星合い4

妙に足の速い土方さんに引っ張られながら、私達は七夕祭り会場に辿り着く。

「賑わってんな。」
「そうですね!お祭りって感じがします。」

ちょうちんの灯りとたくさんの出店、食べ物が焼ける香りと、行く先々にある七夕らしい笹飾り。否が応でもテンションは上がる!

「はぁ~…この雰囲気だけで楽しい。」

来られて良かった~!
うっとりしていると、土方さんが真顔で振り返る。

「ならもういいか?帰っても。」
「……、」

この人は…。

「ダメに決まってるでしょう!?」
「楽しんだんだろ?」
「雰囲気を表現しただけで本心ではありません!」
「分かりにくい言い方しやがって。…チッ。」

舌打ちした!

「ったく。思ってた三倍くらい人が多いじゃねーかよ。」

ブツブツ言いながらも、土方さんは私の手を握ったまま歩き続けた。
これ…いいのかな?

「あの…土方さん。手はいいんですか?離さなくても。」
「離したらはぐれちまうだろうが。」
「でも……、」

…いや、

「ですね!」

いいや。
こんな風に外で手を繋げるなんて貴重な展開だ。いつもなら人混みなんて最悪でしかないけど、今は崇めたいくらいに感謝している。なんだったら永遠に人混みでもいい!

「ぅわっと。」

とはいえ、ちょっと多すぎるかも。

「この感じだと夜店で何か買うのも一苦労でしょうね。」
「…なら帰」
「りませんけど。」
「チッ。」

すれ違う相手の顔はおろか、警備しているはずの隊士すら見つけられない多さ。足元を見ていないと、誰かの足を踏んでしまいそうだ。

「あ!焼そば発見!」
「ああ?どこに。」
「そこです、右側!食べます!」
「りょーかい。」

人の流れを見ながら、なんとか出店まで辿り着く。一人前だけを買って通路から離れ、出店の陰で食べた。

「ん~!この安っぽい味がいい!」
「マヨネーズ足していいか?」
「ここから半分だけのスペースにならいいですよ。」

食べさせ合ったり、交互に食べたり。

「どこで食べたらそんなところに付くんですか?」

土方さんの頬についた青のりを笑ったら、

「お前は間抜け面に磨きがかかったな。」

私も前歯に付いていた青のりを笑われた。

「次は串物を食べましょう!」
「はいはい。」
「あっちに牛串ありました!さっきすっごくいい香りがして――」

「沖田隊長~!」

「「!?」」

「沖田隊長どこですかァ~!?」
「個人行動はズルいっすよー!!」

「…紅涙、こっちに隠れろ。」
「っは、はい。」

土方さんが手を引く。二人で木陰に身を潜めた。

「今の声、めちゃくちゃ近かったですね…。」
「よりにもよって、この辺りでアイツを探してるっつーことは…」
「この近くに…沖田君がいる……。」
「「……。」」

沈黙。おそらく私達の思いは同じだった。
『面倒くさい』
見つかると非常に面倒くさい。絶対に見つかってはならない相手。

「どうします…?」
「もう少し様子を見てから動く。下手に動いて出会っちまったら元も子も――」

「あ、沖田隊長!」

「「!!」」

近い!かなり近いよ、この声!!

「もー、どこ行ってたんすか~。」
「うろちょろしないでくださいよー。」
「何でさァ。」
「将軍が焼きそば食いたいって。」
「へいへい。」
「あと牛串も食いたいって、松平長官が。」
「とっつぁんには自分で買いに行けって言って来い。」
「「無理っす!」」

あの感じからすると、沖田君が買い出し担当になってるのか…。……って、

「ひっ土方さん!ヤバイですよ!」

『焼きそば』は私達が買った店で買うんじゃない!?ならそこじゃん!もう目と鼻の先に来ちゃうじゃん!

「…裏から通りに出るぞ。」
「はいっ!」

尋常ではない緊張感を持って、ここから出来るだけ遠い反対側の通路を目指す。人混みに紛れると、ちょうど牛串の出店がある場所になった。

「ぎゅっ牛串!!」
「却下だ。」
「ええっ!?」
「アイツらも買うっつってただろうが。呑気に買ってる場合じゃねェよ。今はここから離れることが先決。」
「うぅ…。」
「食いたいもんがあるなら裏通りの店で探せ。」

裏通り。つまり、ありきたりな物しか売っていない、少しだけ活気の少ない通りだ。
…恨むよ、松平長官!

