はらった手
でも、私は土方さんの前で笑っていなかった。
いくら今を受け止めようと思っていても、4年前と…今とは違う関係が、私の中で引っ掛かっているのかもしれない。
「…っい、ッ」
土方さんが頭を押さえる。まさか…
「頭も…痛いんですか?」
「ッ…心配…っない、」
「そんなわけありませんっ!」
胸だけでなく、頭まで…。
街中で苦しんだ時と全く同じ症状だ。やはり忘れた記憶に触れようとすると、土方さんは……。
「…病院に行きましょう。」
「いい。ッ、…じっとしてりゃ…治まる、…ッ、」
「でもっ、」
「ここに…ッ…いてくれ。」
「土方さん…」
「そばに…、……、」
フッと浅く息を吐く。かと思うと、
「っ土方さん!?」
身体から力が抜け、土方さんは意識を失った。
「っ、そんなっ、…っ、…!」
意識がなくなるなんて…
「…っ、」
救急車を呼ぼう。必要ないと言われたけど、さすがに心配だ。
脱力する土方さんの身体を支え、そっと畳の上へ寝かせる。その時、
―――バサッ
「あっ、」
書類の山に当たり、一つを倒してしまった。
「…、」
土方さんの周りには、いくつもの山がある。
おそらくこれが…病院を嫌がる理由。
入院となれば、また仕事は溜まる。今度こそ真選組の活動に支障をきたすかもしれない。
私が事務処理だけでも引き受けたいけれど、戻ってきたばかりで内情を把握できていない今、大した力にはなれない。結局、副長の仕事が出来るのは土方さんしかいない。
「……それでも、」
病院には行ってほしい。
身体がどうなってるのか、診てもらってほしい。
…だけど、土方さんが抱える心配も…理解できる。
「…土方さん……、」
「…。」
目を閉じるその表情は、まだ少し険しさが残っている。
「……。」
「……、…………わかりました。」
救急車は、呼ばない。土方さんの言葉を信じる。でも、
「私が行ってきます。」
そのためにもまずは、この状況を誰かに引き継ぎたい。近藤さんに声を掛けて、土方さんを見ていてもらえるか聞い―――
「あ…。」
そうだった。既に酔っ払っているかもしれない。
「…どうしよう。」
適当な人を探すしかないか…。
広間で禁酒組を見つけよう。
ひとまず部屋に吊るしてあった服を土方さんに掛ける。起き上がることも想定し、周りは広く空けておいた。
「……よし。」
静かに副長室を出て、広間へ向かう。そこへ、
「あらら。お楽しみは終わっちまいやしたか。」
「!」
背後で声がした。振り返れば、
「デリカシーないですよ、沖田隊長!」
「うるせェ山崎。こちとら働いてきたんだ、嫌味のひとつでも言わせろィ。」
山崎さんと沖田さんだ。帯刀している様子から、ちょうど巡回帰りだろう。
「お疲れ様です。」
「お疲れ、早雨さん!」
「紅涙は何にお疲れなんでさァ。」
「沖田隊長っ!も~ごめんね、ちょっと不貞腐れちゃってて。」
「いえ…、…、」
……そうだ、
「帰って早々申し訳ないんですけど、お二人にお願いしたいことがあって…。」
「お願い?」
「なんでさァ。」
「中で土方さんが眠ってるんです。私は少し出掛けてくるので、様子を見ていてもらえませんか?」
「はァ~!?何が楽しくて野郎のスッキリした寝顔を――」
「待ってください、沖田隊長。」
山崎さんが神妙な面持ちで沖田さんを制する。
「何かあった?」
「……はい。」
「…わかった、状況を聞かせて。」
私は細く息を吐き、山崎さんの顔を見た。
「ここ数日、土方さんは頭や胸の痛みに悩まされていました。それがさっきは痛みに耐え兼ねて…意識が」
「意識失ったの!?」
「……はい。」
「ちょっ、それヤバくない!?」
「救急車は呼びやしたか。」
「そうだよ、救急車!救急車呼んだ!?呼んでないの!?」
「落ち着け山崎。」
「すすすみませんっ…!けど!」
「救急車は…呼んでません。土方さんが『じきに治まる』と嫌がって。」
「それでも呼ばないとっ!」
「そう…なんですけど…、…。」
「『けど』?」
沖田さんが私を見る。
答える前から、『お前の判断は間違っている』と責められているように感じた。
「…溜まってる仕事量を考えると…土方さんの気持ちが分かるので…。」
「はァ~!?何言ってんだよ!命あっての仕事でしょうがッ!」
「そう…ですけど…、…土方さんが言うように、しばらくすれば痛みは消えると思うんです。…前がそうだったから。」
「同じ状況があったってこと!?」
「…はい、意識が飛ぶようなものではありませんでしたけど。だから私だけでも病院に行って話を聞きたいなって…。」
「言ったところで、本人が行かねェ限り原因は分かりやせんぜ。」
「原因は……分かってます。」
「「え?」」
二人の声が重なった。
「何?原因は。」
山崎さんが怪訝な顔つきで言う。
私は言葉にするのを少しためらった。
『分かっていながら同じことを繰り返したのか』…そう言われそうで。
「原因は?」
沖田さんが急かす。
私は小さく息を吸い、口を開いた。
「原因は…、……おそらく私です。」
「早雨さんが?」
「はい。…私との記憶をさかのぼろうとする度に…痛みが出るようで。」
「そりゃ偶然でさァ。」
鼻先で笑う沖田さんに、
「そうだといいんですけど、…。」
苦笑する。
私を見た二人の顔が少し険しくなった。考え込むような顔つきをした後、
「話は分かりやした。」
沖田さんは浅く溜め息を吐き、私を見る。
「俺も行きまさァ。」
「?」
「俺も紅涙と病院に行く。」
「っえ!?」
沖田さんは腰から刀を引き抜き、山崎さんに差し出した。
「わ、私一人で大丈夫ですよ!話を聞いてくるだけですし、そんな大層なものでは」
「ならボディーガードとでも思いなせェ。」
「でもっ」
「俺もそれがいいと思うよ、紅涙さん。誰かが隣にいるだけで心丈夫だったりするものだし。」
「…、」
「副長のことは任せといて。俺が見ておく。」
「っあ、ありがとうございます…!」
「ただし何かあった時は迷わず救急車呼ぶからね。そこだけ譲れないけどいい?」
「もちろんです。よろしくお願いします。」
「じゃあとっとと行きますぜ。」
早々に沖田さんが玄関へと歩き出した。
「っま、待ってください!」
屯所を出て、二人で大江戸病院に向かった。
既に外来の診察時間外となった窓口で、
「先日までこちらで入院していた土方十四郎の件で相談したいことがありまして…」
断られることも想定していたけど、直近の入院患者だったこともあってか繋いでもらうことが出来た。
「こんにちは、沖田さん、早雨さん。」
診察室の一室で、担当医が出迎えてくれる。
「お忙しいところすみません…。」
「いえ。それで、相談というのは?」
「症状について…少しお聞きしたくて。」
私は、土方さんの頭や胸に強い痛みが出ていることと、そのせいで意識を失ったこと、
…そしてそれらはいつも忘れた記憶を思い出そうとする時に起こることを伝えた。
「本人は大したことがないと言うんですけど、…心配で。」
「そうですね…。」
担当医はカルテに目を落とし、
「要は、早雨さんのことを思い出そうとした時に症状が出ているということですね?」