忘却桜8

酔いの始まり+彼の頭の中+呼ばれる名前

「さっきのは……忘れてくれ。」
土方さんの記憶は戻っていなかった。
だったらどうしてこんなことになったのだろう。
『…、…紅涙』

名前で呼ばれたことにも、すごく驚いた。久しぶり過ぎて、耳に焼き付いている。…だけど、

「…、」

土方さんの行動は、どう考えても矛盾していた。

私を認めていない人が、突然私に好意を寄せるわけがない。
これはきっと体調不良から来るもの。頭がぼんやりしているせいで、惑わされているんだ。

「…胸の痛みはどうですか?」
「ああ、……、」

難しい顔をして、胸元を押さえる。

「マシになった。」
「そうですか…。」

良かった。

「でも胸ですし、近いうちに病院で検査してもらいましょう。」
「いい。原因は……分かった。」
「えっ、」

分かったの?

「何なんです?原因――」
―――ピピピピピ…

またしても土方さんの電話が着信する。思わず溜め息が漏れた。

「もしもし。」

今度は近藤さんらしい。

「…ああ、今からスーパーに向かう。酒は配達させるよう言っておいたが……え?なんだよ。…ったく、なら行くことなかったじゃねーか。…ああわかったわかった。了解。じゃあな。」

電話を切るなり、再び溜め息を吐く。

「つまみ、いらなくなったんだってよ。」
「え、じゃあ…」
「ああ。買い出し終了だ。戻るぞ。」

屯所へ向かって土方さんが歩き出した。

「…それじゃあ土方さん、予定より早く終わりったので病院へ…」
「行かねェっつっただろ。」
「…、」

……やっぱりダメか。
心配だけど、とりあえず様子を見るしかないかな…。

私達が屯所に戻ると、既に大半の隊士が広間に集まっていた。

「もう始める気か?酒の手配は昼にしちまったぞ。」

土方さんが顔を引きつらせる。近藤さんはガハハと笑い、

「見ろ、トシ!」

広間の隣にある部屋を開けた。そこには充分すぎる量のお酒が並んでいる。

「えっ…!?」
「どうしたんだよ、これ…。」
「トシに電話した後、すぐに酒屋に届けてもらった!まァ今はこれしか用意できねェから、追加分は順次運んでくれるそうだ!」
「もう充分じゃないですか?」
「何を言うか、紅涙君。この程度なら、ものの5分で無くなる!」
「ええっ…」
「無くならねェよう加減して飲めよ。」

やれやれといった様子で、土方さんは広間の奥へ入って行った。近藤さんは「快気祝いに加減するやつがあるかよ!」と笑い、お酒を選び始める。

「これだから酒飲みは嫌でさァ。」
「!」

背後の声に振り返ると、なぜか刀を片手に沖田さんが立っていた。

「そ、それはどうして…?」
「あいにく俺ァ禁酒組なんで。」
「ああ!……お疲れ様です。」
「早く年取りてェー。」

飲める年齢にない沖田さんは、強制的に禁酒組。宴会も、ずっと片足程度しか楽しめていないはず。
けれど文句を言いながらも本来の業務に勤しむ姿は、やはり一番隊隊長だと思う。

「…変わりましょうか、私。」
「今日の主役に言われても。」
「そこはお気になさらず。その……、…私、あまり楽しめる気分にないんで。」

苦笑する私を、沖田さんは「ふーん」と軽く受け流した。

「まァ主役の一人がいないってのも面白ェ話ですが、始めくらいは出ておきなせェ。で、後は抜けるなり暴れるなり好きにすりゃいい。もしそこで、」

私の肩にポンと手を置く。

「野郎を葬りたくなったら、いつでも俺のとこへ連絡を。」

ニタッ…とした不吉な笑みを残し、沖田さんは広間へ入って行った。

…でも一理ある。
途中で抜ければいいのか。…そうだ、そうしよう。

「…よし。」

私も広間へ入り、入口付近の席を探した。が、

「紅涙君はこっちこっち!」

奥で近藤さんが呼んでいる。
その場所は、まさに主役席。真正面のど真ん中、土方さんの隣だ。

「……。」

行くしかない。
隊士に「お疲れ!」「おかえり!」等と声を掛けてもらいながら、土方さんの隣へ腰を下ろす。

「…、」
「…。」

なんとなく居心地が悪くて、会話を探した。
思い出すのは直前の出来事ばかりで、余計に居心地が悪くなる。当たり障りのない会話も難しい。「痛みはどうです?」なんて聞いたら最後。「しつこい」と怒って今すぐクビにされることも……

