Question.6
二人はお世話になった人々に簡単な礼を言い、人里離れた山奥へと消えていきました。
数時間経った頃、どこからともなく低い音が街に響き渡ります。まるで獣がむせび泣くようなその音は、雨雲を呼び、しとしと雨を降らせました。
いつまでも、いつまでも降り続くその雨に打たれた者は、皆、どうしてか切なくなります。
「…アイツ、紅涙を困らせてんじゃねェだろうな。」
万事屋は空を見上げました。
「どうせ一緒にいるんだろ?」
沖田は屯所の縁側で空を見上げました。
「…これは嬉し泣きってことでいいんですかィ?」
誰もいなくなった副長室は、今もあの日のままです。
「不器用にも程がありまさァ。こんな形でケジメつけやがって…。…最低だ。」
彼の頬に水滴が流れ落ちました。振り込んだ雨粒が触れたのか、それとも……。
この雨の日を境に、江戸には同じような雨が何度も降りました。しとしとと弱く降り、江戸が乾ききる前に再び雨が降るのです。
「おい、どういうことだ?ここ一ヶ月、満足に晴れやしねェ。どうにかしろよ、テメェのとこで引き起こした件だろうが。」
「すみませんね、旦那。あいにく俺の辞書には男女問わず慰める言葉が載ってやせんので。」
「はァ?誰が『慰めてくれ』って言ったよ。俺はこの鬱陶しい雨をどうにかしろって――」
「鳴かせる方なら得意なんですがねィ。」
「…使いもんにならねェな、ドS君。」
「そっくりそのまま返しまさァ、ドS旦那。」
紅涙と土方の話は、いつしか街にも広まりました。
どこかの子ども達も噂します。
「この雨は、きっと二人の涙ネ。」
「僕もそう思うよ。悲しい末路を辿った二人の…」
「違うアル。悲しくて泣いてるんじゃなくて嬉し涙ヨ。」
「嬉し涙?」
「私には『見守ってくれてありがとう』って聞こえるアル。『二人一緒にいるよ』って。」
「神楽ちゃん…。…うん、そうかもね。」
子どもの考えは、噂を少しずつ変えていきました。雨は『涙雨』と呼ばれ、街へ広まっていきます。
そうして皆の耳に届き渡る頃、江戸にようやく晴れ間が戻るのです。まるで雨を降らしていたのは本当に二人で、伝えたかった気持ちを届けられて満足したかのように。
「このことから、しとしとと降る雨は『涙雨』と呼ばれるようになりましたとさ。めでたしめでたし。」
「っじゃねェ!」
園児の前で話す私の頭を土方さんが軽く叩いた。
「どんだけ切ない話にしてんだよ!つーか長ェし!」
「悲しい物語にした方が入りやすいかなぁと思って。」
「現実味のあるヤツらが出過ぎてて余計ややこしいわ!」
「えー。」
「『えー』じゃねェ!」
ぎゅむっと鼻をつままれる。
すると、その様子を見ていた女の子が「だめでしょ!」と立ち上がった。私達の関係を聞いてきたあの子だ。ツカツカと前まで来て、土方さんを指さす。
「やじゅうさんは、紅涙のことがだいすきなはずでしょ!」
「土方さんが…野獣?」
「ほら見ろ、ややこしい話し方するから混同しちまってるじゃねーか。」
「なかよくしないとダメ!」
「「あ、はい。」」
妙な貫禄に二人揃って返事した。そこへ先生が走ってきて、慌てた様子で女の子を列へ連れ戻す。
「すみませんでした、土方さん、早雨さん。」
「あっいえ、ご最もなことですから!ね、土方さん。」
「ええ、貴重なお叱りを頂きました。」
私達が顔を見合わせて笑えば、なぜか先生が「うっ」とハンカチで目元を覆った。
「末永くお幸せに!」
「え、あの…先生?」
「っあ、ごめんなさい!つい早雨さんの話がお二人と重なって…。」
「あー…」
「教師にまで誤解を与えてるじゃねーか。」
土方さんがフンッと鼻先で笑った。
でも逆に考えればかなり印象づいたってことだよね!一応、ちゃんと分かってもらえたわけだし。
―――パンパンッ
「はい、それじゃあ皆さん!」
突如、端の方に立っていた先生が手を叩き、大きな声を上げた。
「お準備しますよ~!」
「?…準備って何だ。」
「私も聞いてません。…何でしょうね。」
パタパタと数人の園児が走り寄ってくる。私達の前に立つと、袋を持った先生が横に付いた。
「はーい、それじゃあ後ろの皆さんも立ってくださーい!」
先生の掛け声に園児達が立ち上がる。
「それではいいですか~?…さんはいっ!」
「「「しんせんぐみさん、いつもありがとう!」」」
「「!」」
前に立った園児が絵や手紙を差し出してくれる。先生は袋の中身を園児達に配り、受け取った園児達は順に私達の首に色とりどりの輪かざりを掛けてくれた。
「わっ…ありがとう!」
瞬く間に輪飾りで首が埋まる。決して綺麗な作りではない輪飾りが園児達の努力を滲ませていた。
「嬉しいサプライズですね!」
「そうだな、…たまにはこういうのも悪くない。」
土方さんも嬉しそうにしている。
うん、休みだったけど来てよかった!
