オニ
「…そう言えば土方さん、」
「ん?」
「マヨケーキを売ってるケーキ屋さん、あるじゃないですか。」
「ああ。」
「あのお店、いつの間にあんな大きくなっ――」
「あっれ~?お兄さん、今から歌舞伎町行く感じっスか?」
「「……。」」
突然、黒スーツを着た男性に声を掛けられた。身なりと言動からして歌舞伎町の店の呼び込み。…でも歌舞伎町と離れた場所で声掛けしているのは珍しい。
「今日はどこで飲むんスか~?うちならサービスできますよ!」
「いらねェ。」
「じゃあ半値!お代は半値でいいっス!」
「いらねェっつってんだろ。」
「でもまだ店が決まってないなら――」
「失せろ!…違法行為でしょっぴかれてェのか。」
「しっ失礼しましたァ~っ!」
「…。」
なんというか…、
「よく声掛けてきましたよね…。私達の格好、どこからどう見ても真選組なのに。」
「おおかた、とっつぁんが遊び散らかしてんだろ。で、俺達はそれに水を差すようなことはしないと踏んでる。」
「…なるほど。」
「だがなんでこんな店もねェ場所で呼び込みしてんだ…?」
「ですね。…なんでだろ。」
歌舞伎町へ入ってすぐ、目の前に広がる光景に圧倒される。
「うわ…すごい。」
通りの両端に、びっしり黒服が並んでいる。ここを通ろうものなら、彼らの標的になるのは必死。
「お客さん、うちで一杯どうですか?」
「2店目は来てくださいよ~。可愛い子揃ってますぜ。」
「クリスマスくらいパァッとハメを外しちゃいましょう!」
誰彼構わず声を掛けている。もちろん土方さんにも。彼らは私が隣にいても、まるで見えてないかのように声を掛けるけど……
「あ、そこのお兄さ――」
「いらねェ。」
「え、何スか~。ちょっと顔怖いっスよ~?そんなお兄さんには」
「あァん!?」
「ヒッ…!」
もっと人を見て呼び込みした方がいいと思いますよ…。
「ったく、やっぱいねェな…万事屋。」
辺りを見渡しながら、土方さんは私の手を引いて歩き続ける。
「『すまいる』から聞き込み行くか。」
「そうですね…。」
頷いた時、
「…チッ。」
土方さんが足を止めた。
「どうしたんですか?」
苦い顔で前を見据える。そしてひと言、
「妻だ。」
そう言った。
つっ……つつっ、妻!?
「えっ、どっどうすればっっ…!?」
「そのままでいろ。」
「でででもっ」
離れた方がいいんじゃない!?いやでも隊服だから挨拶する方が自然!?だからって平然と挨拶することなんてとてもっ……ああっ!どうしよう!!
「落ち着け。」
土方さんが私の手を握る。放すどころか、先程よりも強く。
「だっダメですよ、これは!」
「丁度いい機会じゃねーか。アイツに話す。」
「っ!?ダメです!もっとちゃんと考えてからじゃないと――」
「お客さん、うちの店でどうっスか?」
今そんな場合じゃないんですよ!
「お客さん、そろそろお願いします。」
だから邪魔しないでっ!
「お客さん、こっちも暇じゃないんですから。」
こっちだって暇してませんよ!修羅場になるかもっていう大変な状況なんだから!!
「お客さん、いい加減に」
「うるさい!」
その瞬間、
―――ぐらっ
私の身体が大きく揺れて、
「やっと起きられましたか、お客さん。」
堅苦しい制服を着た男性が、顔を覗き込んでいた。
「……え?」
え…、…ど、どういうこと?
「終点、大江戸駅ですよ。」
「しゅう…てん…?」
「快適にお過ごし頂けたようで何よりです。」
ボーッとする私にニッコリ微笑む。周りの景色を見て、ようやく気付いた。
ここ……っ電車!?しかも大江戸超特急じゃん!
「お疲れのご様子ですね。万が一乗り過ごしてしまっては大変です、次にご乗車の際はどうぞお気をつけて。」
車掌が私の手荷物を差し出した。
「お出口はあちらです。それでは。」
まだ頭が冴えない私を下ろし、電車は何事もなかったように去って行った。
「ちょ…、ちょっと待って。今までのことは全部……夢?」
近藤さんが結婚したのも、土方さんが結婚して子どもまで出来てたのも、あと少しで土方さんの奥さんと対面しそうになったのも……全部、夢?
「…そうだ、電話!」
携帯を取り出し、土方さんに電話する。2コールほどで、すぐに出た。
『もしもし?』
さっきまで一緒にいた気さえする土方さんの声に、胸がギュッと締め付けられる。
『お前どこ歩いてんだよ、遅ェ。』
「っ土方さん!!」
『うるせっ…、何だよ。』
「わっ私の知らないとこで結婚なんてしてませんよね!?子どもが出来てたりしませんよね!?」
『はァァァ!?寝ぼけてんのか、お前は。』
「ちゃんと言ってください!」
実際まだちょっと寝ぼけてますけど!
話しながら改札を出る。行き交う人と妙に目が合った。
おそらく声が大きいせいで話が筒抜けなんだろう。…だけど今そんなこと気にしない!
「どうなんですか、土方さん!」
『ねェよ、あり得ねェ。』
「本当に!?」
『ああ。つーか当たり前だろ。』
「その言葉に命かけられますか!?」
『小学生かよ。かけるかける。いくらでもかけてやる。』
呆れたように笑い、適当な返事をされた。
「もうっ、真剣みが足りません!」
『あのなァ…、お前の目に俺がどう映ってるかは知らねェが、』
目の前に、見知った人影を見つける。
『俺はお前だけで手ェ一杯だぞ。』
その人影は『バーカ』と意地悪く口を動かした。
「~っ!」
私はもちろん走って、
「大好きです土方さんっ!!」
そのまま抱きついて、
「静かにしろ恥ずかしい!」
頭を小突かれる。
「…でもまァ、」
そう言った土方さんは私の背中に手を回し、
「久しぶりだから許してやるよ。」
優しく抱き締めてくれた。
「土方さんっ…!」
「おかえり、紅涙。」
土方さん…土方さん…っ!
夢で良かった。本当に良かった!!
…………、
「…あれ?」
「どうした。」
「土方さん…、」
た、煙草の匂いが…、
「ああ、こんなご時世だからな。禁煙してんだ。」
「!!」
私は屯所までの帰り道、コンビニに立ち寄り煙草を1カートン買った。
「おまっ、何つーもん買ってんだよ!」
「私からのクリスマスプレゼントです!メリークリスマス!」
「あっれェ~!?言わなかった!?俺、禁煙してんだけど!」
「ダメです!土方さんはニコチン付きじゃないと土方さんじゃありません!」
「何だそれ…。俺以上に鬼だな、紅涙。」
こうして、私達はようやく遅くなった恋人達のクリスマスを過ごせるのでした。
「あ……。」
☆Happy X’mas☆2
にいどめせつな
2021.3.30加筆修正 にいどめせつな