厳重警戒日5

オアシス+開戦のほら貝

なんとか無事、山崎さんの部屋に辿り着いた。

「はぁ……、」

山蔭さんは部屋にあった竹刀を使い、障子の内側に立て掛け、ストッパーにする。手際が良くて少し感心した。

「こういう状況に慣れてるんですか?」
「……。」

こちらを黙り見る。どうせ答えてはくれないのだろう。私は小さく笑って腰を下ろした。壁を背に、障子の方を向いて。

「それにしても凄まじいですね、あの人達。」

『相手は圧倒的に女性が多い!だが女性だからといって甘く見るな、痛い目を見るぞ!ああなった以上、もはや女性ではないのだ!トシを狙う豹!女豹、もしくは女ライオンだ!!』

本当に近藤さんの言った通りだった。

「大丈夫かな…土方さん。」
「……。」
「皆があんな状態だと、もしかすると…、……。」

やめよう。皆を信じなければ。きっと今頃、近藤さん達と無事でいる。

「女って怖いですね…。」
「……。」

『お前も女だろ』、というツッコミを山蔭さんに期待してはいけない。

「……えへへ。」
「……。」

どことなく呆れた様子の山蔭さんが、私の隣に腰を下ろした。傍に、そっとケーキの箱を置く。
…そうだった。持っててくれたんだ。

「すみませんでした、ケーキ。」
「……。」

手を差し出す。けれど山蔭さんは真っ直ぐ障子の方を向いたままだった。

「えっと…、…ありがとうございました。」
「……。」

…え?うそ。聞こえてない?この距離で!?

「あの、山蔭さん。ケーキ、ありがとうございました。」
「……。」
「……山蔭さん!」

ようやくこちらを向いた。

「ケーキ、貰いますね。」
「……。」

私が差し出す手を見た。左右に首を振る。
……はい?

「も、もう私が持ちますから…。」
「……。」

なおも山蔭さんが首を左右に振る。それどころかケーキの箱を遠ざけ、近付くなと私を手で押した。

「はァ!?ちょっ、山蔭さん!?」

何事!?

「それ、私のケーキですから!」

首を左右に振る。…いやいや、

「私のお金で買ったケーキですから!確かに山蔭さんには一緒に食べてもらうお願いをしました!けど、かもしれないだけで、あくまで土方さんが食べてくれなかった時の話ですから!」

遠ざけられたケーキに手を伸ばす。すると、山蔭さんが私の脇を掴んだ。

「ひゎッ!?」
「……。」
「っ、どこ触ってんですか!?」

いくら阻止するためでも、そこ掴みます!?

「……。」
「ダメですよ!何をされても返してもらい――」
「……。」
「ヒィィっ!」

この人、また掴んできた!

「もうっ、山蔭さん!」

顔が見えないから、わざとなのか本気なのか分からな……

「フッ…、」
「!」

……今…

「笑った…?」
「……。」

笑った…よね?初めて?うわ…なんか……ちょっと嬉しい。
というか、やっぱり骨格や声が似てたら笑い方まで似るんだな…。

「本当に似てますね…土方さんと。」
「……。」
「…っあ、気に障ったらごめんなさい。でも悪い意味じゃありませんよ?…たぶん、みんな。」

私も…土方さんが好きだから。
…なんて言い方は山蔭さんに失礼かもしれないけど、少なからず悪意はない。ちなみに私も…興味はある。

「…山蔭さん、」

もし…、

「もし良かったら…なんですけど、」

見てみたい。

「前髪…少し上げてもらえませんか?」
「……。」
「どんな顔なのかなぁと思って…。」
「……。」
「……、……すみません。」

ダメか…。少し仲良くなった気がしたけど、まだまだその程度。そう簡単に壁は崩せない。

「…じゃあ山蔭さんはいつからその髪型なんですか?」
「……。」
「…、…すみません。」

なんとなく、これもNGだと言われた気がする。…けど、

「…あの、」
「……。」
「……、…寂しくは、ありませんか?」
「……。」
「急にすみません。…今はどんなことを考えてるのかなと思って。」

分厚い壁の内側で、誰にも近付けさせない世界に一人…寂しく思う時はないの?

「…他人に触れてほしくない場所ってありますよね。それを無理に分かち合わせてほしいなんて言いませんけど…いつか、」
「……。」
「いつか、山蔭さんが誰かに話したくなった時は…私も候補の一人に入れてください。」
「……。」
「こうして一緒に過ごした時間で、少しは他の人より山蔭さんを知ったつもりですから。きっと、話しやすい相手になれると思いますよ?」

自分を売り込み、イヒヒと笑う。すると山蔭さんが、おもむろに右手を差し出した。

「……。」
「握手…ですか?」

手を握り返そうとすれば、さっと避けられる。どうやら違うらしい。何を求めているのか考えていると、山蔭さんの右手がゆっくりと私の頬に触れた。

「え…?…山蔭、さん…?」
「……。」

スルッと撫でる。

「!?」

撫でた手が私の唇を辿った。

「っ……、」

な、なにこの展開!どういう流れ!?

