彼の彼女の日+居場所なき客間
「副長のお相手、清楚系だと思う?」
「どっちかと言えばクールビューティじゃね?」
「意外にもアイドル系だったりして。」
「バカ、あんな鬼を気に入るんだぞ?ワイルド系に決まってんだろ。」
「のほほん系もありえるぞ。」
隊士達の会話は、咲夜からずっとこの話で持ち切りだった。
よく飽きないなと呆れながらも、私は清楚系じゃないかなと思う。なんとなく…土方さんの隣に似合いそうな感じがして……。
「はぁぁ…。」
「随分と重い溜め息じゃないか。」
「!っこ、近藤さん…、」
食堂でお茶出しの下準備をしていると、入口から近藤さんが顔を出した。
「悩み事が解決してないようだな。」
「……、…そうですね。」
「聞こうか?」
「いえっ…、……実は私にも今ひとつ分からないので。」
「?」
不思議そうに小首を傾げる近藤さんに苦笑した。
「変な話なんですけど、自分でも何に悩んでるか、はっきり分かってないんです。ただ心が沈んでるというか、晴れないというか…そんな感じで。」
「なるほど、」
近藤さんはアゴの髭を触りながら、
「そういう時は色々やってみるといい。」
人差し指を出した。
「言わば消去法の一つだ。色々やっていくうちに、気が重い部分が明確化してくる。そうすれば自ずと何に気が滅入っていたのか分かってくるはずだ。」
「そう…ですね。」
今のところ、土方さんが関係していることは分かってる。ただそれが土方さん単体に対してなのか、関わる事柄に対してなのかは分からない。ようは…お茶出しや話し相手が嫌なだけなのか。
「原因さえ分かれば次のステップへ進めるようになるさ。」
「次の…ステップ……、」
「克服を目指すか、避ける道を選ぶか。向き合って出した答えなら、それはどちらも乗り越えたことになると俺は思うよ。」
……うん、
「ありがとうございます。」
「よし、それじゃあさっそくやってみよう!」
「え!?」
「まずは一つ目、一緒にお出迎えだ!」
「お、お出迎え…?」
「トシのお相手、夏目さんを出迎えよう!」
「あ……、…。」
胸がザワザワする。気が乗らない。…確かにこの感覚だ。
「…わ、わかりました。」
近藤さんと玄関を出て、門へ向かった。そこには既に土方さんが立っている。
「早いな、トシ。」
「当たり前ェだろ。」
煙草は吸っているものの、どことなく普段よりキッチリしている…ように見える。いつもと同じ隊服なはずなのに。
「紅涙、ちゃんと服着ろよ。」
「え?」
「服だよ服。中のシャツ。」
なんでバレたんだろう…。
実のところ、スカーフの下のシャツは三つほどボタンを開けていた。首元が詰まりすぎて苦しいから。だけどスカーフを巻いて隠している。見た目では絶対分からない。
「…大丈夫ですよ、鏡で確認してきましたし。」
「ダメだ!」
「…、」
出たよ、ダメダメ星人…。
「スカーフ外してボタン留めろ。」
細かいな…。
「…嫌です。」
「あァん!?」
「これで出迎えます。」
「つまんねェ意地張ってんじゃねェ!」
「意地じゃありません。十分、ちゃんと着てます。」
「んなバカに付き合ってる暇ねェんだよ!」
土方さんが手を伸ばした。
―――シュルッ
なんと私のスカーフを解く。勝手に!
