重なる罪+支える存在
暴力…事件…?
「どんな…?」
「他の教師とトラブった。原因は伏せられてたけど、当時その高校じゃ噂が広まっちまったらしい。」
生徒に…手を……?
「どちらかの教師って…」
「もちろん土方か、相手の野郎。」
「っ土方先生はそんなことしませんよ!」
するわけがない。
「それは早雨ちゃん個人の見解だろ?」
「っ、そう…ですけど、」
あんな…自分にも厳しいような人が、ルールを破るはずがない。
「俺はその話が根も葉もない噂話なのか、本人に聞いてみた。」
「!…土方先生は…何と?」
「『忘れた』ってよ。」
「…忘れた?」
そんな…出来事を?
「忘れるわけ……ないですよ。」
「だな。」
忘れるわけがない。土方先生はきっと…忘れたことにしている。
「どうして…そんなこと……」
「今さら原因なんてどうでもいいんだろ。自分に非があろうとなかろうと、転勤って形で処分は下っちまった。『あれのせいで~』なんて毎日考えててもキリがねェ。」
「だけどっ…」
「自分が消えることで学校が落ち着くなら、それでよかったんだよ。」
「…、」
土方先生なら…考えそうだと思った。
自分が悪くなくても、関わった以上自分にも責任があると考えて、事件のことを伏せそうな気がする。
「キッカケはどうであれ、ケンカになったことは事実だからな。しかもそのケンカで打撲程度だった土方に対して、相手は全治8ヵ月の重傷。」
「!」
「どちらが先に手を出したかも重要だったが、あまりに傷の程度が違いすぎちまった。」
「まさか…それで土方先生に罰が?」
「いや?もちろんそれだけじゃない。当時の状況についても聞き取りはあったし、土方も一発殴ったことを認めてる。」
「…、」
「だが一発で全治8ヵ月なんて、相当運が悪くなけりゃ出来るもんじゃねェだろ?アイツの話では、相手の倒れた場所が悪くて階段から転げ落ちたらしいが…それは目撃者も防犯カメラもない場所で起こった話だ。本当のところ、当事者にしか分からねェ。」
つまり…
「殴ったのは一発じゃなく……なんなら突き落とした可能性まであると…?」
土方先生が…嘘をついていると。
「さァな。双方に話を聞けりゃ手っ取り早かったかもしれねェが、あいにく相手の状態が悪くて聞き出せる状況にない。学校側としては、そのままの土方を使い続けるわけにもいかねェってなもんで、ヤツはここに飛ばされてきた。」
『俺が銀魂高校へ来たのは今年だ』
『今年って、私と同じ!?』
『それは違う。お前より少し前の1月だ。冬休み明けの三学期から』
…もしかして、
「その話…まだ決着してないんですか?」
「してねェよ。」
「!」
「だからここのアホ校長も土方の受け入れを大いに渋ったんだ。俺に言わせりゃ渋るも何も、深刻な教員不足なんだから悩んでる暇なんてねェだろって感じだったけど。」
そうだったんだ…。
「しかし不思議な話だよなァ。アイツが銀魂高校へ赴任してきた時、その理由を伏せて入ってきたんだぜ?なのにどこかしらから話が広まって。」
『人付き合いは、ちゃんと考えてしなきゃダメよって言ってるの』
「どいつもこいつも噂好きで困るねェ。」
「……銀八先生。」
「うん?」
「銀八先生は、どうしてそんなに詳しいんですか?」
「え?」
疑いたくないけど……
「まさか銀八先生がどこからか聞いた噂話をこうやって広めたんじゃ――」
「オイオイオイオイ!変な誤解すんな!」
「…じゃあどうして?」
「調べたんだよ。なんつーの?野次馬魂ってやつ?」
「野次馬…」
「こう見えて俺、気になったらとことん調べちゃうタイプだから。」
…例に漏れず、噂好きじゃないですか。
「まァ調べて思ったことは、『コイツ損してんな~』ってことだけ。」
「損…?」
「何もかも受け止めちまってよ。そんなもん、相手を調子に乗せるだけじゃねーか。元同僚だろうと何だろうと、どう仕掛けてくるか分かんねェ世の中なんだ。こっちの見舞いも拒むような相手なんだから、出方次第ではギッタギタに潰してやんねェと。」
…やっぱり銀八先生と土方先生は真逆だ。でも、
「銀八先生の爪の垢…、少しだけ土方先生に飲ませた方がいいかもしれませんね。」
土方先生にも少し、そういう部分は必要な気がする。
「フフン、やっと俺の凄さが分かったか。」
銀八先生が咥えていた煙草を指に挟む。
「能ある鷹とは俺の事よ。アイツはあんな怖ェ顔しておきながら、やることやらねェハッタリ君。」
「優しいんですよ、土方先生は。」
「俺も優しいっつーの。優しさを安売りしないだけ。アイツみたいに全部かぶって事を済ませようとするバカに、弁護士としてついてやるって言ってんだから。」
…『弁護士としてついてやる』?
