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Episode 5

握り拳を突き上げる隊士達の中で、私はポツンと置いてきぼりをくらっていた。

「な、何事…?」

まるでフェーズ五の時のよう。けれどあの時と違って、皆の顔は輝いている。『サンタ様からプレゼント』と言うだけあって悪い話ではないらしい。

…しかしサンタ『様』って。随分神々しい扱いだけど、隊士の誰かがサンタ役なんだよね?そんな神々しい役を一体誰が――

「今年も例年通り、特別良い子にはサンタ様が来るぞォォッ!」
「「うぉォォォォッ!!」」

特別良い子かー…。やっぱ屯所で一番活躍した人が選ばれるんだろうな~。残念だけど私には関係なさそう…、…ほんと残念だけど。

「なんと今年のサンタ様は五人だ!!」

え、五人!?五人もいるの!?

「しかも五人のうち一人はサプライズサンタ様だァァッ!」
「「サプライズ最高ォォォォッ!!」」

それだけいるなら私にもチャンスあるかも!やだ、ちょっとドキドキしてきた~!!

「お前ら、今年も全力でサンタ様を捕まえろよ!!」
「「っしゃァァァァ!!」」

…うん?『全力で捕まえる』?

「捕まえたサンタ様が持っているプレゼントがそのままクリスマスプレゼントだ!だがルールは忘れるな!絶対サンタ様に触れないこと!触れた時点で即反則!悪い子確定だ!!」

なんだろ…私の想像したシステムとはちょっと違う。…でもまぁこれはこれでプレゼントを貰うチャンスが広がったから良し!

「しかしこれだけ言っても毎年ルールを守れない人間はいる!ゆえに今年は罰則を設けた!悪い子は翌年の希望休ナシ、昇給ナシ、賞与ナシの『3ナシ』な上、クリスマス会でエンドレス皿洗いの刑に処す!」
「「「ギャアァァッ!!」」」
「「キツすぎるゥゥッ!!」」
「今年こそは全員が良い子でクリスマス会を終われるようにするぞ!!」
「「「おォォォォッ!!!」」」

すごい熱気だ…。でも後半は子ども相手に言うような内容だ…。
隊士全員が前のめりで近藤さんの話に集中する中、

「よっこらせ、っと。…ヒック。」

隣の沖田さんが立ち上がった。

「どこ行くんですか?そんなにフラフラして。」
「サンタ様の準備でさァ。」
「…っえ!?」

沖田さんがサンタ!?しかもそんなあっさりカミングアウトしちゃっていいの!?

「あっあの、どんなプレゼントが貰えるんですか?」
「行きますぜ、紅涙。」
「へ?どこに…、…あ!向こうでプレゼントが貰えるんですね!?」
「紅涙は貰えやせん。」
「ええ!?」

なんで!?

「紅涙もサンタ様でさァ。」
「……はい!?」

聞いてませんけど!?

「何かの間違いないじゃないですか!?私、そんな予定は聞かされて――」
「サプラーイズ。」

いやそんなサプライズいらないから!

「早く立ちなせェ。」

二の腕を掴み上げられた。

「や、ちょっ、待ってくださいよ沖田さん!!私、土方さんのところに行かないと!」
「あとにしなせェ。」
「でもさっき呼んでたし!」

…たぶん。

「それにサンタの段取りを聞いてない私には出来ません!」
「紅涙、サンタ『様』。サンタ様でさァ。」
「え、あ…すみません。私、サンタ様がどんなものか知らないから…」
「どうにかなりやす。怪我はしても、死にはしねェ。」
「怖っ!何ですかそれ!」

『怪我はしても』ってどういうこと!?

「アダダダッ…!」

酔っているせいか、私を引っ張る力に手加減がない。半ば引きづられるような形で別室まで連行された。

「はい、じゃあこれに着替えて!」

勘定係の隊士から、おそらくサンタ服らしき衣装を手渡される。

「あ、あの、これに着替えた後はどうすれば…」
「そういうのは僕の担当じゃないんで。」

えー…。

「お疲れ、早雨さん。」
「あっ、山崎…さん?」

声に振り返ったものの、首を傾げる。その人は赤と白の服に身を包み、顎に白い髭をつけていた。

「ははっ。うん、俺だよ山崎。」

髭を下げ、山崎さんが笑う。

「山崎さんもサンタ役なんですね…!」
「うん。あ、サンタ様だよ。サンタ『様』。」
「あ、す…すみません。」

…面倒くさいな。こういうことは全員普通なのか、真選組。

「今年は早雨さんもサンタ様をするんだね。大丈夫?」

『大丈夫』!?