「ああっ!?」
「お前がやらねェなら俺がする。」
「え!?やだっ、ちょっ…」
「動くな!」
「うっ…、」
「ったく、今日くらいちゃんとしてくれよな…。」
咥え煙草で私の首元のボタンを留める。私は、
「……、」
土方さんの言葉に引っ掛かっていた。
なんだろう…この気持ち。今日が土方さんにとって大切な日なのは分かる。でも、土方さん本人から大切にしたい日だなんて聞かされたら……。
「紅涙、」
「…なんですか。」
「今日、…ありがとな。」
「!」
お礼を言われて、こんな気分になったのは初めてだ。
こんな…、……、
「…土方さん、」
「ん?」
「煙たいです。」
「……テメェがちゃんと着てこなかったせいだろ。」
咥え煙草の煙が目に染みる。…少し涙が出た。
「仲良いよなァ、お前達。」
「どこがだよ。」
土方さんが近藤さんを鼻で笑った。
「俺達を見てそう言ったのはアンタだけだ。」
「そうか?そりゃ見る目ねェな、みんな。」
ガハハと近藤さんが笑う。
そこへ、一台の高級車が止まった。
「…来たな。」
土方さんが煙草を消した。車のドアが開き、後部座席から誰かが降りてくる。
「よォ~近藤。」
「お疲れ、とっつぁん。」
松平長官だった。
「土方ァ、テメェは相変わらずの面してんなァ。そんな目つきしてると楓ちゃんがビビっちまうぞ?ォ」
「顔は変えようがねェよ。」
そこにもう一人、
「これはこれは。近藤君、土方君。」
体格のいい男性が降りてきた。とても落ち着いた雰囲気で、笑うと糸目になる。この人が…
「お待ちしておりました、夏目さん。」
土方さんの結婚相手の親。
「近藤君、今回は無理を言ってすまないね。」
「いやいや、皆も楓さんをひと目見られると喜んどりますよ。」
「ハハ、そうか。」
「…夏目さん、今日はよろしくお願いします。」
土方さんが一歩前に出た。頭を深く下げ、礼をする。
「かしこまらんでくれ、土方君。君とは家族になるんだ。そんな堅苦しい挨拶はもういらないよ。」
「…ありがとうございます。」
「おや?そちらの女性は、」
夏目さんと目が合った。胸へ押し寄せる見えない波にあがないながら、私も頭を下げる。
「お初にお目にかかります。真選組一番隊副長、早雨紅涙と申します。」
顔を上げた。
「やはりそうか。君のことは松平から聞いているよ。」
にこっと笑う。よく笑う人で…良い人そうだ。
「他の隊士に負けじと頑張っているんだってね。うちの楓にも見習ってほしいものだ。」
夏目さんが車の方へ目をやる。声をかけた。
「楓!何をしているんだ、早く降りてきなさい。」
「はっはい、お父様。」
車から、ゆっくりと伸ばされる左足が見えた。
可愛い花柄の鼻緒。どんな人が降りてくるんだろう…。
そんなことを思いながら下駄を見ていると、車に近寄る影に気付く。見ればそれは土方さんで、
「大丈夫か?」
率先して楓さんの元へ行き、手を貸していた。
「…、」
驚いた。そんなことが出来る人だったなんて。
「とっ、十四郎さん…、こんにちは。」
「こんにちは。良ければ手を。」
「ありがとうございます…、」
二人でこちらへ歩いてくる。その姿は、
「お似合いだな。」
誰が見ても思える光景だった。
「夏目ェ~、先に茶でも飲んでから始めねーか?」
「そうだな。土方君、楓、構わないか?」
「私は構いませんけど…十四郎さんは?」
「俺も問題ありません。」
「じゃあ近藤ォ、客間に頼むわ。」
松平長官が先導して屯所の中へ入って行く。土方さんも楓さんの手を引いて続いた。すれ違う時に楓さんと目が合って、
「あっ、」
小さく驚いた後、私に微笑み、会釈する。まるで花をまとっているかのような人だった。
「…、」
守ってあげたくなる女性って…楓さんのような人を言うんだろうな。
―――ドタタタッ…
「?」
何の音かと見れば、中庭の奥の廊下を隊士達が走っている。おおよそ、庭からこちらを窺っていたんだろう。
「アイツら…。」
近藤さんが苦笑した。
「気になりますよね、どんなお相手か。」
「早雨君はどう思った?」
「感想なんてそんな…。」
「ここには俺しかいねェさ。第一印象はどうだった?」
「……、…可愛らしい人だと思いました。控えめで、誰にでも愛されそうな。」
「そうだね、俺もそういう印象だった。」
「『だった』…?」
「賢い人だよ、あのお嬢さん。」
近藤さんの視線の先には、玄関で下駄を整える楓さんの姿があった。
「それは…いい意味ですよね?」
「もちろん。やわらかいだけじゃなく、芯があるという意味だ。トシはきっと尻に敷かれるぞ。」
「…土方さんって、ああ見えて優しいですもんね。」
厳しく、時に横暴で、他人の心に小さな傷を作るのが得意な人だけど、その傷を埋めるような気遣いも持ち合わせている。
「楓さんが相手なら厳しくある必要もないですし、優しいだけの土方さんでいられますね。」
「…よく理解してるな、トシのこと。」
「えっ…」
「わかりづらくて面倒くさいヤツ、だろ?」
「…ふふっ、そうですね。まぁ私も人のこと言えませんけど。」
…そうか、私は土方さんと似てるんだ。似てるから分かっていることを言われて腹が立つ。鼻につく。
…あんなプライドの高いキレ症な人と似てるなんて、とても信じたくないけど。
「…早雨君、俺達はキミの仲間だ。」
「え?」
「キミがトシを理解してるように、俺もキミを理解しているつもりでいる。だからあまり一人で抱え込みすぎないようにな。」
「近藤さん…」
私、この人の下で働けてよかったな…。
「…近藤さん、私これからも頑張って働きますから。近藤さんのために!」
「お、おう、ありがとう。」
「局長~、とっつァんが『茶はまだか』って言ってますよー!」
「「!」」
しまった、そうだった!