「山蔭さ――」

動揺する私の声は、

「…っ…!?」

気付いた時には、山蔭さんの唇にさらわれていた。
え、いや……

「山蔭…さん……?」
「……。」

なん、で…?なんで私……山蔭さんとキス、してるの?
あまりの驚きに、頭が真っ白で回転しない。その間にも山蔭さんは僅かに身を屈め、顔を近付けてきた。

「っちょ、ちょっと待って!」

またする気!?
胸を押し、距離を開ける。山蔭さんは私の手首を掴み、

「……邪魔だ。」
「!?」

再び、キスした。

「んっ、」

なんでこうなった!?私、いつの間にこの人に火をつけたの!?

「や、めっ、…はっ、」

しまった!口を開いたら舌がっ…!!

「ぅっ…、は、ぁ…っ、」

入り込む…!

「ぁ、…っ、は、」

…ヤバイ。山蔭さん、見かけによらずキスが上手い!

「ん、ぅッ」
「……はぁ…、」
「ッ、」

キスの合間に漏らす吐息がセクシーすぎる!ダメだ…このままだと流されてしまう!!
私は気持ちいい感覚に足元を掬われながらも、意識の中で必死にもがいた。いくら気持ちよくても、相手は山蔭さん。いくら土方さんに似ていても、相手は山蔭さんなのだ!

「っやめ、て、っください!」
―――ドンッ

突き飛ばす。申し訳ないが、そこそこ力強く押した。

「……。」
「っわ、私には…っ、好きな人がいるんです!だからっ」
「誰。」
「っだ、誰って…、……。」
「……。」
「……土方さん、です。」

くそうっ!言わされた!!

「だから山蔭さんとこういうことはっ……」

出来ません!
…そう断言しようと思ったけれど、

「……あれ?」

どこか山蔭さんの様子がおかしい。いや、どこかじゃない。

「あ、あの山蔭さん…、……あ、頭……、」
「……。」

山蔭さんの頭が…、正式には髪が……っ、

「な、なんというか、ちょっと……」
「……。」
「ズ……、…っ。」

ズレてます!

「…っ、」

でも言えない!本人に直接すぎる言葉で指摘するのは偲びない!……にしてもまさか山蔭さんがズラだったとは。

「え、えーっと…、……あっそうだ!私、少し廊下を見てこようかな!」

どうかその間に気付いて整えてくれますように!
そう願い、立ち上がった。が、山蔭さんに引き留められる。

「っ山蔭さ――」
―――パサッ…
「!」

落ちたァァ!動いた瞬間に落ちたァァ!!

「っっ、」

私はとっさに目をそらした。見てはいけないものを見ないように。…しかし、

「…あーあ。」

どこか、あざ笑うような口調で、

「とうとう落ちちまったか。」

山蔭さんが言う。…ううん、この声、この感じ……、

「……え?」

似てる、なんてものじゃない。
私は、そらしていた目を山蔭さんに戻した。するとそこには、

「無理があんだよ、これで走るなんて。」

そこには…、

「土方…さん!?」

ズラを片手に不敵に笑う、土方さんが座っていた。

「なっ……、…え!?」

本…物……?いやその前に、

「どういうこと!?」

いつから山蔭さんが土方さんに!?

「変装してたんだよ、山蔭に。ここで閉じこもってるより、動き回った方が安全だからな。」

…うん、確かに。向こうもまさか堂々と街を歩き回ってるとは思わないだろうし。……って、

「ずっと私と一緒にいたんですか!?」
「そう言ってるだろ。」
「……、」
「……。」
「………え?」

それ…おかしくないですか?

「『ずっと』って…言いますけど、」
「なんだよ。」
「…いつから?」
「……はァァ~。」

土方さんは『なんで分からねェんだ?』と顔に書いたまま、手に持っていたズラを部屋の隅へ放り投げた。

「だから、始めから。ずっとお前といたっつってんだろ。」
「始めって……朝礼からですか!?でもあの時、土方さんは山崎さんを」
「バカ、あれは俺だ!」

…ですよね。

「その後だ。」
「後…、」
「山崎に呼ばれて、この部屋に来ただろ?」

来た。あの時は副長室に入れてもらえなくて、廊下で打ちひしがれている時に山崎さんがやってきて、山蔭さんを紹介されたんだよね。

『「早雨さんには今日一日、この…コイツと一緒に行動してもらいます』

…となると、

「あの時に山崎さんが紹介した山蔭さんは……既に土方さんだった…?」
「そうだ。」
「…それじゃあ直前に見た土方さんは?」
「直前?」
「私、副長室に書類を出しに行ったんです。その時、副長室の中に近藤さんや原田さんがいて、その奥に土方さんが。」
「ああ、あれな。」