「ななな何がどう大丈夫じゃないんですか!?」
「いやまァ色々あるから…この役目。」
「『色々』!?色々ってなんですか!?」
「それは…ハハハ。大丈夫、死にはしないから。」

『死にしない』
この短時間で2度目に聞いた言葉だ。これは……ただ事じゃない!

「詳しく教えてください!」

私はサンタ…様の衣装を放り投げ、山崎さんの両腕を掴んで懇願した。

「あっ早雨さん、サンタ様の服が――」
「これから一体何をするんです!?私はどうなるんですか!?」
「え、えっと…決められた人にプレゼントを渡すだけ…だよ?」
「それがどうして『死』という単語に繋がるんですか!」
「それはそのー…ちょっと必死になっちゃう人達がいるんだよね。早雨さん、サンタ様にお触り禁止なのは知ってる?」
「はい、…まぁ。」

…キャバクラかよ。

「あれは一昨年だったと思うんだけど、プレゼントを貰うためにサンタ様へ体当たりしてくる隊士がいてね。引っ張られたり、そのまま拉致られたりして……」

ええェェェ~!?

「で去年からお触り禁止になったんだけど、どうしても必死になると手が出ちゃうタイプの人がいて。」
「ええー…。」
「だから早雨さんが選ばれたなんて知ってビックリしたんだよ。サンタ様はそこそこ動ける隊士じゃないと出来ないから余計にさ。」
「…後者はどういう意味ですか。」
「あ……ハハハ。」

アハハじゃないし!

「まァそういうわけだから、くれぐれも気を付けてね。」
「気を付けるって、どう気を付ければ…」
「とにかく、かわせばいいよ。目的の人以外は全力無視!」
「わ、わかりました…。」

よく分からないけど、凄まじいことには違いない。これはもう敵地に乗り込むくらいの気持ちで行かないと…。

「何してんでィ、」

声の方を見れば、

「早く着替えて用意しなせェ。」

沖田さんが大きな白い袋を持って立っていた。しっかりサンタ様の格好をしている。

「その袋にプレゼントが?」
「そう。これが俺の担当分。紅涙は向こうでさァ。」

目線で差された先に、大きな白い袋が3つあった。私がその1つに手を伸ばそうとすると、

「あっ、早雨さんはこっちだよ。」

山崎さんが3つのプレゼント袋を掻き分ける。大きな袋の後ろから小ぶりな袋が出てきた。

「大きいのは持ちづらいから、この袋で。」
「…バカにしないでくださいよ。大丈夫、持てます。こう見えて、そこそこ動ける隊士なんで。」
「根に持ってる…!?」
「べつに。」
「いや完全に根に持ってるよね!?ごめん!すみません!すみませんでした!」
「何の話でさァ。」
「なんでもありませんよ。」

フンッと鼻を鳴らし、私は大きな袋に手を伸ばした。けれど手に取る寸前、今度は沖田さんが小さな袋を差し出してくる。

「こっちにしときなせェ。」
「沖田さんまでそんなことを…。大丈夫ですよ、持てますってば。」
「違いまさァ。どのサンタ様がどのプレゼントを渡すかは事前に決められてるんでィ。」
「そうだったんですか?」

頷く。「けど、」と沖田さんが続けた。

「このプレゼントの重さから考えると、俺が運んでやっても構いやせんが。」
「?それはどういう…」
「ダメですよ沖田隊長!受け渡しの変更は認められてません!」

山崎さんが目を三角にして指を差す。

「ちゃんルールに従ってください、サンタ様なんですから!」
「チッ…。」

この人達にとってどんだけパワーワードなんだよ…『サンタ様』。

「わかりました…じゃあ自分の役目を果たします。」
「うん、じゃあこれね。」
「はーい…。」

小ぶりなプレゼント袋を手に取る。30cmくらいだろうか。どうせ持つならもっとこう…ビジュアル的にも大きな袋の方が良かったの…に……って、

「重っ!」

この袋、サイズのわりにズッシリしてるんですけど!

