忘却桜15

逃げ出して+揺らぐ決意+3つの歯車

騒々しい屯所内が落ち着いた頃、

「行きますぜ。」

沖田さんと私、それに栗子さんで病院へ向かう。

―――コンコン
「失礼しやす。」
「…失礼します。」
「失礼致しまする。」

病室に足を踏み入れた。

「…、」
「…。」

いつかに見た光景を思い出す。
あの日、私が薩摩から戻って来た…あの夜に見た白さ。

「遅かったな。」

窓際に腰掛けていた近藤さんが立ち上がった。
土方さんはベッドの上で、あの時と同じように静かに目を閉じている。

「…容態はどうですかィ。」
「診てもらったが、気になる箇所はないらしい。」
「ないのでございまするか…?」
「ああ。体内は退院時と変わりなし。今は眠っているが、診察時には目を覚ましていたくらいだ。」
「!」
「それでは副長様は…」
「目が覚め次第、帰れるだろうよ。」
「よかった…!」

栗子さんの目に涙が浮かぶ。私も力が抜けた。…だけど、

「…。」

そういう話なら、早く行動しなければならない。土方さんが今日戻るのなら…戻るまでに済ませておきたいことがある。

「…あの、」

栗子さんが小さく手を上げた。

「なんだい?」
「悪いところがないのに…どうして副長様はお倒れになったのですか?」
「それは…」
「紅涙のせいでさァ。」
「!」

容赦ない沖田さんの言葉が私に刺さった。

「紅涙が変わらねェから、こんなことになっちまった。」
「…総悟。」

近藤さんがたしなめる。
私は何も言えなかった。言われたことが事実だから。

「紅涙さんが…?」
「そう。」
「何を…変えなければならなかったのですか?」
「全てでさァ。態度も言動も、その表情も、胸の内も。」

…、

黙って聞いておられず、頭を下げる。

「紅涙さん…?」
「沖田さんの話は…正しいです。……ごめんなさい。」

私のせい。
全て、私のせいでこうなった。

「申し訳ござい―――」
「やめろ。」

沖田さんが私の肩を掴んだ。

「謝って解決する話じゃねェだろ。」

その手は、めり込みそうなほど強い。

「アンタの謝罪には意味がない。謝っても何も変わらねェんだから。今の謝罪だってテメェが楽になりてェだけの謝罪だ。」
「っ違…」
「総悟!」

近藤さんの声に目もくれず、沖田さんは私から視線をそらさなかった。

「こうなる原因を知っておきながら、その状況を避けようともしなかった。しかもそれが一度や二度じゃない。医者に言われても、アンタは変わらなかったんだ。」
「…しました。でも」
「『でも』じゃねェ。出来てねェからこうなってんだろ。」
「…。」
「それとも野郎を心配するのは建前で、本心では大して気に留めてねェって話ですかィ?」
「ッ、そんなわけ」
「いい加減にしないかっ!!」

近藤さんの声が、病室にビリッと響き渡る。そこでようやく、

「…すいやせん。」

沖田さんが私から視線を外した。
近藤さんは、不安げに様子を見守っていた栗子さんに苦笑する。

「すまんな、栗子ちゃん。騒々しくて。」
「い、いえ…。ただ、お話についていけてなくて…」
「気にせんでくれ。機会があれば…まァ追々。」

申し訳なさそうにする近藤さんに、

「…今お話しして頂いて結構です。」

私は頷いた。

「土方さんの件もありますので、真選組のご迷惑にならないようであれば…ありのままを栗子さんにお伝えください。」
「紅涙君…」
「これは私が…、…、」

『私が引き起こした問題なので』
そう口にようとして、やめる。…また沖田さんに咎められるような気がした。

「……お先に失礼します。」
「は?」

沖田さんが言う。

「今来たところじゃねーか。」
「戻ります。…屯所の様子も気になりますし。」
「アイツらなら問題ありやせんよ。…つーか、単に居心地悪いだけなら素直にそう言えばどうでさァ。」
「総悟!お前って野郎はッ!」
「…失礼します。」

