24_3

Episode 3

「はぁぁぁ…。」

疲れた…。
真選組で開催されるクリスマスパーティーの買い出しを終え、パトカーを運転している最中に溜め息が漏れた。思っていた三倍くらいの物量。なかなか気合いを入れたクリスマスパーティーをするらしい。

「ご苦労さん。」
「土方さんもお疲れ様でした。でも良かったんですか?買い出しにパトカーなんか使って。」
「べつにサイレン鳴らして走ってるわけじゃねェんだから構やしねェよ。むしろ犯罪の抑止力になる。」

うーん…まぁ土方さんがそう言うなら。
だってこの量、とてもじゃないけど車でないと運べない。これを屯所内に運ぶと考えるだけでも疲れるくらいだ……。

「そう言えば今日のパーティーって何人くらいが参加するんですか?」
「全員に決まってんだろ。」
「え、でも…」

赤信号で停車した。

「隊士の中には個人的な用事がある人もいると思いますけど…」
「個人的?」
「ええ。」

皆それなりに彼女もいるだろう。家庭持ちの人だっている。現に目の前の横断歩道を渡るのは幸せそうな人達ばかり…に見えるのは、ひがみのせいかもしれないけど。

「今日はみんな大切な人と過ごしたい日でしょうし、きっと不参加の人もいますよ。」

あの沖田さんですら予定があるくらいなのだ。おそらくパーティーの参加者は寂しいメンツの野郎ばかり…。
ああっ、むなしい!むなしい上にきっとむさ苦しい!!そしてそこに私まで混じっているなんて!!

「はぁ~……いいなぁ。」
「何がいいんだよ。」
「幸せな時間を過ごす人達が羨ましいです…。」
「真選組のクリスマスパーティーも十分幸せになれるだろうよ。」
「意味合いが違いますから…。」

今年が初参加だから『そこに幸せはない!』とまでは言いきれないけど、それでも少なからず私の羨む時間はないはず。

「はぁぁ~…。」

何度目かの溜め息を吐きながらハンドルにもたれかかった。

「紅涙、青になる。」
「はーい…。」

仕方ない…仕方ない。
あぁ…私、朝だけで何回『仕方ない』って思ってるんだろ…。

「…何をそこまで落ち込んでるかは知らねェが、」

土方さんは助手席で煙草に火をつけ、煙を吐いた。

「クリスマスパーティーは強制参加だぞ。全員、強制出席。」
「えっ…」
「こういうもんは公平にしておかねェといけねェからな。」

なっ…なんと歪んだ精神!人の幸せを奪った上での公平なんて全然公平じゃありませんよ!?

「み、皆から不満は出てないんですか…?」
「出ねェ。そういうもんだと割り切ってんだ。」

…『諦めてる』の間違いだな。

「なんだかんだでアイツらもケーキは楽しみにしてるみてェだし。」
「ケーキを…?」
「毎年デカいケーキを特注してんだよ。」
「!?」
「ケーキのみ持ち出し許可にしてるから、次の日に誰ぞと食うのが恒例行事になってるそうだ。」

デカい…ケーキを特注!?

「どんなケーキなんですか!?」
「どんなって…」

何それ、すごい気になる!そんなにスゴいケーキなの!?

「そう言えばお前、ケーキ好きだったな。」

え、いやまぁ…好きではありますけど。

「人並みです。」
「嘘つけ。俺のケーキ食った時、口の端に付けるくらい必死だったじゃねーか。」

『俺のケーキ』
…ああ、土方さんの誕生日か。何かと大変だったけど楽しかったなぁ…。そうそう、土方さんが誕生日ケーキをあーんってしてくれて、私の口の端に付いたケーキを……

「っあ、あの時はっ…、」
「『あの時は』?」
「っ…、」

やばいやばい。思い出すとニヤける。
また信号に引っかかって停車し、私は自分の頬をさすった。

「あの時は土方さんのせいですよ?」
「俺?」
「うまくケーキを口に入れてくれなかったから…。」
「…、…なら次は上手く入れてやる。」

え…

「次…?」
「また食おうぜ、あの時みたいに。」
「っ!?」
「二人きりでよ。」
「!!!?」

ふっふた、二人っきり!?どうして急にそんなことを!?いや嬉しいけども!!

