厳重警戒日1

戦への指示

それは、毎日開かれる朝礼で幕を開けた。

「えー、皆さん。おはようございます!」
「「「おはよーございまーす!!」」」
「今日は皆も気付いている通り、重大な宣言をせねばならん。心して聞け!」
「「「はーい。」」」

厳しい顔をしながら声を張り上げる近藤さんに、むさ苦しくも揃った声が響く。さながら校外学習へ行く直前の小学生の図。

「では言うぞ。…コホンッ。」

近藤さんは咳払いをひとつして、

「本日、真選組はここにフェーズ五を発令する!!」

声高らかに告げた。

「…え、なに?」

ふぇーず…五!?
まだ真選組に異動して月日の浅い私には、まさかこの宣言が『一年に一度起こる真選組の超危険な一日』の意訳であることを知るよしもなかった…。
厳重警戒日
~真選組 vs 江戸女子戦争~

そもそも私は、ここへ来るまで片田舎で防人的な役割に就いていた。田園風景広がる、とても穏やかな地。悪く言えば退屈な場所。そこへ、

『お~う、やってるかァ~?』

松平長官が視察と名を打って女子観光にやって来た。
もちろん当時の私は全く関わり合いを持っていない。名前こそ知っていたが、都会の偉い人という程度の認識だった。
けれど、おもてなしの席で隣につくことになり…

『えっ、松平さんがあの真選組を創立したんですか!?』
『そ~だよ~?おじさんが創ったんだよォ~。スゴイでしょ、おじさん』
『スゴイです~!私、真選組みたいな大きな組織で働くのが夢なんですよ!』
『いいねェ、紅涙ちゃ~ん。よ~し決めた。おじさんと江戸に来なさ~い。真選組に入れてあげちゃうyo』
『ほんとですか!?』
『ほんとほんとォ~。あ、この酒おかわりねェ~』
『もうっ、絶対ですよ?忘れて帰っちゃったら怒りますからね!』

ぷんぷんっ!
…なんて言いそうなくらい、私は松平長官をヨイショしまくった。
どうせこの人は今日のことなど覚えていないのだ。明日には忘れているに決まってる。こんな他愛ない会話など、頭の隅にも残ってな――

『それじゃあおじさんは今日の夜に戻るから空港集合ね』
『……え?』

松平長官は、

『時間厳守だぞ~う。乗り遅れた時は知らね~からな』

本気だった。えらい人の話は、どこまで冗談か分からない。ちなみに上京して半年くらい経った今も、その冗談具合を把握できないことは多々ある。

現に今、

「どっ、どんなウィルスが蔓延してるんですか!?」

いきなりのフェーズ五。
冗談なのか何なのか全く分からない。仮に本当だったとしたら、

「フェーズ五なんて余程の事態じゃないですか!?」

江戸界隈にそこまで警戒しなければならないウイルスが蔓延しているということ。…知らなかった。街を守る隊士として失格だ。早く情報収集しなければ!!

「あっあの、一体何がっ!?」

隣に座る隊士に声を掛ける。しかし隣の彼は、

「……。」

静かに首を横に振った。答えてくれないらしい。
な、なぜ…?
顔色を窺おうにも、彼の前髪が長く窺えない。けれど口元に人差し指を押し当てていることから、おそらく、

『朝礼中はお静かに』

そう言いたいのだろう。

「……すみません。」

真面目だな…。
実に真面目な人。この人、確か私と同じ時期に入隊した人だ。
焦げ茶色の髪に、サラサラで長い前髪。後ろ髪とほぼ同じ長さの前髪は、もはや顔の半分以上を隠してしまっている。前、見づらいだろうな…。監察官だからこんな感じの方がいいのかな。名前…何だっけ?入隊当時は極端に無口なところが斎藤隊長に似てるって話題になってたけど…。えっと、名前…は……、

「大丈夫?早雨さん。」

彼の背後からヒョコッと別の顔が出てきた。監察の山崎さんだ。

「あの、こちらの方の名…」

じゃなくて。

「フェーズ五だそうですけど、大丈夫なんですか?マスクとか何か準備しておく物は…」
「あ、そっか。早雨さんも初めてか。」
「え?あ…はい…。」
「うちのフェーズ五はそういうのじゃないんだ。だから心配ないよ。」
「?」
「ウイルスが蔓延したわけじゃないってこと。まァ恐いものに変わりはないんだけど。」

どうやら世の中のフェーズ五とは異なる意味を持っているらしい。となると、やはりこれは真選組的冗談か…。どうせ宴会の名前やら大したことのないイベントに使っているんだろう。…紛らわしいな。

「じゃあ真選組のフェーズ五というのは…?」
「うちのフェーズ五は――」

「…おいコラ山崎。」

「「!?」」
「し、しまった…!」

山崎さんの顔がみるみる青ざめていく。ギギギと音が鳴りそうなほど、ぎこちなく前を向いた。

「はっはい、副長…っ!」
「人が大事な話をしている時にコソコソ無駄話するたァ見上げた根性だな、あァん?」
「いっいや違うんですよ!」

スクッと立ち上がる。

「俺は早雨さんにフェーズ五の説明をしてただけでっ」
「なるほどなァ。話を聞いてたら分かるようなことを、わざわざ個人的に話してやってたのか。」
「え!?いやっ、」
「お前にとっては、今年の注意点を聞くより自分の知識をひけらかす方が大事だってことだな?山崎。」
「ちっ違っ」
「重要視してねェんだろ?このフェーズ五を。」
「違います!違います違います!超重要視してます!!」
「軽い!」
「ヒィィッ!」

長めのV字前髪で影を作る瞳が鋭く光る。
小刻みに肩を震わせる山崎さんの傍で、私は…

『嗚呼っ、なんてカッコいいの!?』

土方さんのカッコ良さに震えていた。
だってあんなにもステキな人、ここに来るまで見たことがなかったんだもの!

