Silent Night6

わたし

「何もかも、5年前のままだ。」

…5年前?5年……

「何の話ですか?」
「何って、お前の話に決まってんだろうが。」

私が……5年?……どういう意味だろう。

「まさかお前…それほど短く感じたって言いたいのか?」
「え!?やっ、ちがっ…その……私が5年、何をしたのかなって。」
「はァ?大丈夫かよ…。」

いよいよ土方さんが心配そうな顔をする。
…どうやら私がおかしいらしい。

「東北に出張した5年前と、お前は何も変わらねェなって言ってんだよ。」
「っぅえ!?」
「向こうで楽しく暮らしてたんだろ?結婚するとまで宣言するくらいなんだから。」
「はいィィ~!?」

結婚って……いや待てよ。そう言えば私が結婚したって話、この部屋へ入った直後にも言われたよね…。

「…土方さん、確認してもいいですか?」
「またかよ!」
「いえ、頭の確認じゃなく、その……私が結婚すると宣言した件なんですけど、」
「ああ、…何だ。」
「私が言ったんですか?」

全くもって記憶にない。

「抜かせ。こっちに連名で書状を送りつけてきやがっただろうが。」

連名で書状!?

「見せてください!」
「燃やした。」
「ええ!?」
「びりびりに破って燃やして捨てた。あんなもん、置いておくわけねェだろ。野郎と書いたと思うだけでも…ッ腹が煮えくり返るっつーのに。」
「土方さん…」

キュン…、…としてる場合じゃない!

「連名相手は誰だったんですか!?」
「…これはテメェの話だぞ。」
「身に覚えがないんです!」
「?……出張先のガキだ。当主か何だか知らねェが、腹立つ文面だったのは覚えてる。」

あの金持ち坊ちゃんか!…やりかねない。

「お前のその様子だと、結局は結婚しなかったってことなのか?」
「してませんよ!そもそも結婚なんて話自体がありません!」
「だったらあの書状…」
「偽造です!誰かが私の名前を代筆して土方さんに送り付けたんです!」
「……じゃあなぜ5年も帰ってこなかったんだ。」
「そこも変なんですよ!私が行ったのは2週間前。5年前なんかじゃありません!」

間違いない。私は2週間ずっと帰れる日を指折り数えていた。

「絶対に2週間前です!」
「紅涙…本当は記憶に支障が出るくらい向こうが辛かった、なんて話じゃねェだろうな?」
「そっそれは違います。向こうではとてもよくして頂きましたから…」
「やっぱり『居心地が良かったから5年いた』、だろ。」
「違いますって!私が東北にいたのは2週間!2週間だけです!」

なんで5年なんて思っちゃうんだろう…。何かこう…証明できるものが…………っあ!

「カレンダー!」
「あァ?」
「今日が何日か見ましょう!」
「んなもん見なくても分かる。今日は――」
「待ってください!ここはちゃんと一緒に見ましょう!」
「……はァ、」

呆れたように溜め息を吐き、立ち上がる。卓上カレンダーを手に取ると、ポンと私の前に置いた。

「ほらよ、穴が開くまで見やがれ。」

そのカレンダーには12月の雪だるまの絵がある。
…ほらね、やっぱりそうだよ。私が出発したのは12月上旬。そこから2週間経っても、まだ12月。だから……

「わかったか?」
「え?」

それは私のセリフですけど…

「ここ。」

土方さんがカレンダーの端の方を指さした。その指先を見て、私は目を丸くする。

「ちょ、待っ……うそ…。」

5年。西暦が5年、進んでいる。

「なん、で…」
「信じたか?」
「し…信じられません…。」

だって…私は2週間しか留守にしていない。向こうを出る時も5年なんて月日は経っていなかった。なのに戻ってきたら5年経ってるなんて……

「どういうこと…?」

信じられるわけない。

「…お前に何があったか知らねェが、」

私の頭にぽんぽんと手を置く。

「俺の5年を見せられたら手っ取り早いんだがな。」

その言葉に視線を上げた。苦笑する土方さんと目が合う。

「ま、これからゆっくり埋めりゃいいさ。」
「土方さん…、」
「お前がいる5年なら、あっという間だ。」

…私、自分のことばかり考えてたけど、土方さんの方がつらい思いをしているのかもしれない。仮に私が5年も屯所を離れていたとしたら……
『お前が向こうで結婚するって言った日から…ここまで戻るのにどれだけ時間が必要だったか…ッ』

あの言葉の意味も分かる。

「でもほんとに5年なんて月日…」
「…それなら近藤さんにも聞いてみるか?」
「え?」
「俺以外の話も聞いてみりゃいい。何か思い出せることがあるかもしれねェし。」
「……、」
「ここでジッとしてるよりはいいと思うぞ。」

……うん、

「そうします。」

空白かもしれない5年を知ることは…少し怖いけど、

「心配すんな、俺がいる。」
「…、……はい。」

土方さんがいる。

「早速行ってもいいですか?」
「ああ、早い方がいい。近藤さんもこの時間ならまだいるだろ。」
「どこかへ出掛ける予定が?」
「いや、家に帰る。」
「……あ。」

そうだ。近藤さん、婚約したから。……じゃあ、

「じゃあ…土方さんも……帰るんですよね。」
「……俺は」
「すみません、わざわざ聞いちゃって。」

ハハハと笑い飛ばした。
結婚してるんだから、帰るのは当たり前。なのに余計なことを口走ってしまった。これじゃあ『帰らないで』と言ってるようなもの……

「帰らねェ。」
「っ…」
「お前といる。」
「土方さん…、」

欲しい言葉をくれる。…でも、

「でも今日はクリスマスだから。」

きっと家で…家族がケーキを買って待ってる。私みたいに一緒に食べようと思って…一緒に……過ごすために。

「関係ない。」

そう言って繋がれた手を、

「…っ、」

私は、振り解けなかった。
最低だ。それでも…この人を失うのは……

「土方さん…、」

私から、この手を放すことは……

「……大好きです…。」

…やっぱり、出来ない。

「…ああ。」

土方さんは優しく笑う。

「行こう、二人で。」
「……はい。」

私は現実から目をそらし、繋がれた手をそっと握り締めた。

にいどめ