「よーし!じゃあお姉さんが張り切って皆の質問に答えちゃうぞー!」
私が両手を突き上げると、隣から「はァ!?」と声が聞こえた。
「もう終わりだ!帰るぞ!」
「えー、まだ答えてない質問がありますよ?」
「そうだぞ、やじゅう!まだうみがしょっぱいおさなし、きいてないんだぞ!」
「んだコラ!そんなことはテメェの先生に聞け!」
「ちょっ土方さん!」
「きゃー!やじゅうがおこったー!こわいー!」
「…しまった。」
「も~、言葉遣いには気を付けてくださいよね。ほらほら大丈夫だよ、みんな~。」
「…とにかく帰るぞ。お前らも諦めることを学べ。」
土方さんは、まるで部下へ言うかのような言葉を園児達に投げつけ、私の手を引いた。
すると女の子の一人が一生懸命に走ってきて、私たちの前で短い両腕を広げる。
「いっちゃだめ!『なみだあめ』がふっちゃう!」
「……。」
土方さんがじろりと私を見る。私はその顔に引きつった顔で返し、「諦めるのは土方さんみたいですね」と笑った。
「こうなったら新しいお話で園児の記憶を塗り替えていくしかないと思いません?」
「……ったく、少しだけだぞ。」
渋々頷く。よし。
「じゃあ、あと一つだけお話ししまーす!」
「「「やったー!」」」
園児達が喜ぶ。同じように先生達も喜んでいて、思わず土方さんも苦笑した。
とはいえ既に長丁場。一旦お手洗い休憩を取ることになった。
「じゃあ俺は煙草吸ってくる。」
出て行こうとする土方さんを、
「何言ってるんですか!」
引き留める。不服そうな顔で振り返った。
「…なんだよ。」
「幼稚園の敷地内ですよ!?煙草なんてダメに決まってるじゃないですか!あと少しくらい我慢してください。」
「無理。限界。」
「限界超えても死にゃしませんから。それとも…」
私は自分でも分かるくらいニタニタした顔で土方さんを覗き込んだ。
「吸わないと野獣になるとでも言うんですか?」
「……フッ。」
土方さんは小さく笑うと、私と同じくらいニタッとした顔で見返してきた。
「どうだろうな。夜を楽しみにしてろ。」
よっ…!?
「夜は関係ないですよ!」
「だいたい野獣は夜に変身するもんだ。」
「そっそんなことっ」
「お前は俺が野獣でも愛してくれるそうだし?安心して元の姿に戻ることが出来るよ。」
「意味が違う!意味が違いますよ土方さん!」
「やじゅうー!おれとあそぼー!」
「あァ!?野獣じゃねェっつってんだろ!『ヒジカタ』だ、言ってみろ。」
「ジジ…?」
「ジジィじゃねェ!『ヒジカタ』!『ヒジカタ』だ!」
「ちょ、っ土方さん?話はまだ」
「ヒジカタあそぼー!」
「コラァァ!土方サンだろうが!…ったく、なってねェな。」
「あっあの土方さんってば!」
「ヒジカタサンあそぼー!」
「やれば出来るじゃねーか。なら少しだけ遊んでやる。」
えっ、あの土方さんが子どもと遊ぶ!?
驚く私を土方さんがニンマリと見る。
「今日はあのお姉さんが俺を労ってくれるらしいからな。」
ヒィィィ!
「ねぎらう?」
「ねぎらうってなにー?」
「お前らはとりあえず礼を言っとけ。『ありがとうございます、土方さんをよろしくお願いします』ってな。」
「わかった!おねえさんっ、ありがとうございます!」
「ヒジカタサンをよろしくおねがいしますっ!」
こ、子どもまで使ってきた…!
「卑怯者!」
「ねぇねぇおねえさん、ひきょうものってなにー?」
「ご…ごめん、忘れていいよ…。」
「くくっ、」
こうして私は、
「ほら、どこから食ってほしいか言ってみろ。」
「やっ…ちょっと土方さん、ほんとに噛む気じゃっ…!?」
Dedicated to All worker…Cheers to a job well done !
2020.1.5加筆修正 にいどめせつな