厳重警戒日3

敵との接触

「ところで山蔭さんって何歳なんですか?」
「……。」
「…あの……?」
「……。」

はァァ~…。
溜め息も吐きたくなる。何せずっとこの調子だ。こうして目げずに話し掛けてはいるものの、

「じゃ、じゃあ真選組に入った理由は?」
「……。」
「……ですよねぇ。」

一度たりとも、いや一言たりとも発してくれない。
まだ市中見廻りを始めて十五分程度だというのに、まるで一時間、いや二時間くらい歩いているように感じる。

「はぁぁ…。」

どうして山崎さんは私を任命したんだろう。…あ、屯所に必要ないからか。挫折しそうなんですけど。

「…にしてもスゴイですね、土方人気。」

今日の通行人は八割近くが女性。それも綺麗に着飾り、キャピキャピとプレゼントらしきものを手にしている女性ばかりだ。

「羨ましいですねー…、これだけの人達から愛されてるなんて。」
「……。」
「綺麗な人達も多いですし、選び放題じゃないですか。田舎者の私なんかが入っても、ライバル視すらしてもらえない気がしますよ。」

ハハハと乾いた笑いを漏らすと、

「……、」

山蔭さんが足を止める。

「っや、山蔭さん…?」

おおお!?私の話に興味持った!?
何か発してくれるのかと期待して山蔭さんを見る。山蔭さんも私を黙り見ていた。……たぶんだけど。なにせ顔の大半は前髪に隠れて見えないから。

「興味…ありますか?私の話。」

窺う。山蔭さんは黙ったまま、前方を指さした。

「え?」
「……。」

先には、ギャル風の女性達と、袖をタスキで捲り上げている年配の女性達がいた。

「あっ、あれはまさか……!?」

ウワサの危険なタスキ掛け集団!?

「引き返しましょう、山蔭さん!」
「……。」
「山蔭さん!」

動かない山蔭さんの腕を引く。しかし彼は引き返すどころか、

「えっ、ちょ…!?」

その人達の方へと歩き出した。何考えてんの!?

「ちょ、ちょっと!?あの人達はダメですよ!」
「……。」
「行ってどうする気ですか!?まさか職質でもかける気じゃ……」
「……。」

山蔭さんがこちらを向く。

「……。」

『職質するんです』
無言の圧力から、なんとなくそう感じた。

「…はぁ。わかりました。」

この人、ほんと上司の助言を聞かない人だな…。
引き止めていた手を放す。山蔭さんは女性達の方へと歩いて行った。後ろ姿に迷いはない。…でも。でも、だ。一言も話さないのにどうやって職質する気?まさかあの人達にも沈黙を貫くつもりなの?成り立たないでしょ。となると、いよいよ話すのかな。それってめちゃくちゃ…

「興味ある~。」

私は少し距離を置いて様子を窺うことにした。……が、まさかの事態が現実となる。

「……。」
「ああん?何ね、兄ちゃん。私らに何か用かい?」
「……。」
「ちょっと何コイツ~、マヂでキモイんですけどォ。黙ったままだし、前髪の壁が厚すぎてどこ見てるか分かんないんですけどォ~。」
「……。」

ギャルとタスキ掛けの女性達が入り混じる不思議な集団に、山蔭さんは沈黙を貫く。

「兄ちゃん、用がないなら離れとくれ。私ら忙しいのよ。」
「そうそう、今からウチらの王子を奪還しに行くんだからね~。」
「あら、やだねぇ王子だなんて。ドキドキしちゃうじゃないかい!」
「「キャ~☆」」
「……。」

盛り上がる女性達を前にしても、山蔭さんは微動だにしない。

「……。」

…~っ、もう!何考えてるわけ!?監察向きって何!?どこが!?黙って見てるだけで成り立つ仕事なの!?楽だな!

「あー、すみませ~ん。」

私は見るに見兼ねて女性達の元へ向かった。ペコペコと頭を下げ、「彼がお邪魔しちゃって」と苦笑する。

「皆さんは今からどちらに行かれるんですか?」
「何さね、今度は姉ちゃんか。忙しいんで放っておいてくれます?」
「一度声を掛けちゃったからには、そうはいかないんですよね~すみません。」
「え、やだコイツ、女のくせに真選組の服着てんじゃん!」