頭を下げる。
一度ベッドで眠る土方さんを見てから、病室を出た。

屯所に戻ると、すぐさま隊士に囲まれる。

「副長の容態は!?」
「大丈夫なのか!?」
「また入院しちまうのかよ!」

焦りと不安が入り混じっている。
沖田さんが皆にどう話していたのかは分からないけど、

「大丈夫ですよ。今は病室でゆっくりされています。」

当たり障りない返答をした。

「おそらく夕方には戻ってこられるかと。」
「んだよ、よかったァ~!」
「また過労だろ?いい加減、ガッと休んだ方がいいんじゃね?」
「だよなー。けど仕事するなっつってもする変わり者だからな、あの人は。」
「ほんと物好きだわァ。いっそ病院で強制的に休ませてもらったらいいんじゃねェの?医者の監視下でさ。」
「俺ならホテルで休みてェなー。」
「誰でもそうだろ!」

ギャハハと笑い合う隊士を横目に、私は副長室へ足を向けた。
主がいない間に入るのは忍びないけれど、

「…失礼します。」

中へ入る。
押し入れを開け、四角いブリキの缶を取り出した。揺れた缶の中では、カサカサと紙の動く音が聞こえる。
『見ての通り、どの手紙にも宛名はない。だが内容から考えてそれはお前宛てだ』

フタを開けたい。開けて、今全てに目を通したい。
…でも、しない。出来ない。
決意が…揺らぎそうだから。

「…。」

これは、この部屋に存在してはいけない物。
だからいつか……見れる日が来るまで、

「…預かっておきますね。」

私が、預かっておく。
いつか返せる日を願い…
これを、次の私の支えにする。

『彼の生活環境を変えることは出来ますか?』

『相手に『忘れろ、思い出すな』なんて求める前に、テメェが出来ることをしたらどうですかィ、紅涙』

薩摩へ行っても…寂しくないように。

―――ピピピピッ…
「!」

携帯が鳴る。近藤さんからだ。

「…お疲れ様です、早雨です。」
『お疲れさん。今どこだ?』
「っえ…、…屯所ですけど。」

肝が冷える。無断で副長室へ入ったのがバレたのかと思った。

『だよなァ、やっぱもう戻ってるよなァ…。』
「何かあったんですか?」
『いや、こっちで頼みたいことが出来ちまって。』
「…わかりました、それじゃあ今から向かいます。」
『すまんな。トシの病室で待ってるから。』

電話を切る。
ひとまずブリキの缶を自室へ運び、病院へ向かった。

たくさんの人がいるロビーを抜け、エレベーターで上へと上がる。ナースステーションの前を通りすぎて右へ曲がった先が、

“土方十四郎”

