運命24

近付く事実

しばらくすると、紅涙は寝息を立てた。

「…疲れたよな。」

俺も疲れた。たぶん、お前ほどじゃねェけど。

『…どうして、…、』
『どうして…真選組なんですか……っ』

気の利いたセリフも返してやれなかった。
だが江戸に攘夷がいる限り、こうなる結果とは隣り合わせ。相手が俺達じゃなくても…いつかはこうなってたんだ。

「よかったんだよ…真選組で。」

俺が真選組だから、出来ることもある。

「……帰してやるから。」

少しでも早く釈放されるよう、手を貸してやる。もちろん、合法的に。

「…大丈夫だからな。」

そっと紅涙の髪を撫でた。
部屋の隅に布団を敷いて、起こさないよう抱きかかえる。布団の上に下ろすと、紅涙が小さく身じろいだ。

「ん……、」

寝返りを打って、また寝息を立てる。

「…おやすみ、紅涙。」

そばの壁に背を預けて座った。

「はぁァ……、…。」

疲れたな、本当に。
これほどの疲労感は久しぶりだ。

溜め息を吐きながら肩を回す。ふと、窓が目に入った。言っても元々倉庫だから、換気目的の小さな窓だが。

「…曇ってんな。」

小窓から見える夜空を雲が覆っている。どうやら明日の天気は悪いらしい。

「明日…か、…。」

『俺ァ明日、紅涙を挙げるつもりでいますんで』

大層な自信だった。
俺をけしかけるためだけのハッタリかもしれねェが…どういう算段か分からない。

『せいぜい邪魔しないよう部屋に閉じこもってな』

…俺に出来ることは、まだあるはずだ。

「ははは、こりゃァ珍しい。」
「!?」

その声にカッと目を開いた。

「おはよう、トシ。」

近藤さんが立っている。
…いや、その前に寝てたのか?俺は。

「…、」
「うん?どうした。」

小窓から空を見る。明るい。
どうやらいつの間にか寝ちまっていたらしい。

「おはよう…近藤さん。」
「トシが自室以外で熟睡するとは珍しいな。」
「…ちょっと疲れが出ちまったみてェだ。…ふぁ、」

あくびしながら伸びをする。
すると、パサッと何かが落ちた。薄手の着物だ。

「近藤さんが掛けてくれたのか?」
「いや?俺は今入ってきたとこだが。」

なら…紅涙が?

『攘夷を探るために近付いてきたこと、…人として、……軽蔑しています』

……優しいんだな。
布団の上で眠る紅涙を見た。…が、いない。

「紅涙はッ!?」
「お手洗いに行ったよ。」
「そ、そうか…。」

なんだ…よかった。総悟が連れ去ったのかと焦った。…っいやでも、

「監視は!?」
「落ち着け、ちゃんとつけてる。山崎が一緒に行った。」
「そ、うか…。」

肩の力が抜けた。なんか…一瞬で目が覚めた気がする。

「…トシ、山崎が帰って来てるんだぞ。」
「あ?ああ。だから紅涙についてんだろ……って、」

ああ…、…そういうことか。

「どうだった?」

アイツは紅涙の部屋にあった手紙の送り主を暴くため、街に出ていた。帰ってきたということは、何かしらの収穫があったか…何も得られなかったかのどちらかだ。

『じきに揃いまさァ。裏付けも、証拠も』

アイツがガッカリするような報告だったらいいな。…なんてな。

「この手紙だが、」

近藤さんが俺に手紙を差し出す。

「こいつは桂が書いたものと見て間違いないという判断になった。」
「!……わかったのか?桂の筆跡が。」
「ああ。意外にも調べれば山ほど出て来たようでな。どうやら向こうには隠れ潜む気がないらしい。」
「…街に溢れる筆跡自体が偽物という可能性は?」
「ある。だがその筆跡で書かれた攘夷浪士宛の手紙も回収した。」
「そんなもんまで手に入れたのかよ…。」
「感心するよな!普段からこれくらい働いてくれれば、山崎もあっという間に昇進するんだが…ミントンだのガバディだのと趣味に勤しみすぎるからなァ。」

