~憑依編~
「だーかーらー、お前は取り憑かれてるんだってよ。」
何に!?
というか、いきなり過ぎない!?取り憑くって、もっとこう『そう言えば轢かれた動物に涙してしまいました~』とか私が何かして、向こうも取り憑かたくなるキッカケがあるもんじゃないの!?
「ちょっと私…理解できてないんですけど……。」
起きたら自分の部屋で、いつの間にか布団で寝てて、その横には土方さんが座っていたなんて状況だけでも結構いっぱいいっぱいですよ。
「だろうな。アレもお前が気を失った後だったし。」
「…『アレ』?」
「え!?なっなんだよ、『アレ』って。」
いや土方さんが言ったことですけど。
「私が気を失った後に何かあったんですか?」
「い、いや~?それよりお前、気分悪いとかはねェのかよ。」
「あ…はい、そうですね。特にありません。」
「そうか。」
「……土方さん、さっきの『アレ』っていうのは」
「ま、まァなんだ。」
ポンと膝を打ち、立ち上がる。
「特に何かあったわけじゃねェから、気にすんな。今はゆっくり寝ろ。」
「じゃあな」と土方さんは背を向けた。
いやまだ話が終わってないし!
呼び止めようとした時、ふと違和感を覚える。土方さんの耳が、妙に赤い。
「え…、あのっ土方さん!?」
「うるせェ寝ろ。」
―――ピシャッ
障子を閉められた。
「な…何あれ……。」
明らかにおかしいでしょ。
何もなかったとか言ってるけど挙動不審だったし、まともに目も合わせてくれなかったし…。何より耳の赤い土方さんなんて見たことがない。
「私…何かしたのかも。」
意識を失う直前、いや意識を失った後に何か……
あ。そこで取り憑かれてる説が出てくるのか!
そもそも誰が『取り憑かれてる』なんて判断したわけ…?…まぁ私が考えても分からないか。
「詳しく聞かなきゃ!」
私は布団もそのままに、部屋を飛び出した。
まず一番始めに出会った沖田君に聞いてみる。私が気を失っていたことすら知らないかもしれないけど…
「何言ってんでィ。ピンピンしてやしたぜ?」
「やっぱり知りませんよね…。」
「いやだから。知ってるから言ってやってんだって。」
「…え?」
「俺ァついさっきも紅涙と会ったし。すげーピンピン、つーかギンギンしてやした。」
「『ギンギン』!?」
しれっとした顔で沖田君が頷く。
よく分からないが、少なからず私は元気に動き回っていたようだ。
ということは、やはり土方さんは私に何かを隠している。そしてその間の記憶は私にない。
「…私、何か変なことしてませんでした?」
「何言ってるんでィ。変なのは始めから。今更じゃねェですかィ。」
「……。」
聞く人を間違った気がする…。うん、他の人に聞こう。
私はじっとりした目で沖田君を見た後、礼を言って背を向けた。
「あー、そう言えば思い出した事が。」
沖田君がわざとらしく私の足を止める。
どうせ大した内容じゃないんだろうな…。
私は『何?』とは聞かず、態度と目で伝えた。
「紅涙、土方さんのことを『政宗様、政宗様』って呼んでやしたぜ。」
まっ…!
「政宗様っ!?」
忘れていた!今の今まで政宗様の存在をっ!!
「狂ったみてェに後をつけ回して……って、おい紅涙。大丈夫ですかィ?」
「政宗様っ、政宗様はどちらに!?」
「…あーあ。入っちまいやしたか。」
「政宗様ァァァ!!」
いけない!私としたことが政宗様のお傍から離れてしまうなんて!
「政宗様っ!政宗様ァァァァっっ!!」
屋敷の造りが複雑すぎる!これだと捜し当てるのは至難の業!
「政宗様ァァ!政む―――」
―――スパンッ
「っるせェェェ!!!」
少し先の部屋の障子が開き、中から顔を出してこちらを睨んでいる。
「静かにしろ紅涙!」
嗚呼っ見つけた!ご無事だった!!
「政宗様!お捜しいたしました!」
「おま……、…。」
政宗様は眉間に皺を寄せ、溜め息を吐いた。
「いかが致しました?お疲れでございますか?」
「ああ…疲れた。お前のせいだ。」
「まぁ!ならばこの私、政宗様のために全身全霊を込めてコリを解してさしあげます!」
腕まくりをして見せれば、政宗様は全く嬉しくなさそうな顔をされた。
「…私では嫌でございますか?」
「ああ?」
「私がお傍で労わせて頂くこと、ご迷惑でしょうか…。」
きっと小十郎様の方がいいんだわ。いつも怪しいくらいに仲睦まじいし。…今日はまだお見かけしてないけど。
「……はァ。わァったよ、頼む。」
「えっ…いいんですか?」
「ああ。」
~っ!!
「政宗様ァァァっ!!」
「いちいちうるせェなお前は!悶えるなッ!!」
こめかみの辺りを押さえて溜め息を吐かれた。
相当お疲れなんだわ!がんばって解して差し上げないと!
「マッサージは居間でやってくれ。…身の危険を感じるから。」
「なんですか?」
「なんでもない。行くぞ。」
「はい!」
政宗様の後ろに付いて歩く。…けれど、
「やっぱりだわ…。」
やはり彼は現れない。右を見ても左を見ても、上も、軒下すらにも姿がない。
「どうした?」
「今日はずっと小十郎様にお会いしていないのですが…。」
「『小十郎』?」
「はい。いつも政宗様から私を遠ざけようと鬼になってらっしゃるのに…。」
今日はいない。珍しくて気持ちが悪いわ…。
あれだけ政宗様の傍にいた小十郎様が私を野放しにしておくなんて…。
「お前、小十郎に嫌われてんのか?」
「きっ嫌われている!?そこまで…、……いえ確かに、小十郎様にはそのように思われているやもしれません。」
「俺からは?」
「はい?」
「俺からは嫌われてると思われたことはねェのか。」
「ッ!!ひどい政宗様…っ!!」
私は思わず足を止め、自分の着物の胸元を握り締めた。
「私はっ、私と政宗様は恋仲であるというのに!」
「ブッ…!は、はァ!?恋仲って…え、はァ!?」
「そんなご冗談は欠片も面白くございませぬ!!」
「ちょ、おまっ、何言ってんだよ勝手に!」
後ずさった政宗様に、「ひどい!」と詰め寄る。
「しらばっくれるおつもりですか!?」
「し、しらばっくれるって…、…とにかく落ち着け
。」
「落ち着いてなどおられませぬ!」
私はキッと政宗様を睨みつけ、涙を浮かべた。
「あの夜のことをなかったことにするおつもりですか!?あんなことやこんなことまでしたのに!」
「…、……えぇェェェ~っ!?」
嗚呼、叫び声すらも愛おしや…。