「一体何が入って――」
「ダメ!!」
「っ!?」

山崎さんの大きな声に身体が震えた。

「ア…ハハ…ごめん。でも中は見ちゃダメなんだ。そういう決まり。」

妙な汗を流しながら、山崎さんが自分の袋を担ぐ。

「中を見れるのは貰った人だけだよ。サンタ様はただ袋ごと渡せばいいから。」
「はぁ、…わかりました。」
「紅涙、早く着替えてきなせェ。そろそろ近藤さんの話が終わりやすぜ。」
「え、はっはい急ぎます!」

慌てて隣の部屋へ着替えに行った。…が。

「いやおかしいでしょ!」

なんだこの服!スカートじゃん!ミニスカのサンタ衣装じゃん!

「サンタ様はおじいちゃんですよ!?スカートなんておかしいです!」
「おかしくありやせん。スカートを履いたサンタ様なんてごまんといまさァ、女なら。」
「いい!今回は男扱いでいいですから!私も皆と同じズボンなサンタ様をっ」
「いやそれが4着しか買えなくて…ごめんね。」
「っじゃあもう赤と白のボーダーでもいいです!」
「なら広間にいる血眼の野郎共に埋もれてきなせェ。紅白のボーダーは人混みに紛れてこそ意味を成す。」
「っ…そ、それは…。」
「安心しろィ。俺が一番に助け出してやりまさァ。ただし見つけた礼はしっかりしてもらいやすが。」
「礼…?」
「そう。一日中…ね。」
「ッッ!!」

沖田さんの意味深な目つきに背筋が震えた。
この人…っ本気で言ってる!お酒が入ってるから特にヤバい!!羞恥心より我が身を守らねばっ!!

「っわ、わかりました!これで行きます、ミニスカサンタで行きます!」
「「サンタ様。」」
「あ…、……はい。」

ほんと面倒くさいな!

「いい?基本は相手まで走って届けきることだよ。そうじゃないと辿り着かないから。」
「え…なんで……」
「関係ないヤツらに囲まれる。」
「!!」
「くれぐれも誰とも目を合わせないようにね。」

こっこわいこわい!聞けば聞くほど怖いんですけど!一体今あの襖の向こうはどんな状態になってるの!?

「揃いやしたね。」

残りのサンタ様二人がやってきた。これで…いよいよ五人。

「よし、じゃあ始めよう。」
「え、あの…」

私、誰に届ければ……?

「紅涙、もし辿り着かなかった時は俺のところへ来なせェ。俺が貰ってやりまさァ、紅涙ごと。」
「沖田隊長!早雨さんは絶対辿り着きますから!沖田隊長もサンタ様として誇りを持ってくださいよ!」
「へいへい。」
「あの」
「じゃあ開けますね!」
「えっちょ―――」

―――スパンッ

広間の襖が開け放たれた。

「おいサンタ様が来たぞ!」
「どれがレアなヤツだ!?」

熱気がすごい。

「あのっ私――」
「覚悟を決めなせェ、紅涙。行くぞ!」
「っいやあの」
「「メリークリスマァァス!!」」

ええェェェー!?私は誰にこのプレゼントを届ければいいんですかァァ!?

「来たぞ追い詰めろ!!」
「そのプレゼントは俺のだ!俺によこせ!!」
「おいまだ動いてないサンタ様がいるぞ!」
「アイツだけスカートじゃねーか!」
「「アイツがレアサンタ様だァァ!!」」

ヒィィッ!早く入らないと完全に動けなくなる!!もう行くしかない!!

「めっメリークリスマ――」
「囲めェェ!触れなきゃ何してもいいんだ、コイツを囲めェェ!!」
「!?」

ギラついた隊士の脇を抜い、広間の中央へ走る。この中の誰かにプレゼントを届けなきゃいけないけど…

「今俺と目が合ったぞ!俺のプレゼントだ!」
「いや俺だ!俺と目が合った!!」

しまった…、目を合わせちゃダメって言われてたのに!!

「み、皆さん落ち着いて…」
「俺だろ!?俺にくれ!」
「俺のはずだ!今年こそは絶対俺が貰えるはずだ!」
「っ…!?」

一体誰に渡すのが正解なの!?私、このままじゃ追い詰められて終わりを迎え―――

「紅涙!!」
「!」

私を救う、その声は…

「土方さんっ!!」
「こっちに来い!!」

紛れもなく、愛しき人の声だった。

「っっ!」

私は一心不乱に土方さんの元へ駆け寄り、広げられたその腕の中に飛び込む。

「なんだよ、副長かよ~!」
「サプライズは俺達隊士に還元するもんじゃねェの!?」
「死ね土方ァァ!」
「あァ!?今言ったヤツ出てこい!!」

不満いっぱいに声を上げる隊士達を一蹴りする。…だけど、私の届け先…土方さんで合ってたのかな?つい救いの手に駆け込んでしまったけど…、……いやもうなんでもいいか!