「えー、コホン。では諸君!」

そうこう考えている間に、近藤さんが立ち上がった。

「一時はどうなるかと心配したが、こうしてまた全員揃って飲めることを嬉しく思う!」
「「「ウオォォォォォッ!!」」」

拳を突き上げて応える隊士の声に、鼓膜がビリビリと振動した。

「この宴会は2つの合同祝いだ!何はともあれ、こうして元気に戻ってきてくれたトシと!」
「「「オォォォォォッ!!」」」
「…っせーな。」

鼻先で小さく笑った土方さんがグラスを軽く持ち上げる。

「世話掛けて悪かったな。」
「「「副長ォォォォォッ!!」」」
「だからいちいち声揃えんなって。」
「そして約4年ぶりに薩摩から戻ってきた紅涙君の祝いだァァ!」
「「「おかえりィィィィッ!!」」」
「ふふっ…、ありがとうございます。」

頭を下げた。近藤さんは一升瓶を掲げ、

「今日は無礼講だ!飲めるヤツは飲み倒せ!飲めねェヤツは手当て付けるから許せ!」

ガハハと笑うと、

「話は以上!乾杯!」
「「「カンパーーーーイ!!!」」」

宴会が幕を開けた。
至る所で聞こえる楽しげな声と、グラスがぶつかる高い音。
上座に座る私達のところには、すぐさま数人の隊士がビールを片手にやって来た。

「今日はいっぱい飲んでくれよ、紅涙ちゃん!」
「あ、ありがとうございます。」
「薩摩でも宴会はあったのか?」
「ありましたよ。年に1回程度ですけど。」
「少ねーッ!」
「ここが多すぎるんですって。」

注がれるお酒を飲み、喋って、笑って、飲み干したらまた次の人が注ぎに来る。
何度も何度も人が入れ替わって、その度に「ありがとうございます」と飲み続けた。

さすがに頭がフワフワしてきた頃、

「あんま飲み過ぎんなよ。」

隣から声が掛かった。土方さんだ。見れば少し顔が赤い。…そう言えばお酒、あまり強くないんだっけ。

「何杯飲んだんだ?」
「えーっと…、………?」
「おい。」
「わかりません。」
「ったく、いい加減断れ。」
「みんなが注ぎに来てくれるから、飲まないと失礼です…。」
「そんなこと言ってたら全員分を飲む羽目になるんだぞ。」
「努力します!」
「バカ言うな。これで終いにしとけ。」

土方さんがビール瓶を見せた。

「じゃあ私が先に入れます。」

私もそばにあったビール瓶を手に取る。

「俺はいい。」
「そういうわけには。」
「黙って俺の酒を飲め。命令だ。」
「うっ………わかりました。」

仕方ない。渋々、グラスを差し出した。

「いただきます。」
「おう。」

トクトクと注がれていくビールを見る。
黄色い液体の中で連なる小さな泡が可愛い。いつまでも見ていられそうだな…なんて、取り留めのないことを考えていると、

「さっきは……悪かったな。」

土方さんが謝った。
『さっき』は当然、あの時のことをさしている。

「…二度目です、その謝罪。」
「ああ。…。」
「…もしかして、念押ししてるんですか?」
「念押し?」
「私が皆に言いふらさないように。」
「そういうつもりはねェが…、…。」
「心配しないでください。誰にも言ったりしませんから。」
「それは分かってる。お前だから…心配してない。」
「…。」

