Silent Night1

坊っちゃん

それは大江戸超特急5号車のグリーン車でのこと。

「はぁ~…なんだか疲れた。」

私は窓側の座席から、暮れていく山並みをぼんやり見ていた。

今年の12月Xデイは土曜日ということもあってか、車内はとても空いている。12月Xデイ、…そう。クリスマスだ。
早いもので、あの真選組クリスマス会から1年が経つ。つまり私と土方さんが正式に付き合い出して、丸1年。

「今日は……、」

ウズウズ…

「恋人たちの……っ、」

クリスマスじゃァァァーい!!!
Silent Night
~1~

「ふふ、…うふふふふっ!」

恋人たち!それは私達!!
今年は胸を張って言える、この喜び。今すぐ叫びたいくらいだ。

『土方さんは私の彼氏なんですよーッ!だからクリスマスは恋人同士で甘々イチャイチャに過ごそうと思ってるんですーッ!!イエェェッッ!!!』

「……はぁ。」

口を開けばワクワク感が溢れ出てしまいそう。

「帰りにケーキ買って帰ろう。」

まだ予定らしい予定は立ててないけど、土方さんの好きなマヨケーキは外せないはず。あとは……

『紅涙、渡してェ物がある』
『何ですか?』
『…こんなもんを渡しちまうと、重く感じるかもしれねーが』
『え、これ…っ、指輪!?』
『俺の気持ちだ』

いやァァ~ん!クリスマス最高!恋人たち最高ォォ!
クリスマスを共に過ごす恋人たちに幸あれ~!!

「って、…あ。」

そうだった、

「クリスマス会…今年もあるんだっけ。」

毎年恒例の全員強制出席な真選組クリスマス会。…こればかりは仕方ない。不満だけど、終われば一緒に過ごせるわけだし。

「はぁぁぁ~…とにかく早く帰りたい。」

今は絶賛土方欠乏症中だ。
なにせここ2週間、ずっと土方さんの顔を見ていない。それどころか声すら聞けなかった。なぜなら、

「ったく、あの金持ち坊っちゃんめ!」
『気に入ったぜ、紅涙』
そもそも、私がこの大江戸超特急5号車のグリーン車に乗っている理由は出張だ。

『紅涙ちゃん、悪いけどこれを届けてもらえるか?』
『書状ですか?わかりました、どこに届ければ…』
『東北』
『とっ東北ゥゥ~!?』
『俺が行きたいところなんだけど、とっつぁんの相手をしなきゃならなくてな。頼めないか?』
『……わ、わかりました』

断れませんよ…仕事だもの。
言ってもここから片道3時間あれば着く場所。渡して速攻帰れば日帰りできるし、大したことない仕事だ!サクッと帰るぞ!!
…なんて思っていたのだけれど。

「寒いィィィッ~!!」

江戸より遥かに進んだ冬っぷりと、

「ゴツいィィィ~!!」
「あァん!?」
「い、いえ…なんでもありません。」

辿り着いた大きなお屋敷に住まう、決してやわらかな雰囲気を持っているとは言えないような人達。さらには、

「No way!まさか女が来るとはな。大歓迎だ、ゆっくりして行け。」
「軽いィィィ~!!」
「あん?何が軽いんだ。」
「いっいえ、…何も。」

屋敷の主はものすごくチャラい雰囲気をお持ちの坊ちゃんで、なんとなく一筋縄では行かない予感がした。
…しかしこの人、とても整った顔立ちをしている。

「土方さんといい勝負かも…。いや断然土方さんの方が大人の渋みも兼ねて……」
「何か言ったか?」
「いえいえっ、何でもありません。」
「…政宗様。この女、少々私が喝を入れてもよろしいでしょうか。」
「ぅえ!?」
「よせ小十郎。客人に何言ってやがる。」
「…失礼しました。……。」

ヒィッッ!めちゃめちゃ睨まれてる!!

「あああのっ、印さえ貰えればすぐに帰りますので…」
「そう言うなよ、来たばかりじゃねーか。」
「いやっご迷惑になりますし、私は――」
「All right.だが残念だな。」

ニヤりとした顔で、書状を持ち上げ揺らす。

「俺の印が欲しいなら、一月はここで待つしかない。」
「…ひとつき?」
「1ヶ月だ。」

いっ…1ヶ月ゥゥゥ~!?

「あいにく今は朱肉を切らしててな。買いに行くのも、この雪だろ?当面は無理だ。」
「え、雪!?」
「お前が来た直後から大降りだぞ。なァ?小十郎。」
「はい。大変迷惑しております。」
「そ…そんなこと言われましても。」
「まァそういうわけだから、雪が落ち着いて買いに行けるようになるまで待ってくれ。」
「そんなっ……サっと買いに行ってもらえれば」
「Don’t be silly!雪をナメんじゃねーよ。」

でも今さっき降り始めたとこなんでしょ!?今のうちに行きましょうよ!こんなゴツい身体の兄さんばかりなんですから大丈夫ですよ!!…とは言いづらい空気。

「じゃ、じゃあサインでもいいので…」
「No!俺は書状に印しか押さねェ主義だ。」

どんな主義!?