「…じゃあイチゴ飴が食べたいです。」
「それくらいならあるだろうな。俺はベビカス。」

話しながら、私より背の高い土方さんが店を探す。おおよそ場所が見えたのか、

「行くぞ。」
「はーい。」

土方さんは私の手を引いて人混みの流れに乗った。

「……、」

手を引かれるまま、しばらく歩く。横に並んで歩けるほど空いてはいないから、周りの男女も大体そんな感じだった。だから極めて普通のことなんだろうけど、

「…土方さん、」
「んー?」

何だか今、

「私、すっごく幸せです。」

そう感じる。
言葉にすると薄っぺらになるけど、小さな幸せがたくさん積み重なって…今、すごく幸せ。

「…そりゃ良かったな。」

土方さんが顔半分だけ振り返った。そして、

「お前が幸せなら俺も幸せだ。」

そんなことを言ってくれる。

「土方さん…、」

私の声は雑踏に紛れて届かない。でも、繋ぐ手が強くなった。

「……大好き。」

騒がしさに乗じて、告白した。

「あったぞ、イチゴ飴。」
「一つ買います?二つ?」
「一つにしとけ。」
「わかりました。すみませーん、イチゴ飴ひ――」

「イチゴ飴三つください!」

えっ、私が先に頼んでるんですけど…。
そう思いながら声の方を見れば、

「「あ!」」

互いに驚く。横入りしたのは、万事屋の眼鏡君だった。

「真選組の紅涙さん…ですよね!」
「わ…すごい。名前までよくご存知知で。」
「はい!いつも銀さんがブツブツ言ってますから。」

ブツブツ…?

「そのブツブツを聞かせろ。」
「あ、お疲れ様です土方さん。土方さんも一緒にいらしてたんですね。……あれ?」

眼鏡君が首を傾げる。

「浴衣に着流し…、…お二人は今日オフですか?」
「うん、半分だけ。」
「半分?」
「ほんとは屯所で待機しておかなきゃいけないんだけど、来ちゃって。」
「おい、コイツにそこまで話す必要あるか?」
「私達のことを伏せておいてもらうためですよ。ということで隊士に会っても内緒でお願いしますね。」
「わ、わかりました。……あの、」

どこか困惑した様子で眼鏡君が眼鏡を触った。

「お二人でよく…出掛けるんですか?」
「え?」
「僕、てっきりお二人は仲が悪いのかと…。」

あ……しまった!この子、私達の偽装犬猿まで知ってるのか!

「っあ、いや!ええっと、」
「これも巡回のうちだ。」

おっと…フォロ方さん。

「俺達は一般人になりすまして祭りを警戒している。」
「警戒…、あ!そう言えば向こうに将軍が…」
「そういうことだ。だから今は仲が良いだの悪いだのと言ってらんねェんだよ。」
「なるほど、そういうことでしたか!」

眼鏡君が納得した。

「そのためにお二人はイチゴ飴を買おうとしたり、自然な雰囲気をかもし出してたわけですね!いや~すごい演技力だなァ。」
「「……。」」

純粋な発言がブスブス突き刺さる。
ごめん…眼鏡君。実はイチゴ飴、普通に私が食べたいだけです。

「あ、じゃあ先に買ってください!僕、後でもいいんで。」
「っい、いえどーぞどーぞ!遠慮なく先に買って?私達も焦ってないから。」
「いいんですか?」
「いいです!ね、土方さん。」
「ああ。とっとと買って甘党に届けてやれ。震え出すぞ。」
「ははっ、そうですね。すみません、じゃあお先に。」

眼鏡君がイチゴ飴を購入した。私はせっかく土方さんがフォローした状況を台無しにしてしまいそうだったので、不必要に発言せず、ただ黙ってそれを見る。

「他のヤツらはどこにいるんだ?」
「向こうの石段付近です。会って行きますか?」
「いくわけねェだろ。」
「ですね。」

苦笑いした眼鏡君は店主からお釣りを受け取り、容器に並べたイチゴ飴を三本、手にした。

「それじゃあ土方さん、紅涙さん、お仕事がんばってください。」
「おう。」
「ありがとう。坂田さんによろしくね。」
「はい、では!」

頭を軽く下げ、眼鏡君が立ち去る。私達を疑う様子なんて欠片もなかった。さすがフォロ方さん。

「…やっぱりその辺のヤツらも来てんだな。」

イチゴ飴を一つ買い、二人で人の少ない場所まで移動する。

「みんな楽しみにしてたんですね、七夕祭り。」
「この分だと来年もやるんじゃねーか?」
「やりますよ、絶対。」

石段に座り、手にしていたイチゴ飴を食べる。

「将軍は楽しめてるかなぁ…。」
「お前が将軍の心配たァ珍しいな。」
「だって将軍も『来年また来たい!』って思ってくれたら、また警護することになるじゃないですか。で、それを来年もタイミング良く私達が外出していたら…」
「また待機組になるって狙いか。」
「ですです!」
「そう上手いこと行くかよ。」
「行かせるんですよ!来年も来ましょう。ね?土方さん。」
「…考えとく。」

満更でもない顔をして、土方さんは煙草に火をつけた。

「で?ご所望だったイチゴ飴はどうなんだ。」
「甘くておいしいですよ。土方さんもどうぞ。」
「俺はいい。」
「まぁまぁ、そう言わずに。」
「いらねェって。」
「苺が熟してておいしいですよ~?」
「しつこい。」
「んもー。これを食べるだけで夜店に来たって雰囲気を味わえるのに。」