こういうのは…ズルい。
そもそも、どんな会話も私は不利だ。
土方さんのことが好きな私と、私のことが好きじゃない土方さんの会話は…始まりから対等じゃない。

「…それならどうして何度も謝るんです?」
「……、」
「……それほど忘れてほしい『間違い』だったから?」
「そうじゃねェ。…が…、…。」
「…あれって何だったんですか?」
「…、」

土方さんが険しい顔で目を伏せた。
自分でも珍しく踏み込んだ質問をしていると思う。当然、お酒の力がなかったら聞いていない。

「どういうつもりであんなことを…?」
「……。」

未だ土方さんは言葉を詰まらせる。
その様に、ひとり傷ついた。…あれはやはり、気持ちが伴わない行動だった。

「……ひどいなぁ、土方さん。」

苦笑して、手元のコップを覗いた。

「よりにもよって、私にあんなことするなんて。」

ビールの水面に自分の顔が映る。思っていた以上に…情けない顔をしていた。

「…頭や胸が痛いせいでああなったなら、ちゃんと病院に行ってくださいね。」

もう二度と、紛らわしい行動をしないために。もう…二度と。

「…違う。」

土方さんが険しい顔つきのまま口を開いた。

「胸が痛かったせいじゃない。…いや、関係はあるが……そのせいじゃないっつーか…、」
「…?」
「…悪い、うまく…言えねェ。だが…、…、」

言葉を探す。
…土方さんは分かっていない。自分の態度がどれだけ人を振り回し……傷つけているか。

「…もうなんでもいいですよ。」

全く、分かっていない。

「なんでもいいですけど……、…これ以上、残酷なことはしないでください。」

呆れたように笑い捨てて言ったつもりだったのに、眉が震えて、力無く笑うだけになった。

「お願いだから…、…。」
「…、」
「…、…。」
「…早雨。」
「…なんですか?」
「…………話がある。」
「…今話してるじゃないですか。」
「…来い。」

土方さんが私の手を掴んだ。

「えっ、」
「ここじゃ話せねェ。」

立ち上がる。もちろん私の手を掴んだままで。

「えっ、っ、ちょっ、!?」

慌てて立ち上がった。そんな私達に近藤さんが気付く。

「あんれェ~?どこ行くんだ、お二人さん。」
「…早雨が気持ち悪ィんだとよ。」
「え!?」

私!?

「なんだ、もう酔っちまったのか!宴はまだまだこれからだぞ、紅涙君!」 
「は、はい。あの、」
「介抱してくる。」

土方さんは淡々と嘘をつき、歩き出した。
もちろん私達の歩く様を見た隊士が冷やかしてくる。しかしそんな声にも土方さんは黙々と足を動かした。

「あのっ、土方さん!?」
「…。」

広間を出て、廊下を歩く。

「ちょっ、どこに行くんですか!?」
「…。」

遠ざかる賑やかな声を背に、土方さんは私の手を引いた。辿り着いた場所は、なんということはない。副長室。

―――グッ…
「!?」

襖を開けるなり、力強く部屋へ引っ張り込む。

「っ、わ!」

お酒のせいで、足の力が弱かった。上手く踏みとどまれず、私は畳に膝をつく。

「あ、ぶなっ…!」

引っ張られたのは、これで2回目。まさか今日だけで2度も体験するなんて―――

「っ…、」

急に世界が回り始めた。酔いが押し寄せ、見るもの全てが揺れて見える。
そこまで酔っていないと思っていたけど、どうやら身体は充分お酒で満たされていたらしい。ギュッと目を閉じ、深呼吸した。

「…早雨。」

冷静な自分を掻き集め、土方さんの声に振り返る。だけど想像以上に近かったらしく、足しか見えなかった。

「…?」

視線を上げる。
間近で見下ろす土方さんの瞳は、私同様、酔いをはらませ濡れていた。

「夢に…お前がよく出てくる。」
「…夢?」
「病院で寝ていた時もそうだった。目を覚ますまで、ずっと…女の夢を見てた。それがお前だと気付くのに…時間は掛からなかった。……紅涙。」
「っ、」

土方さんの声が胸に突き刺さった。

「色々と簡単に…認められやしねェからと目を背けてきたが……裏付ける証拠まで出てきちまった。」

裏付ける…証拠?

