昨日のように+客と遊女
ひっきりなしにお酒が運ばれているところを見ると、宴会は予定通りに開かれているらしい。けれどそこまで騒がしくはない。夢路屋の遊女が総出動しているというのに……
「紅涙、そろそろやよ。」
「っあ、はい!」
襖の向こうで女将さんの声がした。
天神は二十時より少し後、場が温まった頃に宴会の場へ出向く。
『脱がない遊女』として昇ってきた私だから、大層な登場はしたくないけれど、揚屋の風習として仕方がない。少なからず、他の遊女は私が皆と同じルールで上り詰めたと思っているし…
「お待たせしました。」
襖を開けると、女将さんは着物をたすき掛けにして立っていた。
「準備ええか?」
「はい。…忙しそうですね。」
「こんな忙しいのは久しぶりよ!お酒のペースが異常に早いお客様やから、今さっきも周りの揚屋にお酒借りて回ったとこ。」
そう話しながらも嬉しそうな様子に、小さく笑う。
「でも他の宴会と比べて随分静かですよね。」
「まぁお客様が三人だけやさかいな。」
「えっ、三人で…貸し切られたんですか?」
「そうやで。要望通り、うちの子ら全員つけてるけど、さすがに三人やったらここまで聞こえてくるほど騒がしぃないわ。」
女将さんは着物のたすき掛けを締め直し、
「そしたら紅涙、」
―――ポンッ
私の背中を叩いて、ニコッと笑った。
「せぇらい楽しんできぃや。」
「…え?」
楽しむ?『気張る』じゃなくて?
「うちは首を長ぉして今日という日を待っとったで。」
「?」
「さぁ行っといで!」
「ぇ、あ、…はい。」
「…。」
広間の襖の前に座り、挨拶の準備をする。ここでようやく、
『オジさんと野球拳する人~!』
中から楽しそうな男性の声と、遊女達の黄色い声が聞こえてきた。
『あ~!ズルいぞ、とっつぁん!俺もやる!!』
『うるせェ!俺の誕生日だろうが!』
『とっつァんの犬のだろォ!?』
とりあえず楽しんでいるようでホッとした。
「失礼いたします。」
襖に手をかける。
…とは言え、場の空気を止まらせてしまうのは気が引けるので、極力そっと入室したい。私は襖を閉め、三つ指を立てて頭を下げた。
「紅涙でございます。」
控えめに挨拶する。お酒の匂いが薄らと鼻に届いた。
「それじゃあオジさん、まず月菜ちゃんと野球拳しよっかな~!」
…よかった、場の空気は壊してないみたい。
胸を撫で下ろし、顔を上げる。が、
「ちょっ…ちょっと!?」
目に飛び込んできた光景に唖然とした。
すぐ傍の畳に、遊女が寝転んでいる。見るからに、お酒に酔っ払って。
「大丈夫!?」
「あ~紅涙さんだ~。えへへ~、」
気分は悪くないらしい。
ひとまず座らせようとすると、フラフラと身体を揺らしながら壁に背を預けた。
「どうしたの?もてなす側のあなたが酔っ払っちゃうなんて…」
「今日はみーんな気兼ねなく呑んでいい日だって松平さんが言ったからぁ~」
「『松平さん』?」
「やだ~、警視庁長官に決まってるじゃないれすかぁ~。」
力ない指で広間の奥を差す。
そこにはサングラスをかけた年配のお客様と、こんなに賑やかな中でも大きな骨…?にアゴを乗せてスヤスヤと眠る犬、そして、
「ッ!?」
見知った二人の顔があった。
あれは……
「近藤さんと…、…十…四郎…さん…?」
止まっていた感情が、また大きく動き出すのを感じる。
「どうしたんれすか~?」
私を覗き込んできた。けれどその身体はグラッと前方に倒れ、慌てて支えに入る。
「大丈夫!?」
「紅涙さんこそ~。」
「…、」
「何してるんや、紅涙。」
「!」
「あ!女将さ~ん。お疲れ様でぇ~す。」