オアシス+開戦のほら貝
「はぁ……、」
山蔭さんは部屋にあった竹刀を使い、障子の内側に立て掛け、ストッパーにする。手際が良くて少し感心した。
「こういう状況に慣れてるんですか?」
「……。」
こちらを黙り見る。どうせ答えてはくれないのだろう。私は小さく笑って腰を下ろした。壁を背に、障子の方を向いて。
「それにしても凄まじいですね、あの人達。」
『相手は圧倒的に女性が多い!だが女性だからといって甘く見るな、痛い目を見るぞ!ああなった以上、もはや女性ではないのだ!トシを狙う豹!女豹、もしくは女ライオンだ!!』
本当に近藤さんの言った通りだった。
「大丈夫かな…土方さん。」
「……。」
「皆があんな状態だと、もしかすると…、……。」
やめよう。皆を信じなければ。きっと今頃、近藤さん達と無事でいる。
「女って怖いですね…。」
「……。」
『お前も女だろ』、というツッコミを山蔭さんに期待してはいけない。
「……えへへ。」
「……。」
どことなく呆れた様子の山蔭さんが、私の隣に腰を下ろした。傍に、そっとケーキの箱を置く。
…そうだった。持っててくれたんだ。
「すみませんでした、ケーキ。」
「……。」
手を差し出す。けれど山蔭さんは真っ直ぐ障子の方を向いたままだった。
「えっと…、…ありがとうございました。」
「……。」
…え?うそ。聞こえてない?この距離で!?
「あの、山蔭さん。ケーキ、ありがとうございました。」
「……。」
「……山蔭さん!」
ようやくこちらを向いた。
「ケーキ、貰いますね。」
「……。」
私が差し出す手を見た。左右に首を振る。
……はい?
「も、もう私が持ちますから…。」
「……。」
なおも山蔭さんが首を左右に振る。それどころかケーキの箱を遠ざけ、近付くなと私を手で押した。
「はァ!?ちょっ、山蔭さん!?」
何事!?
「それ、私のケーキですから!」
首を左右に振る。…いやいや、
「私のお金で買ったケーキですから!確かに山蔭さんには一緒に食べてもらうお願いをしました!けど、かもしれないだけで、あくまで土方さんが食べてくれなかった時の話ですから!」
遠ざけられたケーキに手を伸ばす。すると、山蔭さんが私の脇を掴んだ。
「ひゎッ!?」
「……。」
「っ、どこ触ってんですか!?」
いくら阻止するためでも、そこ掴みます!?
「……。」
「ダメですよ!何をされても返してもらい――」
「……。」
「ヒィィっ!」
この人、また掴んできた!
「もうっ、山蔭さん!」
顔が見えないから、わざとなのか本気なのか分からな……
「フッ…、」
「!」
……今…
「笑った…?」
「……。」
笑った…よね?初めて?うわ…なんか……ちょっと嬉しい。
というか、やっぱり骨格や声が似てたら笑い方まで似るんだな…。
「本当に似てますね…土方さんと。」
「……。」
「…っあ、気に障ったらごめんなさい。でも悪い意味じゃありませんよ?…たぶん、みんな。」
私も…土方さんが好きだから。
…なんて言い方は山蔭さんに失礼かもしれないけど、少なからず悪意はない。ちなみに私も…興味はある。
「…山蔭さん、」
もし…、
「もし良かったら…なんですけど、」
見てみたい。
「前髪…少し上げてもらえませんか?」
「……。」
「どんな顔なのかなぁと思って…。」
「……。」
「……、……すみません。」
ダメか…。少し仲良くなった気がしたけど、まだまだその程度。そう簡単に壁は崩せない。
「…じゃあ山蔭さんはいつからその髪型なんですか?」
「……。」
「…、…すみません。」
なんとなく、これもNGだと言われた気がする。…けど、
「…あの、」
「……。」
「……、…寂しくは、ありませんか?」
「……。」
「急にすみません。…今はどんなことを考えてるのかなと思って。」
分厚い壁の内側で、誰にも近付けさせない世界に一人…寂しく思う時はないの?
