Episode 4
予定通りの時刻から真選組のクリスマスパーティーは始まった。
「な、なんか……スゴい。」
わいわいと賑やかな広間の壁に張られている『セイント☆クリスマス会』の横断幕。前方には見たことないほど大きなケーキ。予想を裏切らない、むさ苦しい隊士達。
「…スゴい。」
これを『クリスマス会』と呼んでいる辺りもスゴい。『会』と呼ぶにはあまりにむさ苦しいのに…。
加え、あのケーキ。ウェディングケーキみたいな高さのある大きさなら分かる。だが前方に鎮座しているあのケーキは、単にビッグなホールケーキ。広間の端にある私の席から見るだけでも直径1mはあるように感じる。大量に使われている苺だけでも、昼間に買った『二人だけのケーキ』より遥かに高くなりそうだ。
…ちなみに。
『二人だけのケーキ』は、現在冷蔵庫にて待機中。箱に『開けるな危険 土方』と張り紙をしているので、よからぬ輩に食べられる心配はない。
「…でも、」
私は大きなケーキを見つめながら呟いた。
「どうして私…ここなんだろう。」
どうしてこんな部屋の隅っこが私の席?
隅も隅、壁と壁が直角になっている場所だ。ここからだと一番前に座っている土方さんなんて欠片も見えな――
「そりゃどういう意味でさァ。」
「!……、」
隣から沖田さんの声がした。私はゆっくりと顔を向ける。
「…なぜ沖田さんがここに?」
「ここが俺の席だから。」
「……一体どんな席順なんですか?」
「位順でさァ。紅涙は下っ端だから端っこ。」
くっ…!
「ならどうして沖田さんがここにいるんですか!」
「希望を出しやしたから。俺は紅涙と違って権力ある立場なんで、」
「くッッ…!」
「席順なんて、どうとでもなりまさァ。」
ニタッと笑う。
なんでわざわざ隅っこに来たんだ、この人は!
「しかしその様子だと、紅涙は席順に不満があるみてェで。」
「ありますよ!もっと前の方の席がよかった!」
「そいつは『この辺りに私は相応しくない。私はもっと局長に近い』という自信家発言で――」
「違います!そうじゃありません!けどっ…、……。」
「『けど』?」
「……。」
こんなむさ苦しいクリスマスパーティーでも、土方さんと近ければ楽しい時間を過ごせると思っていた。二人きりのクリスマスまで待たなくても、目が合ったり、話をしたり…。それがなければ楽しめないとまで言う気はないけど、もっとこう…ドキドキが……
『紅涙、隣に来いよ』
『えっ、でも私の席は向こうですから…』
『いい。俺が許可する。俺の隣で呑め』
『あッ…』
なんて展開があるのかな~とか思ってたりしたから!
「やっぱり前に行きたいです!」
「諦めなせェ。」
「沖田さんが座るはずだった席を譲ってくださいよ!」
「もうありやせん。今は原田が座ってまさァ。」
「くっ…じゃあ原田さんに代わってもらう!原田さ――」
「静かにしろィ、紅涙。」
「アダダダッ!」
立ち上がろうとした私の耳を沖田さんが力いっぱい引っ張る。
「痛いじゃないですか!」
「楽しい宴に水を差そうとする紅涙を止めたまで。」
「っ別にそんなつもりはっ…というか沖田さん!」
「何でさァ。」
「どうしてあなたは『クリスマス会』に大人しく出席してるんですか!」
「……はァ?そりゃどういう意味でィ。」
「今日はクリスマスイブですよ!?沖田さん、ご飯に行くって言ってたじゃないですか!」
『誰と過ごすんですか!?』
『決まってまさァ。大切な人、ですぜ』
おそらく真選組の宴会は近藤さんが潰れるまで終わらない。ゆえに参加すれば最後。恋人達のクリスマスは訪れない!
「行ってあげてください!」
ハッ!…待てよ?それじゃあ私と土方さんのクリスマスも危機的状況じゃないのか!?…い、いや…相手は土方さんだ。きっと大丈夫。だってあまりお酒を飲めない人だもの。だから潰れるなんてことはない、大丈夫……だよね?きっと。
「沖田さんが抜けた後は私がどうにかします!だから行ってください!」
「…何の話かさっぱりですが。」
「とぼけてる暇なんてありませんよ!さぁ早く大切な人のところへっ!」
「あー……アレか。」
コクコクと頷く。
「心配いりやせん。」
だァ~っもう!全然分かってない!いくら恋人と一緒に過ごせたとしても、出だしから酒臭い男と過ごすクリスマスなんて誰でも願い下げですよ!?
「早く行ってください!」
「勘違いしてまさァ、紅涙。」
「……へ?」
勘違い…?
