至上最大の恋でした9

独白

「俺は…、……、……お前のコピーだ。」

オリジナルに成り代わると言った人にとって、…いや、『からくり』にとって、口にしたくなかったであろう言葉。

「…俺はからくりだ。人間じゃない。」
「…。」

それを聞いていた本物の土方さんは、口を固く閉じた。…私は、

「…、」
「紅涙…?」

『からくり』の土方さんの手をギュッと握った。目が合った後、大きく頷いて見せる。

「よく言えましたね。」
「……フッ、バカにすんな。俺は土方十四郎だぞ。」
「ですね。」

「…おい、二人で話すなよ。」

不満げな土方さんが腕を組んだ。

「で?なんだ、『からくり』って。紅涙、なんで俺のコピーがいるんだ。」
「そ…それはー……、…教室みたいな感じで。」
「教室ぅ~?」
「俺が話す。」

『からくり』の土方さんが半歩前に出た。けれど土方さんが右手で払う。

「いい。お前は黙ってろ。」
「いや、俺の方がお前に分かるよう説明できる。なんたってそこで働いてるんだからな。」
「……わかった。なら話せ。」

土方さんは溜め息を吐きながら煙草に火をつけた。それを見た『からくり』の土方さんが鼻先で笑う。

「紅涙の言った通りだな。」
「?」
「土方十四郎は三分と煙草を我慢できない。」
「そっそこまでは言ってませんけど…」
「悪かったな。」

うっ…。
土方さんが私をひと睨みして煙草を指に挟んだ。

「余計なこと言ってねェで早く話せ。」
「…、俺は……」

『からくり』の土方さんが教室について説明してくれた。
自己啓発の教室というものがあること、そこには自分みたいな『からくり』が数体いること、それが教材として稼働していること。

「紅涙が望んで俺を造ったんじゃない。紅涙の教材として、俺が宛てがわれた。」
「じゃあ何か?紅涙はそんなとこに行ったっつーのかよ。」
「……はい。」
「なんでそんなとこに行ったんだ。」
「変わりたかったんです…。」

これまで私は、どんな時も土方さんのことばかり考えていた。頭の中に1ミリだって隙間がない。けれどそれも含めて楽しかった。苦痛に思うことなんてなかった。
…でも、
土方さんのいない夜が続いて、そんな自分につらくなった。

「ゆとりが欲しかったんです、…自分の気持ちに。」

いつからこんなにも強欲になったんだろう。
片想いの時は、ほんの少し土方さんといるだけで満たされていたのに。いなければ妄想して、馬鹿みたいな時間が楽しかったのに。
想い合って、互いの気持ちを知ると、『こんなにも想ってるのは私だけかも』なんて思って……

「考えてばかりいたら、段々ひがみっぽくなってくるんです。…そのうち『仕事と私のどっちが大切?』とか面倒くさいことを聞きたくなっちゃうくらいに。」
「…聞けばよかったじゃねーか。」
「聞けませんよ、そんなこと。仕事が大切なことは分かってますから。」

…なんて口先では言うけど、やっぱり土方さんも私と同じくらい好きになってくれたらいいなと思ってる。…私、つくづく恋が下手だ。

「自分にゆとりが欲しいと悩んでる時に、ちょうど沖田さんが通りかかってて……」
「そこで総悟か…。」
「いつもタイミングがいいんですよね、あの人。困ってる時に偶然いて。」
「偶然ねェ…。」
「その沖田さんの紹介で教室へ通い始めました。土方さんにそっくりな彼と会って、たくさん話して……」

『お前と過ごす時間は、いつだって特別なんだ』
『お前の心臓の音が聞きたい』
『これでもっと紅涙の傍にいられるようになった』

「…私…変われました。」

…ううん、違う。

「変われた気が…してたんです。」
「紅涙…、」

うつむいた私を呼ぶ声は、どちらのものか分からない。

「…気付いたんです、私は満たされていただけだって。」

ここへ通うことで目に見えない部分が成長できていると思ってた。けれど、本当はそうじゃない。ただ土方さんの代わりがいたから満たされていただけ。足りない時間を…代わりで埋めてもらってただけだった。

「もっとあの教室を上手く使えれば効果があったのかもしれないけど…私にはダメでした。」

『アナタはこの教室に向いていなかったようですね』

…向いてなかったわけじゃないんです。私には効果がなかった、それだけですよ。

「ごめんなさい、『からくり』の土方さん。でもあなたがいて…、…すごく救われました。」
「紅涙…、」
「…いや、紅涙にも効果はあったぞ。」

意外にもそう話したのは『からくり』ではなく本物の土方さんだ。

「お前は変わった。…そんな教室を認めたくはねェがな。」
「土方さん…、……変わってませんよ、私。だって…まだ土方さんのことが好きすぎてますから。」
「……フッ、」
「でも、私はこのままでいいんだって気付きました。」

これが私の恋の形なんだ。これが恋に下手な私の気持ちなんだ。

「私がよく知る土方さんも、私を満たしてくれた土方さんも、全部、私の好きな土方さんです。」

それが、私の想いの形。

「どの土方さんも、大好きです。」

本物であろうと『からくり』であろうと、私にとって大切な人なんですよ。

「……、…ハハ!」

『からくり』の土方さんが笑った。本物の土方さんも同じように笑う。

「やっぱりお前は最高の女だよ。」

そう言ってくれたのは『からくり』の土方さんだった。優しく微笑み、子どもを褒めるように私の頭を撫でてくれる。

「俺は幸せだな、こんなにもお前に愛されて。」
「……?」

他人事のような言い回しに首を傾げる。私を見る眼も、どこかきらきら揺らいでいた。まるで涙を溜めているみたいに。

「…なんで――」
「おいコラ。」

本物の土方さんが声を掛けてくる。

「二人で話すなって言ってんだろうが。」
「…紅涙、」
「聞いてんのか?」

『からくり』の土方さんは、土方さんの声を無視して私の肩に手を置いた。

「アイツが言わない分、今言えるだけのことを言ってやる。」
「え…?」
「書類整理の時、たまに煙草持ってボーッとしてるだろ。あれは仕事のことを――」

「おい、」

「仕事のことを考えてない。」
「そうなんですか?」
「それっぽい顔してるだけた。お前をどう落とすか考えてる。」

落とす…?

「おい!」

「でも私もう落ちてるのに?」
「そうじゃなくて、夜どうやって――」
―――バキッ!
「!?」

土方さんが『からくり』の土方さんの顔を殴りつけた。

「そこまでだ。」

右の拳を下げる。『からくり』の土方さんは大きく頭を揺らし、

「………。」

沈黙した。
ちょ……

「………。」

……っえ!?

「っ土方さん!?」
「ここにいる。」
「違いますよ!こっちの土方さんです!!」

直立不動になった土方さんを揺らした。目は開いているものの、力がない。

「えっ…え、ちょっ!?」

これってまさか…っ!

「強制終了!?」

にいどめ