「…教えてくれ。」

腰をかがめ、私の顔を覗き込む。

「お前は俺の何だった…?」
「!」
「俺の頭にはいつも紅涙がいる。お前といると…不意に手が伸びちまう。」

苦しそうに眉を寄せ、私の髪をひと掬いした。

「紅涙に触れたいと……本能が言ってるみてェだ。」
「っ…、」

…知らなかった。
土方さんの中に、違和感が残っていたなんて。
私という存在が綺麗さっぱり消えていたわけではなく、まだちゃんと……土方さんの中にいたなんて。

「自分でもどうかしてると思った。…だが近藤さんは何も教えてくれねェ。」
「聞いたんですか…?」
「聞いた。でも『それは俺から伝えることじゃない』ってよ。…本当にお前は副長補佐なのか?」
「…それは…そうです。」
「含みのある返事だな。」
「…、」

言ってしまおうかと思った。
だけど、痛みに苦しむ土方さんの姿が目に浮かぶ。

あれは何の痛み?
あの時と今は別…?
今言っても、あんな風にはならない…?

わからない。確証がない。
確かなのは、土方さんは忘れた記憶に近付いている。もうすぐ…もうすぐ戻ってくるかもしれないところまで。

「あの時の…仕切り直しだ。」

いつもより暖かい手が私の頬に触れた。
ゆっくりと近づいてくる唇を、邪魔するものは今回なく……

「…っん…」

やわらく、優しい熱が灯る。

「…、」

いいのかと聞かれているような視線に、

「……、」

土方さんの唇を見ることで答えた。
すぐさま熱が重なる。ヌルッとした生暖かい舌にこじ開けられ、息が上がった。

「っは…っむ…っ」

奥歯の付け根をくすぐるように動く舌が気持ちいい。酔いのせいもあって、たまらなく身体がうずいた。
体重を掛けられて押し倒されるように寝転がっても、土方さんは唇を離さない。

「はぁっ…、ン…っ…ぁ」
「…っ…紅涙…、」

咥内から出ていった舌が、荒く息をする私と銀色の糸で繋がる。厭らしく土方さんは妖艶で、

「…止めてやらねェぞ。」

綺麗だった。

「っ…、ぁっ、…土方…さっん」

首筋から鎖骨へ、ついばむように唇が通っていく。時折、滑るように舌が這うと、身体が小さく跳ねた。

「…っん」

視界の端に、放り投げた二人のジャケットが映る。そばに土方さんのスカーフも落ちていた。

「はぁっ、っ、」

私の肩は辛うじて残るシャツから露出し、その肌に土方さんが口付ける。

「…やっぱりな。」
「なん…ですか…?」
「……知ってる。」
「?」

私のシャツと背中の間に手を差し入れた。ゾクッとした感覚に背をしならせれば、突き出した胸に唇が落ちる。

「ぅっぁ、ん、っ…」
「俺はお前を知ってる。」

手のひらを私の肌につけ、確かめるようにして動かさない。その時間が…じれったくて。

「っ…土方さん…っ、」
「…わかってる。」

鼻先で私を笑った。

「弱かったところも、」

脇腹から胸へ、ツツツと指先が辿る。

「っアッ」
「…だろうな。」

ニヤりと笑む。

「触ってほしいんだろ?」
「んっ…」
「どこを?」
「っぁっ、ん…ん…」
「言わねェと。」
「っ、」
「紅涙の口で教えてくれ。」
『…教えてくれ』

「ッ!」

快感に呑まれていた思考が一気に冷めていく。
…したい。このまま最後までしてしまいたい。…だけど、
『…悪かったな』
『さっきのは……忘れてくれ』

また謝られたら…、……、

「…っ…」
「…どうした?」

まだ土方さんは思い出せていない。そんな状態のまま…、記憶を手繰り寄せているだけの中途半端な気持ちのままで関係を持ったとしても、たぶん…虚しさを引きずることになる。

