王子と姫と、2

枯れ木に花

「ちょ…ちょっと待ってくださいよ、近藤さん!」
「大丈夫だ、早雨君。君には何もしない。」

近藤さん達がじりじり間合いを詰めてくる。私と土方さんは、部屋の奥へ奥へと追い詰められていった。

「こんな時にふざけてる場合かよ!」
「俺達はふざけてない。これは真選組の今後に関わる重要なことだ。大人しく早雨君を渡してくれ、トシ。」
「そんな馬鹿な話に付き合うわけねェだろ!」

土方さんが私を庇うように前へ出た。

「…そこをどいてくれ。」
「どかねェ!紅涙は渡さねェっ!」

ああっ、なんと素敵な背中!

「…トシ、お前は早雨君と想い合うべきでなかった。」
「あァん!?」
「このままトシの彼女であってみろ。早雨君は必ず、真選組を辞めなきゃならんぞ。」
「えっ!?」
「そんなことさせねェよ。あんなヤツらの好き勝手させてたまるか!」
「ファンクラブの人間が辞めさせるんじゃない。トシ、お前が辞めさせるんだ。」
「「!」」

なんで!?

「今はいい。だがいずれ結婚するかもしれない。いや、絶対する!」

けっ結婚ゥゥ~ッ!?
内心ムフォムフォしながら土方さんを横目で窺った。けれど土方さんは、

「……。」

難しい顔で近藤さんを睨みつけているだけ。
なんだよ…っ!その程度のリアクションかよ!

「トシと結婚したらどうなると思う?きっと真選組を辞めてしまうに決まってる!」
「え~…」

そういう感じの辞めるって話なんだ。

「あの…私、辞めませんよ?その…もし、けっ…け、結婚……することになっても。」

他の隊士もいる前で、この発言はかなり恥ずかしい。下手すれば自意識過剰だ。

「私は真選組が大好きなんで!」
「ありがとう、早雨君…。だが君も分かってない。」
「え…?」
「辞めるよ、必ず。だって、」

近藤さんがアゴで何かをさす。辿れば、土方さんがいた。

「…。」
「土方さんが…何か?」
「トシ、」
「…。」

難しい顔で沈黙している。そして口を開いたかと思うと、

「…そうかもしれねェ。」

ボソッと呟いた。

「もしお前と結婚したら……辞めてもらいたいと思っちまうかもしれねェ。」
「土方さん…、…それはどうして?」

まさか『家庭に入ってほしいから』とか言っちゃうタイプ?でもまぁ土方さんが言うなら考えなくもないけど。

「…紅涙をこれ以上、危険に晒したくない。」
「!……土方さん…、」
「お前は俺が丸ごと守る。だから続けたくても…たえてほしいと…願っちまうかもしれねェ。」

嗚呼…ああっ……、

「ッ、土方さ――」
「そこまで!」
「ぅぐっ、」

抱きつこうと踏み出した足が、近藤さんのひと声で止まる。近藤さんは目を三角にして私達を指さした。

「ったくもォォ!隙あらばそうやって惚気ようとする!」
「す…すみません。」
「二人に言ってるんだぞ、トシ!」
「あァ!?俺は惚気てねェだろ!」
「いや構えてた!早雨君が抱きついてきてもいいように構えてた!」
「構えてねェ!」
「あ、あのっ…」
「あ~もう…なんかモチベーション下がってきたァ~。」
「「!?」」

急に近藤さんが気怠そうにした。耳の穴に指を入れて掻く仕草は、まるで銀さん。

「そうだよ、もうお前らで勝手にやりゃいいんだよ。」
「ど、どうしたんです?急に。」
「…おい大丈夫か、近藤さん。アンタさっきからちょっと」
「邪魔しちゃ悪ィじゃん。なァ?」

後ろの隊士に話し掛ける。隊士はオロオロしながら声を上げた。

「何言ってんすか局長!ちゃんと最後までしないと!」
「そうッスよ!後も詰まってんだし、局長が一番重要な役なんですよ!?」
「局長ならやり遂げられますって!続けましょう!!」

なんか…すごい励まされてる。

「……そうか、そうだな!」

近藤さんはすぐに復活した。

「俺が言わねェと始まんねーよな!」
「そうッス!」
「よっ、局長カッコイイィィ~!」
「よせよせ~、まったくお前らは。」

「…なんだこの光景。」
「私達、もう大丈夫なんですかね…。」

「ということでだトシ!そして早雨君!」
「どういうことでだよ…。」
「元気を取り戻せたようで良かったです…。」
「我ら真選組はァァッ、今日ここに早雨君の奪還を――」

