合戦の爪あと
屯所は思っていたよりも静かだった。
「なんか…静かですね。」
「……。」
いつもなら誰かしら通って、「お疲れ」と声をかけてくれる。なのに今日は誰も通らない上、話し声さえ聞こえない。
「ちょっと不気味すぎません…?」
もしかして全員で移動した?今日は屯所じゃない場所でやり過ごすことになった…とか?それとも……
「既に…制圧された!?」
ヤバいコワイ!
「……。」
「…え、」
スッと山蔭さんが私の前に立った。もしかして…守ってくれてるの?
「山蔭さん…、」
「……。」
「あの…、…ありが――」
「ギヤャァァァァァ!!!」
「「!?」」
「い、今の……隊士の声!?」
「……。」
急激に緊張感が増す。山蔭さんが静かに指をさした。
「何ですか!?」
「……。」
「あっちから…聞こえました?」
「……。」
手を下げる。副長室の方だ。
じゃあさっきの声は土方さんを護衛していた隊士の声…ってことじゃないの!?
「っ、行きましょう山蔭さん!」
駆け出す。が、腕を掴まれた。
「っなに!?」
「……。」
山蔭さんが首を振る。
「え!?」
行かないってこと!?
私の腕を掴んだまま、山蔭さんが玄関を出ようとした。
「ちょっ、何やってるんですか!?助けに行かないと!」
「……。」
「山蔭さん!?」
―――ズドォォンッッ!!
「ひっ!」
今度は何の音!?
とっさに頭を下げて屈んだ。脳まで響く大きな揺れ。もちろんケーキには細心の注意を払っている。
―――ズドォォンッッ!!
「またっ…!?」
屈んだ私の視界は床のみで、周囲の状況は分からない。また鳴るかもしれないと思うと、なかなか顔を上げられなかった。…と、その時に気付く。
私、何かに包まれてる…?
「……、」
恐る恐る顔を上げる。すると衣擦れの音がして、何かが身じろいだ。
「あ、……、」
山蔭さんだ。山蔭さんが私を覆うように抱き、守ってくれている。
「…ありがとう…ございます。」
「……。」
身体が離れた。その一瞬、垂れ下がった前髪が動き、目元が見える。
「っ、」
不覚に胸が鳴った。鋭くて力のある、綺麗な瞳。
この人…、実はカッコいい!?
「や…山蔭さんは大丈夫、でした?」
「……。」
大丈夫らしい。
…にしても山蔭さん、身体も想像以上にガッシリ…。細マッチョというか、かなり頼りがいのある腕だった。それに煙草。煙草の香りもした。たぶん土方さんと同じ銘柄だ。なんか…ちょっと意外。
「土方さんは何処だァァァ!!」
「っっ!?」
「……。」
このたくましくも女性の声音…。
「土方さんを出せェェェ!!」
「出さねェともう一発撃つぞォォ!!」
やっぱり屯所は攻め込まれていたらしい。
「どっどうしよう…、」
土方さんは無事?みんなはどこだろう。
もし彼女らが言う『もう一発』を撃ち込まれたら、屯所はきっと崩壊する。現に先程の襲撃で、壁がパラパラと崩れ始めているのだから。
「……。」
山蔭さんが再び私の手を取った。
「…わかりました。」
土方さんのことは心配だけど、あれだけの人数が守っているのだから無事なはず。…みんなを信じて、私達は一旦引こう。
「行きましょう!」
山蔭さんと共に外へ駆け出す。その時、
「あれェェ~?」
「「!」」
「何よ~、まだ残ってんじゃーん。」
「おや、二人もいたのかい。」
見つかった。
「つーかコイツら、うちらに声掛けてきたヤツらじゃない?」
「ほんとだー!コイツ、あたしのこと超見てたヤツー!」
「まぢキモイしー!」
女性達が屯所の中から出てきた。室内にも関わらず、足元は土足。どこもかしこもボロボロにしたくせに、彼女達の顔に反省の色は欠片も窺えない。…ひどい!
