。

「どれだけ私が前を向いても、土方さんが戻ってくるわけじゃないのに…っ…!」
「…そうだな。」

近藤局長が静かに頷く。そしてまた、私に優しく微笑んだ。

「なら今日はいい。明日からでいいから。アイツのためにも、笑って過ごしてやってくれないか。」

私には、近藤局長が理解できなかった。
見送った者と、手紙で別れを告げられた者の違いかもしれない。それでも……私は、嘘でもこんな風に笑うことが出来なかった。

にいどめ