ふたり
土方さんが局長室の前で声を掛ける。
中から近藤さんの声がして、私達は二人で中へ入った。
「なんだトシ、まだ残ってたのか。」
「今日は帰らねェよ。」
「そりゃまたなんで……、…まさか、」
近藤さんの視線が私を捉える。そしてその視線を少し下げた。そこにあるのは、
「…まさかトシ、」
「…。」
私と手を繋いだ、土方さんの手。
「いやいや……それはマズイだろ。」
「……。」
「そうしたくなる気持ちは分かる。だが今のお前には家族があってだな…、」
「俺のことより紅涙の話を聞いてやってくれ。」
「トシ…」
「紅涙、話してみろ。」
「……はい。」
「何だ、何かあったのか?」
「……実は…、」
私の中にある5年間のズレを近藤さんに話した。
やはり近藤さんも土方さんと同じで、5年先へ進んでいる。…いや、こうなったら私だけが5年遅れているとしか考えられない。
「一体どういうことだ…?」
「私にも分かりません…。」
「俺は向こうで何かあったと思ってる。ここを出る時には問題なかったんだからな。」
「紅涙ちゃんに思い当たることはないのか?どこかで頭を打ったとか、頭が痛いとか。」
「いえ、…特には。」
「そうか……、」
近藤さんはとても信じられない様子だったけど、私自身も困惑している状況を見て一生懸命に解決の糸口を探してくれた。
「…すみません、ご迷惑ばかりかけて。」
「気にしないでくれ。まさかそんなことになっていたとは思いもしなかったよ。とりあえず明日にでも一度病院で診てもらうといい。」
「病院……、」
医者に話しても、きっと同じような顔をされるだけだと思う。せめてどこかが痛ければ、結果のある診察になるかもしれないけど…身体は至って健康みたいだし。
「トシ、明日の病院には付き添って―――」
「結構です。」
「紅涙ちゃん…」
「…なに言ってんだ、お前。」
「疲れてるだけなのかもしれません。」
私は苦笑して、
「しばらく様子を見ます。もしかしたら明日には治ってるかも。」
軽く笑って頭を下げた。
二人のおかげで、私だけがおかしいことは分かった。なら、私が合わせればいい。明日目が覚めた瞬間から、5年先の私として生きていけばいいだけの話だ。
「ということなので、私は部屋に戻りますね。」
「えっ、」
「…おい紅涙、」
「近藤さん、帰り際にありがとうございました。土方さんも今日は帰ってください。すみませんでした。」
繋いでいた手を放す。けれど、
「帰らねェって言っただろうが。」
土方さんは繋ぎなおした。
「俺はお前といる。そう言っただろ。」
「……、」
「お前を一人にしない。」
「…。」
胸が痛い。いろんな想いがよぎって、苦しい。
「……もしかしたらなんだが、」
近藤さんは顎ヒゲを触りながら口を開いた。
「またアレが蔓延し始めているんじゃないか?」
「『アレ』?」
「…寄生型エイリアン、ですか?」
「そうそれ!紅涙ちゃんの状況、初期の万事屋の状態とそっくりな気がするんだよな。」
「……それについてだが、」
土方さんが私を見る。私は頷いて、近藤さんに答えた。
「もう電話して聞いたんです、銀さんに。」
「そうだったのか!?…で、アイツは何と?」
「当時のことを聞いて、土方さんを調べてみたんですけど…寄生されているような症状は確認できなくて。」
「おそらく近藤さんにもないだろうな。」
「…そうですね。土方さんとも話が噛み合ってますし。」
「そうか…。なら紅涙ちゃんの状況はどうだったんだ?」
「え、私の…状況?」
「万事屋と似ていたか、確かめてみたかい?」
「い…え……要点くらいしか。」
言われてみれば…自分のことは詳しく聞いていない。
「なら聞いてごらん。紅涙ちゃんの状況から裏付けられることもあるかもしれない。アレも一応寄生されていたからな。」
「えっ、そうなんですか!?」
「ああ。俺やトシ達と違って、寄生されてもいつも通りだったが。」
「良くも悪くも成長しねェからな。何年後であろうとアイツはアイツのままなんだよ。」
「で、でも新聞記事のインタビューで『江戸唯一の未感染者』って…」
「ハハッ、そりゃ嘘だな。」
「どうせ報酬狙いで受けて、適当なこと言ってんだろうよ。…ったく、ろくな人間じゃねーな。」
「ちょっ、…えぇェェ~!?」
唯一の理解者だと思ってたのに…。
「まァトシが言うように、万事屋は金のために嘘を吐いたと考えるのが妥当だが、もしかすると寄生されたまま答えていたという可能性もある。」
「えっ…つ、つまり寄生されたままインタビューを受けていた…と?」
「ああ。そして今も寄生されたまま生活を……」
「近藤さん、そりゃさすがに無理がある。あれは5年前の話だ。さすがのエイリアンも抜けてるはずだ。つーか、見限られるだろ。」
「だが有り得る話だと思わないか?ヤツの寄生うんぬんについては、こっちから一度も聞いてねェし。」
「……、」
確かに、絶対ないとは言いきれない。けれど土方さんが言うように、確率としてはかなり低い気もする。
「仮に銀さんが今も寄生されているとしたら、どんな状態なんでしょうね。頭の中とか…身体とか。」
「だから何も変わらねェって。成長しねェんだから。」
「うーん…」
「いやそれが良かったんだよ、紅涙ちゃん。成長が止まっていれば、時間も止まっているはず。」
「!」
成長しなければ、時間も…止まる?
もしかして、私も……
「万事屋は俺達より5年前のことを詳しく話せるはずだ。幸運なことに、寄生型エイリアンは生体を乗っ取っても保身する傾向は強くなかった。こちらから詳しく聞けば、聞いた分だけ話してくれるんじゃないか?」
「…、」
「…賭けよう、紅涙。」