ないと寂しいもの
アイツは必ず俺の誕生日を祝おうとしているはず。今日は特別に、さり気なく出くわして祝うタイミングを作ってやろう。
俺は広間を出て、ひとまず食堂の方へと歩いてみた。その合間も午後のイベント準備に追われる隊士と数名すれ違う。だが誰一人として、俺に『お誕生日おめでとうございます』と言うヤツはいなかった。
なんなんだよ…、いくら忙しくてもそれくらい頭に入れてろよな!
「おや副長さん、どうかしたのかい?」
「小腹でも空いたんなら何か作りましょうかねぇ。」
食堂を覗くと、厨房から二人の女中が顔を出した。俺は首を振って、「人を探してるんだ」と返す。
「誰のことだい?」
「紅涙だ。見なかったか?」
「紅涙さんねぇ~…、さてぇ~……どうだったかねぇ。」
頬に手を当て、うーんと唸る。
「親子丼定食を頼んだのは今朝じゃなかったかい?」
「違うわよ~、あれはお昼だったから昨日。」
「あらまぁ……てっきり今朝だと思ってたわぁ。」
「何せ私達、毎日同じようなことしてるもんだからねぇ。」
「はっきり覚えてないのよね~私達。」
ケラケラと女中が肩を叩き合って笑う。
「こんなことを副長さんの前で言うと、とうとうボケたと思って辞めさせられちまうかしらね!」
「い、いやそんなことは……」
「まだまだ元気に働きますんで、長~く頼みますよ副長さん!」
「あ、ああ、こちらこそ。」
「私らの死に場所は真選組の厨房だと思っとりますんで!」
「えっ!?」
重っ!ありがたいけど重いわ!
「こう片手を突き上げてね、『我が女中人生、一片の悔いなし!』って言いたいのよ~!」
「やだ~!じゃあ私は振り返って『だがそれがいい』って言っちゃおうかしら!」
「アンタそれただ言いたいだけでしょ~!厨房関係ないわ!」
ケラケラと笑う。
なるほど、ここの女中はジャンプ派か…。って待て待て、論点がズレてるだろ。このまま続けると、おそらく30分は平気で喋り続ける…。
「じゃ、じゃあ俺は他を探すんで。手を止めさせて悪かったな。」
早々に話を切り上げ、食堂を後にした。
その足で屯所内をひと通り歩く。が、紅涙の姿はない。もちろん部屋にもいなかった。
上司である原田の部屋も覗いたが、午後の買い出し担当になっていて出払っている。
「アイツも買い出しへ行ったのか…?」
係に名前はなかったが、原田を手伝っているのかもしれない。
「こんな時に限っていねェとは生意気な……。」
まァじきに戻ってくるだろう。煙草でも吸って待ってるか。
俺は自室へ戻った。しかし、その手前で異様な匂いを鼻にする。
「なんだこの匂い……、……磯の匂い?」
海で嗅ぐ、あの青臭い匂いだ。
なぜこんなところで?
「一体どこから……」
匂いを辿る。歩くほどに磯の匂いが強まって、
「……ここか?」
辿り着いた場所は局長室だった。今まで一度たりとも海臭い印象などない。
確かに海のように大きな心を持つ男だが…まさかそれが祟って、体臭から海臭さを放つように!?
「……フッ、ありえねェな。」
「フォフィ?」
部屋の中から近藤さんの声がした。
「フォフィファフォファ?」
『トシなのか?』
なんとなくそう聞き取れる。何かを食いながら話しているようだ。
「…ちょっといいか?近藤さん。」
「ファファ。んぐ、入れ。」
部屋を開けた。途端、
「うっ…!」
思わず息を止める。臭いが…キツい!
「なんだよコレ!!」
「どれ?」
「コレだコレ!」
俺は壁に掛けられていた海藻を引きちぎった。
……そう、海藻だ。
局長室の壁に大量の海藻が吊り下げられている。部屋の中の空気が、青緑に見えるような気さえした。
いつの間にこんなヤバイ部屋になってたんだ!?
「そんなに驚くことないだろう?ワカメだ、ワカメ。」
「なんで…ッぅ、つーかすげェ臭いだぞ、この部屋!」
「乾ききるまで少々磯臭くてな。悪いがもうしばらく辛抱してくれ。」
そう話すと、そばにあったワカメを口へ放り込む。
「で、どうかしたのか?トシ。」
それ俺のセリフ!!
「いつからこんなことになってんだよ…。」
「数日前かな~。ワカメを食うと髪が黒々しくなるって言うじゃん?」
『言うじゃん?』じゃねェ!
「俺も最近白いものが目立ち始めたから、ちょっと頑張ってみようかと思ってさ。」
「頑張るって…何を。」
「ワカメ中心の食生活!」
「……その『ちょっと頑張る』で、ここまですんのかよ。」
「自分が徹底的にしないと気が済まない性分なのを忘れてた!」
テヘッ-☆とウィンクする。
ったく…、
「心配しなくても、まだ白いもんは目立たねェよ。」
「いやいや、こういうのは出る場所でスピードが違うんだ。先に髪だけ白くなったり、はたまた髭だけ白くなったりするんだぞ。」
「だからどこも白くねェって。」
「一見分からんだけだ。俺はどっちでもないらしいから。」
『どっちでもない』…?