「用意してきます!」
「すまん、頼む!」
「っと…、」
運び慣れない茶器をカタカタ揺らしながら廊下を歩き、
「失礼します。」
客間へ届ける。
「遅かったじゃねーか、早雨チャン。」
「す、すみません。」
「いきなり茶が飲みてェなんて言うからだよ、とっつァん。」
お茶を配り、部屋の隅に腰を下ろした。
「予定していた流れと全然違うんだもん。結納の前にお茶するなんて聞いたことねーよ。」
「古ィ考えしてんじゃねーぞ近藤ォ。それに予定っつーのは未定だから予定なんだよ。変えるためにあんの。」
「そんなァ~…」
「ハハハ!松平は変わらんなァ。」
夏目さんが笑う。
「お前みたいな奴が友人にいて頼もしいよ。」
「そりゃこっちのセリフだ。お前が幕府で幅を利かせてくれるおかげで、俺も動きやすィってもんよ。」
仲良いんだな…この二人。
「しかしまァ嬢ちゃんが土方を選ぶたァ~思わなかったぞ、オジさん。一目惚れしたって聞いた時は驚いたのなんのって。」
松平長官の視線に楓さんが恥じらった。
「街でお見かけした際に…とても…十四郎さんがカッコよくて……、…その……、」
うつむく頬がほんのり赤い。斜め向かいに座る近藤さんが大きく頷いた。
「そうでしたかそうでしたか!どこで見初めてもらったのかと思っとったんですよ、なァ?トシ。」
「あ、ああ…。」
「楓もそうだが、私も土方君に一目惚れした一人だよ。これだけ男前という言葉がしっくりくる男はそういまい。」
「…恐縮です。」
「ハハッ、まだまだ堅苦しさが抜けんな。まァそこがキミのいいところでもある。」
「…ありがとうございます。」
土方さんは小さく笑い、頭を下げた。
私はその談笑する輪の外で、
「…。」
居心地の悪さに押し潰されそうになっていた。
会話に入るなんて以ての外。退室していいのかも分からない。ただ畳の目を数えるくらいしかやることがなくて……
「…、」
居場所がない。役目がお茶出しだけならまだ良かった。
『我が真選組の紅一点である早雨君をぜひとも紹介してほしいと言われてね』
『緊張されているだろうから、少し話し相手になってやってくれないか』
あんなことを聞かされているから、余計に部屋を出づらい。しばらく用がないなら出たいな…。
「…紅涙、」
「っ、はい!」
突然呼ばれ、心臓が跳ねた。顔を上げて背筋を伸ばすと、土方さんが庭の方を指さす。
「屯所の門を確認してきてくれねェか。」
「…え?」
屯所の…門を?
「今日は閉めておくよう言ってあるが、アイツらが閉め忘れてねェか気になってな。」
「あー…」
「トシ、大丈夫だぞ。門はさっき俺が閉めてきた。」
グッと親指を突き出す近藤さんに、土方さんが首を振る。
「それでも見てきてくれ。」
「「!」」
な、なんで…
「近藤ォ~、お前全然信用されてねェーな。」
「っ、とっつァん、ひどい!わざわざ口にしなくてもいいじゃん!」
「ひでェのはトシの方じゃねーか。」
「念入りに確認しておきたいだけだ。紅涙、頼んだぞ。」
「は、はい…、…わかりました。」
…いいのかな?
悲しそうな近藤さんに、土方さんが再び首を振っている。その後、視線で私を指すと、近藤さんが何かを察した。
「そういうことか…。」
「?」
「すまんな、早雨君。よろしく頼むよ。」
「あ…はい、わかりました。…じゃあ見てきま――」
「待て、鍵を渡す。」
立ち上がり、こちらの方まで来た。
「これが門の鍵だ。」
「はい。」
「…あと、」
土方さんは少し屈んで、
「もうこのまま部屋を出ておけ。」
コソッと耳打ちする。
「…え?」
「後は結納を済ませるだけだから、お前は下がってていい。」
「…で、でも近藤さんが楓さんの話し相手になってほしいって」
「しばらくそんな暇ねェよ。気にすんな。」
アゴで『行け』と言われる。
「…、…はい。」
私は頷いて部屋を出た。
「……、」
渡された鍵を見る。
もしかして私を部屋から出すための口実だった…?
