運命2

慕える男

桂さんが来た、次の日。

「お待ちしておりました。」
「え、何?そんなに銀さんに会いたかった?」

襖を開けて頭を下げる私に、ニヤついた声がぶつかる。顔を上げると、銀髪の男が声音通りの顔をしていた。

「…桂さんからお手紙を預かっております。」
「んだよ、そういうことね。」

襖を閉め、昨日預かった手紙を手渡した。

「へいへい、確かに。」

受け取った手紙をつまらなさそうに揺らす。私が徳利を持つと、猪口を差し出した。

「なァ、紅涙。」
「はい?」
「その話し方、やめろ。」
「…堅くるしいですか?」
「ものっそい。」

不機嫌そうにして、注がれる酒を見つめた。私はそれを小さく笑い、徳利を置く。

「それじゃあ、銀ちゃんのご機嫌が斜めにならないうちに。」
「おう、やめろやめろ。」

鼻先で笑い、手を払う。満足そうにして酒に口をつけた。

彼は私にとって大切な存在。
反幕府を掲げたあの戦いから私を助け出してくれた張本人。他の人達のことも信頼しているけれど、私が心から慕えるのは銀ちゃんだけ。

「今日の用事は?」
「ねーよ。」
「…じゃあ今日も私に会いに来てくれただけ?」
「当たり前ェだろうが。俺にそれ以外の用事なんてねェよ。」

嬉しいけれど、桂さんが聞いたらガッカリしそうだな。

「何か食べる?」
「いや、来る前に団子を食ってきちまって…うぷっ。」

団子?

「そんなに食べたの?」
「そんなに食べちゃったの。うめェからつい食い過ぎちまうんだよ、あそこのみたらし。」
「どこ?」
「野中茶屋。大江戸通りにある店だ。今度買ってきてやるよ。」
「ほんと!?楽しみにしてる!」
「ああ。…それより紅涙、生活は大丈夫なのか?」
「え…?」

いきなり…なに?

「いやほら、見えねェとこでイジメがあったりよ。」

ああそういう…。

「うん、大丈夫だよ。」

銀ちゃんは来るたびに私のことを心配してくれる。桂さんとはまた違う気遣い。確か三日前は、体調を気遣ってくれていたような…。

「隠してんじゃねェだろうなァ?」
「隠してないよ。本当に何もない。」
「何かあったらすぐに言えよ?いや、そういう雰囲気を感じたらすぐに言え!」
「わかった。…ふふっ、」

まるで過保護の親みたい。

「あァん!?なに笑ってんだお前!」
「あまりに銀ちゃんが心配性だから…。」
「バッカ、遊女イジメをナメんな?着物を切り裂かれたり、物を壊されんのは序の口だ。他の遊女から変な客を押し付けられたり、汚ェ手で病気にさせられたりだな…、」
「詳しいね。」
「女将から聞いたんだよ。昔そんなことをされたって。」
「そう…なんだ、」

銀ちゃんは色んな人と親しくなるのが上手い。特に聞き上手な感じでもないのに…どうしてか不思議と。…雰囲気がいいのかな。

「だからすぐに言えよ。いいな?」
「うん、ありがとう。」
「…絶対ェ言わねーだろ。」
「そんなことない。言うよ?銀ちゃんにはちゃんと言う。」
「……、」
「信じられない?」
「いや…、……。」

口を閉じ、酒をあおるように流し込んだ。

「どうしたの?」
「…俺さ、ずっと後悔してんだ。」
「後悔…?」
「お前をここに入れるんじゃなかったって。」

え…

「どうして?」

後悔だなんて、そんな…

「私、銀ちゃん達に出会って…ここに住み込ませてもらって、すごく助かってるよ?」
「だけどここは遊郭だ。」
「それは…そうだけど。」

それでも行き場のなかった私には、ありがたい場所。

「俺は……、…、」

銀ちゃんは少しうつむき、言葉を飲んだ。私もかける言葉が見つからなくて、空の猪口へ酒を注ぐ。

「…俺は、お前が気になって仕方ねェんだ。」

猪口の中の小さな水面を見つめる。

「俺がいない日は誰と会って、どんな会話して…どんな時間を…過ごしてんだろって。…気になって仕方ねェ。」
「銀ちゃん…、」
「だからと言って毎日来る金もねェし…。」

猪口の酒をグイッと飲み干す。

「甲斐性ねェな、俺。」

少し火照った銀ちゃんと視線が絡んだ。

「お前をこんなところに入れず、手元に置いときゃ良かった。」
「銀ちゃ――」
―――グイッ

手を引かれ、胸へ倒れ込んだ。

「ぎ、銀ちゃん…?」
「…。」

ギュッと抱き締められる。
…こんなことは初めてだ。

「な、何か…あったの?」

胸に手をつき、顔を上げる。いつもと違う目がそこにあった。

「…。」

銀ちゃんの胸に置いた手の平から色んなことが伝わった。

力強くて少し早い心音。
筋肉質な胸板。
声の…

「紅涙…、」
「っ、」

太さ。
これまで銀ちゃんも、桂さんのように私を遊女として見なかった。お酒を飲んでも何もせずに帰っていく。だから…忘れていた。

銀ちゃんも『男』だったんだ。

「あっ…、」

どうしよう…、すごく……ドキドキしてきた。

「銀…ちゃん…、」
「……そんな声で呼ぶなよ。」

自嘲するように笑い、私の肩を持って身体を離す。

「…紅涙。すぐには無理だけど、金貯めてお前のことを自由にしてやるから。」
「自由…?」
「俺と暮らそう。」
「!…銀ちゃん…、」

それは、身請けの約束。

「それまで待っててくれ。」
「……うん。」

頷くと、銀ちゃんも小さく笑って頷いた。私の頭に手を伸ばし、ポンポンと優しく手を置く。

「…じゃあ俺帰るわ。」
「もう?」
「あんまり長居しちまうとヤバい。」
「あ…、……、」

何がヤバいのか勘づく。
『銀ちゃんがいいなら…』
『私は遊女だから…』
頭に浮かんだ言葉を口にするのは躊躇った。そんな関係になりたくないと…思った。

「じゃあな。」

その代わり、

「またすぐ来てくれる…?」

会いたいと、言葉に気持ちを乗せる。

「…ああ。またすぐ来るよ。」
「待ってる。」

銀ちゃんは軽く手を上げ、部屋を出て行った。

この人はいつもそう。
私を一番に考えてくれる。
いつも温かくて、いつもマイペース。けれど私のためとあらば、全力を尽くそうと動いてくれる。

まるで大きな山のよう。
それが、坂田銀時という人。

にいどめ