「俺ァ恋人と過ごすなんて一言も言ってやせんぜ。あくまで『大切な人』。」
「だから恋人……」
「これ。」
沖田さんが右腕を広げた。
「ここにいるヤツらが、俺の『大切な人』でさァ。」
「……。」
「フッ、まんまと騙されやしたね。」
…なんだそれ。
「なんだそれ!」
言ってやった。
「面白くもなんともありませんよ!」
「黙れ脳内ピンク。」
「うぐっ、」
「どうせ紅涙が前の方に座りたい理由なんて、あわよくば土方コノヤローとイチャコラしたいからだろ。」
「っち、違っ…」
「はい嘘ヘター。」
「ッッ!」
私の思考を見透かした発言に、思わず唇を噛む。
「なァに、恥ずかるこたァありやせんよ。健康的な男の証でさァ。」
「…女なんですけど。」
「気にしねェ気にしねェ。さ、呑みなせェ。」
「いや気にしますけど!?」
沖田さんが私に一升瓶を傾けた。
「ちょっ、ちょっと待って!私、そんなの飲めなっ――」
「飲めまさァ。」
「なんで沖田さんが判断!?」
「俺の酌だから飲めるはず。」
「ッ、パワハラか!?アカハラなのか!?」
「ハラハラうるせェ。」
並々とコップに注がれた。私は仕方なく舐める程度に口を付け、何気なしに周りを見る。
「ブフッ!」
「ッうわ、テメ!なに噴き出してやがんだ、紅涙!」
「ず、ずみばぜ…っ」
口元を拭いながら沖田さんに謝罪した。だって…
「み、みんな…」
「『みんな』?」
「ちょっと…飛ばしすぎじゃありません?」
広間にいる大半の隊士は、既に顔を真っ赤にしている。まだ開始して三十分も経ってないのに。
「毎年こんなもんですぜ。」
沖田さんが自分のコップにお酒を注ぐ。…あれ?沖田さんって何歳だっけ。
「クリスマス会は本気の無礼講なんでさァ。誰に何をしても許される日。」
「だっ、誰に何をしても…!?」
許される日だと!?
頭の中がピンクに染まる。淡いピンクなどではなく、蛍光…いや発光ピンクだ!
「どうせ、いかがわしいことしか考えてねェって顔ですねィ。」
「ッし、失礼な!」
「いやはや健康健康。」
沖田さんがグイッとコップをあおり、私に意味深な笑みを向けた。
「俺が練習台になってやりやしょうか。」
「練習台…?」
「構いやせんぜ?俺が紅涙の練習台になってやっても。」
「れっ、れれっ練習台!?」
「野郎に挑む前に、俺で様子を見なせェ。そうしたら善し悪しが分かる。本番前の予行練習ってとこでさァ。」
「っ…」
「俺ァ構いやせんぜ。紅涙となら…ヒック、なんでも。」
沖田さんの頬が赤い。たぶん私は別の意味で顔が赤い。
「どうしやすか?紅涙。」
「どっどうって…さすがにそういうことは…」
「そういうことは?…ヒック。」
「そういう…ことは……」
ダメでしょ…。
…それとも、練習しておいた方がいいの?そうじゃないと経験豊富であろう土方さんに嫌われる…とか?だから沖田さんは提案してくれてるとか…?土方さんと長い付き合いの沖田さんだから分かることとか!?
「…色事は一度の失敗が後を引くって言いやすし。ヒック…。」
「っ、で、でもっ…」
「何事も念には念を。手堅く攻めた方がいいんじゃありやせんか?」
「ッ、」
…だからって、沖田さんとあんなことやそんなことをっ…
「…くく。行きやしょうか、紅涙。」
「えっ!?でっでもまだ――」
「悩むのは検討してる証拠。」
「!?ちっ、違っ…」
「ボーっとしてるとクリスマスが終わっちまいやすぜ?さ、早く俺の部屋に――」
「よ~し、全員座り直せェェー!!」
「っ!?」
「…チッ。タイミング悪ィや、近藤さん。」
沖田さんが座り直す。何の掛け声だったか分からないけど、近藤さんの声に救われた。
「はぁ……、」
なんか疲れる…。まだ始まって間もないのに。
溜め息を吐いて、周りを見回した。前の方を見ると、立ち上がっている近藤さんが見える。と言っても、顔の半分くらいしか見えないけど。
「こんなのじゃ絶対見えない…。」
私の席から土方さんの『ひ』の字を拝むことなんて不可能―――
「!!」
待って…見える!というか見えた!!それも…
「…えっ」
「……、」
私を…呼んでる!?
間違いない、こちらに向かって手招きしている。でも早とちりは危険だ。『こちら』であって私じゃないかもしれない。私の前に座る隊士を呼んでいたのかもしれないし、私の後ろの…って、後ろには誰もいないんだっけ。
「ああっもう見えない!」
「俺もでさァ。」
「っえ!?」
「俺も全然近藤さんが見えねェ…、ヒック。」
沖田さんが前を見ながら目を細めた。私はまた変なスイッチを押してしまわないように、「そうですよねー」と当たり障りない返事をする。
くそぅッ!もう一度さっきの隙間を私にくれ!!モーゼの海割りの如く、土方さんへの道を作ってくれェェ!!
「いいか~!これから始めるぞー!!」
「「「ウオォォォッ!!」」」
「!?」
なっ何事…!?
「では第一幕だァァ!!」
「「ウオォォォッ!!」」
「「待ってましたァァ!!」」
てんでバラバラに盛り上がっていた広間が、近藤さんの掛け声で一つになる。そして、
「今年もサンタ様からのクリスマスプレゼントを頂くぞォォ~!!」
「「「イエェェェッ!!!」」」
皆のテンションは最高潮になった。
「サンタ様ァァ~ッッ!」
「俺のところに来いサンタ様ァァッ!!」
…なにこれ。新しい宗教?