「局長っ、セリフが戻ってます!」
「そこさっき言いました!」

「しまった!…ややこしくなってきたな。」
「「…?」」
「二人とも、ちょっとタイム。待っててくれ。」

近藤さんは後ろを向き、何やらゴソゴソし始めた。「今どの辺?」とか「ここ飛ばしてる」と話す声が聞こえてくる。なんというか…学芸会みたい。

「もしかして台本があるんですかね…。」
「いつから計画してんだよ…。」

どんな内容になってるんだろう。やっぱり私を問題なく奪還できる内容かな。だとしたら土方さんは悪役ってとこだよね。…悪…役……

「萌える…!」
「あァ?」
「いえ、……。」
「ならいいが――」
『トシ!早雨君を放せ!』
『アンタの指示は聞かねーよ。来い、紅涙』
『っやめて!放して!』
『あんなゴリラのところに戻りてェのか?冗談だろ。一緒に来れば、俺が一日中愛してやる』
『っ…』
『くくっ。言ってやれ、紅涙。お前はどこで誰と生きたいか。誰が好きで、誰に…愛でられたいのか』
『っっ…!』

きゃァァっ!いい!いいよ、この展開!!

「ヌフフ…」
「って、おいコラ!」
―――ゴンッ
「いっ…」

鉄槌が下った頭を押さえる。

「なにボーっとしてんだ!聞いてなかったのか!?」
「え、あ、はい。たぶん。」
「お前……ッ」
「聞きます!今から全力で聞きます!」

敬礼した。途端に手をはたかれる。

「バカっ!目立つ動きすんなよ、気付かれるだろ!」

…ということは内緒話?
そっと近藤さん達を見る。彼らはまだ「今それっぽいこと言ったから~」と確認し合っていた。

「極力、近藤さんの方に顔を向けたまま俺の話を聞け。いいな?」
「わかりました。」
「見ての通り向こうは今、隙だらけだ。このうちに窓から出るぞ。」
「窓?」

チラッと土方さんを見た。視線で指し示すのは、私達の背後にある局長室の窓。

「え、あそこ!?」
「そこしかねェだろ。」
「でも靴履いてないし…」
「我慢しろ!…それとも捕まりてェのか?」
「嫌です!」
「なら俺の合図で動け。おそらく隊士は裏まで回り込んでない。上手くいけばそのまま逃げられる。」

土方さんは瞬きすら惜しそうにして、近藤さん達を見据えた。そんな近藤さんはと言うと……

「ちょ、お前らの立ち位置がおかしいから俺が分かんなくなるんだよ!」

プチパニック状態。

「いやいや、俺達は合ってますから!」
「でもこの通りに立ってねェじゃん!」
「何言ってんですか!これが局長でしょ?で、これがそいつ。」
「…どいつだよ。」
「おい返事~。」
「はーい。」
「おお。で、この丸が?」
「こいつっス。隣のが……ああもう!一回全員集まって!」

ぞろぞろと近藤さんの元へ隊士が集まる。土方さんがこのタイミングを見逃すわけがなかった。

「よし…今だ!行け!」
「はい!」
―――ガラッ

窓を開け、外へ飛び出す。

「土方さんも早く!」
「わァってる!」

「あ!!」

近藤さんの声がした。

「卑怯だぞトシ!」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。」
「俺はッ」
「じゃあな。」

窓から飛び降りた土方さんが、ザッと砂利の上へ着地。

「ッ…痛ェェッ!」
「砂利の上ですからね。あーあ、靴さえあれば――」
「行くぞ!」
「…はーい。」

「くっ…、追え!何としても捕まえろ!このままじゃ俺が寝ずに考えたセリフを言えなくなる!!」

やっぱり台本あったんだな…。
と考えて走る間も、足裏には激痛が響いている。

「痛いぃぃ~っ!」
「俺も痛ェよ!捕まりたくねェなら耐えろ!」
「うぅぅっ!」

…こうして、私と土方さんは悶えながら局長室を脱出。
真選組を敵に回すハメにはなったけど、土方さんといれば大丈夫な気がする。いや絶対大丈夫!

…なんて、呑気な考えでいられたのは、

「…だがまァ、」

局長室で不敵に笑う、

「流れとしては順調だな。」

近藤さんの真意を知らなかったせいだ。

にいどめ