「…紅涙?」
「…、」

それこそ、二人の関係は変わってしまうのだろう。
欲望のはけ口を目的とした……酷い仲に。

「っ…、」
「どうしたんだよ。」

涙ぐむ私を、土方さんが心配そうに見た。

「土方さん…っ、」
「ん?」

私達が進むには、

「っ…、…好きに…なって…っ…、」
「…?」

それしかない。

「私のことっ…また好きになって…っ…!」
「紅涙…」

また同じように、また同じくらいに。
私を、好きになって。

「…紅涙、俺は――」
『マヨラ様ァァァ~!』

「「っ!?」」

あの声は…、
『どこでございまするかァァ~?』

「栗子…?」

栗子さんだ。
土方さんが眉を寄せる。

「なんでまたアイツが…?」
「…っそれよりも土方さん、」

覆いかぶさっていた胸を押す。

「服、早く整えないと。」
「…あァ?なんで。」
「なんでって…栗子さん、ここに来ますよ。もうすぐ。」

耳を澄ます。
トタトタと廊下を歩く足音が近づいてきた。

「早くっ!」
「……チッ。」

舌打ちして身体を起こした。
土方さんはスカーフを巻き直し、私は盛大に気崩れた服を整える。最後のジャケットに手を伸ばした頃、

『ここが副長室でございまするか…?』

襖の向こうで栗子さんの声がした。
間に合った…!
土方さんは私の様子を確認した後、立ち上がって襖を開ける。

「なんでお前がここにいるんだ、栗子。」
「マヨラ様~っ!お会いしとうございました!」
「昨日会ったばっかだろうが。」
「栗子は片時も離れたくないのでございまするよ!」

ペタっと土方さんの腕に引っ付く。その様に、私の胸は昨日よりもザワついた。

この心情は…よくない傾向だ。私の中にある土方さんへの想いが、また割り切れないものに変わってきている。あんな風に触れたせいで……勘違いし始めている。

「んん?そこにいるのは紅涙さん?」

栗子さんが土方さんの影から顔を出した。

「どうも…、」

苦笑する私に、

「わぁ~!早速お友達にまで再会できて嬉しいでございまする!」

嬉しそうに笑う。私も笑顔で返したけれど、

「…どうかしたでございまするか?」

うまく笑えていなかったらしく、栗子さんは顔色を曇らせて私を見た。

「紅涙さん、なんだかお顔が優れないような…」
「今まで酔って寝てたんだよ。」

土方さんが答える。

「お前が来たせいで起きちまったがな。」

余計な小言付きで。

「土方さん!」
「まぁっ…!それは申し訳ございませんでした!今からでもまたお休みに――」
「い、いえ大丈夫です、…もう…スッキリしましたから。」
「本当に…?」
「はい、ご心配なく。」

私は立ち上がり、軽く頭を下げた。

「土方さん、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。私は先に広間へ戻ります。」
「…あァ?」
「では。」

二人の横を通り過ぎると、

「待て。」

腕を掴まれる。

「広間には戻るな。自分の部屋に帰れ。」
「…。」

それは『部屋で待っていろ』という誘いなのか、純粋に『もう飲むな』という意味なのか。

「部屋にいろ。」

…私には分からない。でも、

「……大丈夫です。」

私はもう、あんな風に触れ合おうとは思わない。土方さんが……また私を好きになってくれる日まで。

「失礼します。」

掴まれていた手を離し、副長室を出た。

「っ、紅涙!」
「…マヨラ様?」
「……くそっ、」

背後で声が聞こえる。

「紅涙さんなら大丈夫でございまするよ。ちゃんとご自身を分かっていらっしゃる御方ですから。」
「…お前が何を知ってるっつーんだよ。」
「詳しくは分かりませぬが、栗子の分析は鋭いのでございまする!」
「…会って2日程度のお前に分かるわけねェだろ。……俺ですら掴めてねェのに。」

私達は、近くて遠い。

にいどめ