『コイツ』って…。

「コスプレかい?」
「本物です。半年ほど前から真選組に属しておりまして…。」
「ということはアレかい、私らの王子と同じ空気を吸ってんかい!?」

く、空気…。

「そう…ですね。」
「毎日会ってるってことだよねェ!?」
「はい、…まぁ。」
「何それ、超腹立つんですけどォォッ!!」
「この女、まぢムカツク~!!!」

女性達の目の色が警戒から敵意へと変わる。早く終わらせた方がいいな…。

「あなた方のお名前は?」
「言うかよブス!」
「!?」

い、今のは傷ついた…!怒る前に心が折れそうだ。

「あの、名前さえ言ってもらえれば用は済むので……」

泣きたくなる気持ちで問いかけた時、

「キャァァ!土方さんがいるわよォォォ!!」

後方で声がした。聞くや否や、職質をかけていた女性達は、

「あの方角は屯所かい!?」
「うおォォ~!!」
「この機会を逃すなァァ!!」
「我らの元へ奪還せよォォ!!」

まるで朝礼で聞いたような雄叫びを上げて走って行く。あっという間に姿が見えなくなった。

「こ、こわっ…!」

そして足、速っ!
気付けば街を歩いていた八割近くの人が消えている。今や行き交う人は数える程度。

「恐るべし…土方人気。」

あ、でも私、マズったのかも。情報収集できなかった上に、屯所へ向かうのさえ阻止できなかったなんて。…まぁ今さらか。

「…とりあえず、街をぐるっと回って戻りましょうか。」

山蔭さんに声を掛ける。その後ろにケーキ屋さんが見えた。

「……ケーキ、」
「……。」

ひとり呟く私を、山蔭さんが黙り見た。

「…あの、ちょっとだけ寄り道してもいいですか?」
「……。」
「私も…何か買って行きたいなと思って。…土方さんに。」
「……。」

せっかく土方さんの誕生日だもの。私だって何かプレゼントしたい。アピりたい!…と思っても、直接手渡すことなんて出来ないだろうけど。

「土方さんは何味が好きだと思いますか?無難に生クリームかな、それともチョコ?」

返事があるわけでもないのに、私は山蔭さんに「どう思います?」なんて言いながらケーキ屋へ向かった。けれど、

「…え?」

山蔭さんに腕を掴まれる。

「な、何…ですか?」

初めて接触してきた…!…あ、もしかして寄り道を反対してる!?この人、真面目だもんな…。

「……。」
「…え?」

山蔭さんが今向かっていた方向と少し違う方角を指さした。

「あっち?あっちに何か…あるんですか?」
「……。」

よく見ろと言わんばかりに、もう一度強く指をさす。その先にあるものは、別のケーキ屋さんだった。

「あっちのケーキ屋さんがオススメってことですか?」
「……。」

返事はない。でも私の質問を肯定するかのように、さしていた指を下ろした。こう見えてケーキ屋さんに詳しい…とか?

「わかりました、あっちの店で買います!」

何にしろ、山蔭さんが初めて提案してくれたのだ。従ってみよう。

「いらっしゃいませ。」

少し長めの白い帽子をかぶった男性が店頭に立っている。おそらく、ここのパティシエ本人だ。

「もしかしてスタッフさんは…」
「ええ、そりゃもう血相変えてケーキ持って行きましたよ。」
「そ、そうですか。…大変ですね。」
「いえ、人を好きになるのは良いことですから。節操ある恋なら、いくらでも応援します!」

パティシエが笑う。
いい人だ。いい人……、だけどもうダメじゃん!ここのケーキ、スタッフさんが持って行ったんだよね!?なら同じケーキは二個もいらないでしょ!いや、二個どころの騒ぎじゃない。きっと屯所には大量のケーキが……

「…ふぅ、」
「いかがされました?」
「あ、いえ…その…やっぱり買うのはやめておこうかなと思って。」

苦笑いを浮かべた時、
―――コンコンッ
山蔭さんがケーキの並ぶショーケースを叩いた。

「?…それ、山蔭さんのオススメなんですか?」
「……。」

無言。しかしまだケーキを指している。12cmの白い小さなホールケーキだ。

「…でも山蔭さん、ケーキは他の人達もたくさんプレゼントされてるはずですから。」
「……。」
「……、」
「……。」
「…わかりました。」

負けた。

「山蔭さんがそこまで言うなら、それを買います。」

よほど美味しいケーキなのだろう。

「すみません、このケーキを一つ。」
「毎度あり!…おっと、これは最後のホールケーキでしたね。よろしいですか?」
「え?は、はい…お願いします。」
「名前は入れますか?」
「あ、じゃあえっと……『土方さん』で。」

ちょっと恥ずかしい。

「おおっ、副長さんにプレゼントするケーキでしたか!そりゃあ良かった、きっと喜んでくださいますよ。」
「そう…ですね。」
「名前も張り切って書かせてもらいましょう!この字、かなり上手に書けるようになりましたから。」

そんなに書いたの!?やっぱり副長室はケーキで溢れかえっているんだろうな…。
年の数はうろ覚えだったので、ロウソクは大きいのを二本だけ付けてもらった。ないよりはいい。

「買っちゃった…。」

箱を掲げて呟く。山蔭さんは黙ったまま、私の少し先を歩いていた。

「山蔭さーん、」
「……。」

山蔭さんが足を止める。顔半分だけ振り返った。

「このケーキ、もし土方さんが食べてくれなかった時は一緒に食べてくださいねー。」
「……。」
「一人でも食べきれちゃいますけど、太りますから。お願いしますよー。」
「……。」

山蔭さんが再び歩き始める。たぶん了承してくれたのだろう。一言も話さないし、顔色さえ窺えないけど、一緒に過ごしてれば意外と掴めてくるものだ。

「ふふ、…変な人。」

こうして私達は街をひと回りした後、戦地と化しているであろう屯所へ戻った。

というか。
今さらだけど、土方さんってケーキ食べるのかな。絶対甘党じゃない顔じゃん。……あー、ヤバい。完全にミスったかも。

「山蔭さーん、ケーキ食べるの確定したかもでーす。」
「……。」

仕方ない。渡すだけ渡して、食べないと言うなら私と山蔭さんで美味しくいただくことにしよう。

にいどめ