「土方さんぅぅぅっ…!」

土方さんの胸に顔をこすりつける。
ああ幸せ!堂々とこんな風に抱き締めてくれるなんて夢みたいだ!

「チッ、他のサンタ様はどこ行った!?」
「あっちだ!あそこに山崎がいるぞ!」
「「山崎ィィィっ!!」」
「うギヤァァァッ!」

私を取り巻いていた隊士達が一斉に方向転換する。土方さんは短い溜め息を吐いた。

「怪我はねェか?」
「はい、っ…でも」
「『怖かった』?」
「…すごく!」
「そうか。お前が無事で良かった。」

背中に回った土方さんの手が、優しく私の背中を撫でた。

「もう大丈夫だ。俺がいる。」
「土方さんっ…、」

優しい…、今日はすごく優しい。そして心なしか、いつもより甘い。

「じゃあ紅涙、」
「あっ…」

残念。身体を引き離された。私と土方さんの間に僅かな距離が出来る。

「ゆっくり見せてくれ。」
「?…ああ、はい。」

クリスマスプレゼントか…。
私は小さいくせに重い袋を土方さんの前に置いた。

「おい動くなよ。」
「え?」
「見えねーじゃねェか。」
「??」

土方さんの視線が、私の頭の先から足先まで辿る。そして最後に目を合わせ、フッと小さく笑った。

「いいじゃねーか。」

え…もしかして私の格好!?

「こういうの…好きなんですか?」
「いや?べつに。けど嫌いじゃねェ。」

好きだな、これは。…意外だ。

「中、見てもいいか?」
「中!?」

ふっ服の中まではさすがに…っ

「プレゼント。もう中を見てもいいのか?」
「えっ、あ、プレゼント!…ど、っどうぞどうぞ!」

恥ずかしいなぁもう!
白い袋ごと差し出す。土方さんは嬉しそうに袋を開けた。

「最高のクリスマスだな…。」

うっとり目を細め、中身を取り出した。それは、

「ま、マヨ……?」
「マヨネーズ5kg分。あと1年分の券もな。こっちのマヨネーズは400gに限るが…それでもいい。」

いやどんだけー!?どんだけマヨネーズ好きなんですか!

「よくやった、紅涙。」
「は…はぁ…どうも。」

私の届け先、合ってたのか…。

「まァ座れよ。」

土方さんが私の肩に手を回し、トントンと叩く。ワオッ、なんか新鮮!…と思っていたら、

「っンん!?」

背中から腰の辺りにかけて、ツツツと指を立てるように撫で下ろされた。

「なっ…」
「どうした?」
「っい、え…、…何も。」

気のせい…なの?私が意識しすぎてるのかな…。この服の生地、隊服より薄いんだよね。

「足、崩していいぞ。」
「あ…はい、じゃあ…」

正座を崩す。すると、

―――スルッ…
「っゃ、ん!」

私の太ももに土方さんが手を置いた。…それだけじゃない。スルッと撫でた!

「くくっ…」
「!?」

い、今のは勘違いなんかじゃない!見た…この目で見た!それにこの笑みが何よりの証拠!!…でも土方さんが触ってくるなんてこと、過去にないけど…

「やらしい声出すなよ。」
「ッ…」

この人、ほんとに土方さんなの!?

「ど…どうしたんですか…?」
「何が?」
「今日の土方さん、いつもと少し違いますけど…。」
「そんなことねェだろ。」

フッと笑い、再び私の太ももに手を置く。

「!!」
「この衣装の触り心地が良くってよ。」

どこが!?薄くてガシガシの安っぽい生地ですよ!?

「つい触りたくなっちまって…」
「やっ、ちょっ…!」

土方さんの手を掴んで止める。

「…なんだよ。」

なにこの不服そうな顔!

「あのっ…、…?」

ふと机の上に目が留まった。
コップ。透明の液体が半分くらいまで入っているコップがある。そしてその傍らに一升瓶。

「…もしかして土方さん。」
「ん?」

顔を見た。よく見れば、ほんのり頬が赤い。…これは。

「飲みました?…お酒。」
「飲んだが?」

やっぱり…!

「も~っ、酔っ払ってるんですか!?弱いのに!」
「弱くねェし。」

そう言ってコップを手に取った。グビッと煽る。

「あっ」
「うまい。」
「……。」

ダメだ…彼は既に酔っ払っている。

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