「っ、こんなことやってもいいと思ってるんですか!?」
「はァ~!?コイツ、自分のこと棚に上げてるんですけどー!」
「最低ー!!」
「なっ、棚になんか上げてません!」
「アンタ達が隠すから悪いんじゃないのかい!?」
タスキ掛けの女性が前に出てきた。
「アンタ達が隠さなけりゃ、私らだってこんなことしないよ!」
「そうよそうよ!みんなの土方さんを隠すから、私達だって探さなきゃならなくなるんじゃん!」
正論を言ってるように聞こえるけど…この人達が一番棚に上げてるyo!
「どうするんだい、大人しく土方さんを差し出すかい?」
「抵抗するならもう一発撃ち込むよ!」
そう言って肩にバズーカーを担いだ。
…って、ええ!?江戸の一般人ってバズーカー所持してんの!?こわっ!
「……。」
「なんですか?山蔭さん。」
山蔭さんが静かにバズーカーを指さす。何を訴えたいのか注視すると、
「あれ…沖田さんのキーホルダー?」
バズーカーの握り部分に、沖田さんが愛用しているアイマスクのキーホルダーがぶら下がっていた。
「…あの、すみません。」
「なんだい。」
「もしかしてそのバズーカー…沖田さんから?」
「そうよ~。総ちゃんは優しいからね、毎年力を貸してくれてるのさ。」
「「……。」」
『フッ、構いやせんよ。俺は女の味方。力になりまさァ』
沖田さん…、自分が楽しむために『味方』してたってわけ?……もう!
「さ。どこにいるんだい、土方さんは。」
「私達は知りません。」
「ウケる、絶対ウソじゃん。」
「嘘じゃありません!本当に私達はっ」
「やだねぇ、この子。同じ隊士が知らないなんておかしいじゃないかい。」
「ウチらがそんなのを真に受けると思ってんの?バカにしないでよ!」
「マジありえない!」
「テメェの話は二度と信じねェかんな!」
…つくづく口の悪い人達だな。
「あの、皆さん落ち着いて話を…」
「女は黙ってろ!」
ヒィィ~っ!
「おいそっちの男!」
「……。」
山蔭さんが指名された。
「お前が案内しろ。」
「まっ、待ってください!彼は極度の人見知りで…」
「うっせェんだよブス!」
「っ!?」
ま、また言った…!
顔が引きつる。そんな私を横目に、タスキ掛けの女性が山蔭さんに近寄った。
「アンタ、素直に従わないと痛い目見るよ。」
「……。」
「だんまりを続けるつもりなら……、…あら?」
口元に手を当て、山蔭さんを凝視する。
「あらあら、ねぇちょっと皆さん!」
周囲に手招きして、近づくよう促す。
「この鼻の形、とても土方さんに似てませんこと?」
「おやまぁ…。」
「つーか~、骨格も似てる気しない?」
「ちょ、あたしこの喉仏、結構スキなんですけどー!コイツ絶対イイ声だって!」
山蔭さんと土方さんが…似てる?
「ねぇ、ちょっと喋ってみなよ。」
「……。」
「おいダサ男!なんか言えっつってんの!聞こえないわけ!?」
「……。」
女性達が山蔭さんに詰め寄る。当の本人は微動だにしなかった。いや、出来なかった。助けた方が良さそうだ。
「あの…」
「でもさー、こいつキモイけどウチらで改造したら土方さんに寄せられるんじゃね?」
「それイイじゃな~い!完成したら土方さんが二人になるってことでしょう?本家には劣るけど!」
「そうなったらおばちゃん達にも回りやすくなるわ~!」
「じゃあこの髪を黒くして~、次は鬱陶しいこの前髪を切って~…」
一人の女性が山蔭さんの前髪に手を伸ばす。が、その瞬間、
―――ガシッ
「キャッ!!」
「「「!?」」」
「……。」
山蔭さんが、腕を掴んで止めた。髪に触られる直前で。唐突な彼の行動に、私を含めた全員が驚く。
「…、くな…、」
…え?何か……話してる?