「それなら朱肉以外の何かをつけて押していただければ……」
「だってよ、小十郎。」
「テメェッ…政宗様に血を流せと言うのか!」
「ええ!?やっ、あのっ」
「Sorry、紅涙。大人しく待つのが一番だ。」
「ぅっ……、…はい。」

思うところはあったが、それ以上は何も返せず。
肩を落としていると、小十郎と呼ばれた付き人が鼻先で笑った。

「存外、曲がった輩ではないようだな。」
「…はぁ。」
「安心しろ、1ヶ月というのは政宗様のご冗談だ。2日もすれば街に出られる。」
「そうなんですか!?」
「ああ。それまで泊まって行け。」
「…わかりました。」

それじゃあ2日間だけ……と思っていたのに、そこから流れはどんどん悪くなった。

「早雨、携帯を貸せ。屋敷で通信機器の使用は禁じている。」
「え!?」
「連絡を取りたい場合は俺達に言え。こちらから連絡する。それまで没収だ。」
「そ、そんなぁ…。」

次に、チャラい金持ち坊っちゃんが私を気に入ってしまった。

「Sweetie、俺と一緒になる気はないか?」
「へっ!?あっ、ありませんよ!」
「そう照れるな。くくっ、可愛いやつだな。」
「ッ、照れてませんし!」
「So cute!」
「やめて!もう黙って!」
「おい早雨、政宗様に対する言葉遣いには気をつけろ。」
「ぅっ、す、すみません。」
「邪魔するな小十郎。で、いつがいい?」
「何がですか?」
「俺達の結婚式。」
「だからしませんてば!お断りです!」
「早雨!」
「すみませんっ!!」

このせいで2週間も滞在するハメになった。

「さすがにもう帰りますから!春になったら必ず来ますから!!」
「絶対だぞ。俺に嘘をついたら切腹だ。」
「切腹!?」
「小十郎、念書。」
「はっ。」
「……。」

とんでもない念書と引き換えに、私は今こうして大江戸超特急に座っている。おかげでグリーン車には乗せてもらえたけど。

「あ~…ほんとクリスマスに帰れて良かった。」

座席に身体を沈め、ふぅと溜め息を吐く。まだ江戸までは遠い。寝て過ごそう。
ゆっくり目を閉じた……その時、

「…ん?」

私の席と隣の席の間に新聞紙を見つける。座席に深く挟まっていたせいで、奇跡的に清掃員の目をかいくぐったようだ。気になるのは、そこに書いてある内容。

『江戸侵略』

隙間から僅かに見えた。

「何それ…、…どういう意味?」

挟まっていた新聞を引き抜く。そこには、

『突如現れた寄生型エイリアンは、寄生した者と瓜二つに進化。結果的にオリジナルを吸い上げ自我を奪う。進化スピードは異常で、彼らはたった1週間でオリジナルを吸収し、2年という時を過ごしていた。独自で社会形成をも始めており、一時的に江戸で蔓延していたものの現在は終息』

そんなことが書かれていた。
…えっ、とんでもないこと起きてるじゃん!

『市民の声:つーか真選組も感染するとか有り得なくないっすか?俺、不安だからイチゴ牛乳ばっか飲んでましたよ』

「えェェっ!?」

真選組の皆も感染しちゃったの!?
…というか、何この市民。『不安だからイチゴ牛乳ばっか飲んでました』とか、どうでもよくない?いる?このインタビュー。
どんな人だろうと思いながらススス…と下の方へ目をやった。『江戸唯一の未感染者』と書かれた隣に、

「っ、銀さん!?」

目元を黒い棒線で隠されてはいるが、この厭らしい笑みは万事屋の銀さんだ。…まるで犯罪者。

「『しきりに2年後と口にしたら注意』…か。」

新聞の文末は、『まだどこかにいるかもしれない』なんて恐ろしい言葉で締めくくられている。…冗談は銀さんの顔だけにしてほしい。

「帰ったら皆に聞こう。」

感染した人は皆2年経ったような状態になるらしい。どう変わったのかな。
私の2年後なら……とりあえず給料は上がってる?いや出世してる?いやいや、副長になってたり?そんでもって、土方さんが局長になってて。

『あら~、夫婦で真選組を支えるなんて偉いねぇ!』
『私は十四郎さんに頼りっぱなしなので、大したことしてないんですよ』
『何言ってんだよ。俺はお前がいるから局長やれてんだよ』
『十四郎さん…』
『あらあら、お熱いわぁ!』

「ムフォッ!」

ヤバッ、変な声出た。

「私も2年後を体験したかったなぁ…。」

不謹慎だけど。…ま、今はそんな話より、

「はぁぁ~…早く帰りたい。」

土方さんに会いたくて仕方ない。

にいどめ