「どっどうしたんですか土方さん!」
「何が?」
「なんていうかっ…」
「うん?」

急に甘い…っ!
実際、いつもより甘く見える目つきで、土方さんは私に向かって右手を伸ばした。何をするのかと思えば、その手が私の左耳をやんわり揉む。

「っッ…!」

ゾクッと身体が痺れた。こんなのは初めてだ。何がどうなって土方さんのスイッチを押したのか…、いや押せたのかは分からない。けど、

「っあ、の…土方さん、」

こういうの待ってましたァァ!!!

「二人でやろうぜ、クリスマス。」
「っっっはい!!!」

クリスマス万歳ィィィ!!!

―――ププーッ!!
「!?」

甘い空気が車のクラクションで引き裂かれる。
くそぅっ!誰だ、クラクションを鳴らしやがったのは!後ろか!?後ろからなのか!?

「紅涙、」
「はい!」

憎しみを込めながらバックミラーを見ていると、

「青だぞ、信号。」

そんなことを言われる。
青…?え、あ…信号が青…って……

「っあ!」

ヤバッ!私のせいじゃん!!
思いきりアクセルを踏み込む。

「ぅアッチィィ!」

隣で土方さんの声を上げた。

「おまっ、急発進すんじゃねェよ!」
「す、すみません。」

パンパンと音がする。窺えば、土方さんが自分の太股を叩いていた。どうやら煙草を落としてしまったらしい。

「ったく、危ねェな。」
「すみません…。あおられるのが嫌で、つい急いじゃいました。」
「パトカーをあおるバカなんていねェよ。」

あ……。

「…ですね。」

忘れてた、これパトカーじゃん。
何かとビックリすることが多すぎて抜けていた。もはや私はムハムハどころじゃない。ムラムラしていました。

「で、どう…します?ケーキ屋さん。」

二人きりのクリスマス!恋人達の甘いひと時!!

「行きてェ。」
「い、イキたいだなんてそんな…♡」
「…お前、何か違わねェか?」
「っそ、そんなことないですよ!?もう、やだなぁ…もう。」

指示器を出してケーキ屋へ向かう。ここから店までは目と鼻の先。さぞかし混んでるだろうと思いきや、着いた先はそうでもなかった。

「空いてますね。」
「今日は予約メインだからな。」

詳しい…。

「ケーキは俺が買ってくる。」
「あ、はい。お願いします。」

急ぎ足で車を降り、店へ入って行った。
土方さんは店主と何やら言葉を交わし、ものの数分で出てくる。その手には誕生日の時に私がプレゼントした箱よりも大きなケーキ箱があった。

「売ってたんですね、クリスマスケーキ。」
「ああ…。」
「予約メインって話でしたから、もしかしたら売ってないのかもと思ってましたけど。」
「あった。置いててくれたんだってよ。」
「?」

『置いててくれた』…?
それって、土方さんが買いに来ると思ってたからってこと?…え、なんで?まさか土方さん、ケーキ屋の店主に私との仲を話して、『二人のためのケーキを買いに来るかも』とか言ってたの!?…って、そこまで話す必要もないか。

「やべ、嬉しすぎ。」

助手席で土方さんが呟く。横顔がニヤニヤしている。この顔には見覚えがあった。確か……

「お前も嬉しいだろ?」
「はい!」

土方さんがあまりに嬉しそうなので、同じテンションで頷いた。
ああ、これからどこで二人きりのクリスマスをするんだろう。やっぱり二人きりになれる場所?そうなれば言わずもがなホ…ホテ…ホテっ