「どこかは白くなってるのか?」
「ああ。見てくれるか?」
そう言って近藤さんが立ち上がる。おもむろにベルトへ手を掛けた。
「え」
ま、待て。嫌な予感が……
「俺の場合は…」
―――カチャカチャ…
「どうも下の毛から白くなるみたいで…」
「待て!!」
ズボンを脱ぎ下ろそうとしたところで止めさせる。ま、間に合った……!
「なんだ?」
「脱がなくて…いいから。」
「見ないのか?」
「見ない。」
というか見たくない。
「そうか。」
残念そうにベルトを締め直す。
なんで見せたいんだよ……。
「まァそんなわけで、俺はアッチの毛が一番先に白髪になるタイプだったらしい。」
「へ、へ~…。」
「だからこうして最近毎日食べてるんだが、なかなか効果が出なくてなァ…。」
「…そうなのか。」
異様な光景ではあるが、健全に目的があって食べてるなら文句の言いようがない。悩んでいるようだしな…。
「しかしアレだ、いくら記念日でも5のつく日はポイント2倍みたいな効果はないんだな。」
『記念日』!?そうか…ここで来たか。
やはり近藤さんだな。…白髪との繋がりはよく分かんねェが。
「何の記念日の話だ?」
俺はわざとらしく問う。すると近藤さんはまたワカメを口へ放り込み、「とぼけるなよ」と笑った。
「今日は『わかめの日』じゃないか!」
いや知らねェし!
つーかなんだよ『わかめの日』って!よりによって五月五日にする必要あるのか!?
「あァもう…っ、」
いくつあるんだ、記念日…!
それもコイツら、マニアックな記念日は生活に取り入れてるくせに俺の誕生日だけは頭から消しやがって…!
「トシ、お前も悩んでるのか?」
「はァ……そうだな、悩んでる。」
「ならこれを塗ってみたらどうだ?」
「『塗る』?…何を。」
「これだ。」
瓶を取り出した。黄緑色の何かが入っている。
「…なんだよそれ。」
「ワカメをペースト状にしてハチミツと混ぜ合わせたものだ。元の形状は下の毛と親戚程度に似てるし、より毛にいいと思うんだが…」
「なっ、」
なんつーことをっ!!
「昆布に謝れ!」
「おいおい、間違えるなよトシ~。昆布は11月15日、今日は『わかめの日』だ。」
「どうでもいいわ!」
「そういう言い方は良くないぞ。ワカメを普及すべく日々励み、携わる皆さんに謝れ。」
アンタこそ謝れよ!
……という不満はグッと堪えた。とにかくもうこの話を切り上げたい。これ以上この部屋の空気を吸うのはキツい!
「…ワカメに携わる皆さん、すみませんでした。」
「うむ、よろしい。」
近藤さんは満足そうに頷いて、またワカメを口へ放り込んだ。
「じゃ…じゃあ俺は行くから。」
「おう!ワカメが欲しくなったらいつでも言いに来い!」
俺は立ちくらみを覚えながら、なんとか磯臭い局長室を脱出した。
「すゥゥゥゥ~はァァァ~~っ、」
やばい、空気がうまい。
「大量のワカメを食った気分だ…。」
煙草でも吸って気分転換するか。
「あっ、副長!」
「?」
懐に手を差し入れた時、山崎が駆け寄ってきた。その服装がおかしい。
「なんだ、その格好。」
「フットサルのユニフォームです!」
「……。」
普通ならここでグーパンだ。しかし今日は昼まで非番だから責められない。
「…相変わらず多趣味だな。」
「はい!本当はバドミントンの試合に呼ばれていたんですが、今日は『フットサルの日』なのでそちらを優先させました!」
「…『フットサルの日』だァ?」
お前もか、山崎。
「それでですね、今日の飲食代って経費で落ちますか?」
「…あァ?なんで。」
「『熱中症対策の日』でもあるので、何か塩気のあるものを真選組から差し入れすれば印象アップに繋がるかなァと…」
『熱中症対策の日』
コイツ…よりにもよって、記念日を重ねてきやがった!!
「出すかボケェ!」
「ええっ!?」
「当たり前だろうが!なんでテメェの趣味に差し入れしなきゃならねェんだ!」
「や、でも市民の印象アップに――」
「うるせェ!とっとと行けェェ!!」
「ヒッ…いいい行ってきまァァすッ!!」
山崎が砂煙を上げながら駆けていく。俺は再び溜め息を声に出し、煙草に火を点けた。
「なんなんだよ、まったく…」
日頃これほど『記念日』を意識したヤツらだったか?
「流行ってんのか何のか知らねェけど……腹立つな。」
ここまでだと腹が立つ。
紅涙も俺の誕生日そっちのけで『記念日』を口にするんだろうか。俺に惚れてるのに。
「ハッ、我慢ならねェ…。」
お前は覚えてるよな?紅涙。祝ってくれるよな?実は俺に気付かれないように何か用意してんだよな!?
「……はァァァ。」
・わかめの日
・フットサルの日
・熱中症対策の日