……、

「とは言っても、今回は寸志を勘定方に掛け合うつもりだ。いいよな?」
「……ああ。」

よくやったよ。…ほんと。

「…これで、紅涙の容疑はほぼ確定したってわけだな。」
「そうなる。まァここまで裏付けても、桂が常に代筆させていたということも考えられる。目の前で本人が書いた筆跡を確認しない限り、100%桂の筆跡であるとは言えんだろう。」
「…そうだな。」
「それに彼女の部屋で回収した手紙も、勝手に置かれた物だと言われればそれまでだ。少々無理のある話ではあるが。」
「……しねェだろ、そんな悪あがき。」

早々にここまで来ちまった。
こうなると、捜査は紅涙の容疑を確定して上で進んでいく。ここから先は『知らない』と否定し続ける方が…分が悪い。…どうするかな。

「…宛先についての情報は分かったのか?」
「いや、わからん。だが日頃から連絡を取り合うような、親しい人物に宛てたと見て間違いないだろう。」
「つまり桂と同じ夢路屋に出入りしていた…」
「高杉だな。しかし手紙は二通ある。他に対等の攘夷志士と言えば…」
「坂本か?」
「…と、白夜叉。」
「っ、白夜叉!?」

目撃されてんのか!?つーか、

「生きてんのかよ!」
「わからん。だが可能性がゼロでない限り考えるべきだろう。」
「くっ…、…そうだな。」

白夜叉は、攘夷志士の中で最も力を誇っていたと聞く。
他のヤツらと違って顔も定かでなければ、名前も通称でしかない。実際に存在していたかどうかすら怪しい野郎だが……

「まさか江戸でまたその名を聞くことになるとは…。」

田舎に逃げ隠れて生きりゃいいものを…えらく堂々としたもんだ。やはり再び結託して、同じ過ちを繰り返そうとしているのか…?

「どうもデカい話になってきやがった…。」

よりにもよって、そんなヤツらが紅涙の周りをうろついてるなんて……。

「トシ、今日から彼女に取り調べを始めるぞ。」
「!」
「この手紙を見せて、攘夷との関係を詰めていく。」
「…どうする気だ。」

紅涙を。
そう口走った自分に眉を寄せた。
……何言ってんだ俺は。

「睨むな睨むな。心配せんでも拷問はせん。」
「べつに…心配なんて……」

いや、心配だ。どんな手段で吐かせるつもりか、心配でならねェ。

「あくまで健全な聴取を行うさ。彼女の出方次第では分からんが、核心を問うのも夢路屋でのことを整理した後。まずは客層や遊女としての仕事内容を整理していく。」
「……わかった。」

……ん?
近藤さんの言い回し…なんかおかしくねェか?
まるで俺が気にかけてんのは、拷問と紅涙の容疑みてェに聞こえる。…間違っちゃいねェ。間違っちゃいねェが…やっぱりアンタも俺の気持ちに気付いてんじゃ……?

「慎重に追い込んでいかんとな。芋づる式に大物を釣り上げるチャンスかもしれんぞ!」

グッと拳を握り、

「…そこでだが、トシ。」

その手をポンと俺の肩に置く。

「お前に聴取を頼んでもいいか?彼女も俺達より親しいトシの方が話しやすいだろ。」
「……、」

返事に迷う。
俺が聞き役に回れば、紅涙のことを護りやすい。容疑を確認しつつ、事情を汲んで上手く収めてやれる。

……だが本当にそれでいいのか?

白夜叉まで絡んでる可能性を考えると、夢路屋へ帰した方が危険かもしれない。だったらここで聴取を長引かせるか、容疑を確定させた方が……、……いや、

『これ以上…、馴れ馴れしい態度はやめてくれませんか』
『十四郎さんのこと……許していません』

そもそも俺に話してくれんのか?

「お前がダメなら総悟に頼むつもりでいるが…」
「やる。俺がやるよ。」

……まァなんとかなるだろ。
近藤さんはニッコリ笑って頷いた。

「じゃあとりあえず今日から聞き出しを始めてくれ。あと記録をつけることも忘れずにな!」

軽く片手を上げ、

「頼んだぞ!」

部屋を後にした。

「…、」

聴取か。
あの口振りだと、俺の他には誰も付けず一人で出来そうだ。…助かる。

「……さて、と。」

どう切り出すかな…。