「あァそうだ、紅涙。」
「っぅぁはい!」
「これ、試供品だってよ。」

袋から取り出したのは、1つの焼き菓子。マドレーヌだ。

「食うか?」
「そう…ですね、1つしかありませんし。」

持ち帰っても誰が食べるか争奪戦になる。何よりこのケーキは私と土方さんだけの物だから、マドレーヌなんて物を出そうものなら『どこで手に入れたんだ』だの『買い出しついでに何をしてたんだ』だのと追及されること間違いなし。

「…ところで土方さん、」
「ん?」
「これから…その……どこに向かえば?」

行き先を言ってくれないと動けない。だってきっと向かう先はホ…ホテ…っ

「とりあえず大通りに出ろ。」
「わかりました!」

エンジンをかける。発進させてすぐ、隣からカシャカシャと袋の音がした。

「紅涙、食え。」

ま、まさか…マドレーヌを開封してくれた!?
チラりと見る。土方さんの手に、包装紙のないマドレーヌがあった。

なんて優しい行動!ああっ、やっぱり今日の土方さんは普段と少し違う。ありがとう、クリスマス!ありがとう、ケーキ屋さん!

「…いただきます。」

隙を見てパクッと頬張る。バターとミルクの風味に、程よい甘さのしっとり生地。

「おいしい!」
「じゃあ俺も。」

土方さんがマドレーヌを食べた。
これは紛れもない間接キス!青信号のせいでその瞬間を見れないのが残念だけど。

「…紅涙、」
「はい?」
「付いてるぞ。」

頬の下の方を指でつつかれる。

「えっ、」

また!?

「どこに――」
「待て、触んな。車に落ちるだろうが。」
「あ…すみません。」
「……。」
「……、…。」

い、いやいや。
触らなければ、いつまで経っても取れないじゃないじゃん!言われた限りは気になっちゃうし、運転にも集中できない!…というのは大袈裟だけど。

「……。」

またあの時みたいに、土方さんが取ってくれればいいのにな…。舌で舐め取る…みたい……な……っく、ダメだ!本当に運転に集中できなくなる!信号にさえ引っ掛かってくれれば解決できるのに…っ!

「あ!」
「なんだ?」
「っいえ…信号が赤になったなと。」
「なんだそれ。」

よし、取れる!
私は口元をミラーで確認するため、背筋を伸ばした。途端、押し留めるように左肩を掴まれる。

「え、な…」

『何ですか?』
そう尋ねるはずだった声は、

「っ、んッ!?」

あろうことか、土方さんの舌に遮られた。
やわらかい舌は私の口の端に付いていたであろうマドレーヌをさらい、ついでのように下唇を舐めて離れる。

「取れたぞ。」
「ぅ…、あ、…はい…。」

不意打ち…反則!

「顔赤ェな。」
「っ!」

そりゃ赤くもなりますよ!
…と言い返すことさえ出来ない。今は興奮すら飛び越えて、ただただ恥ずかしかった。こんなことでは二人きりのクリスマスタイムに鼻血を出して倒れる可能性もある…!

「よし、これでノルマ達成したな。」
「?」

ノル…マ…?

「全部揃った。」

土方さんが懐から何かを取り出した。煙草かと思えば、小さな紙切れ。どうやら事前に書いてきた買い出しリストらしい。

「じゃあ帰るか。」

……、

「…はい?」
「なんだよ。」
「いや、え?帰るって…」
「屯所に決まってんだろ。他にどこに帰るっつーんだ?」
「屯所……」

…あれ?あれれ?

「二人きりの…クリスマスは?」
「んなもん、あとだ、あと。」
「あと!?」
「当然だ。真選組のパーティーは17時開始だぞ?どう考えてもそっちのが先だろ。」

そ、そっか…あとがあるなら良かった!

「つーか、この格好で警察車両なのに何できるっつーんだ。」
「!!」

また忘れてた…。今の私たち、隊服でパトカー乗ってんじゃん!

「…戻りましょう。」
「おう。」

さよならホテル…。
さよなら、甘いクリスマス…。
……いや、またあとでね!甘いクリスマスタイム!

にいどめ