「山蔭さん、今――」
「声ちっさー!しっかり話しなさいよー。」
「土方さんはもっとちゃんと喋るんだからね!ボソボソ話すとか超キモイ!!」
「シャンとしな!アンタは今日から土方さんのコピーになるんだよ!」
「っちょ、ちょっとアナタ達いい加減にしてください!少しは人の気持ちを考えて――」
「うるせェブス!!」
「引っ込んでなブス!!」
「うっ…、」
「……。」
わ、私ってそんなにブス?…でもさすがに言われ過ぎて慣れてきたかも。
「さて、こんな女は放っておいて私らは行こうかね。」
「そうさね、ひとまずこっちの男の研究だ。ほら、アンタは私らとこっちに…」
「これ以上俺達に近付くな。」
「「「!!」」」
その声は、大した声量ではない。よく聞かなければ分からないくらい大きさだったのに、
「え、ちょ、今の……」
贔屓な私達の耳には、一際大きく響いた。声の主はもちろん山蔭さん…のはずなんだけど、
「ねぇ聞いた!?」
「やっぱ超似てる!思った通りだし!」
「こりゃあ楽しみだね~!」
本当に、そっくりだった。誰にって…もちろん、
「アンタ、」
「「「土方さんにそっくりじゃん!!」」」
「……。」
黄色い悲鳴が上がる。山蔭さんは女性達を気にすることなく、私に振り返った。足元で置きっぱなしになっていたケーキの箱を手にし、私の手を掴む。
「っ山蔭さん!?」
「……。」
「え?…わっ、」
グッと手を引かれ、駆け出す。そのまま二人で玄関を出た。
「あっ、ちょっと待ちなさいよ~!」
「私達ともっとお話ししましょうよ、お兄さーん!」
彼女達の標的は、すっかり山蔭さんに切り替わっている。
…分からないわけではない。いない彼より、近場の身代わり。似てるなら尚、好都合だ。
「山蔭さんっ、街へ逃げるのも危険なんじゃっ…!?」
「……。」
屯所の門を出た山蔭さんは私の手を引いたまま走り続ける。右へ右へと曲がり、
「あっ…、」
「……。」
屯所の裏口に辿り着いた。
「そっか…、街に出たと見せかけて。」
「……。」
「いい策ですね、山蔭さん!」
山蔭さんと共に裏口から屯所へ入り直す。まだ中に人が残っている可能性もあったため、慎重に足を進めた。
「とりあえず山崎さんの部屋へ行きましょう。副長室や局長室などの目立つ部屋は、今も既に占領されているかもしれません。」
「……。」
了承したのか、山蔭さんが山崎さんの部屋の方へと歩き出した。…が、
「なに…これ……。」
靴を脱いで屯所内へ入ると、そこは非日常な光景が…異様な光景が広がっていた。
廊下や室内の至る所に付いた足跡。全て下駄や草履の跡で、隊士の足跡は一つもない。が、なぜか脱ぎ捨てられたベルト付きの隊服は落ちている。しかもズボンの方だ。一番驚いたのは、
「っちょ、山蔭さんこれ!」
「……。」
白い障子に散る、鮮血。
「血って……ほ、本気すぎるじゃないですか!」
誰の血かは分からない。けれど女性達のものだとしても、隊士のものだとしても恐ろしい。
―――ガタッ
「「!?」」
物音に身体が震えた。見れば、隣の部屋の障子から足が突き出ていた。
「え…?え…、…なに?」
見るのも怖い。それでも見ないわけにはいかない。恐る恐る、障子の向こう側を覗き見た。
「「!!」」
隊士だ。障子に片足を突っ込んだまま倒れている。
「っだ、大丈夫ですか!?」
「……、」
体を揺すっても反応がない。そんな彼はなぜかズボンを履いていなかった。まさかさっきのズボンは彼の…?
「どうしたんですか!?何があったんですか!?」
「……、」
やはり反応はない。ただ、何もかも忘れたいと言った顔つきで、とても安らかに眠っていた。
「フェーズ五って…こんなに酷いんですか?」
「……。」
いくらなんでも…やり過ぎだ!
「土方さんが可哀想です…!せっかくの誕生日をこんな…っ、こんな日にされて!」
「……。」
地獄絵図。まさにここは、地獄と化している。
「……。」
『行こう』
促されたように感じ、私は頷く。背後と周囲に気を配り、二人で山崎さんの部屋を目指した。