「そう…ですね!」
「…早雨ちゃん。」
「はい?」
「今何かに引っ掛かったんじゃねーの?」
「何かって…?」
「俺の話に。何か引っ掛かっただろ?」
「あ…はい、……まぁ。」
『アイツみたいに全部かぶって事を済ませようとするバカに、弁護士としてついてやるって言ってんだから』
「いつもの面白くない冗談かなぁって…」
「オイィィィ!失礼なヤツだな、お前は!」
銀八先生の指から煙草が滑り落ちた。それを足で雑に消すと、
「あのなァ、」
しおれた煙草をお菓子の空箱に入れる。
「実は俺、優秀なのよ。」
「優秀?」
「そう。」
懐から何かを取り出した。
新たな煙草かと思えば、小さな紙…名刺。
「俺、教員免許も持ってる弁護士だったりするわけ。」
「…っっえ!?」
べん……っ、弁護士!?
「銀魂高校側は『あくまで弁護士資格を持った教師』って認識だろうけど、俺としては土方の事情を知った時から弁護士寄り。」
銀八先生が弁っ…弁護士!?
「改めましてよろしくー。」
無表情のまま、目のそばピースを作ってウィンクする。
この人が…こんな人が弁護士なんて…!
「あ。なんか今すげェ失礼な視線を受けた気がする。」
「っ、そそっ、そんなまさか!純粋に…すごくビックリしただけです!」
「だよなァ~。まァ元々弁護士が本業だったんだけど、なんか色々面倒くさくなってよ。教員にくら替えしてヌルヌル生きてたら、面倒事から寄ってきたっていうね。」
…この様子、いつもの面白くない冗談ってわけじゃなさそう。本当に……弁護士なんだ。
「聞いてる?早雨ちゃん。」
「はっはい、聞いてます。…他の先生方も知ってるんですか?」
「校長以外は知らねェかな。ああでも土方は知ってる。」
「えっ…」
「ヤツの話を聞き出す時に、どーーしてもこの権力を振りかざす必要があったからな。そうでもしねェと喋んなくてよ、アイツ。」
「…なるほど。」
なんとなく想像がついた。
…そっか、銀八先生だけが土方先生と親しいのは、周りの先生達と立場が違ったからなんだ。
……もしかしたらそういう事情がなくても、銀八先生なら同じ接し方をしていたかもしれないけど。
「……あの、」
だからこそ、聞いておきたい。
「土方先生の話を聞いた時、…銀八先生はどう感じたんですか?」
弁護士の目を通すと、土方先生はどんな状態にあるのか。
「『どう感じた』とは?」
「土方先生には…非があると思いますか?」
「んー、1発しか殴ってないかどうかって話なら、何発殴っててもおかしくねェなとは思う。」
「そんなっ…」
「興奮した時の人間の記憶力なんて適当なもんだ。実際何発殴ったかなんて、覚えてねェヤツが大半。」
「でも土方先生は始めから1発だと言いきってるんですよ?」
「その1発を裏付けるもんが何もない。突き落としたかどうかについても同じだ。あっちが階段から落ちちまったせいで、傷から判断することも難しい。」
「っ…、」
「『絶対』なんて人間には存在しねェんだよ。そこに1%でも可能性があるなら、全てはありえる話だ。と、俺は思ってる。」
『俺のせいで…すまない』
土方先生は……きっと嘘をついてない。でも、銀八先生の言うことも分かる。だからこそ……気がかりだ。
「…銀八先生、」
「なに?」
「……前の事件が解決できていない状態で、今回の件があると……やっぱり罪は重くなるんですか?」
土方先生に非がなくても、事件は事件。印象は……またひとつ悪くなる。
「そこは心配ねェよ。過去の件と今日の件を合算して罰するわけじゃねェから。」
「っそうなんですか!?」
よかった!