「…だとしても一応確認しておかないと。」
玄関の方へ歩き出したところ、
「早雨ちゃん…!」
「?」
どこからか、小声ながらも全力で呼ぶ声が聞こえる。
「こっち!こっちだよ!」
客間の隣の部屋から顔が出ていた。
「山崎さん…と、沖田君?」
「静かにしろィ。」
「あ…うん。」
…にしても、なんと大胆な場所にいるんだ、この人達は。
「隣の部屋から覗き見してたの?」
「覗き見なんて趣味悪ィ。」
「偵察だよ偵察。」
「…。」
「とりあえず中に入りなせェ。」
「…あとでね。先に門の鍵が掛かってるか見てくる。」
「大丈夫だよ、鍵なら掛かってる。」
「そうなの?」
山崎さんが頷いた。
「ついさっき、俺も確認してきたから。」
「そうなんだ…。」
「とっとと入れ、紅涙。そして教えろ。部屋から出る間際、土方さんに何て言われたんでさァ。」
ほんとにずっと見てたんだな…。
私は部屋に入り、溜め息を吐いた。
「『もう部屋に戻らなくていい』って言われたよ。」
「やっぱり~。早雨ちゃん、だいぶキツそうだったもんね。」
「え…顔に出てた?」
「出てたよ。と言っても、とっつァん達には分からない程度だけど。」
よ、よかった…。
「ま、野郎がキツくて外に出されたって方だろうけどな。」
…?
「どういう意味?」
「早雨ちゃん、あのまま部屋に残ってたら完全に出る機会を失ってたよ。部屋の隅で、結納の儀まで見届る羽目になってた。」
「…うん、そうだと思う。」
「副長にとってそれは避けたかったんだ。だって早雨ちゃんが見てる前でやるなんて、気まず過ぎるから。」
「……、」
「ププッ、あの人きっと初めてこういう気持ちを体験してるよ?ただでさえ惚れた腫れたでゴタついてたのに、こんな爆速で結婚決めちゃったもんだから余計――」
「山崎ィィ~…?」
沖田君が山崎さんの肩に手を置いた。
「テメェご機嫌か?随分お喋りサンじゃねーかィ。」
「え…、っえ!?」
ギリッと手に力をこめた。
「ぁイタッ…!っま…まさか俺、また余計なこと……!?」
「なに無自覚な振りしてんでィ、とぼけんじゃねェよ。」
「っで、でもっ」
「デモもストもねェ。そんな出来の悪ィ口は、俺が綺麗に剥ぎ取ってやりまさァ。」
「ヒィィッ!!」
「ちょっと!二人とも静かにしないとバレるよ!?」
いくら客間から遠い方に座っているとは言え、しょせんは襖を挟んだ隣の部屋。声が音として届くことはあっても、会話まで聞き取られてしまったらマズい。
「…紅涙、山崎の話を聞いてねェのかィ?」
「え?聞いてたけど、…何?」
二人がキョトンとした顔をする。何を求められているのか分からなかった。
ようは、土方さんは私を思って部屋を出してくれたんじゃなくて、自分のためだった…ってことでしょう?
楓さんという存在で、いつもと違う自分を…厳しい鬼の副長じゃない自分を見られることに堪えられないから私を外に出した。
…そんなことを聞かされて、
「『傷ついた』って言ってほしかったの?」
私にどういうリアクションを期待してたわけ?
「いや…、」
「そうじゃないんだけど…」
二人が顔を見合わせる。
「もしかして早雨ちゃん、…傷ついてた?」
「…私をあの部屋から出してくれた土方さんには感謝してる。でも…根っこに追い出したい気持ちがあったなんて聞かされたら……少しくらいは傷ついたかな。」
…だけど、私も私。自己中心的な話だ。
勝手に良いように捉えて、真意が違う知ると傷つくなんて。
「…ごめん、やっぱり門の鍵を見てくるね。」
「え!?」
「…待ちなせェ、紅涙。話を――」
「いい。」
沖田君の言葉を遮り、首を左右に振った。
「言わなくても分かってるから…もういいよ。」
「「…。」」
二人に小さく笑い、
「見て来るね。」
部屋を出た。
「…全然平気だし。」
歩きながら、ひとり呟く。
「そもそも…どうでもいいんだから。」
なんで私はこんなにも土方さんに振り回されてるの?結婚するってだけで、土方さん自体は何も変わらない。仕事がなくなるわけじゃない。だから何があっても気にすることなんてないのに…
「……、」
そうだよ、
「…気にしない。」
土方さんが何をしたって…興味ない。
どうせ考えるなら、好きな人のことを考えよう。
「……旦那、どうしてるかな。」
声が震えた。
旦那を思い出さなきゃ気がそらせないなんて、どうかしてる。
「…はぁ……、…。」
悲しくない。悲しくなるはずがない。…なのに、
「……っ…、」