「…他人に触れてほしくない場所ってありますよね。それを無理に分かち合わせてほしいなんて言いませんけど…いつか、」
「……。」
「いつか、山蔭さんが誰かに話したくなった時は…私も候補の一人に入れてください。」
「……。」
「こうして一緒に過ごした時間で、少しは他の人より山蔭さんを知ったつもりですから。きっと、話しやすい相手になれると思いますよ?」
自分を売り込み、イヒヒと笑う。すると山蔭さんが、おもむろに右手を差し出した。
「……。」
「握手…ですか?」
手を握り返そうとすれば、さっと避けられる。どうやら違うらしい。何を求めているのか考えていると、山蔭さんの右手がゆっくりと私の頬に触れた。
「え…?…山蔭、さん…?」
「……。」
スルッと撫でる。
「!?」
撫でた手が私の唇を辿った。
「っ……、」
な、なにこの展開!どういう流れ!?
「山蔭さ――」
動揺する私の声は、
「…っ…!?」
気付いた時には、山蔭さんの唇にさらわれていた。
え、いや……
「山蔭…さん……?」
「……。」
なん、で…?なんで私……山蔭さんとキス、してるの?
あまりの驚きに、頭が真っ白で回転しない。その間にも山蔭さんは僅かに身を屈め、顔を近付けてきた。
「っちょ、ちょっと待って!」
またする気!?
胸を押し、距離を開ける。山蔭さんは私の手首を掴み、
「……邪魔だ。」
「!?」
再び、キスした。
「んっ、」
なんでこうなった!?私、いつの間にこの人に火をつけたの!?
「や、めっ、…はっ、」
しまった!口を開いたら舌がっ…!!
「ぅっ…、は、ぁ…っ、」
入り込む…!
「ぁ、…っ、は、」
…ヤバイ。山蔭さん、見かけによらずキスが上手い!
「ん、ぅッ」
「……はぁ…、」
「ッ、」
キスの合間に漏らす吐息がセクシーすぎる!ダメだ…このままだと流されてしまう!!
私は気持ちいい感覚に足元を掬われながらも、意識の中で必死にもがいた。いくら気持ちよくても、相手は山蔭さん。いくら土方さんに似ていても、相手は山蔭さんなのだ!
「っやめ、て、っください!」
―――ドンッ
突き飛ばす。申し訳ないが、そこそこ力強く押した。
「……。」
「っわ、私には…っ、好きな人がいるんです!だからっ」
「誰。」
「っだ、誰って…、……。」
「……。」
「……土方さん、です。」
くそうっ!言わされた!!
「だから山蔭さんとこういうことはっ……」
出来ません!
…そう断言しようと思ったけれど、
「……あれ?」
どこか山蔭さんの様子がおかしい。いや、どこかじゃない。
「あ、あの山蔭さん…、……あ、頭……、」
「……。」
山蔭さんの頭が…、正式には髪が……っ、
「な、なんというか、ちょっと……」
「……。」
「ズ……、…っ。」
ズレてます!
「…っ、」
でも言えない!本人に直接すぎる言葉で指摘するのは偲びない!……にしてもまさか山蔭さんがズラだったとは。
「え、えーっと…、……あっそうだ!私、少し廊下を見てこようかな!」
どうかその間に気付いて整えてくれますように!
そう願い、立ち上がった。が、山蔭さんに引き留められる。
「っ山蔭さ――」
―――パサッ…
「!」
落ちたァァ!動いた瞬間に落ちたァァ!!
「っっ、」
私はとっさに目をそらした。見てはいけないものを見ないように。…しかし、
「…あーあ。」
どこか、あざ笑うような口調で、
「とうとう落ちちまったか。」
山蔭さんが言う。…ううん、この声、この感じ……、
「……え?」
似てる、なんてものじゃない。
私は、そらしていた目を山蔭さんに戻した。するとそこには、
「無理があんだよ、これで走るなんて。」
そこには…、
「土方…さん!?」
ズラを片手に不敵に笑う、土方さんが座っていた。
「なっ……、…え!?」