「仮に有罪濃厚な裁判なら検察側が持ち出すことも考えられるが、どっちの件もそこまでいかねェだろうし心配ない。」
少しホッとした。
こういう話が聞けてよかった。
なんか…弁護士と聞いてから、銀八先生が気怠そうにしていても頼もしく見える。
「今回の件はおそらく厳重注意で懲戒処分ってとこだろうな。」
「懲戒処分…、」
「酷くても停職くらいじゃねーか?前回の件は不起訴が妥当。現状、アイツが1発以上殴って全治8ヶ月にした証拠も出てねェし。」
「それじゃあ土方先生の容疑は晴れるんですね…!」
「そう言えるかは微妙だな。不起訴になったところで前歴は残る。何もなかったことにはならねェ。」
「っ…!」
そう…だ……、そんな簡単じゃない…。
「おまけに騒ぎ立てられた環境で教師が務まるとも思えねェ。一部の保護者は説明会を求めてくるだろうし、そうなった時に学校や教育委員会は野放しに出来るのかって話になる。」
「…じゃあ土方先生は……」
脳裏に土方先生の姿が浮かぶ。
生徒に慕われ、指導者として尊敬できる教師の姿が。
「本人は覚悟してるだろうが、おそらく…いや確実に、」
銀八先生の髪が風に揺れた。
「『土方先生』は、いなくなる。」
「っ…、」
土方先生…
「免許剥奪こそならねェが、アイツのことだ。もう一度転勤してまで教師を続けたいとは思わねェだろうよ。」
「……そうですね。」
私なら…辞める。
一度のトラブルならまだしも、新しい赴任先でも問題が起きたら…さすがに心が折れる。
万が一、この学校で教師の道を残せたとしても、あの校長や教頭、教師の偏った態度が改善されるとは思えない。逆に今後ますます酷くなって、生徒達にまで影響が出始めたら……それこそ、教師を続ける価値がない。
「この世界に向いてなかったんだよ、アイツは。」
「…すごく…良い先生なのに。」
「向き不向きは素質だけじゃねェ。星回りっつーか、そういうもんにも恵まれてねェと。」
そうかもしれない。
「…、」
土方先生……、
「……、…。」
この学校から、土方先生がいなくなると思うと……寂しい。
「早雨ちゃんのヤル気もなくなっちまうな。」
「…、」
否定は出来なかった。
ここに来た頃は『教師』に意味を持っていたのに、いつしか『土方先生がいる場所で教師をすること』にすり替わってしまっている。
「どうすんだ?」
銀八先生が薄く笑った。
「…『どうする』というのは?」
「あの様子だと明日から来ねーぞ。」
アゴで指した。見れば、そこにはいくつかの紙袋を手に土方先生が歩いている。おそらく、先にある駐車場を目指して。
「っ、まさかもう…!?」
「行ってこい。」
足を踏み出して、
「っ、」
身体が止まった。
「どうした?」
「…、」
行きたい。追いかけたい。
…でも、
行ってどうなる?
私が引き留めたところで、土方先生に戻る場所はない。なら、声を掛けることは…酷く、自己満足な行動じゃないだろうか。
苦しんでいる土方先生の傷口を、私の行動が広げてしまうことにはならないのだろうか…。
「このまま別れちまったら、お前らが出会うことは一生ねェぞ。」
「!!」
それは……嫌だ。
それだけは……っ嫌!!
「行ってきます!」
駆け出した。
途端、
「ああ待て。」
呼び止められる。振り返ると、何かをポンと投げられた。
「俺からの餞別。渡しといてくれ。」
先ほどまで銀八先生が吸っていた煙草だった。
「餞別…?」
「俺はアイツと会う機会あるだろうけど、不味いからくれてやるよ。」
「ふふ。わかりました、渡しておきます。」
「…早雨ちゃん、悔いが残らねェようにな。余計なことをうだうだ考えるな。授業とか説教とか、そんなもんは俺がどうにかしてやるから。」
「銀八先生…、」
「よかったなァ、俺がST中で。ま、土方の弁護費用に乗せとくって言っといてくれ。」
フンと鼻先で笑う。
…そうだ、銀八先生は土方先生を助けてくれる人なんだ。
「…あの、」
「ん?」
「土方先生のこと…よろしくお願いします!」
頭を下げる。
「もう土方先生は教師を続けないかもしれないけど…本当に、本当に素晴らしい先生だから…!」
「え、なに。嫁?」
「ッッ違います!違いますけどっ」
「わかったわかった、任せろ。金のためだ。」
ひらひらと払うように手を振る。
「とっとと行け。間に合わなくなるぞ。」
「っはい、行ってきます!」
私はもう一度頭を下げ、土方先生の元へ駆け出した。石階段を下り、駐車場へひた走る。その最中、
「楽しかったよ、早雨ちゃん。」