土方さんは胸ポケットから煙草を取り出した。山蔭さんから煙草の香りがしたのは、土方さんの依存症レベルの喫煙で髪や肌に染み付いた香りのせいだったらしい。

「副長室にいたのは山蔭だ。」
「っえ!?」
「顔は見てないんだろ?」
「…ないです。」
「アイツと俺の背格好は似ている。ズラをかぶせて副長の隊服を着せりゃ、大抵の目は騙せるんだよ。現に、」

土方さんが私を見る。私は顔を引きつらせて頷いた。

「まんまと騙されました…。」
「情けねェヤツだ。それでも好きな男なのかよ。」
「っ!?」

そうか…!さっきので私が土方さんを好きなこともバレたんだ…!!

「普通は見分けつくもんじゃねェか?好きな男なら。」
「なっ、すっ、そっ」
「何だ?」
「そっ、そんなに何度も言わなくても!」

土方さんは煙草に口を付け、フッと笑う。その妖艶な笑みを見て、…いや口元を見て、急激に顔が熱くなった。
だって私、さっきあの唇とキ……キスしたよね!?

「じゃあこれ食うぞ。」
「っぅえ!?」

咥え煙草でガサッとケーキの箱を引き寄せた。私が必死に山蔭さんから奪い返そうとしていた、あのケーキだ。

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

開けようとしたケーキの箱を奪い取る。ようやく手元に戻せた!

「なんだよ、俺のために買ったんだろ?」
「っ、」

そうだ、ケーキを買う時も一緒にいたんだ。ということは、自分で選んだケーキってことか。

「そんなに好きなんですか?このケーキ。」
「好きだ。」

『お前が好きだ』

「っ!!」
「なんだよ。」
「い、え…っ、」

勝手に私の脳が適当な言葉にすり替えて再生したせいで、心臓が余計な動きをする。

「何でもいいが、とっととよこせよ。」
「っだ、ダメですよ!」
「なんで。」
「確かにこれは…土方さんにプレゼントするケーキですけど、」
「けど?」
「……。」
「早く言え。」
「…わ、私が…渡したいんです。」
「……。」

だって…、

「だって私が…土方さんに渡すために買ったんですから。」

手に渡ってしまえば同じことだけど、プレゼントはやっぱり自分の手で渡したい。

「…ならどうぞ?」

土方さんは咥えていた煙草を一吸いして、そのまま灰皿で揉み消した。…山崎さん、この部屋に灰皿を置かされてたんだな。

「くれよ、早く。」
「っ、わかりましたから!…そんなに急かさないでください。」

なんか変な空気だ。ケーキを渡すだけなのに、告白するみたいでドキドキする。

「……はぁ、」

深呼吸して、ケーキの箱を持った。
プロセスはどうあれ、こういう展開を作ってくれた土方ファンの皆さんには感謝……という表現は上から目線に聞こえて危険なので、感謝の気持ちは心に秘めておこう。

「ひ、土方さん…、」
「なんだ?」

…でもあの人達、今頃どこを探してるんだろう。まさかまた屯所に戻ってくるなんてことは……

「……。」

…ないか。いや、あるのか?

「早雨。」
「っは、はい。」

まぁいいや。今は土方さんの誕生日を祝おう。私にだけ許された、貴重な機会なんだから……

「今日は大変なフェーズ五でしたけど…、」
「まだ終わってねェがな。」
「えっ、あ…ですね。」
「悪い。話の腰を折った。続けろ。」
「あ、はい…。えっと、なんだかんだで」
「なんだかんだかよ。」
「もう!土方さん!」
「悪ィ悪ィ。」

ククッと笑う。それを見て、私も小さく笑った。

「…それじゃあこれ、」

ケーキの箱を土方さんに差し出した。

「土方さん、お誕生日おめでとうござ…」
―――ドゴォォンッ!!
「「ッ!?」」

聞き覚えのある爆撃音と地鳴り。そして半壊してしまった山崎さんの部屋…。

「アイツらっ…!」

あの人達、私達を殺す気なの!?

「大丈夫か、早雨。」
「うっ、は、はい…。」

「おいコラァァァそこのブス!」

「!…こ、この口調…」
「来たな…。」

グラついていた障子が、バキッと音を鳴らして倒れた。踏みつけて乗り込んで来るのは、ニーハイソックスで下駄を履く、

「何ちゃっかり抜け駆けしてんだよ!このブスッ!!」

あのギャル娘二人だった。

にいどめ