私が初めて土方さんを見たのは、もちろん真選組へやって来た時だ。

「ようこそ、早雨君!男所帯で何かと不便に思うところはあるだろうが、気負わず声を上げてくれ。俺達はキミを歓迎するよ。」
「ありがとうございます、近藤局長!!」
「ハハッ、とっつぁんから聞いていた通り明るい子だ。なァ?トシ。」
「…そうだな。」

無愛想で取っ付きにくそう、というのが第一印象だった。けれど一ヶ月ほど経ったある日、その印象はガラリと変わる。

あの日、沖田さんから『一生に一度くらい手柄を上げておきなせェ』とお情けを頂戴した私は、窃盗犯を逮捕した。巡回後、いつも通り副長室で報告を終えると…

「早雨、」

土方さんが煙草を片手に、相変わらずの恐い声で私を呼ぶ。

「っは、はい!」

なんだ!?何かミスってた!?

「…よくやったな、次も頑張れよ。」
「!」

土方さんが…っ、私を褒めてくれた!
衝撃と喜び。そして、

―――トゥクン…☆
「あっ……」

胸の高鳴り。
今では煙草の香りにさえ恋をしている。

「…おい、」

街中で同じ煙草の匂いを嗅いでもドキドキしちゃう。おかげで巡回中も集中できないことが多々あったり……

「おい、聞いてんのか早雨!」
―――ゴンッ
「痛っ!!」

頭に重い痛みをくらった。見上げれば、いつの間にか土方さんが目の前にいる。腕を組み、仁王立ちしていた。

「っあ、」

愛しの土方さん!カッコイイ!

「『あ』じゃねェ!ちゃんと話聞け!!」
「はっはい、すみません!」
「ったく、どいつもこいつも。」

苛立った様子で前へ戻る。
おかしいな…ついさっきまで山崎さんを怒ってたのに、いつの間に私のところへ?
山崎さんの方を見る。なぜか片手で右目を抑えていた。…既に殴られていたらしい。

「大丈夫ですか?山崎さん。」
「う、うん。大丈夫。アハハ。」

乾いた笑い声が余計に痛々しい。

「すみません…私のせいで。あとで医務局に行って目を――」
「コホン。」

咳払いしたのは、私と山崎さんの間に座る例の前髪が長い彼だ。
えーっと…、ほんと、誰だっけ?
名前を思い出せない彼だけど、咳払いで伝えたいことは分かる。私は再び「すみません」と謝罪し、今度こそ近藤さんの話に集中した。

「今年も不眠不休の一日になるぞ!心して挑め!!」
「「「おおォォー!!」」」

…マズい、話は既に終盤じゃないか。あとで山崎さんに聞き直さなきゃ…。と考えていると資料が回ってきた。

『フェーズ五、発令時の要警戒区域』

こ、これはかなり真剣な話なのかも…。
資料にはフェーズ五についても書かれている。よかった!

『フェーズ五とは、土方十四郎の誕生日(五月五日)に発令される警戒警報の総称である』

…え?じゃあ今日は土方さんの誕生日ってこと?うそ、初耳!……何かしたいな。

『毎年、土方十四郎を祝おうとする市民が殺到し、尋常ではない局面(血みどろの戦い)になることからフェーズ五と呼ぶ』

血みどろ!?
確かに土方さんはモテる。誕生日にプレゼントを渡したい人、ついでに告白したい人達が我先にと押し寄せる図は容易に想像できる。…それに、気持ちも分かるし。渡すならやっぱり手渡ししたいよね。

『江戸市民に限らず、他の民族(天人を含む)も参加し、人数は年々増加傾向を辿る。ファンクラブ等の組織化も進んでいるが、一部で過激な集団も発生。昨年度は軽犯罪に該当する行為を確認している。
例)屯所敷地内への不法侵入、隊士への暴言、暴行』

…わ、何これ…、怖いんですけど!そりゃ土方さんも逃げたくなるわ…。

「とにかく今日はトシを集中的にガードする!」
「「「おォォォう!」」」
「多くの者は覚えているはずだ!あの…っく、惨事を!!」

近藤さんが悔しげに拳を握った。周りの隊士も同じような顔をしたり、目を拭っている者もいる。
…一体何があったの!?

「相手は圧倒的に女性が多い!だが女性だからといって甘く見るな、痛い目を見るぞ!ああなった以上、もはや女性ではない!トシを狙う豹!女豹、もしくは女ライオンだ!!」
「「「そうだそうだァァ!!!」」」

女ライオンって…語呂悪いな。

「注意に注意を払え!皆で明日を笑って迎えるために!!」
「「「おおォォォ!!」」」

大袈裟な…。
私は半ば、燃えたぎる周囲を笑っていた。こんな些細なことで必死になれるなんて平和だな、と。

…だけどそれは、

「言うかよブス!」
「!?」

まだあんな人達だと知らなかったからだ。
完全に…完全に舐めていた。知らなかった当時の私に言ってやりたい。
たすき掛けした女性の集団に出会っても、決して声は掛けるなよ、と。

にいどめ