ひとくち、イチゴ飴を食べる。苺の果肉と飴の甘さが口いっぱいに広がった。

「あまーい!」
「…うるせェな、」
―――ガシッ

顎を掴まれた。不機嫌そうな視線とぶつかる。

「え、なに…」
「俺はいらねェっつってんだろ。」
「ぅえ!?べっ、べつにもう土方さんにあげるつもりは」
「そんなに言われたら、食うしかねェじゃねーか。」

え!?食べるの!?
混乱する私の唇に、

「んぅっ、」

土方さんがかぶりついてきた。舌が私の唇を割り、中を掻き回す。

「っふ、ぁ」

まだ口の中に残っていた飴を器用にさらって、
―――ちゅるっ…
小さく音を鳴らし、唇を離した。

「はぁ、っ、」
「…飴しか残ってない。」
「あっ当たり前です…。柔らかい苺は先に飲み込んじゃいましたから。」
「なら苺を食え。」
「自分で食べてください!」
「それだと甘すぎんだよ。紅涙を挟んだくらいが丁度いい。」

私を挟むって…。

「……もう。」

イチゴ飴の苺をかじった。土方さんはニヤッと笑い、また私に口づける。

「ん、っ、ん、」

苺を差し出すように舌へ乗せる。自分が食べたいと言ったくせに、土方さんの舌は苺を無視して咥内をまさぐり続けた。

「っ、はぁ、っ、」

早く…してくれないと、いくらなんでもこれだけくっついてたら…誰が見ても何をしてるか分か……

―――バシャンッ!
「!」

傍で物を落とす音が聞こえた。例えるなら、出店で買った食べ物の容器を落とすような。

「ぼ、ぼぼぼ、」

『ぼぼぼ』?
なおもキスを続けてくる土方さんの背後を目で窺う。地面に散らばる焼きそばと、イチゴ飴が見えた。
ああ、もったいない!いや可哀想、か…。
イチゴ飴は三本も落ちている。それに加えて焼きそばまで持っていたのなら、持ちきれなくて落としてしまったのも仕方がないように思う。落とした本人らしき人影は、傍で立ち尽くしていた。

「っ、ん…、」

一体どんな人が可哀想なことに…?
人影に目をこらす。逆光のその人は、どうやらこちらを見て固まっているようだった。

「……、」

…え、ちょっと待って。こっちを見てるって…マズくない?それよりもあの人影…

「ッブフ!!」

眼鏡君じゃん!?
私は思わず噴き出した。噴き出された土方さんも、つられて噴き出す。

「おまっ、」
「ひっ土方さん!眼鏡…!」
「ああ?」
「眼鏡君がッッ!!」

指をさす。土方さんが振り返った。

「志村…!」
「ぼぼぼぼ僕、僕、何も見てません!」

必死に首を振る。

「何も見てませんから!!」

素晴らしい。彼はかなり空気を読める子らしい。

「…ったく、なんでまだこんなとこにいるんだよ。」
「や、焼きそばを買って…戻ろうと思って近道したら……お二人が……、……。」

みるみるうちに眼鏡君の顔が赤くなっていく。消え入りそうな声で、「しゅみません…」と言った。

「…志村。」
「はっはい、」
「お前は何も見てない。だったよな?」
「ッはい!僕は何も見てないです!!」

…うん、それしかない。もう圧力をかけるしかないわ。ごめんね、眼鏡君!

「もしお前が今見たことを他人に話した時は…」

土方さんは眼鏡君にゆらりと歩み寄り、彼が掛けている眼鏡を奪う。

「こうなるからな。」

ゆっくりと眼鏡をひねっていった。

「あァァ!僕の眼鏡、普通です!曲げられても元に戻るような眼鏡じゃないんですからァァ!」
「くれぐれも口を滑らせねェよう気をつけろ。うっかりミスも許さねェぞ。」
「はっはい!わかりました!!」
「よし。なら、とっとと失せろ。」
「イエッサー!!失礼しました!」

眼鏡君はビシッと敬礼して、「お疲れ様です!」と駆け足で去って行った。

「アイツも不運なヤツだな。」
「申し訳ないことしちゃいましたね…。」
「何にでも少々の犠牲は憑き物だ。」

感慨深げに土方さんが頷く。
でもまさか知り合いにバッチリ見られてしまうことになるとは思わなかったな…。

「…なんだか気が休まりませんね。」
「まァな。」
「……、」

仕方ない。

「もう帰りましょうか。」
「いいのか?」
「はい、少し疲れちゃって。」

苦笑する。
『わかってたことだろ』って笑われるだろうな。

「他のヤツの視線なら気にすんなよ。」
「え…?」
「俺がどうにかしてやる。最悪、隠すことをやめりゃいい話なんだからな。」
「土方さん…」
「滅多にない機会なんだ、気にせず楽しめ。」
「……、」

…つくづく思う。

「で、次は何を食いたいんだっけ?」

この人は、こういう気の回し方が上手い。

「じゃあ…ベビーカステラで。」
「おう。」
「買って帰りましょう。」
「…いいのかよ。」
「はい。」

私は土方さんに頷いて、

「屯所でゆっくり、土方さんと食べるつもりですから。」

まだ甘い唇で、キスをした。

にいどめ