Question.2
「「……、」」
「こいびとどうしですかっ。」
「え、えーっと…」
土方さんを見る。土方さんは私を見た。同じような顔をしている。
「…それは、だな…」
「なんと…言いますか…、」
い…いけない!こういう質問には即答で対応しなきゃいけないのに!
「ぜってーつきあってるよなー!」
「ドラマだとつきあってるもんな!」
「あ…あれは作られたお話だからね。私達は付き合ってませんよ。」
「えー、うそっぽーい。」
「ママが『ドモる時は嘘をついてる』ってパパに言ってたー。」
ちょ、パパー!てかママ!!子どもの前でどんな怒り方してんですか!あなたのお子さん、覚えちゃってますよ!?
「いや本当に…付き合ってませんよ。」
私が否定するほど、園児達はクレー厶をつけてきた。先生達も仲裁に入るが、無垢な子ども達が一斉に興味を掻き立てられるとそう簡単に鎮圧できない。
「…失敗した…。」
呟く私の隣で、土方さんは「馬鹿だな、お前」と鼻先で笑った。
「ガキに動揺させられてどーすんだよ。」
「だ、だってまさかあんな質問が来るとは…。」
「さらっと嘘くらい吐けるようになれ。」
「そっそれは人としてどうかと…」
「必要な嘘もあんだよ。」
そう言って、土方さんは園児達に向き直り、
「静かに。」
声を掛けた。大声でもなく、怒っているわけでもないたった一言だったのに、
「……。」
園児達は嘘のように静かになる。子どもでも本能的に逆らってはいけない相手が分かるようだ。すごい…。
「俺…いや、私は彼女の上司です。皆さんにとって、先生のようなもの。」
「せんせい?」
「そう。君たちが先生と付き合えないように、私達も付き合ってなどいませんよ。」
…よく聞くと気になる点はいくつかある。だがこの顔と低い声だ。園児たちに有無を言わせず納得させた。
「わかったなら、この話はおしまいです。」
パンパンと手を打つ。園児達がビクッと肩を震わせた。けれど、
「では次に質問がある人はいますか?」
土方さんが少し優しい声音で話し掛けると、園児達が「はい!」と手を上げた。なぜか先ほどより意欲的に見える。
もしかしてこの子達…成長した?目に見えない階段を一段上った、みたいな。
「土方さん、実は子育て上手なのでは…?」
「日頃デカい子どもを育ててるからな。」
「ああ…なるほど。」
クスッと笑う。
「確かに、うちには手の掛かる大きな子どもがたくさんいますからね。」
「言っておくが、お前も入ってるぞ。」
「え!?なっ何言ってるんですか、私はノーカンですよ!ノーカウント!」
「よく言う。」
フンッと鼻先で笑い、土方さんが園児を指さした。
「そこのキミ、質問は?」
「はい!しんせんぐみの」
「ちょ、土方さん!今の話はちゃんと……」
「うるさい。園児の声が聞こえねェだろうが。」
「うっ…」
「キミ、続けて。」
「しんせんぐみのいちばんえらいひとはゴリラですかっ。」
「違います。はい、次。」
いつの間にか解答係が土方さんに変わってるし…。
そんな質疑応答を数回繰り返した頃、
―――パタパタパタ…
窓を叩く小さな音が聞こえ始めた。
「雨ですね。」
窓ガラスに雨粒が付いている。
「今日は雨って言ってなかったのにー…。傘持ってきてませんよ?」
「涙雨だろ。じきに止む。」
「そうですよね。このくらいで山崎さんに迎えを頼んだら『これは僕の涙ですよ!』なんて言われ兼ねませんし。」
クスクス笑っていると、一番前に座っていた園児が「しつもんです!」と手を挙げた。
「はい、どうぞ。」
「『なみだあめ』ってなんですか?なんのあじ~?」
「味?」
「…あ。えっと、アメ玉のことじゃなくて、お空から降る雨の名前だよ。」
「あめ?なんであめなのに『なみだ』なんていうの?」
「しとしとと…うーんと、弱く降る雨だから、かな。」
「じゃあよわいあめでいいじゃーん。」
「なんでなみだっていうの~?」
ええっ!?これって雨の名前の由来を聞いてるの!?
「えーっとぉ…」
「わたしもしつもんー!」
「あっ、ちょっと待ってね。今この子の質問を……」
「うみはどうしてしおからいんですかっ。」
「おいおい…。」
土方さんが顔を引きつらせた。
「ねえ、なんでー?」
「なんでなんでー?」
なんだろこの展開…。質問内容がどんどん真選組からそれていくんですけど!?
「わからないんですか~?」
「いやっ、えっと…」
「なんでもきいていいっていったのに、わからないんですか~?」
「くっ…」
「鬼かよ。」
こ、これは意地でも説明せねば…。
えっと…涙雨は弱く降ってすぐに止む雨のこと、だよね。それが涙に似てるから…とかが由来だろうけど、そう答えても「なんで似てるんですかー?」なんて質問をしてきそうだ。一度の解答で園児達を納得させるためには……
「おい、紅涙。まさか答える気じゃねーだろうな。」
「それが難しくって…。今考えてます!」
「はァ!?関係ねェだろこの質問は!教師に任せろ!」
「駄目です!」
私は土方さんに向かって首を振った。
「子どもの質問にはちゃんと子ども目線で答えてあげないと、大人に対する信用を失ってしまいます!」
「だからってお前が答えること…」
「いえ!『なんでも質問してね』と言ったのは私ですから!」
答えてみせる!
「真面目か!」
呆れる土方さんを前に、私は拳を握り締めた。そして窓の方へ目を向ける。
「雨…、…そう、涙雨……。」
いまだ降り続ける弱い雨。
打たれればたちまち、まとわりつくように私を濡らす雨。
「…あれはまだ、何も知らなかった穏やかな日のことです。」
ガラス越しに、黒く分厚い雲を見上げる。
私の目には、家々が建ち並ぶ屋根の先に山が映っていた。