今の土方さんの病室。
スライドドアへ手を伸ばす。…が、

『副…いえ、マヨラ様っ!』

中から声が聞こえてきた。

『栗子は真剣に聞いてほしいのでございまする!』
『だから聞いてるじゃねーか。』

前のめりな栗子さんの声と、冷静な土方さんの声がする。
どうやら目を覚ましたらしい。

『俺はとっつァんの話を受けた。これのどこが不満なんだよ。』

「…!」

これは私が聞いていい話じゃないと勘づく。
おそらくこの様子だと近藤さんは中にいない。一旦待合室まで戻って、近藤さんに連絡を―――

『栗子はっ…本当にマヨラ様のことが好きなのでございます!』

「っ…、」

真っ直ぐな告白に、思わず息が詰まった。

『だからそのように感情が伴っていないと…っ嫌なのです!』
『ワガママ言うな。降って湧いた話なんだから仕方ねェだろ。』

早く…立ち去らないと。

『お父上が先走ったことは謝罪します。けれど栗子とて、ちゃんとお付き合いをして、互いの気持ちを確かめ合った上で進みたいのでございます。』

立ち去りたいのに、足が動かない。

『ならやめりゃいいだけの話じゃねーか。』
『そっ、そういう問題ではないのですっ!』

耳が勝手に音を拾い続ける。

『マヨラ様がちゃんと見てくだされば伝わりまする!』
『あァ?』
『栗子は気付いておりました。マヨラ様の眼は、いつも栗子を通り過ぎていると。』

早く…

『出逢った頃から、どこか入り込めない雰囲気にも寂しさを感じておりました。ゆえに今、お伝えしたいのです。』

早く…ここから去らないと……

『諦めないという気持ちを。』

心が、崩れる。

「おお~、紅涙君!」
「!」

響き渡る声に心臓が飛び跳ねた。

「こ、んどうさん…、」
「早かったなァ!今来たのか?」
「あ…、…はい。」
「そうか。じゃあ中へ―――」
「っま、待ってください!」

近藤さんの腕を掴んだ。

「中で栗子さんと…土方さんが話をしてます。…あ、土方さんが起きたようで」
「おう。ついさっきな。」
「…中へ入るのは、やめておきませんか?話なら向こうの待合室で。」
「そこまで気を遣わんでいい。大丈夫だ。」
「でっでも…っ私と土方さんが顔を合わせることは避けた方がいいと思います。また体調が悪化したら大変ですし…」
「心配するな、ここは病院だ。何かあったら対処してくれる。」

『何かあったら』って…

「…何かあってからでは遅いんです。これ以上、土方さんの身体が―――」
「まァとりあえず入ろう。」
「えっ!?待っ」
「入らんと何も始まらん。」
「…?」

何も…始まらない?

「入るぞー。」

近藤さんがドアを開けた。
病室へ入る背に続き、おずおずと私も入る。
…そもそもどうして中へ入る必要があるのだろう。私に用事を伝えるだけなら、ここでも、それこそ待合室でも良いのに。

「…どこ行ってたんだよ。」
「!」

顔を見なくても分かる。これは私に投げ掛けた言葉だ。

「ちょっと…仕事に。」
「何の。」
「トシ、いいじゃないか。来てくれたんだから。」

近藤さんが割って入った。

「紅涙君、キミを呼んだのはトシの要望だ。」
「…え?」
「用事があるのは俺じゃなく、トシの方ってこと。」
「!」
「…。」

土方さんの鋭い眼光が私を突き抜ける。
いたたまれず身を縮めれば、土方さんはベッド脇に置いてあった携帯を取り、どこかへ電話をし始めた。

「俺だ。…おう、そうだ。迎えに来い。」

言葉少なに切る。

「近藤さん、山崎を呼んだ。栗子と総悟を連れて先に帰っててくれ。」

えっ…!?

「わかった。」

ええっ…!?

「っか、帰っちゃうんですか!?」
「俺達がここにいても、することないしな!」
「でもっ」
「マヨ…副長様はどうして一緒に帰らないのです?」
「俺は医者に話がある。」
「では紅涙さんは…?」
「紅涙もだ。」

私も…医者に話?

「…栗子も行ってはいけないのですか?」

…そうだよ、

「医者と話すなら、私より栗子さんと行くべきです。」

口を出す私に、

「紅涙だから意味あんだよ。」

土方さんは聞く耳を持たない。

「……そうでございまするか。」

栗子さんが静かに頭を下げた。

「ではお先に失礼致します。」

栗子さん…。

「紅涙君、よろしく頼んだよ。会計は総悟が済ませてあるから。」
「…わかりました。」

肩を落とす栗子さんと、励ます近藤さん。
病室を出た二人の足音は、徐々に遠ざかっていく。

「すねてんのかよ。」

土方さんの声に顔を上げた。

「『すねる』?」
「どこから聞いてた?」
「え…?」
「俺たちの話。」

土方さんがベッドから降りる。

「病室の前で、どの辺りから聞いてたんだって言ってんだよ。」
「!?」

何の感情も読み取れない表情で私を見て、

「バレてないとでも思ってたのか、テメェは。」

鼻先で笑った。

にいどめ